2018/05/20

名作誕生 つながる日本美術

東京国立博物館で開催中の『名作誕生 - つながる日本美術』を観てきました。

『国華』という値段のたかーい日本美術の専門誌がありまして、明治22年(1889)に岡倉天心と高橋健三が中心となって創刊したという、現在も発行されている雑誌としては日本で最も古いんだそうです。本展はその『国華』の創刊130年を記念した展覧会。ちょうど10年前に同じ東博で『対決 -巨匠たちの日本美術』という展覧会がありましたが、あれが『国華』の創刊120年記念、今回が創刊130年記念。ということは10年後にも創刊140年記念で、日本美術をテーマにした大々的な展覧会があるんでしょうか(かなり先の長い話ですが…)

そんな本展は、仏像や仏画、雪舟や花鳥画、若冲に宗達、物語絵に風俗画など、それぞれに継承された技術やモチーフを日本美術史上の名立たる絵画・工芸品を通して具体的に例解していくという、まるで観る美術教科書。ツッコンで日本美術をもっと知りたい人にはもってこいの企画ではないでしょうか。

ここ数年で観た東博の特別展の中ではズバ抜けて良い展覧会だと思うのですが、お客さんの入りがいまひとつのようで、フツーなら混んでる日曜日(4/22訪問)の午後だというのに、とーっても快適な中で作品を観ることができました。いいのか悪いのか。


第1章 祈りをつなぐ

“つなぐ”といってもどれを取り上げるか難しいところではありますが、ここでは一木造りの仏像と普賢菩薩と祖師画という3つテーマに絞っています。

まずは仏像。『仏像 一木にこめられた祈り』というそれこそ一木造りにフォーカスした展覧会が東博でもありましたし、昨年は大阪市立美術館で『木×仏像』という“木”にポイントを置いた展覧会で一木造りを取り上げてましたし、そうした展覧会に比べると触りの触りという感じもなくもありませんが、展示を見てると、ただ仏像の代表作を並べるのではなく、あくまでも“つながり”を知ることが主であることが分かります(このあとも基本的に同じ)。

展示は観音菩薩像と薬師如来像に絞っていて、中国から日本にもたらされた仏像と日本で作られた仏像を並べ、白檀の仏像に似せるために着色したとか、身体や衣文表現の変化なんかを観て行くのですが、“つながる”というテーマで簡潔で要領を得た解説がされていて、少ない点数ながらも納得感のある展示でした。

「普賢菩薩像」(国宝)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は5/6まで)

今回一番感動したのが<祈る普賢菩薩>。東博所蔵の国宝「普賢菩薩像」はこれまで何度も拝見している作品ではありますが、本展の陳列ケースが作品との距離が浅く、またガラスがクリアーで、さらに空いてたので張り付いてじっくり観られたこともあり、こんな素晴らしい仏画だったかと甚く感動しました。

並べて展示されている普賢菩薩像も仏画だけでなく大倉集古館蔵の「普賢菩薩騎象像」もあったりして、普賢菩薩像だけでこれだけまとめて観る機会はそうはないので、これには感動のあまり身震いが。十羅刹女の唐装から和装への変化も興味深かったし、後期では四天王寺の「扇面経」の表紙というものを初めて観ました。

泰到貞 「聖徳太子絵伝」(国宝)
平安時代・延久元年(1069) 東京国立博物館蔵

祖師画は出光美術館蔵の「真言八祖行状図」を除けば、すべて聖徳太子絵伝。聖徳太子絵伝は8世紀にはすでに描かれていたそうですが、その系統にあるという現存最古の遺品「聖徳太子絵伝」を観るだけでも説話画としての面白さややまと絵としての美しさは伝わってきます。


第2章 巨匠のつながり

日本美術最大の画家といえば、雪舟。昨年の京博の『国宝展』では雪舟の国宝全6点が集結すると話題になりましたが、本展では国宝2点を含む10点の雪舟作品が前後期に分かれて出品されます。こちらは数で勝負。

雪舟等楊 「破墨山水図」(国宝)
室町時代・明応4年(1495) 東京国立博物館蔵(展示は5/6まで)

