2014/07/02

台北 國立故宮博物院展

東京国立博物館で開催中の『台北 國立故宮博物院 -神品至宝-』に行ってきました。

開幕前のすったもんだで、かなり冷や冷やしましたが、なんとか無事開幕。今後の課題、反省点はいろいろありそうですが、何はともあれ解決して良かったです。

とにかく話題は門外不出の「翠玉白菜」で、初日から長蛇の列。平日の昼間から3時間、4時間待ちということで大変な賑わいになってますね。

かくいう私は、初日の夜に幸いにも10分並んだだけで拝見。混雑必至の展覧会は、これまでの経験上、開幕まもない時期の閉館前の時間帯が比較的空いていて一番狙い目かなと思ってます。

さて、本展は平成館2階会場での開催になっていますが、「翠玉白菜」のみ本館特別5室で展示されています。チケットは一枚でどちらも拝観できますが、当日限り有効なのでご注意を。(※「翠玉白菜」の展示は7/7で終了しています)


1 中国皇帝コレクションの淵源―礼のはじまり

故宮博物院は、宋元明清時代の皇帝コレクションが基盤になっていて、約9割が清朝宮廷の所蔵品だといいます。

入ってすぐのところに展示されているのが、「散氏盤」という西周時代(前9~前8世紀)に造られた銅盤で、領地問題を解決した云々といった内容の銘文が内面にびっしりと彫られています。清の嘉慶帝の50歳の祝賀大典で献上されたものだそうで、書道史上でも重要な史料の1つだといわれています。

≪皇帝が再現した古代≫として紹介されていたのが紀元前4~前3世紀の儀式用の酒器である「犠尊」で、イヌなのかブタなのか不思議な動物がユニーク。こうした古代の青銅器の倣古作品を制作することで、皇帝は祖先を祀ったのだとか。


2 徽宗コレクション―東洋のルネサンス

北宋第8代皇帝・徽宗の時代の書や美術品、またコレクションを紹介。汝窯ブルーの美しい青磁や鳥を模した倣古銅器、文人皇帝としても知られる徽宗による書や水墨画をはじめ、4世紀の書聖・王羲之の書のコレクションなど、これでもかと言わんばかりの超貴重な美術品が並びます。

青磁輪花碗
北宋時代・11~12世紀

徽宗という人は皇帝にしてこの腕前。書も思いのほか達筆。風流が過ぎて国を滅ぼしてしまうわけですが、文人、画人としては第一級の芸術家で、国が滅んでも彼の残した詩書画や蒐集品がこうして今に残っているのですから歴史というものは皮肉なものです。

徽宗 「渓山秋色図軸」
北宋時代・11~12世紀


3 北宋士大夫の書―形を超えた魅力

北宋の文化的隆盛は士大夫(科挙出身の高級官僚)による古代研究の成果であるということが解説にありましたが、ここでは蔡襄や欧陽脩を始め、宗の三大家の内、黄庭堅、米芾の書が展示されています。欧陽脩の格調のある書体が印象的でした。


4 南宋宮廷文化のかがやき―永遠の古典

都が杭州に移ってからの南宋文化を代表する作品を紹介。南宋時代の玉器の文房具や清の乾隆帝が蒐集した官窯青磁と見どころが多いのですが、南宋絵画のコレクションが素晴らしい。南宋の宮廷画家を代表する馬遠の「杏花図頁」や蓮池の水鳥を描いた馮大有の華麗な「太液荷風図頁」が秀逸。自戒のために描かれた勧戒画の「折檻図軸」の岩や松の描写を観ていると、狩野派に繋がるものを強く感じます。

馬遠 「杏花図頁」
南宋時代・13世紀

この章の最後には、初期の山水画4点が展示されています。この時代の現存作品は十指に満たないといい、唐時代の青緑山水や華北と江南それぞれを代表する水墨など貴重な作品が展示されています。こうした山水画は遣唐使により日本にももたらされていたそうです。


5 元代文人の書画―理想の文人

南宋末期から元初期に活躍した書画家・趙孟頫や高克恭(高然暉)、また元末四大家の呉鎮、王蒙、倪瓚の作品があります。元代文人画は日本にほとんど伝来していないとのこと。趙孟頫は『北京故宮博物院200選』展で、倪瓚は『上海博物館 中国絵画の至宝』展でも観ていて強く印象に残っています。

