2014/02/24

アルトナの幽閉者


新国立劇場でサルトルの『アルトナの幽閉者』を観てきました。

重い話で台詞量がハンパなくて3時間半でしかもサルトル! どっと疲れましたが、なかなか見応えのある芝居でした。

舞台は第二次世界大戦終戦から13年の時が経ったドイツ。自分の死期を悟った父は、いまやドイツ有数の企業に成長した造船会社を次男に委ねようとするのですが、次男の嫁の激しい抵抗に遭います。実は家の2階には死んだはずの長男が“幽閉”されていて、次男の嫁がパンドラの箱を開けたとき、13年保たれていた家族のバランスが崩れていきます。

長男フランツは狂気に囚われ、30世紀の法廷でドイツ人の戦争犯罪を「蟹たち」に向かって弁護するという妄想に取り憑かれています。舞台の進行とともに、彼を狂気に至らせた3つの事件(脱走したユダヤ人を匿った事件、前線での従軍体験、妹を強姦しようとしたアメリカ人への傷害事件)が語られ、フランツの心の傷の深さと、父や妹との複雑な関係が徐々に明らかにされます。

隣国との緊張関係、きな臭いナショナリズムの動き、そしてここにきて『アンネの日記』の破損事件・・・戦後ドイツと戦争責任を扱った芝居を意図あって今出してきた訳ではないと思うのですが、こんなときに観ると過去の戦争の暗部を描いた芝居が何か現代日本への皮肉のようにも思えてきます。

そんな重苦しく出口の見えない話ですが、その閉塞感もただ息苦しいだけに終わらず、悲劇が喜劇に思える瞬間さえあるのは今の時代の感性だからなのか、若い演出家や役者によるものだからなのか。ただそれが芝居に独特の面白味を与えていて、退屈させません。

時折挟まれるフラッシュバックの演出の巧さ。芝居のリズムを止めることなく、逆に芝居にリアリティとより一層の緊迫感を与えることに成功しています。そして充実した俳優陣。何より緩急自在に狂人を演じた岡本健一が素晴らしい。狂気の世界と現実の狭間で生きるフランツを、膨大な台詞に溺れることなく自分の言葉で表し、さらに生きることの辛さとその裏腹なおかしみまで表現した彼の圧倒的な表現力が、この芝居をここまで“見せる”ものにしたといっていいでしょう。

『アルトナの幽閉者』はある意味、父と子の愛憎劇でもあり、息子を愛しながらも長年避けてきたために、どう向き合えばいいのか苦しむ父を演じた辻萬長が安定した上手さを見せます。最初は高い声が耳について嫌だなと思った妹レニの吉本菜穗子も、気が付けばその芝居に引きこまれている自分がいました。弟の妻ヨハンナの美波も難しい役どころを的確に演じていたと思います。

日本でもいろんな問題が根深くあるように、ドイツでもアウシュビッツの元看守3人が拘束されたというニュースがつい先日流れていたりと、戦争から何十年も経っているにもかかわらず、いまだに多くの人が戦争と対峙しています。そうした問題をある家族の中に凝縮した芝居と言えるのかもしれません。幽閉されていたのは実はフランツだけでなく家族全員だったわけですが、幽閉から解放された先にあるものは何かを考えさせられる芝居でした。


劇作家サルトル劇作家サルトル

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