2016/08/21

小林かいち展

武蔵野市立吉祥寺美術館で『小林かいち』展を観てまいりました。

近年再発見され、評価が高まっている謎の叙情版画家・小林かいちの展覧会です。過去にはニューオータニ美術館や弥生美術館で展覧会が開かれていますが、わたしは未見でしたので、今回の展覧会をとても楽しみにしていました。

小林かいちは着物の文様の図案家を生業とする一方で、大正末期から昭和初期にかけて京都・新京極の文具店さくら井屋で販売されていた木版刷りの絵葉書や絵封筒を手がけていました。かいちの絵は若い女性たちの間で人気を集め、谷崎潤一郎の小説『卍』にもかいちの絵封筒らしいものが登場するといいます。本展では伊香保・保科美術館のコレクションの中から、さくら井屋発行の絵葉書・絵封筒を中心に約500点の作品が展示されています。


会場の構成は以下のとおりです:
1 震災からの復興 嘆きのアート
2 モダンガールを描く
3 異国のイメージ
4 乙女の世界
5 京都の美−京名所・舞妓

小林かいち 「寂しき街灯」より
大正後期~昭和初期 伊香保保科美術館蔵

小林かいちがなぜ“謎の・・・”とか“伝説の・・・”とか言われているのかというと、さくら井屋で売られていた絵葉書や絵封筒は以前から知られていて、熱心なコレクターもいる一方で、小林かいちがどんな人なのか最近まで全く分からなかったからなのです。10年ほど前に遺族の方が判明し、ようやく生没年などが明らかになったとはいえ、いまだにその詳しい経歴やどんな生活をしていたのかは不明だといいます。

小林かいち 「カーテンの影に」より
大正後期~昭和初期 伊香保保科美術館蔵

小林かいち 「夜の微笑」より
大正後期~昭和初期 伊香保保科美術館蔵

かいちの絵葉書は「現代的抒情版画絵葉書」という名で4枚1組袋入りで版本されていて、38集まで続いていたことが確認されています。赤や黒を多用した色使い、何よりその鮮烈な色彩、繊細で情緒的な表現、モダンなデザインが素晴らしい。

“乙女デコ”という言葉が会場の解説で使われていました。「乙女」と装飾(デコレーション)を意味する「デコ」を組み合わせた造語で、アールデコのような新しい芸術スタイルと乙女チックなムードを体現した絵ということなのでしょう。その作品には竹久夢二の影響が見られるものもありますが、夢二や当時の少女雑誌(会場のロビーに展示されている)のような少女趣味的で乙女乙女した感じはあまりしません。大正浪漫の同時代性に満ちているものの、どちらかというと同じく夢二の影響から生まれた“月映”にも近いセンチメンタリズムを感じます。そのデザインは世紀末芸術的だったり、アールデコ調だったり、表現主義だったり、どれも装飾性が高く、今見てもセンスは秀逸です。

小林かいち 「灰色のカーテン」より
大正後期~昭和初期 伊香保保科美術館蔵

小林かいち 「二号街の女」より
大正後期~昭和初期 伊香保保科美術館蔵

描かれている女性はどれもみな細身で、どこか哀しげ。顔を手で隠したり、後姿だったり、正面から描かれていても目鼻が描かれていないものも多くあります。かわいいとか、美しいとかいう絵とは異なり、ロマンチックだったり、儚げだったり、幻想的だったり、耽美的だったり、何かずっと心に残っているというか、後を引くものがあります。

かいちの絵を観ていると、当時の女性たちの現実と自由への渇望という両端を見る思いがします。洋風の髪型や衣服で着飾った新しい時代の女性を象徴する“モガ”が描かれていたりする一方で、十字架や教会のモチーフも多く、嘆き悲しんだり、祈るような姿の女性も目にします。たとえば「祈る女」には嘆く女、祈る女、香を焚く女、そして十字架のキリストが描かれた4枚組の絵葉書。まだまだ女性がいろんなしがらみに縛られ、自由が利かなかった時代。「祈る女」の女性たちの姿はより近い思いで感じ取られていたのかもしれません。

小林かいち 「彼女の青春」より
大正後期~昭和初期 伊香保保科美術館蔵

小林かいち 「クロスワード」より
大正後期~昭和初期 伊香保保科美術館蔵

トランプやクロスワードパズル、ユニオンジャックなど、当時はオシャレに感じたのかなというものもあったりします。ヨーロッパの街並みを描いたシリーズは洋風の女性を描いていても何か古都・京都にも通じるレトロさやノスタルジックなイメージを感じます。舞妓を描いた京都のお土産的な絵葉書のシリーズもレトロさとモダンさが同居していて、今見ても十分洒落てるし、お土産屋で売られていたら何か買っちゃいそうです。

小林かいち 「青い鳥」より
大正後期~昭和初期 伊香保保科美術館蔵

会場のスペースは比較的小さいのですが、絵葉書や絵封筒が所狭しと並べられていて、かなりボリューム感があります。しかもこれだけ観られて入館料はたったの100円。毎日19:30までやってるというのも有り難いですね。


【生誕120年記念 小林かいち展】
2016年9月25日(日)まで(8/31のみ休館)
武蔵野市立吉祥寺美術館にて


小林かいち: 乙女デコ・京都モダンのデザイナー (らんぷの本)小林かいち: 乙女デコ・京都モダンのデザイナー (らんぷの本)


小林かいちの世界 [改訂版]小林かいちの世界 [改訂版]

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