2019/04/27

ラファエル前派の軌跡展

三菱一号館美術館で開催中の『ラファエル前派の軌跡展』を観てきました。

ラファエル前派の展覧会というと、同じ三菱一号館美術館で2014年に開かれた『ザ・ビューティフル 英国の唯美主義 1860-1900』や森アーツセンターギャラリーの『ラファエル前派展』(2014年)、 Bunkamura ザ・ミュージアムの『英国の夢 ラファエル前派展』(2016年)で、ラファエル前派を代表する作品が次々と来日し、日本にいながら贅沢なラファエル前派体験ができた感動が思い出されますが、それからもう2年とか4年とか経つんですね。

久しぶりのラファエル前派の展覧会だとばかり思って、開幕早々に全く情報を仕入れずに観に行ったのですが、いきなりターナーから始まり面食らいました。サブタイトルにあるように、本展は、ラファエル前派を擁護し、若手の画家を見出すなどラファエル前派の画家たちの精神的支柱になったという美術批評家のジョン・ラスキンの生誕200年を記念した展覧会になっていて、ラスキンとの交友を通してラファエル前派からアーツ・アンド・クラフツ運動まで軌跡を辿るという内容になっています。だから、どちらかというと、ジョン・ラスキンと仲間たち、とか、ジョン・ラスキンと19世紀末英国美術、とか言った方が正確かもしれません。

会場の入り口に「ジュニア版 ラファエル前派展見どころガイド」が あるので置いてあるので、作品リストと一緒にもらっていくといいと思いますよ。ジュニア向けなので分かりやすくまとまってるし、複雑な人間関係もこれでバッチリ。



第1章 ターナーとラスキン

ラスキンが初めて観たターナー作品がこの「ナポリ湾」の版画だったそうです。ラスキンにとってとても思い入れのある作品だったようで、生涯手元に置いておいていたといいます。こうしてラスキンはターナーを通して、美術に深く傾倒していくんですね。

[写真右] ジョン・エヴァレット・ミレイ 「ジョン・ラスキンの肖像」
1853年 ラスキン財団(ランカスター大学ラスキン・ライブラリー)蔵
[写真左] ジョゼフ・マラード・ウィリアム・ターナー 「ナポリ湾(怒れるヴェスヴィオ山)」
1817年頃 ウィリアムスン美術館蔵

[写真左] ジョゼフ・マラード・ウィリアム・ターナー 「カレの砂浜-引き潮時の餌採り」
1830年 カンヴァスベリ美術館蔵

ターナーは水彩の小品中心ですが、唯一の油彩で目を引くのが「カレの砂浜」。ターナーの初期のドラマティックな風景画や晩年の抽象的な作品とも異なり、穏やかな海辺の光と空気を捉えようとする表現が印象派を先取りしたような感じにさえ映ります。

[写真左から] ジョン・ラスキン 「アヴランシュ-モン・サン・ミシェルを望む眺め」
1848年 ラスキン財団(ランカスター大学ラスキン・ライブラリー)蔵
ジョン・ラスキン 「ラ・フォリの滝」 1849年(?) バーミンガム美術館蔵
ジョン・ラスキン 「マグラン渓谷-クリューズの谷」
1849年 ラスキン財団(ランカスター大学ラスキン・ライブラリー)蔵

ラスキン自らが描いたスケッチや水彩画なども数多く展示されていて、絵が結構上手いのに驚きます。ラスキンのことは過去のラファエル前派の展覧会でも触れられており、またホイッスラーとの有名な裁判騒動など、19世紀後半の英国の美術を多少なりとも観てきている人なら知っているでしょうが、実は絵の腕前も玄人はだしだったとは意外でした。多くは郊外のスケッチで、自然をありのままに描くことの重要性を説いたこうしたラスキンの考えがラファエル前派の若者たちに影響を与えたんでしょうね。


第2章 ラファエル前派

さて、いよいよラファエル前派。三菱一号館美術館で一番広いこの部屋だけ特別に写真撮影可になっています。ラファエル前派とは、英国の美術教育の中心であるロイヤル・アカデミーで教えられていたラファエロを規範とし形骸化していたアカデミズムに反発し、ラファエロ以前の芸術への回帰を目指し結成された「ラファエル前派同盟」に端を発する美術運動で、この章ではその結成メンバー-ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレイ-の3人を中心に作品を紹介しています。

ジョン・エヴァレット・ミレイ 「滝」
1853年 デラウェア美術館蔵

ミレイにこういう風景画もあるんだと印象に残ったのが入ったところに展示されていた「滝」。ごつごつした岩とか奥の森林とか自然風景をしっかりきっちり描いていて、ラスキンの教えに忠実に従ったんだろうなと思いますし、やはりミレイは上手いなと感じます。「滝」はラスキンとミレイとラスキンの妻エフィと3人で訪れたスコットランドで描いた作品だそうで、このあとミレイとエフィは恋仲となり、エフィはラスキンと別れ、ミレイと結婚します。