高克恭 「雲横秀嶺図軸」
元時代・14世紀 (展示は8/3まで)

高克恭は日本では高然暉として知られる元代の画家。華北の雄大な構図と江南の湿潤な墨法を融合しているとありました。北宋・南宋の画風を習得しその折衷様式を得意とした谷文晁にも恐らくは影響を与えたのだろうなと感じます。

王蒙 「具区林屋図軸」
元時代・14世紀

髭や馬のたてがみの細密な表現力に唸る趙孟頫の「調良図頁」や多くの題賛が書き加えられた張中の「桃花幽鳥図軸」、桃源郷の風景がビッシリと描きこまれた王蒙の「具区林屋図軸」なども秀逸。


6 中国工芸の精華―天と人との競合

最初に登場するのが景徳鎮の「青花龍文大瓶」。青色にイスラム産のコバルトを用いたという逸品です。至上の白とも呼ばれる輝かんばかりの白さが美しい「白磁雲龍文高足杯」、最も評価が高いという成化年間の豆彩、また正に超絶技巧な漆工芸の数々など目を見張る工芸品が並びます。

「青花龍文大瓶」
明時代・15世紀

驚くのは刺繍画で、パッと見、まるで絵画なのですが、実はすべて刺繍というからビックリ。刺繍ならではの色数の豊富さと緻密な表現、そして微妙な立体感にはただただ感嘆するばかり。そして何よりどれも保存状態がとてもいい。彩り鮮やかな「刺繡九羊啓泰図軸」や刺繍に見えないほど素晴らしい「緙絲海屋添籌図軸」、岩面のグラデーションと海波の立体感が驚異的な「刺繡咸池浴日図軸」と、どれもその技術の高さには頭が下がります。

「刺繡九羊啓泰図軸」
元時代・13~14世紀


7 帝王と祭祀―古代の玉器と青銅器

主に1930年代に出土し、故宮に収蔵された作品を紹介。ほどんどが紀元前の殷・春秋・西周といった時代のもので、中には新石器時代という非常に古いお宝も。面白かったのが、紀元前3200年~前2200年ごろのものという「玉琮」で、縦長17段の長方形の箱(?)のような形状をしていて宇宙を表しているそうです。いまだ未解読の記号が彫られているとか。

「玉琮」
新石器時代(良渚文化)・前3200~前2200年


8 清朝皇帝の素顔―知られざる日常

鯉の滝登りの玉器「鰲魚玉花挿 」や鮮やかな緑色が美しい贅沢な翡翠の衝立「松鶴翠玉挿屏」、また豪華な文房具の数々など。興味深かったのが、漢文と満州文字で書かれた清の公文書。満文は清を興した満州族の公用文字だったそうです。漢字とも違う独特の文字。こういう言語があったのですね。


9 乾隆帝コレクション―中国伝統文化の再編

見ものは乾隆帝が作らせたという「紫檀多宝格」で、陶磁器や青銅器、玉器、書画などこれまで見てきたような宝物のミニチュアが高さ20cmほどの箱に収められています。贅沢。

紫檀多宝格
清時代・乾隆年間(1736~1795)

≪乾隆帝コレクション≫のコーナーは「紫檀多宝格」を模した形になっているのも凝ってます。ほかに、金より高価だという田黄石の石印「鴛錦雲章」、徽宗をも魅了したという美文調の孫過庭の「草書書譜巻」、乾隆帝が編纂した大事業「四庫全書」(の内5冊)など。


10 清朝宮廷工房の名品―多文化の交流

絢爛豪華というべき装飾の美しさと緻密さが見事な「粉彩透彫雲龍文冠架」や、内心部を回転させると窓から金魚の泳ぐ姿が見られるという仕掛けの「藍地描金粉彩游魚文回転瓶」、ピンク色の色彩が素敵な「臙脂紅碗」といった景徳鎮の名品が見もの。会場の最後の、黒と白の二色からなる玉材を熊と人物に彫り分けた「人と熊」がかわいい。

「人と熊」
清時代・18~19世紀


翠玉白菜―天然の美と至高の技の結晶

本展の目玉である「水玉白菜」は本館の特別5室(前回『キトラ古墳展』を開催した場所)に展示。翡翠で造られたという天然の石の奇跡的な美しさもさることながら、やはりその精巧な素晴らしさに唸ります。光緒帝の妃である瑾妃の嫁入り道具という話ですが、まぁ贅沢です。技巧の点でいえば、日本にも超絶を極めたような作品はありますが、翡翠独特の透明感と鮮やかな緑と白のコントラストは絶品。まさに眼福でした。

