2014/05/16

バルテュス展

東京都美術館で開催中の『バルテュス展』に行ってきました。

むかし、『ロベルトは今夜』や『わが隣人サド』でピエール・クロソウスキーを知り、その経由でクロソウスキーの弟であるバルテュス(本名はバルタザール・クロソウスキー・ド・ローラ)を知ったのですが、少女ヌードやロリータ的な作品がどうも好きになれず、ずっと苦手意識を持っていました。

だから今回の展覧会も少し躊躇していたのですが、何にしても食わず嫌いというのはいけないですね。スキャンダルな作品ばかりが取り上げられがちだったバルテュスのいろいろの側面を知ることができ、もちろん苦手な作品もありますが、なかなか面白い展覧会でした。こういう作風の絵だと思えば良さも見えてきます。


第1章 初期

バルテュスがわずか11歳の頃、『ミツ(Mitsou)』という絵本を出版してるんですね。少年と仔猫ミツのお話で、当時バルテュスの母と恋愛関係にあった詩人リルケが序文を書いています。その絵はあくまでも子どもが描いた絵の域を出ないのですが、あどけない表現の中にもセンスの良さを感じます。

ここではバルテュスが10代の頃に描いた自画像や風景画、初期イタリアルネサンスの画家ピエロ・デラ・フランチェスカの作品の模写などが展示されています。風景画はさして特徴のあるものではありませんが、バルテュスの基礎にルネサンスがあったというのは意外でした。ただ展覧会を観ていくと、こうしたベースが晩年のテンペラ技法の作品に繋がっていくことが分かります。

初期の作品ではエミリー・ブロンテの小説『嵐が丘』の14枚の挿し絵も見どころの一つ。バルテュスが『嵐が丘』に触発(一説には自身の恋愛と重なる部分が多かったからとも)されて描いたもので、出版はされず雑誌に発表されただけのようです。よくある小説のイメージカット的な挿し絵というより、ストーリーの一場面を切り取ったような絵で、ちょっとシュールな感じもあり。後のバルテュス作品との関連性も指摘されています。


第2章 バルテュスの神秘

バルテュスの絵というと、胸をはだけたり、股間を見せたり、淫らなポーズをとったりする少女の姿がすぐ思い浮かびます。大人の女性のヌード画とは異なり、見てはいけないものを見てしまったような感覚に陥らせます。ここでは大きな反響を呼んだという最初の個展で発表された「鏡の中のアリス」や「キャシーの化粧」、本展のポスターで使われている「夢見るテレーズ」など、バルテュスの代表作を含む20~30代の作品が展示されています。

バルテュス 「鏡の中のアリス」
1933年 ポンピドゥ・センター蔵

どうしてあられもない肢体を描くのか、なぜあからさまに性器を描くのか。この時期のバルテュスの作品は、今観ても十分挑発的で、生々しいものがあります。「鏡の中のアリス」にしても「夢見るテレーズ」にしても、大人のフリをして背伸びしてるような少女たちの姿は痛々しく、そして背徳的です。「美しい日々」も性的なものを強く想起させます。白い洗面器は純潔の象徴だといいますが、この絵から処女性は感じられません。ただこのバルテュスの屈折した視線が逆に少女の内心を引き出し表現しているような気もします。

バルテュス 「美しい日々」
1944-46年 ハーシュホーン博物館と彫刻の庭蔵

バルテュス自身も、話題作りのために敢えてスキャンダルな作品を描いたということを語っています。参考作品として展示されてた「<ギターのレッスン>のための習作」は女教師が少女を折檻している絵で、個展ではこうしたエロティックな作品にカーテンをかけ、一部のお客さんだけが覗き見れるような演出もしたといいます。

バルテュス 「地中海の猫」
1949年 個人蔵

『ミツ』しかり、バルテュスには猫を描いた絵も多い。自画像と一緒に猫を描いた「猫の王」、パリのレストランのために制作した「地中海の猫」、全裸の女性と猫を描いた「猫と裸婦」など。時に気高く、時に人なつこく、時にしとやかに、時に狡賢そうに、バルテュスの猫は少女たちがそうであるように、謎めいています。

バルテュス 「窓、クール・ド・ロアン」
1951年 トロワ近代美術館蔵

最後にあった少女も猫も誰もいない、がらんとした室内画に妙に惹かれました。


第3章 シャシー -田舎の日々

ブルゴーニュ地方のシャシーに移り住む50年代の作品を紹介。農村風景を描いた風景画も多く、少女を描いた作品もかつてのような過激さは薄れ、義理の姪(兄ピエールの妻の連れ子)のフレデリック・ディゾンを描いた「白い部屋着の女性」からはかつての不健全で性的なイメージはありません。

バルテュス 「樹のある大きな風景(シャシーの農家の中庭)」
1960年 ポンピドゥ・センター蔵

この時代の作品としては、柔らかな光線が美しい「横顔のコレット」やなんとなくセザンヌを想起させる「樹のある大きな風景」もいい。


第4章 ローマとロシニエール

アカデミー・ド・フランスの館長としてローマに赴任した60~70年代、そしてスイス・ロシニエールで過ごした最晩年の時代の作品を紹介。この時期の絵画制作はさほど多くないのですが、新しい表現方法、たとえば壁画のようなざらりとしたマチエールの追求に余念がなかったようです。また、日本人女性と再婚したこともあり、古典的な日本画に影響を受けた作品も発表しています。

バルテュス 「トランプ遊びをする人々」
1966-73年 ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館蔵

