2014/03/26

鳳凰祭三月大歌舞伎

久しぶりに歌舞伎を観てまいりました。

もともとは中村福助の歌右衛門襲名公演の予定だったのですが、福助の急病により公演延期となったため、代わって≪歌舞伎座松竹経営百年≫を銘打ち、鳳凰祭としての公演となりました。

座頭クラスの役者さんはだいたい一年ぐらい前にはスケジュールが決まっているといいますから、もともと襲名公演に出演予定だった役者さんもいるでしょうが、空いてしまった穴を埋めるために急遽借り出された役者さんもいるのでしょう。皮肉にも柿葺落公演の最後にふさわしい豪華な布陣となりました。

さて昼の部。まずは『壽曽我対面』から。梅玉の工藤、橋之助の五郎、孝太郎の十郎、芝雀の大磯の虎とそれぞれみな丁寧でいいのですが、インパクトが弱いというか、少々物足らなさ感も。そんな中で魁春が舞鶴をうまく演じていたと思います。

つづいて菊五郎と吉右衛門の『身替座禅』。これが傑作。菊五郎の憎めない右京と吉右衛門の誇張せずとも滲み出る山の神ぶり。菊五郎らしい味わいがたまらなくいい。吉右衛門の奥方も右京を愛しすぎる故の行き過ぎた愛情に溢れ、これもこの人の風合いだと感じます。笑いを取ろうとか滑稽に演じようとか、そんなわざとらしさややり過ぎ感がなく、二人の役者の息のあった演技が素晴らしく、ほのぼのと楽しい舞台でした。太郎冠者の又五郎、侍女の右近も安定の巧さ。

次は『封印切』。さすがに藤十郎が何言ってるんだか分からなくなってきていますが、まぁよく動くこと。年齢のことを考えると凄いと思います。今回はみんな上方の役者ということで、前回観たときよりも個人的には楽しめました。翫雀の八右衛門も良かったのですが、我當の治右衛門が素晴らしい。

昼最後の『二人藤娘』は噂に違わぬ美しさ。玉三郎と七之助で釣り合うのだろうかと思っていましたが、全く遜色なし。ただ、なんと言うんでしょうか、私たち綺麗でしょ可愛いでしょ、みたいなアピール度が強すぎる気がしないでもありません。某歌舞伎評論家に“女子会”と揶揄された意味も分かる気がします。まぁいかにも女子ウケしそうですし、玉三郎の趣味なのだからしょうがないなとは思いますが。

つづきまして夜の部。(実際にはこちらを先に観てますが)
最初は高麗屋の『加賀鳶』。昔観たときはなんだか暗くて面白くない芝居だなという記憶があったのですが、今回はなかなか楽しめました。去年の『不知火検校』にも似て按摩でしかも極悪人。幸四郎はこういう悪人風情が妙にうまい。特に後半は、ちょっととぼけた味も絡め、幸四郎カラーが良い感じで出ていて飽きません。

梅玉の松蔵も颯爽としていて安定のうまさ。秀太郎のお兼は下卑た色気があって面白いのですが、江戸のあの手の中年女とはちょっと違う気も。出色は歌女之丞のおせつ。リアルにうまい。「木戸前」は橋之助や勘九郎、最後の左團次あたりは台詞を聞かせて様になるのですが、若手は黙阿弥調に気風の良さが感じられず、語る人が多い分、弛んだ感じになり残念でした。

そしてすこぶる評判のいい『勧進帳』。弁慶に吉右衛門、富樫に菊五郎。菊五郎の富樫は昨年四月の杮葺落公演と同じですが、吉右衛門や5年ぶりの弁慶。先に観た方の感想、また劇評もすこぶる良く、“ネ申レベル”なんてツイートも見かけました。

自分はそんなに勧進帳の数をこなしてないので、そこまで絶賛するものかは分かりませんが、それでも名舞台を観たなという感慨に打たれました。吉右衛門の弁慶は決して派手さはなく、抑制された感じがありますが、たっぷりと丁寧に演じている印象を受けました。その分、人間ドラマとしての説得力、面白さが前に出て、弁慶と冨樫、また義経との関係や思いがクローズアップされていたように思います。吉右衛門の存在感に比して負けない大きさを見せる菊五郎の富樫の深い芝居。途切れぬ緊張感と圧倒的な気迫。藤十郎の威厳のある義経も素晴らしい。勧進帳とはこういうものだったのかと初めて感じたような気がしました。

最後は玉三郎で『日本振袖始』。生贄になる稲田姫の米吉がいい。玉三郎から相当仕込まれてるのでしょうが、岩長姫の嫉妬を買うような若さと美しさに溢れ、動きや仕草が実に丁寧で好感が持てます。最近の玉三郎は若手を抜擢して芸を仕込むという方に注力しているようですが、今後はこうした活動がメインになるのでしょうか。その玉三郎は顔の表情一つとっても体の流れや動き一つとっても無駄がなく、視線や指先まで細やかに表現。乱れた髪さえ美しい。ここまで魅せる女形は玉三郎の他にいないと改めて思わさられる一方、その玉三郎を観られる時間にも限りがあるということと、その域に並ぶ女形が他にいないという現実を痛感させられるのです。

今月の歌舞伎座は夜も昼も充実した内容で満足度が高く、特に菊五郎・吉右衛門の活躍ぶりに当代一の役者の域をあらためて思い知った気がします。願わくば、玉三郎が舞踊ではなく、芝居でこの二人と絡むのを観たいと強く思います。


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