2012/08/01

アラブ・エクスプレス展

いつもお世話になっているアートブログ≪弐代目 青い日記帳≫主催の“森美術館『アラブ・エクスプレス展』特別鑑賞会”に行ってきました。(もう先々週のことですが、いつもながらの遅筆で…)

近年、急速に変化を遂げているアラブ。中東各国で連鎖的に起きた“アラブの春”は、独裁政治や言論統制に反抗する若者を中心とした新しい波がアラブで確実に進行していることを世界中に知らしめました。しかし、いまだ紛争や対立が続く地域もあり、シリアの内戦は予断を許しません…。

そんなアラブの現代アートも、ここ数年、世界的に注目を集めているそうです。激変する政治情勢や複雑なアイデンティティ、伝統や宗教、気候風土、そうしたものに由来するテーマやモチーフ、そして独特の美意識。いま世界で一番ホットなアラブの現代アートを紹介した日本初の展示会です。

まず入場するときの注意事項を。
  • 音声ガイドが無料です。それぞれの作品にも詳しい解説パネルがありますが、鑑賞の手助けになるのでぜひ借りてみましょう。
  • 作品リストは会場に置いてませんが、エスカレーターを上がったところの受付の人に声をかけると貰えます。
  • 写真撮影OKです。ただし、いくつか注意点があるので、入口もしくはこちらで必ず確認してください。
会場は3つのテーマで構成されています。気になった作品を紹介します。


1 日々の生活と環境

わたしたちは「アラブ」と一言でくくってしまいますが、アフリカ北部も「アラブ」ですし、中東地域も「アラブ」です。世界中には大勢のアラブ人が暮らしていて、アラブ世界は実はとても多様性に満ちています。しかし、宗教対立や民族紛争、テロなどが起きるたび、「アラブ」を一緒くたに見てしまい、アラブ世界全体に対し悪いイメージを抱いてしまったりします。ここでは、そんなアラブの人たちがどんな生活を営んでいるのか、作品を通して彼らの等身大の日常を紹介しています。

モアタッズ・ナスル(エジプト) 「カイロ・ウォーク」 2006年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

会場に入ってすぐのところにあったのが、カイロの人々の生活風景を切り取った「カイロ・ウォーク」。ポップな色のお菓子やコカコーラの看板、いたずら書きなどわたしたちの生活と何も変わらない風景が広がります。

ハサン・ミール(オマーン) 「結婚の思い出」シリーズ 2011年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

一見すると、イスラムの伝統的な結婚式の写真なのですが、アラブの一部の地域では近代化された現代でも、家族によって結婚相手を決められ、式の当日になって初めて顔を合わせるという結婚の慣習が残されています。これらの写真は、そうした古い慣習や不平等な女性の権利などに対するアラブ人自らの問いかけなのだそうです。

アマール・ケナーウィ(エジプト) 「羊たちの沈黙」 2009年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

ケナーウィの「羊たちの沈黙」はビデオ作品。写真ではちょっと分かりづらいのですが、羊飼い役の人に連れられて人々が羊のように四つん這いになり行進しています。エジプトは貧富の差が激しく、その抗議のパフォーマンスだそうです。が、このパフォーマンスに抗議する人が出てきたりして、生々しい感じもありました。カイロで民主化運動が始まったのはこの翌年とのこと。そうした予兆がここに表れていたのでしょう。

左奥に見えるのは、「親密さ」というルラ・ハラワーニの写真作品。タイトルの通りの写真なのかなと思ったら、パレスチナ自治区とエルサレムの間にある検問所の様子を隠し撮りしたものだそうで、学校に行くにも病院に行くにも、どこに行くにも検問所を通らなければいけないパレスチナの人々の日常を写したものでした。そうした事実を知ると、そのタイトルが実はアイロニカルなものだったと分かります。

リーム・アル・ガイス(アラブ首長国連邦)
「ドバイ:その地には何が残されているのか?」 2008年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

工事現場のように雑然としたインスタレーション。急激に開発されていくドバイを表現しているとのこと。空から鳥が街を静かに見つめているのが印象的です。

ジャアファル・ハーリディ(レバノン出身/アラブ首長国連邦在住)
「スペシャル・レポート」「グッド・スタンプ」 2009年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

手前の絵はガザ紛争を主題にしたもので、学校で勉強をしている子どもたちの後ろには爆撃を受けて破壊される町が描かれています。色のカラフルさとは対照的に、社会を取り巻く複雑な問題がそこには込められています。

