2019/07/12

遊びの流儀 遊楽図の系譜

サントリー美術館で開催中の『遊びの流儀 遊楽図の系譜』を観てきました。

本展は屏風や絵巻、扇面など絵画に描かれた「遊び」をテーマに、そこに描かれた遊びや舞踊、ファッションをクローズアップするというサントリー美術館らしい企画展。とくに近世初期に流行した遊楽図を中心に、絵の中に描かれたような碁盤や双六、カルタなどが実際に展示されていて多面的に楽しめるのがいいですね。

遊楽図・風俗図は個人的にもとても興味を持っているのですが、これだけの数をまとめて観る機会というのもそうはありません。今回も展示替えが多い(前期・中期・後期と分かれ、全作品観るには3回は通う必要あり)のですが、遊楽図を代表する名品が揃い、遊楽図・風俗図好きには垂涎の展覧会です。


展覧会の構成は以下のとおりです:
第1章 「月次風俗図」の世界-暮らしの中の遊び
第2章 遊戯の源流-五感で楽しむ雅な遊び
第3章 琴棋書画の伝統-君子のたしなみ
第4章 「遊楽図」の系譜①-「邸内遊楽図」の諸様相
第5章 「遊楽図」の系譜②-野外遊楽と祭礼行事
第6章 双六をめぐる文化史-西洋双六盤・盤双六・絵双六
第7章 カルタ遊びの変遷-うんすんカルタから花札まで
第8章 「遊楽図」の系譜③-舞踊・ファッションを中心に

「十二ヶ月風俗図」(重要文化財) ※写真は一部
桃山時代・16~17世紀 山口蓬春記念館蔵 (展示は7/22まで)

季節々々の風俗を描いた「月次絵」は平安時代以来やまと絵の主要な画題の一つとして描かれてきたといいます。「十二ヶ月風俗図」は一月ならお正月の風景、二月は鶯合わせ、三月は鶏合わせ、四月は花売りというように、16世紀ごろ京都の、公家から市井の庶民までの風俗や娯楽が丁寧な筆致でいきいきと描かれています。土佐光吉の作ともいわれる本作品は何年か前に山口蓬春記念館でも観ていますが、同じく京の人々の風俗を描いた洛中洛外図とはまた違った雅やかな魅力があります。

平安時代の貴族たちの娯楽が描かれたものといえば、『源氏物語』などの物語絵。 展示されていた『源氏物語』の画帖や屏風にも男性たちが蹴鞠で遊ぶ様子や女性たちが琴を弾く様子が描かれていました。室町時代の作という「浄瑠璃物語絵巻」にも女性たちが琴や太鼓(鼉太鼓?)を演奏している様子が描かれているのですが、精緻で色鮮やかな調度品や太鼓などを観ていると、岩佐又兵衛もこうした絵巻を参考にしたのだろうかと想像してしまいます。

風俗図という枠からは外れますが、琴・囲碁・書道・絵画といった中国の士君子の嗜みを描いた琴棋書画がいくつかあって、それらが後の遊楽図、特に邸内遊楽図で琴は三味線に、囲碁は双六に置き換わり、いわゆる見立て絵として当世風に受け継がれていったという指摘にはなるほどと思いました。

「遊楽図屛風(相応寺屛風)」(重要文化財)
江戸時代・ 17世紀 徳川美術館蔵 (展示は7/15まで)

遊楽図では「遊楽図屛風(相応寺屛風)」が素晴らしい。花見をしたり、水遊びをしたり、風流踊りをしたり、能や猿廻しを見たり、囲碁やカルタをしたり、宴会をしたりと、当時のありとあらゆる娯楽が細部に渡って描きこまれていて、人々の顔貌表現も細やかで表情豊かに描かれています。邸内に描かれた屏風や襖絵、杉戸絵も実に丁寧で、かなりレベルの高い絵師の手による作品だということが分かります。享楽的な雰囲気は狩野内膳や岩佐又兵衛が描いた「豊国祭礼図屏風」や又兵衛の「洛中洛外図屏風(舟木本)」を思わせ、腰をくねらせ踊る女性の姿は狩野長信の「花下遊楽図屏風」を彷彿とさせます。樹木や人物の描き方など見ると、筆者は恐らく狩野派の絵師なんだろうなと思いますが、誰が描いたのか気になるところです。

