展覧会を観てから既に3週間以上が経ってしまい、そろそろ3月も終わりだと気づき、慌てて書き上げました(汗)
意外なことにラファエロの展覧会って、日本では今回が初めてなんだそうですね。ダ・ヴィンチやミケランジェロとともに盛期ルネサンスの三大巨匠とよばれるだけあり、ラファエロの作品は美術館からの借用が難しく、大規模な展覧会を開くことはヨーロッパでさえも極めて困難なのだそうです。本展では、そのラファエロの貴重な油彩画や素描など計23点が集められているほか、ラファエロの原画による版画やタペストリー、工芸作品なども公開しています。
観に行ったのが開幕の翌週で、普通ならまだそんなに混まない時期だと思うのですが、本展は会期の早い段階から混雑が始まっていて、朝から大変な行列でした。ラファエロの人気の高さをあらためて痛感しました。
会場に入ると、まずは栗原類に似ているとウワサのラファエロの自画像がお待ちかね。ラファエロの署名はないのですが、ラファエロの他の自画像との類似点からラファエロによる真筆とされているそうです。
ラファエロ・サンツィオ 「自画像」
1504-1506年 ウフィツィ美術館蔵
1504-1506年 ウフィツィ美術館蔵
Ⅰ. 画家への一歩
ラファエロは父ジョヴァンニがイタリアの小国ウルビーノの宮廷画家だったということもあり、父とその工房から絵を学び、早くから芸術的才能を開花させます。しかし、ラファエロが8歳のときに母を、11歳のときには父を亡くし、大きな後ろ盾を失います。その後は父の工房を引き継いだとも、他の宮廷画家の下で修行をしたとも、同じくルネサンスを代表する画家ペルジーノの助手として働いたともいわれています。17歳のときには独立した画家として注文を受けていたことが記録から分かっているそうです。いずれにしてもラファエロの早熟の天才ぶりが分かるエピソードです。
ラファエロ・サンツィオ 「聖セバスティアヌス」
1501-1502年 アカデミア・カッラーラ美術館蔵
1501-1502年 アカデミア・カッラーラ美術館蔵
「聖セバスティアヌス」はラファエロの初期の代表作の一つですが、18歳頃の作品というから驚きです。ラファエロの師ともいわれるペルジーノの影響が指摘されていて、その完成度の高さからペルジーノとの共作とする説もあります。聖セバスティアヌスを描いた絵は、多くが柱に縛りつけられ、裸体に矢を射られた姿ですが、ラファエロの「聖セバスティアヌス」は射抜かれた矢をちょこんと持ち、なんとも穏やかな表情なのが印象的です。写真だと分かりづらいのですが、金の首飾りや刺繍の細かな描写は目を見張る素晴らしさです。
初期のコーナーには、あまりの素晴らしさにナポレオンが持ち帰り分断してしまったというラファエロ17歳のときの作品(工房との共同作)「父なる神、聖母マリア」をはじめ、ラファエロの若かりし頃の作品や、父ジョヴァンニ・サンティの作品、師ペルジーノの作品などが展示されています。
Ⅱ. フィレンツェのラファエロ ― レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロとの出会い
ラファエロはフィレンツェに足繁く通い、同時代の先輩画家ダ・ヴィンチやミケランジェロの作品に触れ、強い影響を受けます。ここではラファエロがフィレンツェ時代に描いた作品を展示しています。
ラファエロ・サンツィオ 「聖ゲオルギウスと竜」
1504-1505年 ルーヴル美術館蔵
1504-1505年 ルーヴル美術館蔵
「聖ゲオルギウスと竜」は、異教徒を象徴する竜を聖ゲオルギウスが退治するという人気のモチーフで、ラファエロもこの画題の作品を何枚か残しています。動きのある構図はダ・ヴィンチの、空間表現はペルジーノの影響があると解説にはありましたが、聖ゲオルギウスが戦士にしては優しげな顔をしているのがラファエロ的な感じがします。
ラファエロ・サンツィオ 「無口な女(ラ・ムータ)」
1505-1507年 マルケ州国立美術館蔵
1505-1507年 マルケ州国立美術館蔵
ダ・ヴィンチの「モナリザ」を参考にして描いたといわれる作品。モナリザに比べると、多少薹が立った女性ではありますが、微妙な陰影の表現や構図にラファエロがいかにダ・ヴィンチを研究していたかが分かります。女性の表情から、この女性がどんな暮らしをしていて、どんな人生を送ってきたか、そんな深い部分まで伝わってくるような表現力に舌を巻きます。ちなみに、「無口な女」という題名は18世紀になってつけられたものだそうです。
ラファエロ・サンツィオ 「大公の聖母」
1505-1506年 パラティーナ美術館蔵
1505-1506年 パラティーナ美術館蔵
本展の目玉作品で、もちろん日本初公開のラファエロの代表作。ラファエロは聖母子像を多く描き、“聖母子の画家”とも呼ばれていますが、本作はその中でも最高傑作といわれています。最近のX線調査で、実は黒の背景は後年塗られたものであることが明らかになったそうです。17世紀に黒い背景の聖母子像が流行し、そのときに黒く塗りつぶされてしまったのではないかとのことでした。そのため、現在見れらるキリストの髪の一部や光輪は後年加筆されたものなのだそうです。制作当初の背景は、現在のテクノロジーをもってしても復元が困難のようですが、この作品はこの作品で黒い背景が聖母子を引き立たせ、何か神聖で厳かな気持ちにさせるものがあります。それにしても美しい作品でした。
