2018/12/29

終わりのむこうへ : 廃墟の美術史

渋谷区立松濤美術館で開催中の『終わりのむこうへ : 廃墟の美術史』を観てきました。

西洋古典から現代日本までの廃墟・遺跡・都市をテーマとした作品を集め、「廃墟の美術史」をたどるという展覧会。開幕早々お客さんの入りも良く好評のようで、わたしも早速観てきましたが、期待以上の面白さでした。

Twitterで感想ツイートをしたところ、3日でリツイートが700、お気に入りが1800を超え、たいしたことをつぶやいていないのにビックリ。なんでみんなこんなに「廃墟」に惹かれるんでしょうか。

出品点数は約70点。それほど広い美術館ではないので、作品数は決して多くありませんが、廃墟趣味の作品で知られるロベールやピラネージからデルヴォーなどシュルレアリスム、そして日本の戦前のシュルレアリスムや現代美術まで、廃墟をテーマによくまとまっていたと思います。作品は全て国内の美術館の所蔵作品で構成されていました(一部、作家蔵の作品もあり)。


会場の構成は以下のとおりです:
Ⅰ章 絵になる廃墟:西洋美術における古典的な廃墟モティーフ
Ⅱ章 奇想の遺跡、廃墟
Ⅲ章 廃墟に出会った日本の画家たち: 近世と近代の日本の美術と廃墟主題
Ⅳ章 シュルレアリスムのなかの廃墟
Ⅴ章 幻想のなかの廃墟:昭和期の日本における廃墟的世界
Ⅵ章 遠い未来を夢見て: いつかの日を描き出す現代画家たち

ユベール・ロベール 「ローマのパンテオンのある建築的奇想画」
1763年 ヤマザキマザック美術館蔵

まずは西洋の廃墟画の歴史から。
廃墟ブームとよく言われますが、西洋美術の世界では古いものでは17世紀頃から廃墟を主題とした作品が描かれていたといいます。

廃墟を描いた作品というと、2012年に国立西洋美術館で大規模な回顧展が開催されたユベール・ロベールやロベールにも影響を与えたというピラネージが真っ先に頭に浮かびます。ロベールは水彩の作品が1点展示されていました。崩れ落ちた屋根からは青空が見えます。古代風の衣装を着た人々や彫刻の大きさを考えると、この回廊はどれだけ巨大だったのでしょうか。

ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ 「『ローマの古代遺跡』より
「古代アッピア街道とアルデアティーナ街道の交差点」
1756年刊 町田市立国際版画美術館蔵

ピラネージは『ローマの景観』シリーズを中心に、複数の銅版画が展示されていました。ピラネージの銅版画は何度か観ていますが、やはりローマの古代遺跡を描いた作品は素晴らしいですね。建築家でもあるだけあって、その再現性の高さと精緻な表現はどれも見事です。描きこまれた情報量も半端じゃありません。ただ単にローマの景観を再現したというよりも、想像の域を超え、新たな古代都市を造り出しているといった方が近いかもしれません。

アンリ・ルソー 「廃墟のある風景」
1906年頃 ポーラ美術館蔵

コローの師というアシル=エトナ・ミシャロンの「廃墟となった墓を見つめる羊飼い」は廃墟趣味が西洋のアルカディアに対する憧れと深く繋がっていることを感じられて興味深かったです。18世紀から19世紀にかけて、廃墟はピクチャレスクなものとして人気を集めたといいます。いまでいう廃墟ブームでしょうね。

ルソーの「廃墟のある風景」も印象的な作品。一般的なルソーのイメージとは少し異なりますが、崩れかけた城壁と洗濯籠をもって道をゆく女性が幻想的です。

ポーリ・デルヴォー 「海は近い」
1965年 姫路市立美術館蔵

シュルレアリスムはデルヴォーが多めで、あとはキリコとマグリット。廃墟や遺跡はシュルレアリスムでよく描かれるモチーフの一つですが、どこの時代の物でもない、どこの国でもない、不思議な風景にマッチします。

伝・歌川豊春 「阿蘭陀フランスカノ伽藍之図」
文化期(1804-18)頃 町田市立国際版画美術館蔵

日本美術にもかなり場所が割かれていて、古くは亜欧堂田善や歌川豊春がヨーロッパから輸入された廃墟画を参考にして描いたと思われる作品なども展示されています。歌川豊春というと江戸末期の浮世を席巻した歌川派の祖で、浮絵も描いていたそうですが、模写絵とはいえ、こんな作品も残していたんですね。

藤島武二 「ポンペイの廃墟」
1908(明治41)年頃 茨城県近代美術館蔵

興味深かったのが近代以降の日本の廃墟の美術史で、明治初期に日本の洋画界に大きな影響を与えたアントニオ・フォンタネージの遺跡を描いた作品や彼の弟子が描いた模写、また日本画では小野竹喬、洋画では百武兼行や藤島武二など、ヨーロッパに留学したことで触れた廃墟や遺跡を描いた作品も展示され、日本に廃墟画がどのように日本に入ってきたかという点で勉強になります。

ほかにも、中世の古城の廃墟を幾何学的な線で描いた岡鹿之助の「廃墟」、ローマのコロセウムを背にうねる人々の異様な姿を描いた難波田龍起「廃墟(最後の審判より)」、また昨年の回顧展が記憶に新しい不染鉄の「廃船」など印象的な作品がありました。

北脇昇 「章表」
1937(昭和12)年 京都市美術館蔵

とりわけ印象に強く残ったのが戦前戦後の日本のシュルレアリスム。西洋のシュルレアリスム自体が第一次世界大戦と密接に繋がっているという点はありますが、日本のシュルレアリスムの展開も戦争の足音や不穏な時代の空気、そして荒廃した戦後の焼け野原の風景と重なり、幻想と現実が交錯します。頭部と腕が欠けた彫刻と枝を切られた木にピン止めされた蝶が何か時代の閉塞感を伝える北脇昇の「章表」、まるで古代ギリシャの神殿遺跡のように瓦礫と化した街に生きる少年の逞しさと優しさが印象的な大沢昌助の「真昼」、聳え立つバベルの塔が現代都市は幻想であることを示唆しているような今井憲一の「バベルの幻想」など、少ない点数ながらもセレクションの妙に唸ります。

元田久治 「Indication Shibuya Center Town」
2005(平成17)年

現代美術では、大岩オスカールや元田久治、野又穫、麻田浩の作品が展示されています。特に元田久治の廃墟と化した渋谷駅前の風景や、ジャングルと化した国会議事堂や東京駅など、東京の廃墟画もいつか来る文明の終焉を仄めかしているようで、渋谷という街でこの展覧会が開かれたことも何か因縁めいた気がします。


一年の最後の最後にこんな素晴らしい展覧会に出会うなんて。廃墟というキーワードに惹かれる人にはオススメの展覧会です。


【終わりのむこうへ : 廃墟の美術史】
2019年1月31日(木)まで
渋谷区立松涛美術館


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