「翠玉白菜」
清時代・18~19世紀 (展示は7/7まで)

故宮博物院の美術品の数々は戦禍を逃れ台北に避難していた貴重な作品。国が変わっても皇帝が変わっても代々引き継がれてきた奇跡の品々だけあって、よくぞ日本に貸し出してくれたなと思います。今はいろいろと問題のある中国ですが、かつては豊かな文化と技術を誇り、それは長い間、日本の憧れであり、目標でもあったのだなとあらためて痛感します。台湾に行けばまた観られるかもしれませんが、日本で観られるチャンスはそうはないと思います。必見の展覧会です。


東洋館で開催中の特集展示『日本人が愛した官窯青磁』もオススメです。


【台北 國立故宮博物院 -神品至宝-】
2014年9月15日(月)まで
東京国立博物館にて


美術手帖7月号増刊 台北 國立故宮博物院美術手帖7月号増刊 台北 國立故宮博物院


ふたつの故宮博物院 (新潮選書)ふたつの故宮博物院 (新潮選書)

2014/06/29

鉄斎 TESSAI

出光美術館で開催中の『鉄斎 TESSAI』に行ってきました。

本展は、幕末・明治・大正と激動の時代を生きた文人画家で、最後の文人と評された富岡鉄斎の没後90年を記念しての展覧会。出品作はすべて出光美術館の所蔵作品で構成されています。

出光美術館には約80件の鉄斎のコレクションがあるそうで、その内の69作品が今回展示されています(他の画家の関連作品を含めると総展示数は計74点)。

こうした形で鉄斎コレクションを一堂に公開するのは10年ぶりとのこと。期間中展示替えはなく、若書きから最晩年の作品まで鉄斎画をまとめて観るには大変いい機会です。


会場は5つの章に分かれています。
Ⅰ 若き日、鉄斎の眼差し― 学ぶに如かず
Ⅱ 清風への想い ―心源をあらう
Ⅲ 好古趣味 ―先人への憧れと結縁
Ⅳ いざ、理想郷へ
Ⅴ 奇跡の画業 ―自在なる境地へ


30~40代の作品を集めたⅠ章や最晩年の作品から成るⅤ章を除いては、40代から晩年に至るまで織り交ぜながらテーマに沿って作品を紹介しています。初期の作品にはまだどちらかというと俳画風の文人画というのもあり、「十二ヶ月図」や「高賢図」のような風流な掛軸に逆に意外な新鮮味を感じたりします。

富岡鉄斎 「陽羨名壷図巻」
明治3年(1870) 出光美術館蔵

≪清風への想い≫では、“清風”(=喫茶趣味)への関心を表す作品を集めています。いろんな形や色の急須や茶道具が楽しい「陽羨名壷図巻」や、中国の故事に因んだ「陸羽煮茶図」、晩年の「高士煎茶図」が風雅でいい。

鉄斎は自分は儒者であって画師ではないと常日頃語っており、その画はほとんど独学だったといいます。たくさんの書物から学んだ知識や世界観といった好古趣味が鉄斎の源泉にはあったといい、高橋草坪や青木木米といった幕末の文人画家の影響を感じさせる作品も展示されていました。

富岡鉄斎 「蘭亭曲水図」
明治25年(1892) 出光美術館蔵

「蘭亭曲水図」は基にしたとされる高橋草坪の作品と並んで展示されていて、画としての巧さでいえば高橋草坪の方が上なのですが、鉄斎の味わいは抗しがたいものがありますし、米法山水を自己流に噛み砕いている感じがします。そういった意味では「米法山水図」もいい。

富岡鉄斎 「口出蓬莱図」
明治26年(1893) 出光美術館蔵

鉄斎といえば山水とは別に飄逸さやおおらかさも魅力ひとつ。ユーモラスな「太秦牛祭図」、仙人の口から煙のように蓬莱山が出てくる「口出蓬莱図」、ちょっと楽しい地獄絵図「萬古掃邪図」などやはり面白い。

「余に印癖有り」というほど実に500顆を超える印を持っていたという鉄斎。そうした蒐集癖を物語るような前漢の文人・司馬相如が夢に出てきたら司馬の印を手に入れたという「奇夢得印図」が秀逸です。