「婦女遊楽図屏風(松浦屏風)」(国宝)
 江戸時代・17世紀 大和文華館蔵(展示は7/24から)

遊楽図は「遊楽図屛風(相応寺屛風)」を祖型として、邸内の様子を俯瞰で描いた邸内遊楽図が広まり、やがて「松浦屏風」(後期出品)や「彦根屏風」(本展未出品)のように室内の様子を切り出した室内遊楽図に移ったといわれているそうです。

邸内遊楽図では妓楼の遊興を描いた「邸内遊楽図屏風」(サントリー美術館所蔵)もなかなか楽し気。筆致もとても丁寧で細やか。「婦女遊楽図屏風」は人物表現がやや類型的なきらいがありますが、妓楼の男女を全て女性に見立てて描いたのか、抱き合っていたり、胸元に手を入れていたりと艶っぽいシーンも。

一方、野外遊楽や祭礼行事を描いたものでは「祇園祭礼図屏風」が見応えがあります。六曲一隻の屏風の右から左までいっぱいに祇園祭で賑わう通りが描かれていて、ところてんや瓜を食べる人や煙草を買い求める人など、庶民の生活ぶりも描かれていて興味が尽きません。展示がほんの一部分だけだったのが残念ですが、「露殿物語絵巻」もかつての京の遊里に娯楽が鮮やかに描かれていました。

「舞踊図」(重要美術品)
江戸時代・17世紀 サントリー美術館蔵(※途中展示替えあり)

遊楽図に描かれた衣装の色とりどりの美しさ、小袖の意匠にも目を奪われます。「舞踊図」は昨年の『扇の国、日本』でも展示されていましたが、シャレた着物の柄や着こなしはまるでファッション雑誌のよう。もとは屏風と考えられるともいわれ、一面(一扇)に一人ずつ舞う女性が描かれていて、寛文美人図や浮世絵の美人画に繋がるものを感じます。後期の展示ですが、「松浦屏風」なんかも最早雑誌のグラビアを飾るオシャレ系女子たちを見ているような気になります。

今回の展覧会では琴棋書画に描かれたような碁盤や遊楽図と同時代の双六、カルタなどが一緒に展示されています。たとえば、若い男女が小さな射的(雀小弓)を楽しむ様子が描かれた「遊楽図扇面」の隣に「雀小弓」が展示されていたり、蹴鞠で遊ぶ「遊楽図扇面」の隣には「蹴鞠」が展示されていたり、絵と実際の遊具や道具を並んで観ることができるのが良いですね。ただ、この「遊楽図扇面」、いくつかの章に分かれて展示されていたのですが、全部同じ解説のままで、ちょっと丁寧さに欠けたのが残念。

興味深かったのは南蛮文化から生まれた「うんすんかるた」や「天正かるた」で、よく見ると遊楽図にもあちらこちらに登場します。「うんすんかるた」や「天正かるた」はポルトガルから伝わったカルタやトランプを模倣して日本で制作されたものだそうですが、金地に様々な数字や絵柄が描かれた見た目にも豪華なもので、南蛮人が描かれていたり、中国人が描かれていたり、何故か達磨が描かれていたり、いろいろと面白い。「うんすんかるた」や「天正かるた」から派生したとされる「花札」や「いろはかるた」もあり、鎖国になっても日本に根付いた南蛮文化の影響を知ることができました。

あくまでもテーマは<遊び>なので『遊楽図の系譜』という観点から見ると、少々物足らない点もなきにしもあらず。遊楽図が流行した時代や文化的な背景についてはほぼ触れずじまいで、遊楽図の成立の前後の流れについても月次絵や寛文美人図が並んではいるものの解説で多くは語らず、ちょっと深掘りが足らないかなという印象も受けました。それでもこれだけ遊楽図や風俗図を観られるのですから、大満足の展覧会だと思います。


【遊びの流儀 遊楽図の系譜】
2019年8月18日(日)まで
サントリー美術館にて


日本美術全集12 狩野派と遊楽図 (日本美術全集(全20巻))日本美術全集12 狩野派と遊楽図 (日本美術全集(全20巻))

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