2017/02/25

ガラス絵 幻惑の200年史

府中市美術館で開催中の『ガラス絵 幻惑の200年史』を観てまいりました。

ガラス絵と聞いてもあまりピンと来なくて、最初はスルーしてたのですが、結構評判も良いようで、気付いたら会期も終盤、急いで府中に行ってきました。日曜日の16時ぐらいから閉館までいたのですが、割とお客さんも入っていました。

“ガラス絵”は透明なガラス板の裏に絵を描き、表から鑑賞する絵画のこと。そのため通常の絵画とは描く順番も逆で、最初に描いた部分が完成した作品では一番手前に来るようになります。

もともとは中世ヨーロッパの宗教画に始まり、江戸時代にオランダや中国を経て、日本へ伝わったとされています。会場にはドイツや東欧のガラス絵の宗教画や18世紀の中国のガラス絵なども展示されていました。

西洋では版画の技法で作られていて、ガラス版に油絵具を塗り、細い針のようなもので掻いて図柄を描いたり、中国では膠を使った水溶性の絵具で図柄を描き、その後ろに油絵具を重ねたりと、同じガラス絵といっても時代や場所で描き方は少しずつ違うようです。

日本のガラス絵は江戸時代後期のものからあって、最初に伝播した長崎で流行した“ビイドロ絵”と呼ばれた作品や、ガラス絵をはめた硯屏(小さな衝立) が数点展示されています。絵も西洋趣味を感じさせるものや、絵画というより工芸品として鑑賞するものが多かったようです。

一渓 「川岸洋傘をさす女」
明治期 浜松市美術館蔵

明治に入ると、浮世絵の美人画や役者絵なんかも出てきて、外国人向けのお土産物的な風景画から明治天皇の肖像画まで幅も広がってきますが、明治も終わりになるとガラス絵の物珍しさも薄れ、ガラス絵制作も減っていったようです。

ガラス絵自体が幅20センチ前後の小さなサイズのものが多く、そんなにいろんな情景を描き込めないのと、描き直しが利かないということがあり、制約はいろいろと多いんだと思います。ガラスという材質的な問題もあって、割れてヒビが入っている作品も数点ありました。

小出楢重 「裸女(赤いバック)」
昭和5年(1930) 芦屋市立美術博物館蔵

長谷川利行 「荒川風景」
昭和10年(1935) 個人蔵

そんな中でガラス絵独特の質感や色彩に着目したのが大正から昭和にかけて活躍した洋画家・小出楢重と長谷川利行。ともにスタイルは違いますが、キャンバスに描く油彩画とは一味違うガラス絵に魅了され、多くのガラス絵を制作したそうです。

小出楢重は展示されていた作品のほとんどが裸婦で、構図は小出の油彩画とあまり変わりませんが、ガラス絵の方が色彩は明るく、より平坦でマットな感じがします。長谷川利行は油彩画では筆のタッチに特徴を感じますが、ガラス絵では滲むような色彩というか、油彩画とはまた違う即興性があります。長谷川は相撲を描いたガラス絵があったのも面白い。

桂ゆき 「ブドウとキツネ」
昭和期(1960-70年代) 福島県立美術館蔵

戦後になると、瑛久や鶴岡政男、野見山暁治、小松崎邦雄、深沢幸雄など、洋画家も銅版画家も、抽象も具象も、実にさまざまな画家が、余技的とはいえガラス絵に挑戦しているのが興味深い。藤田嗣治のように自身の絵画に近いものを描いている人もいれば、白髪一雄や川上澄生のようにガラス絵に新たな表現を見出している人もいたりします。ガラス絵が絵画のひとつの表現手段として認知されたんだろうなと感じます。

ガラス絵特有の鮮やかな色彩は素朴な表現や民芸的な作風に合うのか、桂ゆきや芹沢銈介に雰囲気のある作品が目立ちました。この絵いいなと思って作家名を見たら、新派の花柳章太郎で、文才もあり絵も描き多芸だったことは知っていましたが、ガラス絵も玄人はだし。「市ヶ谷ボート場」のノスタルジックな味わい、「射的」の遊び心ある構図の面白さ。ガラス絵の素朴な魅力がよく出ていました。

川上澄生 「洋燈を持つ洋装婦人之図」
昭和29年(1954) 福島県立美術館蔵

さまざまな画家がガラス絵に魅了され、のめり込んだ理由も分かります。ガラス絵独特の質感、鮮烈な色彩に驚き、ガラス絵の楽しさを感じる展覧会でした。


【ガラス絵 幻惑の200年史】
2017年2月26日(日)まで
府中市美術館にて


読んで視る長谷川利行 視覚都市・東京の色―池袋モンパルナス そぞろ歩き (池袋モンパルナス叢書)読んで視る長谷川利行 視覚都市・東京の色―池袋モンパルナス そぞろ歩き (池袋モンパルナス叢書)

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