「トランプ遊びをする人々」や「読書するカティア」はカゼインとテンペラの技法が用いられ、独特の風合いを醸し出しています。「トランプ遊びをする人々」は歌舞伎に想を得た作品で、男性は見得を切っているのだそうな(ただ横を向いているようにしか見えませんが。笑)。「読書するカティア」は壁の絵肌がとても印象的。よく見ると少しひび割れていて、ざらついた質感が特徴的な効果を上げています。これは写真では決して分からない触覚的な材質感です。

バルテュス 「読書するカティア」
1968-76年 個人蔵

この時期のバルテュス作品には1967年に再婚した節子夫人をモデルにした作品が多くあります。「朱色の机と日本の女」はやまと絵を思わせる平面的な作品ですが、日本画とは異なるテンペラ画特有のテクスチュアがあります。最晩年の「モンテカルヴェッロの風景Ⅱ」は南画を彷彿とさせ、バルテュスの強い東洋趣味を感じさせます。

会場の最後には勝新太郎に贈ったという「裸婦とギター」のリトグラフが展示されていました。 意外な接点に驚きましたが、なんだか妙に親近感が湧いてきます。

バルテュス 「朱色の机と日本の女」
1967-76年 節子・クロソフスカ・ド・ローラ・コレクション蔵

日本は性表現に寛容というか、批判はあっても芸術として受け入れる懐の広さ(ゆるさ?)がありますが、欧米では少女ヌードはたとえそれが芸術であっても小児性愛として捉えられ、最近もバルテュスの展覧会(写真展)が中止になったとも聞きます。バルテュスの海外での評価がどのぐらいのものなのか、よくは知りませんが、誤解されている部分は日本でも海外でもまだまだあるのだろうなと感じます。

ピカソも絶賛した“20世紀最後の巨匠”というのはちょっと誇張が過ぎる気もしますが(ピカソが評価したというのは事実なのでしょうが)、20世紀の重要な画家の一人であることは確かで、こうして現代の美術ファンに問いかけるという意味で、再評価のきっかけになるのだろう展覧会でした。


【バルテュス展】
2014年6月22日(日)まで
東京都美術館にて


ユリイカ 2014年4月号 特集=バルテュス 20世紀最後の画家ユリイカ 2014年4月号 特集=バルテュス 20世紀最後の画家


ド・ローラ節子が語る バルテュス 猫とアトリエド・ローラ節子が語る バルテュス 猫とアトリエ


ミツ バルテュスによる四十枚の絵ミツ バルテュスによる四十枚の絵

3 件のコメント:

  1. ギロでございます~2014年5月21日 20:41

    こんにちは。わたしもバルテュス、行ってきました。長年気になっていた作家でしたがまとまったかたちで鑑賞するのは初めてで、期待して行きました……が、結果はちょっと違ったかな、と。。
    これ、単に、わたしのイメージしていたバルテュスが実物とは違ったんだ、という意味ですが、わたしはどこか見世物小屋のエロスみたいなものを期待していたんです(笑)やはりクロソウスキーとか金子国義とか、あのへん(←どのへん?・笑)のエロと猥褻とフェチな世界にバルテュスもいるもんだろうと勝手に思ってました。しかし印象では、かなり違いましたね。
    その種の作品の制作意図は案外に平明で素直で、わざとらしさもありました。「少女を描くのはその存在の無垢なるためである」みたいなあざとい言葉があり、そういう指向性で鑑賞すると企まれたエロスが剥き出しになっちゃって、ちょっと興ざめ……スキャンダル狙いが見え透いていた感もあったと思います。篠山紀信の写真に見た着物姿の彼にはどことなく俗物性もあり(笑)、ああ、なんかこれまで騙されてたのかな、っていうふうにも思いました。別段、騙されるのはこちらの勝手なんですが。
    お書きのように、猫も少女もいない、ただ開かれた窓だけがある室内の絵はわたしも気に入りました。垣間見せられちゃったスカートのなかよりもしっくりきました。風景画にも同様に落ち着いた感がありましたっけ。それはまた「ごく普通」と大差ない程度でした。
    トビカンから出たとき、入れ違いにすっごい女装男氏(やや年配風)が入ってきたんですよ。誰もが振り返るくらいの「世界」を身にまとっていました。彼(彼女)とすれ違ったとたん、たった今見て来たバルテュスの世界は見事に滅却されてしまいました(笑)


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  2. >ギロさん
    こんばんは。
    やはりというか、もちろんというか、観に行かれましたね。好きだろうなと思いましたが、ギロさん、期待し過ぎですね(ヴァニラ画廊じゃないんですから。笑)
    エロス的な作品はもっとあるのかもしれませんが、後年の作品もバランスよく展示することで、エロス的な部分は意図的に薄めようとしてるのかなとも感じました。評価する人と、あまり評価してない人と、ここまできれいに分かれる展覧会も珍しいですね。

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  3. コトタマ学2014年5月30日 8:30

    はじめまして、こんにちは。小生も先日バルテュス展に行って参りました。それで「鏡の中のアリス」の絵をイメージして短歌にしてみました。加えて、日本語の起源、言霊百神というサイトと、大本のサイトから一首づつ、合わせて三首の短歌をご紹介させて頂きます。dankon!

    まそかがみ かくうすらかに かきほなす ありすたゆたか タカマハラナヤサ

    なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな

    わが願ひエスペラントの歌まつり人類同胞こぞりてエルサレムの野に

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