富岡鉄斎 「明恵上人旧廬之図」
明治34年(1901) 出光美術館蔵

富岡鉄斎 「東瀛僊閣図」
大正7年(1918) 出光美術館蔵

後年の作品では、やまと絵の画法を意識したという紅葉の赤と山の緑の色調が明るく華やかな印象を与える「明恵上人旧廬之図」、野に放たれた牛と咲き乱れる桃の花がなんとも長閑で美しい「放牛桃林図・大平有象図」、近景と遠景の描写と青緑山水の美しさが秀逸な「東瀛僊閣図」が印象的です。

富岡鉄斎 「梅華邨荘図」
大正10年(1921) 出光美術館蔵

最晩年の作品はまさにカオス。自在な筆勢によるダイナミックな水墨表現に圧倒されます。その中でも白眉は「梅華邨荘図」で、全面を覆う墨絵のところどころに咲き誇る桃の花がいい。最晩年の大作「蓬莱仙境図」はもはや抽象画で、山が生きているような不思議な錯覚に陥らせます。

富岡鉄斎 「蓬莱仙境図」
大正12年(1923) 出光美術館蔵

ほかにも、扇面に描いた作品の小特集も組まれていて、軽妙な「福内鬼外図」や「狗子図」など楽しげな作品も出ていました。

出光美術館の所蔵作品だけなので、もっと観たいという向きには物足らなさもあるかもしれませんが、それでもこれだけのコレクションを一堂に観られるのは圧巻です。鉄斎は「自分の画を見るならば賛から先に読んでくれ」と語ったということですが、わたしのように賛文を読めるほど教養がなくても、パネルで説明されているので、鉄斎がどのような意味をその画に込めたか理解しながら作品を味わえるのが良かったと思います。
 

【没後90年 鉄斎 TESSAI】
2014年8月3日(日)まで
出光美術館にて


富岡鉄斎 仙境の書富岡鉄斎 仙境の書

2014/06/27

徒然草 美術で楽しむ古典文学

サントリー美術館で開催中の『徒然草 美術で楽しむ古典文学』に行ってきました。

鎌倉時代末期に兼好法師(今は“吉田兼好”と言わないそうな)によって書かれ、『枕草子』『方丈記』とともに日本三大随筆と呼ばれる『徒然草』。実は執筆から100年あまりの間は注目されず、広く知られるようになるのも慶長年間(1596~1615)になってからなのだそうです。

本展は、『徒然草』について触れた室町時代の史料や最初期の写本、江戸時代に登場する“徒然絵”などをとおして、『徒然草』の新たな魅力を教えてくれます。


第1章 兼行と徒然草

まずは兼行法師の肖像から。いずれも江戸時代に描かれたものですが、寛永の三筆といわれた松花堂昭乗の「兼行図」は手にした団扇も止まったまま巻物をじっと見つめ、海北友雪の「兼行法師像」(模本)も筆を手にしたまま一点を見つめ、いずれも何か熟思するような姿が印象的。一方、尾形乾山の「兼好法師図」は略画体の楽しい兼好法師。乾山は兼好が晩年を過ごした双ヶ丘に居を構えていたといい、隠士を自称していただけあって兼行に理想の姿を見ていたのかもしれません。

尾形乾山 「兼好法師図」
江戸時代・17世紀後半〜18世紀後半 個人蔵

ここでは高師直が恋文の代筆を依頼した和歌の名手として兼行が登場する「太平記絵巻」や兼行の短冊を含む国宝「宝積経要品 紙背 和歌短冊」のほか、兼行の伝記を紹介し『徒然草』再発見のきっかけを作ったとされる歌論書「正徹日記」、最初期の『徒然草』の写本、また兼行が生きた末法の世を代表する作品として国宝「法然上人絵伝」などが展示されています。


第2章 徒然草を描く

『徒然草』を絵画化した“徒然絵”を紹介。江戸初期・慶長年間になって『徒然草』が広まった理由には、古典文化復興のブームがあったのと、木版による本が大量に流通するようになったということがあるようです。いずれにしても戦国の世が終わり、それだけ平和になったということなのでしょう。

