2017/12/22

北野恒富展

すでに終了してしまいましたが、千葉市美術館で開催していた『北野恒富展』に行ってきました。

近代大阪画壇を代表する美人画の名手、北野恒富。地元・大阪のあべのハルカス美術館で開催し好評だった展覧会の巡回展になります。なかなか行けず、会期後半になってようやく観に行くことができました。

北野恒富というと、美人画の展覧会で観ることはありますが、たいていメインは上村松園や鏑木清方などで、恒富はあっても1点か2点。これまで断片的にしか観ることがなかったのですが、本展は初期から晩年まで通して観ることで恒富の全貌が初めて見えたというか、こんなに才能ある画家だったのかと知り、かなりの衝撃でした。


会場の構成は以下のとおりです:
第一章  「画壇の悪魔派」と呼ばれて -明治末から大正、写実と妖艶さ-
第二章 深化する内面表現 -大正期の実験と心の模索-
第三章 大阪モダニズム「はんなり」への到達 -昭和の画境、清澄にして艶やか-
第四章 グラフィックデザイナーとして -一世を風靡した小説挿絵とポスターの世界-
第五章 素描
第六章 画塾「白耀社」の画家たち -大阪らしさ、恒富の継承者たち- 

恒富はもともと月岡芳年門下の浮世絵師のもとで木版画の修行をし、新聞社に入社してから挿絵画家として活動を始めた人で、最初から美人画ばかり描いていたわけではないんですね。少年期には光琳風を学んだということが解説にあったのですが、初期の「六歌仙」や「燕子花」はその作品名からも察せられるように、モチーフを琳派から拝借していたりします。

ただ、挿絵画家時代の小説の挿絵などを観ると、芳年の門人・水野年方の描く女性に似た感じもあって、間接的に芳年や年方の影響を受けていたのかな、と思ったりしました。

北野恒富 「浴後」
明治45年(1912) 京都市美術館蔵

その後、文展入選を経て日本画家として頭角を現し、妖艶で退廃美ただよう美人画で人気を集めます。肩を露わにした姿が色っぽい「浴後」はそれまでの日本画にない構図というか、挿絵画家時代の経験が生きている感じがします。また西洋画を意識したような陰影や色彩、写実味の強い描き方もこの頃の特徴のようです。

北野恒富 「願いの糸」
大正3年(1914)  木下美術蔵

「願いの糸」は、盥の水に星を映しながら針に糸をとおすという七夕の風習を描いたもの。伊東深水にも「銀河祭り」というほぼ同じ情景を描いた作品がありますね。竹下夢二の影響か、女性の顔がどことなく夢二風で、他にも夢二の影響を感じさせる作品がいくつかありました。先日京都で観た『岡本神草の時代展』にも岡本神草が描いた夢二の模写や夢二風の作品があって、この時代、夢二の女性像のインパクトがどれだけ大きかったかが窺えます。

北野恒富 「思出」
大正前期 大阪新美術館建設準備室蔵

北野恒富 「五月雨」
大正5年(1916) 福富太郎コレクション資料室蔵

大正以降の作品はすっきりとしてきて、線の美しさやディテールのこだわり、構図のまとまりを強く感じます。悲しげな眼差しで指折り数える「思出」、誰かを待っているのか淋しげな後ろ姿の「五月雨」など、この時代の恒富の描く女性は淋しげな表情だったり、うつむき加減だったり、下がり眉だったり、決して明るい雰囲気ではないのですが、その分、とても情感が強く伝わってきます。

北野恒富 「淀君」
大正9年(1920) 耕三寺博物館蔵

新古典主義の流れもあってか、恒富も古典的なテーマに取り組みます。「淀君」はそれまでの“悪魔派”のイメージを一新。能面のような何とも言えない表情には淀君の心の奥底のさまざまな思いが滲み出ているようです。大下絵も展示されていて、全体のフォルムや肩や着物のラインも試行錯誤し、計算されていることがよく分かります。

少し離れたところには後に谷崎潤一郎夫人となる松子をモデルにしたという「茶々殿」があったのですが、どこかうつろな表情とは裏腹な凛とした佇まいが印象的でした。

北野恒富 「墨染」
大正後期 個人蔵

大正前期までは恒富は赤と黒の対比を追求していたということですが、大正後期になると黒と青の対比にこだわりを見せます。「墨染」は歌舞伎舞踊で知られる『積恋雪関扉』の傾城墨染を描いた幻想的な作品。実は小町桜の精である墨染の儚さを黒と青のモノトーンが一層深めているような気がします。

北野恒富 「いとさんこいさん」
昭和11年(1936) 京都市美術館蔵

大正末期から昭和にかけて、大阪らしい風情を感じる作品がいくつかあって、これがとても魅力的。しとやかな姉とちょっとお転婆そうな妹を描いた「いとさんこいさん」なんて大阪を舞台にした小説や映画の一場面のような面白さがあります。折角の宵宮なのにと恨めしそうに外を眺める三人姉妹を描いた「宵宮の雨」、小舟の前と後ろに女性2人が顔も合わせず佇む意味ありげな「蓮池(朝)」なども映画のワンシーンようなドラマ性を感じます。大阪ではないけれど、阿波踊りを描いた一連の作品の動きのある線・構図がまた素晴らしいですね。

北野恒富 「ポスター原画:髙島屋(婦人図)」
昭和4年(1929) 髙島屋史料館蔵

まとめて展示されていた恒富の手掛けたポスターや原画がこれまた抜群にいい。高島屋のポスター原画は以前にも観たことがあるのですが、お酒やビール、サイダーなどのポスターに描かれる女性の美しさ、着物の質感や光沢まで再現した手描き製版のレベルの高さに感動します。手描き製版というものがどういう制作方法なのか詳しくは知らないのですが、19回摺りという尋常ではない摺り数があって、ポスターとはいえ仕上がりの質感に徹底的にこだわっていたことも伝わってきます。


【没後70年 北野恒富展】
2017年11月3日(金・祝)~ 12月17日(日)まで(終了)
千葉市美術館にて


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