2018/11/18

江戸絵画の文雅

出光美術館で開催中の『江戸絵画の文雅』を観てきました。

‟文雅”とはあまり聞き慣れない言葉ですが、『日本国語大辞典』には「詩文を作り歌を詠むなどの、文学上の風流な道。また、文学に巧みで風流なこと」と書かれています。漢文学や和歌といった古来の伝統の‟雅”と、俳諧や戯作といった新興の‟俗”。本展は、その江戸の‟雅俗”の文学を絵画に置き換え、‟文雅”というキーワードで江戸絵画を観ていこうという試みです。

会場の解説では、‟文雅”つまり‟文芸”とありましたが、あまり小難しいことは考えずに、文学的で風流な江戸絵画を集めた展覧会ぐらいに思えば、いいのではないでしょうか。


会場の構成は以下の通りです:
第1章 孤高の美学-大雅・蕪村の競演
第2章 文雅の意匠-琳派のみやび
第3章 禅味逍遥
第4章 王朝文化への憧れ-「見立て」の機知
第5章 幻想の空間へ-「文雅の時代」を継承するもの

大雅と蕪村は出光美術館で割と観る機会がありますが、今回は蕪村の国宝「夜色楼台図」が期間限定で公開されているというので慌てて訪問しました。2008年の東博の『対決展』で観て深い感銘を受けて以来、「夜色楼台図」は何度か拝見していますが、個人的に蕪村で一番好きな作品。胡粉を下塗りした上に濃淡の墨を施し厚い雪雲を表現した墨の階調。ところどころ胡粉を重ねて雪の重みを表した屋根や人の営みを感じる淡彩の家々。夜空の重厚さと生活の温かみが感じられ、実に素晴らしいと思います。

与謝蕪村 「夜色楼台図」(国宝)
江戸時代 個人蔵 (展示は11/18まで)

蕪村では晩秋の山合を鹿が駆ける「寒林孤鹿図」も印象的。細密な筆致で表現された背景の山肌や樹木も見どころです。六曲一双の「山水図屏風」は左右に屹立した山々を、中央に広い湖と湖畔右手に東屋を配した元信様式の山水図。中国趣味の屏風なのですが、左隻に伸びる細長い砂州が天橋立に見えなくもありません。絖(ぬめ)と呼ばれる高価な絹本に描かれていて、光沢のある素地の上を走る墨の滲みや擦れが独特の風合いを醸し出しています。

与謝蕪村 「山水図屏風」(重要文化財)
宝暦13年(1763) 出光美術館蔵

大雅の「十二ヶ月離合山水図屏風」は一見すると1月から12月までの季節の移ろいを描いた山水図屏風ですが、各扇に満開の花を愛でる隠士や酒盛りをする人、家鴨と遊ぶ子供、木陰で語らう人々など風俗が描かれていて、月次絵といった趣になっています。不思議な枝ぶりの木や印象派ばりの点描の柳、中国・明末期の奇想派のようなデフォルメされた山容などユニークさも目を引きます。

四幅対の小さな軸物「四季山水図」は「十便十宜図」を思わせる大雅らしいタッチと水彩画のような豊かな色調が魅力的。30代の頃の作品という「竹裏館図」、「洞庭秋月」「江天暮雪」と揮毫が朴訥として味わいのある「瀟湘八景図」、急峻な山の谷間を馬を乗り上がっていく人々の姿が印象的な「蜀桟道図」など良い作品が出ています。

大雅と蕪村に混ざり、円山応挙の円満院時代の作品という中国風の山水図屏風という興味深い屏風もありました。

池大雅 「十二ヵ月離合山水図屏風」(重要文化財)
明和6年(1769)頃 出光美術館蔵

琳派がまた面白い。出光美術館で琳派の展覧会があるとだいたい来てるので、ここの琳派作品も随分観てるつもりですが、伝・俵屋宗達の「果樹花木図屏風」は初めて観たかも。金地に「蔦の細道図屏風」風のこんもりした緑の土坡と橙?や朴など樹木との組み合わせがユニーク。深江芦舟の4扇の小型屏風「四季草花図屏風」は銀が黒変しているのが残念ですが、金地と銀地が複雑に交錯し、まるで加山又造のような斬新さ。光琳の「紅白梅図屏風」に似た細い枝ぶりの紅梅やひょろりと伸びた蕨、白い躑躅や秋海棠といった四季の草花がいかにも芦舟らしい逸品です。

ほかにも、伝・光琳の扇面の軸装に其一が薄を描いた「富士図扇面」や、花弁を銀(ただし黒変している)、葉を金泥と緑青で描き、まるで蒔絵工芸のような意匠を凝らした光琳の「芙蓉図屏風」、『伊勢物語』に取材し、弧を描く御手洗川が「白楽天図屏風」や「太公望図屏風」を思わす伝・光琳の「禊図屏風」、おおらかな筆致で白梅や撫子など四季の草花を描いた画面の余白に和歌を散らせた乾山の「梅・撫子・萩・雪図」などが出ています。

伝・尾形光琳 「富士図扇面」
江戸時代 出光美術館蔵

禅画では白隠の弟子・遂翁元盧の「祖師図」が傑作。祖師と弟子の構図も面白いが粘りのある独特の筆線、墨調が強い印象に残ります。白隠、大雅、蕪村も一点ずつあって、中でも大雅の「瓢鯰図」は禅僧が巨大瓢箪で巨大ナマズを押さえつけるという如拙の「瓢鮎図」のパロディ的なユーモアを感じます。

浮世絵では江戸の人々の機知ぶりが窺える見立て絵が中心。江口の君が普賢菩薩の乗り物である白象に乗るという見立て絵は過去にも観たことがありますが、竹田春信の「見立江口の君図」は菩薩の乗る白象が徐々に小舟に変わっているのがユニーク。解説によると謡曲では江口の君は小舟に乗っているのだとか。春章の「美人鑑賞図」は女性たちが探幽の「竹鶴図」を覗き込んだり、寿老人図の掛軸を掛けようとしていたり、まるで絵画鑑賞会といった様子。中国文人画の雅集図を美人図に見立てているのだそうです。

筆者不詳の「酒呑童子絵巻」も興味深い。絵的には狩野元信風の酒呑童子なのですが、解説にもあるように武者の顔が又兵衛風。女性は又兵衛的な豊頬長頤とまでいきませんが、岩佐派の手による作品なのでしょうか。気になるところです。

勝川春章 「美人鑑賞図」
江戸時代 出光美術館蔵

文人画から琳派、禅画、肉筆浮世絵とジャンルは幅広いのですが、‟文雅”というテーマでまとまりがあり、作品の質の高さも相まって、とても満足度の高い展覧会でした。1時間ぐらいで観終わるかなと思ったら、結局1時間半以上観てました。


【江戸絵画の文雅 -魅惑の18世紀】
2018年12月16日(日)まで
出光美術館にて


蕪村句集 現代語訳付き     (角川ソフィア文庫)蕪村句集 現代語訳付き     (角川ソフィア文庫)

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