伝・住吉如慶 「徒然草図屏風」(右隻)
江戸時代・17世紀 熱田神宮蔵

『源氏物語』が“源氏絵”、『伊勢物語』が“伊勢絵”であるように、『徒然草』は“徒然絵”といいます。ここでは“徒然絵”に少なからぬ影響を与えたという『徒然草』の絵入注釈書『なぐさみ草』の図様や、広く流布した奈良絵本、そして徒然絵の画帖や屏風などを展示。中には、嫁入り道具なのでしょうか、金泥を加えた贅沢な絵本まであり、『徒然草』が当時の人々にどれだけ受け入れられていたかが分かります。

英一蝶 「徒然草・御室法師図」
江戸時代・17世紀後半 個人蔵

作品としては住吉如慶・具慶など住吉派の作品が多く、土佐光起の作品も一点ありましたが、同じやまと絵系でも土佐派による徒然絵は意外と少ないのだそうです。そんな中でも、世間のニーズに応じて狩野派もやまと絵的な徒然絵を手掛けていたようで、狩野常信の徒然絵(模本)など狩野派の作品もありました。狩野派では江戸後期に活躍した狩野寿信の「徒然草屏風」や英一蝶のユーモラスな「御室法師図」などが◎。

狩野寿信 「徒然草図屏風」(左隻)
江戸時代・19世紀 板橋区立美術館蔵

そのほか、奈良絵本を解体し屏風に貼った「奈良絵本『徒然草』貼交屏風」が面白い。本文と隣の挿絵が関連してなく、どうも無頓着に貼ったらしい(笑)。米沢市上杉博物館蔵の「徒然草図屏風」もかなりの見もの。挿絵と挿絵の境に金雲を施していて豪華。狩野派系の絵師によるものだろうとのことです。

「徒然草図屏風」(右隻)
江戸時代・17世紀 米沢市上杉博物館蔵


第3章 徒然草を読む

ここではサントリー美術館が近年収蔵した海北友雪の「徒然草絵巻」を全二十巻を公開。全段ではありませんが、相当のスペースを使ってるので、かなり見応えがあります。多くの徒然絵に影響を与えている「なぐさみ草」の図様とは関連性がなく、また成立年も徒然絵の中ではかなり早い時期のものではないかと指摘されているそうです。

海北友雪 「徒然草絵巻」 巻一部分
江戸時代・17世紀後半 サントリー美術館蔵

海北友雪 「徒然草絵巻」 巻九部分
江戸時代・17世紀後半 サントリー美術館蔵

友雪の絵巻はやまと絵系の作品の端正さとも違い、繊細かつ飄逸な筆致が印象的。徒然絵は“源氏絵”など物語絵とも異なり、どちらかというと一段読み切りといった感じの簡潔な話ばかりなので、分かりやすいのもポイント。恋愛経験の少ない男はつまらないとか、相手に気を使って話をしてると虚しくなるとか、家にごちゃごちゃと調度品が多いのは下品だとか、いろいろ面白い。


第4章 海北友雪の画業と「徒然草絵巻」

「徒然草絵巻」の海北友雪にスポットを当てています。海北友雪は『栄西と建仁寺展』で作品が多く紹介されていた安土桃山時代を代表する絵師の一人・海北友松の子。狩野派、長谷川派に押されて、なかなか注目される機会の少なかった海北派がこうして紹介されるのはとても嬉しいことです。

海北友雪 「一の谷合戦図屏風」
江戸時代・17世紀 埼玉県立歴史と民族の博物館蔵

素晴らしいのが水墨で、「五行之図」や「南都八景」、最後に展示されていた「秋蓮白鷺図」など、いずれも墨の濃淡の巧みな表現と柔らかな筆の運び、余白の使い方などがいい。屏風でも、扇を大胆にあしらった「一の谷合戦図屏風」や、人々の生き生きした表情や活気が伝わってくる「日吉山王祭礼図屏風」など見るべきものがあります。


『徒然草』を読むのは古典の教科書以来ですが、いま読んでみると、随筆というより“つぶやき”のようでもあり、ある種の自己啓発本だなと感じるところもあります。結構現代に通じる話も多く、そうだよなぁと納得しきり。それぞれの段の詞書には現代語訳も添えられていて解説も丁寧なので、古典文学に通じてなくても全く問題ありません。逆に古典だからといって敬遠しがちな人にオススメの展覧会です。


【徒然草 美術で楽しむ古典文学】
2014年7月21日(月・祝)まで
サントリー美術館にて


吉田兼好とは誰だったのか 徒然草の謎 (幻冬舎新書)吉田兼好とは誰だったのか 徒然草の謎 (幻冬舎新書)