[写真左から] ウィリアム・ホルマン・ハント 「甘美なる無為」 1866年 個人蔵
ウィリアム・ホルマン・ハント 「誠実に励めば美しい顔になる」 1866年 個人蔵
ジョン・エヴァレット・ミレイ 「結婚通知-捨てられて」 1854年 個人蔵
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「夜が明けて-ファウストの宝石を見つけるグレートヒェン」
1875-81年 リヴァプール国立美術館、レディ・リーヴァー・アート・ギャラリー蔵

[写真左から] ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「ムネーモシューネー(記憶の女神)」
1876-81年 デラウェア美術館蔵
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「祝福されし乙女」
1875-81年 リヴァプール国立美術館、レディ・リーヴァー・アート・ギャラリー蔵
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「ウェヌス・ウェルティコルディア(魔性のヴィーナス)」
1863-68年頃 ラッセル=コーツ美術館蔵

ミレイだけでなく、ロセッティやハントも女性関係は複雑。ハントの「甘美なる無為」はもともとはアニー・ミラーをモデルに描いてましたが、ハントが中東旅行をしている間にアニーがロセッティと浮気し、破局。その後、ハントの妻となるファニー・ウォーをモデルに描きなおし、ハントとロセッティの仲にもヒビが入ったといわれています。

ラファエル前派一のイケメン?ロセッティがまた奔放。「ムネーモシューネー」と「夜が明けて」のモデルはウィリアム・モリスの妻で、ロセッティの愛人でもあったジェーン・モリス(ジェーン・バーデン)。その陰でロセッティの妻エリザベス・シダルが心身のバランスを崩し、悲劇的な死を迎えたのは有名な話ですね。「祝福されし乙女」と「ウェヌス・ウェルティコルディア(魔性のヴィーナス)」のモデルはアレクサ・ワイルディング。アレクサはロセッティの一番のお気に入りのモデルとされ、独占契約までしたにもかかわらず、なぜか恋愛関係にはならなかったというのが不思議です。

ラファエル以前への回帰を掲げる彼らが描く女性はルネサンス期のヴィーナスや聖母マリアといった理想の女性像がベースにあるわけですが、こうして展示されたラファエル前派の画家たちが描く女性像を様々なエピソードを思い浮かべながら観てると、なんとも生々しく、ラスキンの教えが良かったのか悪かったのかなどと考えてしまいます。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「ラ・ドンナ・デッラ・フィネストラ(窓辺の女性)」
1870年 マンチェスター大学ホイットワース美術館蔵

「ラ・ドンナ・デッラ・フィネストラ(窓辺の女性)」のモデルはジェーン・モリス。ロセッティはこの作品の素描を生涯手元に置いていたのだそうです。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「王妃の私室のランスロット卿」
1857年 インクバーミンガム美術館蔵

ロセッティのペン画がいくつか展示されていたのですが、特に「王妃の私室のランスロット卿」の細かく描きこんだ感じがロセッティの油彩画とは違う印象があって良いですね。

ジョン・エヴァレット・ミレイ 「新約聖書よりイエスのたとえ話」
(「パン種」、「パリサイ人と取税人」、「秘された宝」)
1863年頃 アバディーン美術館蔵

ミレイの「新約聖書よりイエスのたとえ話」はどこか素朴な雰囲気もあって、フツーに宗教画としていいなと思いますし、「結婚通知-捨てられて」なんてどこか悲しげな女性(エフィ)の顔が心に残るというか、とても素晴らしい。ミレイはラファエル前派という括りで片付けちゃいけないんじゃないかという気がします。

[写真右から] アーサー・ヒューズ 「リュートのひび
1861-62年 カンヴァスタリー・ハウス美術館蔵
アーサー・ヒューズ 「ブラッケン・ディーンのクリスマス・キャロル-ジェイムズ・リサート家」
1878-79年 カンヴァスバーミンガム美術館蔵
アーサー・ヒューズ 「音楽会」 1861-64年
リヴァプール国立美術館、レディ・リーヴァー・アート・ギャラリー蔵

なんかミレイの「オフィーリア」ぽいなと思ったのが、アーサー・ヒューズの「リュートのひび」。草地に寝そべって物思いに耽っているだけでした。ヒューズはミレイに影響を受けていたのだそう。なるほど。


第3章 ラファエル前派周縁

ラファエル前派と同時期の唯美主義というでんしょうか、ラファエル前派を連想させる画家たちの作品を観ていきます。

[写真左] シメオン・ソロモン 「中国の服を着た女性」 1865年 グロウヴナー美術館蔵
[写真右] シメオン・ソロモン 「詩」 1864年 水彩グロウヴナー美術館蔵

[写真右から] ウィリアム・ヘンリー・ハント 「果実-スピノサスモモとプラム」
1843年(?) ウィリアムスン美術館蔵
ウィリアム・ヘンリー・ハント 「ヨーロッパカヤクグリ(イワヒバリ属)の巣」
1840年頃 ベリ美術館