雪舟等楊 「倣玉澗山水図」(重要文化財)
室町時代・15世紀 岡山県立美術館蔵(展示は5/6まで)

雪舟は周文から薫陶を受け、中国(明)留学で本場の技術を身につけ、独自の水墨画を発展させていくわけですが、雪舟が手本とした玉㵎や夏珪の模倣、明の花鳥図から和への変換、山水図や風景画に見る中国絵画の継承と変容にスポットを当てていて、雪舟と中国絵画のつながりがよく分かります。

雪舟等楊 「四季花鳥図屏風」(重要文化財)
室町時代・15世紀 京都国立博物館蔵(展示は5/6まで)

狩野元信 「四季花鳥図」(重要文化財)
室町時代・15世紀 大仙院蔵(展示は5/6まで)

前期では日本の花鳥図に大きな影響を与えたことで知られる呂紀の花鳥図と雪舟の花鳥図、さらに元信の花鳥図が並んでいて、なんとも贅沢でした。

俵屋宗達 「扇面散貼付屛風」(展示は5/15から)
江戸時代・17世紀 出光美術館蔵

宗達は俵屋工房で量産された扇絵を貼りつけた扇面貼の屏風がいくつかあって、扇面に描かれた古典からの引用を紐解くという趣向。前期は「平治物語絵巻 六波羅合戦巻」、後期は「西行物語絵巻」からの古典学習に絞って解説していて、これはこれで面白いのですが、宗達の扇絵には人物にしても草花にしても、文様にしてもさまざまなモチーフが描かれているので、それらがどこから来てるのかをもっと知りたかったかなと思いました。たまたま前の章で、叡福寺本の「聖徳太子絵伝」を観てたら扇面散屏風が描かれてるのを見つけて(波濤図屏風もあった)、屏風に扇を貼るという発想はいつからあったのか、このあたりもとても気になりました。

文正 「鳴鶴図」(重要文化財)
中国・元〜明時代・14世紀 相国寺蔵(※写真は右幅)

狩野探幽 「波濤飛鶴図」
江戸時代・承応3年(1654) 京都国立博物館蔵

そして若冲。若冲が出てるのに来場者が少ないなんて話も聞きましたが、かわいかったり派手だったりする絵じゃないと、みんな興味を示さないんですかね。明代初期の画家・文正の「鳴鶴図」を探幽、若冲がそれぞれ模倣した絵が並んで観られるなんて、「動植綵絵」を観るより余程貴重なんじゃないかと思います(文正と若冲の比較はサントリー美術館の『若冲と蕪村』でも取り上げられていましたが)。探幽と若冲というそれぞれ個性の違う絵師が、どこをどのように忠実に描き、省略し、逆に強調したか。羽根はどう描いてる、脚はどう描いてる、波はどう描いてる。古典の模倣の中に自分らしさをどう出したのか、同じ題材を扱っても、探幽は探幽らしいし、若冲は若冲らしいのがとても面白い。

若冲は“鶏”についても触れらてますが、これは若冲の作品の中だけの“つながり”なのでつまらない。余程、南蘋派や黄檗絵画と若冲の繋がり(すでに語られ過ぎて手垢のついた感がありますが…)の方が良かったのでないでしょうか。

伊藤若冲 「仙人掌群鶏図襖」(重要文化財)
江戸時代・18世紀 西福寺蔵


第3章 古典文学につながる

古典文学といえば、『伊勢物語』と『源氏物語』。燕子花で知られる第九段「八橋」と蔦と楓の山道を行く「宇津山」、紅葉を連想する第百六段「竜田川」が取り上げられていて、よく引き合いに出される場面ですが、絵画だけでなく、漆工の硯箱や染織の打掛などもあり、物語から派生するイメージがどのように絵画や工芸品に展開していったかとても勉強になります。

尾形光琳 「伊勢物語 八橋図」
江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵(展示は5/6まで)

