2018/12/22

扇の国、日本

サントリー美術館で開催中の『扇の国、日本』を観てきました。

本展は、“扇”をめぐる美の世界を、幅広い時代と視点から紹介するというもの。涼を取る道具としての“扇”や、儀礼や祭祀で使われた“扇”、ご神体や仏像の納入品としての“扇”、ノートやメモ代わりに使われた“扇”などなど、様々な使われ方をした‟扇”があって、“扇”の狭い画面の中に繰り広げられるアイデアや美の世界に感心します。

てっきり“扇”は中国から入ったものかと思ってましたが、日本で生まれ発展したものだそうです。古代エジプトや中国にも煽いで風を送る道具として団扇のようなものはありましたが、薄い板や紙を開閉して使えるようにした‟扇”は日本オリジナルなのだとか。“扇”の起源は不明ですが、奈良時代にはすでに存在したともされ、10世紀末には中国や朝鮮に贈答品として贈られていたそうです。

ジャポニスムに影響された印象派やナビ派の作品にもときどき“扇”が描かれた作品がありますが、会場の最初のコーナーにはパリ万博(1855年)に出品されたという長澤芦雪や狩野探幽、歌川豊国の扇絵があって、日本を飛び越え海外の人までも魅了した“扇”の美の世界に興味が広がります。


会場の構成は以下の通りです:
序章 ここは扇の国
第1章 扇の呪力
第2章 流れゆく扇
第3章 扇の流通
第4章 扇と文芸
第5章 花ひらく扇
終章 ひろがる扇

檜扇の現存最古の作例という島根・佐太神社の「彩絵檜扇」は平安時代(12世紀)のもの。社殿の奥に大切に保管されていたという云わば御神体です。一部欠損がありますが、紅葉と山や水をイメージさせる緑や群青のぼかしを配したやまと絵は今も美しい。

仏像の胎内に納入されていたという“扇”や経典を土に埋める経塚から出土した“扇”なども展示されていて、スペース的にあまり詳しく触れられてはいませんでしたが、中には人骨とともに出土した例や斎串(玉串のように地に刺して神に供えるもの)として使用された例もあったと聞きます。今ではあまりピンときませんが、中世の人々は“扇”に呪力を見ていたのでしょう。展示されている遺品からは“扇”に託された神聖なメッセージが伝わってきます。

「彩絵檜扇」(重要文化財)
平安時代・12世紀 佐太神社蔵(島根県立古代出雲歴史博物館寄託)
(展示は12/24まで)

檜扇は古い時代のもの、紙扇はそのあとに登場したものと単純に頭の中にあったのですが、確かにもともとは木簡を束ね糸を通したものから日常品としての檜扇に発展したようですが、平安時代には檜扇を冬用、紙扇を夏用と使い分けられていたのだそうです。時代が進むにつれ、“扇”はファッションアイテムとして持て囃され、だんだんと装飾性が増していきます。

狩野杢之助 「扇面流図」(重要文化財)
寛永10年(1633年)頃 名古屋城総合事務所蔵

“扇”は「あふぎ」の音から「逢う儀」、つまり再会を願ったり、餞別に用いたりすることが多く、そこから“扇流し”が生まれたといいます。名古屋城の将軍専用の浴室の襖絵だったという「扇面流図」は投げた“扇”が舞って水面に入る瞬間までを描いているそうで、なんとも優雅。扇面には四季の草花や唐子なども描かれ、遊び心に溢れています。

「舞踊図」(重要美術品)
江戸時代・17世紀 サントリー美術館蔵(会期中場面替えあり)

初期風俗画の「舞踊図」がいいですね。トンボが描かれた着物を着た女性の持つ扇は秋草だったり、鶴をあしらった着物を着た女性の扇は秋草だったり、着物の紋様と扇面に描かれたモチーフの組み合わせもオシャレ。

狩野派ほか 「扇面貼交屛風」(重要美術品)
室町~江戸時代 16~17世紀 南禅寺蔵(写真は一部)

近世のやまと絵や琳派でよく目にする扇面散屏風も多く、中でも興味深かったのが京都・南禅寺所蔵の「扇面貼交屛風」。室町時代にさかのぼる貴重な遺品とされ、16世紀初めから17世紀初めまでの100年の間に制作された扇面が貼り付けられているそうです。その数240面。なんと8隻もあるのだとか(期間中2隻が場面替えで展示されます)。画題も花鳥や山水、走獣果蔬から中国故事人物や宮廷風俗まで幅広く、金地着色もあれば水墨もあり、絵師も元信印のついたものや直信の印章が押されたものもあり、狩野派を中心にそれぞれ異なっているとのこと。一度全面を観てみたいものです。

「扇屋軒先図」
江戸時代・17世紀 大阪市立美術館(田万コレクション)蔵

俵屋宗達が扇屋を営んでいたという話は有名ですが、室町時代以降は京都の町には何軒も扇屋があり、貴賤を問わず“扇”は広く流通していたといいます。南禅寺の「扇面貼交屛風」のようにオーダーメイドあるいは既製品の扇面を貼り付けた屏風もあれば、最初から屏風に貼る目的で描かれたものもあり、人々が“扇”をいかに楽しんでいたか、中世の人々の豊かな感性が見えてきます。

「源氏物語」の物語が各扇面に描かれた豪華な屏風もあれば、源平合戦や北野天神縁起が描かれたものもあり、生活の調度品(または嫁入り道具)としてだけでなく、布教や信仰のツールとして、あるいは古扇の保存目的として、さまざまな用途で扇面貼交屏風が制作されていたのだなとも感じます。和歌や物語のあらすじが扇の折れ目に沿って丁寧に描かれたものや、細密に描かれた物語絵など、扇面に広がる絵や書を観ていると、“扇”を開くことで徐々に現れる物語や臨場感を昔の人は楽しんでいたのでしょうね。

「源氏物語絵扇面散屏風」
室町時代・16世紀後半 浄土寺蔵(写真は左隻)

最後の方に、江戸絵画の絵師が描いた扇面が複数展示されていました。扇絵を描かなかった江戸絵師はいないというだけあり、芦雪や芳中、抱一、蕪村など絵師の個性がそれぞれ出ていて面白い。大雅の死後、妻・玉瀾が扇絵を描いて生計を立てていたというエピソードが泣けます。

ほかにも“扇”にまつわる浮世絵や着物、工芸品なども多く、“扇”をめぐるバラエティに富んだ日本人の高い美意識や豊かな感性に脱帽します。


【扇の国、日本】
2019年1月20日(日)まで
サントリー美術館にて

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