使える!『徒然草』 (PHP新書)使える!『徒然草』 (PHP新書)

2014/06/25

六月大歌舞伎

歌舞伎座で六月大歌舞伎を観て参りました。今月は右肩の手術による休養から復帰の仁左衛門と、尾上松緑の長男・藤間大河くんの三代目尾上左近襲名が見どころ。

まずは昼の部。
最初は舞踊で『お国山三 春霞歌舞伎草』。
新作舞踊なのかと思ったら、初演は大正3年、六代目菊五郎なんですね。出雲の阿国一座の歌舞伎踊りを披露しているところに名古屋山三の亡霊が現れるという幻想的かつ春らしい舞踊で、時蔵、菊之助に加えて若手花形衆が華やか。中でも、成長株の米吉の可愛らしさと上手さが目立っていました。ただ、時蔵・菊之助で舞踊なら、他に何か適した演目がなかったのかな、と。

つづいて 『実盛物語』。実盛に菊五郎、小万に菊之助、葵御前に梅枝、瀬尾十郎に左團次。菊五郎の実盛はたっぷりした味わいを見せつつも、時代物の重厚さはあまり感じられず。これはこれで菊五郎の味なのでしょう。梅枝が実に良く、武家の品格を見せ素晴らしい。菊之助はさすがの安定感ですが、今月は先ほどの舞踊とこの小万と夜の水無瀬御前というのがファンには物足らない。左團次もこの人ならではの大きさと手堅さ。家橘と右之助の九郎助夫婦は少々地味というか、味わいに欠けるというか、劇団の芝居にちょっと染まってない感じがしました。

次に真山青果の『大石最後の一日』。討ち入りのあとに“お達し”を待つ重苦しい空気の中の芝居ということもあり、また昼食後の動きに乏しい台詞劇ということもあって(しかも場内暗転)、睡魔との闘い。何度か寝落ちしました(笑)。大石の幸四郎がとうとうと語る台詞は長く、さして面白いものではありませんが、孝太郎のおみのと彌十郎の堀内のやりとりは聞かせるものがありました。ただ、やはり暗い芝居。

最後は、待ってました!の仁左衛門の『お祭り』。仁左衛門丈の元気そうな様子と千之助くんの成長ぶり、何よりいつまでも若々しい仁左衛門ですが孫を見て嬉しそうな様子が微笑ましい。


さて、夜の部。
こちらは左近くんの襲名興行で『蘭平物狂』。奴蘭平実は伴義雄に松緑、一子繁蔵に左近、女房おりく実は音人妻明石に時蔵、水無瀬御前に菊之助、そして在原行平に菊五郎。左近くんは既に堂々としたもので、子役の危なげなさもなく立派。松緑も力が入っていて、実に魅せる芝居でした。蘭平・繁蔵の父子関係と松緑・左近の父子関係が重なり、左近を見つめる松緑の目が蘭平のものなのか、松緑としてのものなのか交錯します。

アクロバティックな大立ち回りも素晴らしく、ちょっとしたサーカス気分。花道寄りのかぶり席で観ていたものですから、梯子の真下でハラハラドキドキしておりました(笑)。やゑ亮くんは大活躍ですね。テーピングやシップ(?)巻いてる人や、舞台袖で足をモミモミしてる人もいて、これ大変だわと痛感。みなさん怪我なく千秋楽まで務められたでしょうか? 最後に襲名口上。

つづいて松羽目物で『素襖落』。太郎冠者に幸四郎。観る前は少し不安だったのですが、幸四郎のコミカルさと大名某の左團次、次郎冠者の彌十郎の軽妙さが相まってなかなか面白かったです。ただ、『素襖落』は初めて観たので比較対象がないのですが、こんなものですかね。吉右衛門や三津五郎も演じているようなので、機会があれば観てみたいなと思います。高麗蔵の姫御寮も良し。

最後は『名月八幡祭』。縮屋新助に吉右衛門、芸者美代吉に芝雀。婀娜っぽさで売る深川芸者にはどうしても見えないのですが、根っからの男に甘い女というか、悪気のない浅はかさというか、福助とはまた違う美代吉。芝雀にしては珍しい役でこれが意外な発見でした。ここの見ものはやはり播磨屋。段々と狂っていく様子が非常にリアルで、『籠釣瓶』とはまた別の気狂い。その心理描写は抜群ですが、少し作り込みすぎていて、芝居から浮いてしまってるような気もしないでもありません。脇が充実していて、三次の錦之助、魚惣の歌六、女房の歌女之丞、藤岡の又五郎をはじめ、美代吉の母の京蔵、松本女房の京妙、幇間の吉三郎といった面々が要所要所をしっかり固め、ドラマに重層的な厚みと江戸のリアリティを与えていました。