『源氏物語』も同様ですが、絵画に描かれたり、連想させるイメージが多く、また深いので、これだけのスペースだとちょっと物足らなさ感もありますね。


第4章 つながるモチーフ/イメージ

こちらは基本的に近世以降。まずは長谷川等伯の「松林図屏風」のイメージがどこから来たのか問題。能阿弥の「三保松原図」との関係性は以前から知っていて、前に観たときもその点を考えたりしたのですが、今回は実際に「松林図屏風」と等伯が松林図に先行して描いた「山水松林架橋図襖」と並んで展示されていて、牧谿(牧谿の作品は出てないが能阿弥は牧谿の水墨画に強く影響されている)からの流れ、等伯の松林図にみる水墨表現の変化がとても興味深かったです。

伝・能阿弥 「三保松原図」(重要文化財)
室町時代・15〜16世紀 頴川美術館蔵(展示は5/6まで)

そういう意味で興味深かったのが、蓮のイメージの“つながり”。宗達の「蓮池水禽図」と宋元画との比較は過去にほかの美術館でも観たことがありますが、本展は数も多く、着色もあれば水墨もあり、宋元画もあれば、古くは鎌倉時代の法隆寺伝来の屏風もあり、抱一に受け継がれた琳派もあり、ものすごく充実しています。

能阿弥 「蓮図」(重要文化財)
室町時代・文明3年(1471) 正木美術館蔵(展示は5/6まで)

酒井抱一 「白蓮図」
江戸時代・19世紀 細見美術館蔵

個人的に一番楽しみにしていたのが風俗画。初期風俗画の傑作として知られる「湯女図」(前期展示)も「彦根屏風」(後期展示)も過去に一度しか観たことがなく、それらと岩佐又兵衛の「洛中洛外図屏風(舟木本)」や菱川師宣の「見返り美人図」などと並べて観られるなんて鼻血ものです。

「湯女図」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 MOA美術館蔵(展示は5/13まで)

「湯女図」は構図的にも女性の表情や視線的にも、左にやはり別の絵が描かれていたんだろうなと明らかに分かり、想像を掻き立てます。又兵衛の「洛中洛外図屏風(舟木本)」は何度も拝見してますが、今回は幸いなことに人が少なく、単眼鏡でじっくりと20分ぐらい屏風の前に食いついて観てました。

又兵衛では初見の「士庶花下遊楽図屏風」(伝岩佐又兵衛)も楽しみにしていました。千葉市美術館の『岩佐又兵衛展』にも福井県立美術館の『岩佐又兵衛展』にも出ていなかった作品。確かにところどころ又兵衛風を感じさせる人物表現があったりもしますが、「洛中洛外図屏風」や「豊国祭礼図屏風」(本展未出品)に比べると、ちょっと違うなという気がします。

岩佐又兵衛 「洛中洛外図屏風(舟木本)」(国宝)
江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵

最後に岸田劉生の「野童図」と「道路と土手と塀」。「野童図」は顔輝の「寒山拾得図」と、「道路と土手と塀」は北斎や国芳の坂を描いた浮世絵と、それぞれ“つながり”を見せてるのですが、なぜに劉生?という気も。ポスト印象派やデューラーの写実表現などに影響された劉生が、その後浮世絵や宋元画に傾倒していくという背景がこの2つの作品にはあるわけですが、そのあたりにも触れないちょっと唐突という感じもなきにしもあらずですね。

岸田劉生 「道路と土手と塀(切通之写生)」(重要文化財)
大正4年 東京国立近代美術館蔵

普賢菩薩や花鳥画、風俗画、雪舟と中国画の関係など、古典との「つながり」を解き明かす見せ方はこれまでもなかったわけではありませんが、さすがはトーハクなのでその質と量は素晴らしく、満足度は高いものがあります。“つながり”を考えだすときりがないですし、あれもこれもと言ってると、凄いことになってしまうので、ここまでの規模じゃなくていいので、常設の特集展示などで、シリーズ化してもらえるとありがたいですね。


【名作誕生 - つながる日本美術】
2018年5月27日(日)まで
東京国立博物館・平成館にて


國華 1468号國華 1468号

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