この作品のタイトルも当初のものとは異なり、18世紀末に本作の持ち主であったトスカーナ大公フェルディナンド3世が亡命中も肌身離さず大切にしていたということから、「“大公の”聖母」と呼ばれるようになったとか。ウフィツィ美術館所蔵の本作の素描画も展示されていて、聖母子を描く制作過程が窺い知れて興味深いものがありました。
Ⅲ. ローマのラファエロ ― 教皇をとりこにした美
ラファエロは20歳代半ばにして、ローマ教皇ユリウス2世に招かれてローマに上り、ヴァチカン宮殿にあるローマ教皇の居室のフレスコ壁画の制作を引き受けます。さすがに壁画は持ってこれないので、会場では壁画制作のための素描やラファエロの原画をもとにしたタペストリ、またローマ時代に描いた肖像画などが展示されています。
ラファエロ・サンツィオ 「ベルナルド・ドヴィーツィ枢機卿の肖像」
1516-1517年 パラティーナ美術館蔵
1516-1517年 パラティーナ美術館蔵
今回の出展作で、個人的に一番強い印象を受けたのがこの「ベルナルド・ドヴィーツィ枢機卿の肖像」。まず何と言っても衣服の細かでリアルな質感に驚きます。顔の大きさ(小ささ)に比べ、身体の大きさや腕の長さのバランスに少し違和感を感じますが、それも引っ括めて強烈な存在感を放っていました。先日エル・グレコ展で観た「聖ヒエロニスム」と構図、腕の置き方、赤い衣服、黒の背景とが似ている気もします。エル・グレコはラファエロのこの絵を見ていたのでしょうか?あるいはラファエロもエル・グレコも参照した有名な作品でもあったのでしょうか…。
ラファエロ・サンツィオ 「エゼキエルの幻視」
1510年 パラティーナ美術館蔵
1510年 パラティーナ美術館蔵
ラファエロは、8歳年上で既にローマで名声を得ていたミケランジェロからも大きな影響を受けています。どちらかというと聖母子など慈愛に満ちた女性の美しさを描いているラファエロですから、同時代のボッティチェリやジョルジョーネの方が参考になりそうな気もしますが、そこを敢えてミケランジェロを研究していたというのが面白いところです。「エゼキエルの幻視」は、四大預言者の一人エゼキエルが空を割って神が現れる姿を見たという旧約聖書の挿話を描いたもの。40cm程度の小さな作品ですが、ラファエロらしくないというか、ミケランジェロを思わせる筋肉隆々の男性が目を引きます。ラファエロは古代彫刻に着想を得た作品も残していますから、そうした造形美に関心があったのでしょう。本作が贋作であるという話が数年前にありましたが、その後どうなったのでしょうか?
ラファエロ・サンツィオ 「友人のいる自画像」
1518-1520年 ルーヴル美術館蔵
1518-1520年 ルーヴル美術館蔵
ラファエロは38歳の若さでこの世去ります。この作品は、その最晩年に描いた作品のひとつ。ラファエロ(後ろ)と一緒にいる男性は、ラファエロが一番信頼していたという弟子のジュリオ・ロマーノともいわれています。ロマーノの肩に手をかける仕草や振り返ってラファエロを見る視線に二人の親密さを感じます。ラファエロは自画像からも分かるようにかなりの美形で、女性関係も派手だったようですから、二人が何か性的な関係だったということはないでしょうが、男性二人の親しげな様子が描かれている肖像画というのもあまり見かけない気がします。ラファエロの死因は多忙な仕事や無理がたたっての熱病とも、享楽的な生活が災いしての性病ともいわれています。
この時代のラファエロは教皇や貴族の宮殿の壁画制作が中心だったため、その作品が一般の人々の目に触れることはほとんどなかったようです。しかし、ラファエロは版画家と組み、彼の原画をもとにした銅板画を販売。その版画は大変な人気を博し、ヨーロッパ中にラファエロの名が知られることになったようです。本展では、ライモンディなどの版画家によるラファエロ原画の版画も多く展示されています。
Ⅳ. ラファエロの継承者たち
古典主義を完成させたとして高く評価され、その後の西欧美術において理想的な美の規準として高く評価されたラファエロ。ここではラファエロ工房の弟子をはじめ、ラファエロから影響を受けた同時代の画家の作品やラファエロが原画とされる工芸品などが展示されています。
どの作品も非常に優美で、穏やかで、柔らかで、癒し系的なラファエロの美の世界。ルネサンスの王道であるラファエロの作品がこれだけまとまって日本で観られるとは正に夢のようです。今年はダ・ヴィンチも来るし、ミケランジェロも来るし、スゴい年です。
【ラファエロ展】
2013年6月2日(日)まで
国立西洋美術館にて
誰も知らないラファエッロ (とんぼの本)
もっと知りたいラファエッロ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
ラファエロ (e-MOOK 宝島社ブランドムック)
0 件のコメント:
コメントを投稿