2010/05/09

生誕120年 奥村土牛

『歌川国芳展』を観て、その足で恵比寿に向かい、山種美術館へ行ってまいりました。山種美術館では、現在、奥村土牛の回顧展が開かれています。

山種美術館が広尾に移転してからは、初めての訪問。九段にあったときも、駅からずいぶんと歩きましたが、移転先も駅から10分程度、またもやあまり便利な場所ではありません。長い坂道。ラーメン屋は臭うし…。

さて、その日はゴールデンウィーク真っ只中ということもあり、山種美術館にも多くのお客さんが詰め掛けていましたが、先に観た『歌川国芳展』や『国宝燕子花図屏風』に比べて、お客さんの年齢層がかなり高め。今年が土牛の生誕120年という以外に何か特別注目されるようなきっかけもありませんし、再評価という気運が高まっているわけもありませんし、若い美術ファンから注目を集めるほどではなかったのかもしれません。

新しい山種美術館は、今度は展示会場が地下になり、若干ですが広くなったようです。メインの第一会場には、土牛の作品やスケッチ画などが時系列で並べられています。この方は大器晩成型で、30代も後半になってから評価されるようになったようですが、今こうして観てみると、その頃の作品は既に完成されたような感さえあります。

奥村土牛「鳴門」

入ってすぐのコーナーに、戦後すぐの1947年に描かれた「緋鯉」という作品と、鯉のスケッチがありました。先日閉場した歌舞伎座にも土牛の鯉の絵が飾ってありましたが、今回展示されていた鯉のスケッチは、「緋鯉」より歌舞伎座の「鯉」の絵の方が近い気がしました。歌舞伎座が再建されたのが1951年で、土牛にはその前に依頼しているでしょうから、歌舞伎座に飾られていた「鯉」は今回展示されていた「緋鯉」からあまり時間を置かずに描かれたものなのかもしれません。

奥村土牛「吉野」

九段時代の山種美術館では、何度か奥村土牛のコレクションを拝見していますが、速水御舟や横山大観の作品がメインになっても、土牛の絵はいつも脇役的に飾られてあった印象があります。しかし、山種美術館で一番所蔵作品数が多いのは土牛なのだそうで、実に135点もあるのだとか。ということは、今回展示されている作品は、そのごく一部。恐るべし、山種美術館。

奥村土牛「富士宮の富士」

院展の出展作を中心とした素晴らしい作品の数々に加え、山種美術館のために毎年私的に描いた十二支の作品など、展示品が大変充実しています。「吉野」や「門」、「鳴門」、「那智」といった代表作に加え、第一会場の最後を飾る最晩年の「海」、「富士宮の富士」、「犢」の三枚の素晴らしさ、その衰えぬ瑞々しさ。年を重ねてなおも輝くその感性に驚きの声を隠せませんでした。

奥村土牛「犢」

第二会場となる小さな部屋には、師・小林古径を偲んで描いたという傑作「醍醐」をはじめ、掛け軸など“和”を感じる良品が集められ、第一会場の土牛らしい作品とはまた違った趣があり、興味深かったです。

奥村土牛「醍醐」


【生誕120年 奥村土牛】
山種美術館にて
2010年5月23日(日) まで

奥村土牛 (ちいさな美術館)奥村土牛 (ちいさな美術館)

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