2014/06/15

描かれたチャイナドレス

ブリヂストン美術館で開催中の『描かれたチャイナドレス展』のブロガーナイトに参加してまいりました。

Twitter のTLにときどき流れてくる感想ツイを読んでると、なかなか評判もいいようで、早く観に行かないといけないなと思ってたところでした。会社から急いで美術館に着くと、1Fのティールーム《ジョルジェット》に案内されて、ウェルカムドリンクのサービス。冷たいシノワズリティーに汗もスーッと引いていきます。

さて本展は、大正から戦前にかけての、中国への憧憬や愛着を抱いた洋画家たちが描いたチャイナドレス姿の女性像だけを集めたユニークな企画展。

かつての中国は文化の先進国。大正時代の日本では中国趣味のブームというのがあって、まだ女性の半数は和服姿という時代にもかかわらず、チャイナドレスを着た女性を街中で見かけることも珍しくなかったというから驚きです。

展覧会は第1室と第2室を使い、28作品が展示されています。壁も展覧会に合わせて赤く塗られていたり、チャイナドレスが飾られていたりと、気分はオリエンタル。当日は学芸部長の貝塚氏の解説を伺いながら、作品を拝見しました。


第1室は日本人女性に中国服を着せて描いた作品で構成されています。最初に登場するのが藤島武二。「匂い」は日本の洋画家がチャイナドレスを着た女性を描いた最も早い時期の油彩画だそうです。ヨーロッパ留学からの帰国後に描いた作品で、藤島は60着もチャイナドレスを買い集めていたといい、それをモデルに着せて描いたようです。ちょっと浅丘ルリ子似の美人。

藤島武二 「匂い」
大正4年(1915) 東京国立近代美術館蔵

メインヴィジュアルにも使われている「女の横顔」は赤い中国服とピンクの髪飾りの彩りも美しく、女性の顔がパーッと明るく輝いて見えます。横顔の肖像はイタリア・ルネサンスの肖像画の典型で、藤島はルーブルでこうした肖像画の模写に励んでいたそうです。モデルの“お葉さん”は竹久夢二の元恋人で、藤島を満足させた数少ない“横顔美人”ということでした。

[写真右から] 藤島武二 「芳蕙」 大正15年(1926) ※パネル展示
藤島武二 「女の横顔」 大正15~昭和2年(1926-27) ポーラ美術館蔵
藤島武二 「鉸剪眉」 昭和2年(1927) 鹿児島市立美術館蔵

同じく“お葉さん”を描いたとされる「芳蕙」がパネル展示であったのですが、現在所在不明なのだとか。会期前半には「東洋振り」という、滅多にお目にかかれない藤島武二の代表作も展示されていたようです。その「東洋振り」から約3年ほど、藤島は中国服を着た女性の横顔を集中的に描いていたというお話でした。

[写真右] 小林萬吾 「銀屏の前」
大正14年(1925) 福富太郎コレクション資料室蔵
[写真左] 久米民十郎 「支那の踊り」
大正9年(1920) 個人蔵

小林萬吾の「銀屏の前」は北京から中国服を取り寄せて描いたといい、中国服の模様や色合いがとても良いというか、仕立てや着心地は最高だろうなという感じまで伝わってきます。小林は黒田清輝の弟子で、東京美術学校で教鞭をとっていたそうです。久米民十郎の「支那の踊り」は不思議な動きで体をくねらせ、当時は“霊媒画”と呼ばれていたとか。久米はイギリスで絵を学んだ人で、渦巻派(ヴォーティシズム)の影響を受けているとありました。この方は関東大震災で若くして亡くなっているのですね。

岸田劉生 「照子像」
大正9年(1920) 郡山市立美術館蔵

個人的にオススメは、劉生の「照子像」と矢田清四郎の「支那服の少女」。「照子像」は劉生の5歳下の妹で、病気療養のため劉生宅に身を寄せ、そのときに描かれた1枚とのこと。心なしか顔色も少し悪い。中国服の風合いというか質感の表現が素晴らしく、娘・麗子像とはまた違った魅力があります。「支那服の少女」は撮影NGだったのですが、柔らかな光の中に佇む少女の姿が美しく、とても印象的な作品。