耽美的な作品で知られるシメオン・ソロモン、‟鳥の巣ハント”の異名を持つウィリアム・ヘンリー・ハント、このあたりも過去のラファエル前派の展覧会でもお馴染みですね。

[写真右から] トマス・マシューズ・ルック 「アハブ王の所有欲」 1879年頃 ラッセル=コーツ美術館蔵
ウィリアム・ダイス 「初めて彩色を試みる少年ティツィアーノ」 1856-57年 アバディーン美術館蔵
フレデリック・レイトン 「母と子(さくらんぼ)」 1864-65年頃 ブラックバーン美術館蔵

『ザ・ビューティフル 英国の唯美主義 1860-1900』のときも話題になったフレデリック・レイトンの「母と子(さくらんぼ)」が再びの来日。母と子の仕草や表情ももちろん素晴らしいのですが、衣服の柔らかな風合いやペルシャ絨毯の緻密な表現、装飾性を増す背景の百合の花や鶴の屏風、すべてが美しい。初めて観る画家だと思うのですが、トマス・マシューズ・ルックの「アハブ王の所有欲」も印象的でした。旧約聖書に登場するイスラエルの暴君アハブ王の6つのエピソードから成る作品で、衣服の細密描写がすごいですね。金色の額も素敵。


第4章 バーン=ジョーンズ

バーン=ジョーンズにまるまる一つの章があてがわれていて、とても充実しています。その主題の多くはギリシャ・ローマ神話や中世文学で、理想とする女性を美しく官能的に描いてきたラファエル前派の面々よりも、ラファエロ以前の初期ルネサンスを強く意識しているところもあるし、その神秘性や装飾性という点でもより面白味を感じます。一方で、ロセッティに弟子入りしていたこともあるからか、バーン=ジョーンズの描く女性を観ていると、やはりロセッティを彷彿とさせるものがあります。

[写真左] エドワード・バーン=ジョーンズ 「「書斎のチョーサー」
1863年 ラスキン財団(ランカスター大学ラスキン・ライブラリー)蔵
[写真右] エドワード・バーン=ジョーンズ 「慈悲深き騎士」 1863年 バーミンガム美術館蔵

[写真左] エドワード・バーン=ジョーンズ 「ぺレウスの饗宴」
1872-81年 バーミンガム美術館蔵
[写真右] エドワード・バーン=ジョーンズ 「『怠惰』の庭の巡礼者と踊る人たち」
1874年 バーミンガム美術館蔵

青木繁がバーン=ジョーンズに影響を受けているという話を聞きますが、「ぺレウスの饗宴」を観てると、青木繁の「天平時代」あたりのロマン主義的な作品を思い起こさせます。「『怠惰』の庭の巡礼者と踊る人たち」なんてとても装飾的で、ファッショナブルな印象さえ与えますが、よくよく観ると、これも青木繁の「海の幸」ぽいですよね。全然ファッショナブルじゃないけど。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「赦しの樹」 1881-82年
リヴァプール国立美術館、レディ・リーヴァー・アート・ギャラリー蔵

エドワード・バーン=ジョーンズ 「コフェテュア王と乞食娘」 1883年頃 個人蔵

比較的大型の作品も多く、見応えがあります。「赦しの樹」は、酷評されて公的な展覧会から7年も身を引く原因となった「ピュリスとデーモポーン」の描きなおしたもの。男性がよりマッチョなってるけど、個人的には「ピュリスとデーモポーン」の方が好きかな。ステンドグラス用のデザインという「主の日」がとてもいいですね。このステンドグラスというにも観てみたいものです。きっと素晴らしいんでしょうね。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「主の日-ステンドグラス用デザイン」
1874-75年(1880年に加筆) リヴァプール国立美術館、レディ・リーヴァー・アート・ギャラリー蔵


第5章 ウィリアム・モリスと装飾芸術

最後はウィリアム・モリス。モリス紹介の家具や壁紙をはじめ、アーツ・アンド・クラフツ運動を代表する作品が並びます。



中にはモリスの親友バーン=ジョーンズがデザインしたものもあり、二人のつながりやラスキンの影響なども見えてきます。「ポーモーナ(果物の女神)」は女神をバーン=ジョーンズが、背景と周りの装飾部分をモリスがデザインしたもの。少し褪せた感じはありますが、保存状態はとても良く、何より丁寧に織られた色彩のグラデーションが素晴らい。

モリス商会 「ポーモーナ(果物の女神)」
デザイン:バーン=ジョーンズおよびモリス、1882年
タペストリ制作:モリス商会(マートン・アビー工房)、1884-85年
マンチェスター大学ホイットワース美術館蔵


※展示会場内の写真は特別に主催者の許可を得て撮影したものです。


【ラファエル前派の軌跡】
2019年6月9日まで
三菱一号館美術館にて


もっと知りたいラファエル前派 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたいラファエル前派 (アート・ビギナーズ・コレクション)


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