[写真右] 三岸好太郎 「中国の女」
昭和2~3年(1927-28) メナード美術館蔵
[写真左] 三岸好太郎 「支那の少女」
大正15年(1926) 北海道立三岸好太郎美術館蔵

つづいて第2室。こちらは中国を訪れ、中国服の女性を描いたり、その印象を日本で描いたりした作品が中心。夭折の画家・三岸好太郎は岸田劉生やルソーの影響を受けているそうで、独特のタッチが印象的。三岸はヨーロッパに行きたかったけれども行けなかった画家で、唯一の渡航先が上海だったそうです。当時の上海はヨーロッパへの玄関口で、ヨーロッパを夢見させる街だったのですね。

[写真右から] 小出楢重 「周秋蘭立像」 昭和3年(1928) リーガロイヤルホテル蔵
正宗得三郎 「赤い支那服」 大正14年(1925) 府中市美術館蔵
正宗得三郎 「支那服」 大正14年(1925) 府中市美術館蔵

小出楢重といえば大正時代を代表するよう画家の一人。「周秋蘭立像」は大阪のリーガロイヤルホテルのメインラウンジに飾られている作品とのこと(美術館の方が照明の効果できれいに見えるとの話)。神戸在住の上海生まれのダンサーをモデルに描いたのですが、顔はあまり似ておらず、実は奥さんの方に似ていたというエピソードがあるそうです。

[写真左から] 児島虎次郎 「花卓の少女」
大正15年(1926) 高梁市成羽美術館蔵
児島虎次郎 「西湖の画舫」
大正10年(1921) 高梁市成羽美術館蔵

児島虎次郎は日本よりパリで作品を発表することが多かったという画家。「花卓の少女」は少女の愛らしさと花の美しさ、中国家具のトーンがなんとも品のいい一枚。「西湖の画舫」は画舫(屋形船)での酒宴を描いたもので、古都・西湖の風流な遊興の様子が伝わってきます。

安井曾太郎 「金蓉」
昭和9年(1934) 東京国立近代美術館蔵

さて、本展のメインの一つ安井曾太郎の「金蓉」。言わずと知れた安井の代表作。本展の企画そのものが、この作品を東京国立近代美術館から借りられたことにより始まったのだそうです。モデルは上海総領事の令嬢で、中国好きで普段から中国服を着ていたとか。細川護立(細川護熙元首相の祖父)の依頼により描いた作品で、政財界には彼女のファンも多かったようです。鮮やかな紺色の中国服や全体の色味といい、構図的なバランスといい、どれも素晴らしいのですが、やはり彼女の落ち着いた雰囲気というか、知的な内面性が伝わってくるところが秀逸です。

恩地孝四郎 「白堊(蘇州所見)」
昭和15年(1940) 千葉市美術館蔵

そのほか、中国といえば…の梅原龍三郎の作品や、中国の大道芸人とその家族を描いた藤田嗣治のインパクトのある作品など見どころも多いのですが、個人的に特に印象深かったのが恩地孝四郎の版画作品。白い壁の空間に背を向けて佇む中国服の女。なにか空気の冷たさと、感情のよそよそしさがあります。制作年からして中国とは戦争の様相を呈し、日本でもモガの時代は遠い記憶と化した時代、そんな時代の空気感さえ伝わってくるようです。


残りの第3室から第10室は、ブリヂストン美術館のコレクション展示となっています。ルノワールやマネ、モネなど印象派の作品から、マティスやピカソ、ポロックやフォートリエなど20世紀の美術まで、良質の作品が展示されています。

チャイナドレスと洋画家たちとの素敵な関係に、中国文化に憧れを抱き、中国趣味に洗練を感じた時代に思いを馳せるのもいいのではないでしょうか。


※展示会場内の画像は特別に主催者の許可を得て撮影したものです。


【描かれたチャイナドレス -藤島武二から梅原龍三郎まで】
会期: 2014年4月26日(土)~7月21日(月)
会場: ブリヂストン美術館
開館時間: 10:00~18:00(毎週金曜日は20:00まで) ※入館は閉館の30分前まで
休館日: 月曜日


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