アトファール・アハダース(ヨルダン)
「私をここに連れて行って:想い出を作りたいから」 2010‐12年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

アトファール・アハダースは3人のヨルダン人からなるアート・グループ。日本やアフリカ、メキシコらしき風景などがごちゃまぜの中、3人の男性が立っているという不思議でユニークな作品です。現代のデジタル技術は人間のアイデンティティまでも取り替えることが可能であるという皮肉を込めているのだそうです。

マハ・ムスタファ(イラク出身/スウェーデン、カナダ在住)
「ブラック・ファウンテン」 2008/12年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

噴水から噴き上がるのは黒々とした液体。周りの白い床には転々と黒いシミができています。1991年の湾岸戦争では油田地帯が爆撃され、燃え上がる炎と煙で近隣には黒い雨が降ったといいます。アーティストのムスタファ自身もそれを体験した一人。戦争やエネルギー問題、石油をめぐる国際情勢やオイルマネーなど、いまだ続く様々な問題が暗喩的に表現されています。夜に撮影したので分かりにくいのですが、奥の窓からは東京の夜景が望めます。


2 「アラブ」というイメージ: 外からの視線、内からの声

このセクションでは、「アラブ」に対するステレオタイプなイメージを再考させるような作品が紹介されています。それは西洋(日本も含め)に対する抗議であり、客観的な検証であり、アラブの人たちが自らのアイデンティティを問い直すきっかけにもなっているようです。

アハマド・マーテル(サウジアラビア)
「マグネティズムⅢ/マグネティズムⅣ」 2012年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

四角い磁石に引きつけられる鉄粉。言われてみて、そうだなと思ったのですが、メッカの巡礼を暗に示しています。宗教を磁石に置き換えて、その求心力の強さを表現したのだそうです。

シャリーフ・ワーキド(パレスチナ出身/パレスチナ、イスラエル在住)
「次回へ続く」 2009年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

銃を前に真剣な顔で何かを読み上げる男性。まるでアルカイダなどのテロリストの証言ビデオのようです。しかし、この男性が読み上げているのは実は古典文学の「千夜一夜物語」。アラブに対する先入観を皮肉った見事な作品でした。

オライブ・トゥーカーン(アメリカ) 「(より)新しい中東」 2007/12年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

一見、何か分からないと思いますが、実は中東地域の国々の形をした磁石になっています。どこがどこの国か分からないぐらい、バラバラになっていますが、新しい中東の地図を作ってみましょうということで、誰でも自由に動かすことができます。ただ、パレスチナの領土だけは壁に固定され、動かせません(下の写真)。つまり、パレスチナを中心に中東世界が再構成されるということを意味しています。

  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

イスラエルも動かせます…。

アーデル・アビディーン(イラク生まれ/フィンランド在住)
「アイム・ソーリー」 2008/12年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

青と赤が交互に点滅する派手な看板。イラク戦争のあと、アメリカ人に出会うたびに「アイム・ソーリー!」と言われたという自らの体験を作品にしたものだとか。自虐的というか、皮肉というか。そばには“I'M SORRY キャンデー”があり、自由に持ち帰れます。


3 記憶と記録、歴史と未来

社会改革や宗教紛争などアラブ諸国の変動は近年激しいものがあります。アラブのアーティストたちは自分の目で見たことを世界の人々に伝え、また後世に残そうと、自らの体験を作品に取り入れています。ここではそうした記憶/記録という視点から生まれた作品を紹介しています。

ハラーイル・サルキシアン(シリア出身/シリア、イギリス在住)
「処刑広場」 2008年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

一見すると、静かな朝の街並みを撮影した風景写真のようですが、ここに写された場所はすべて実際に公開処刑が行われた場所なのだそうです。現在、シリアは内戦が激化し、緊迫した状況が続いていますが、今もこうしたことが起きているのかもしれないと思うと、空恐ろしい気持ちになる写真です。

このコーナーには映像作品も多く、内戦や紛争の記憶がいまだ新しいだけに、痛ましさというか生々しさを感じるようなものもありました。

ジョアナ・ハッジトマス&ハリール・ジョレイジュ
(レバノン出身/レバノン、フランス在住)
「戦争の絵葉書」(「ワンダー・ベイルート」シリーズより) 1997/2012年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

もともとはベイルートの写真家アブドゥッラー・ファラハが1960年代に撮影した観光用の絵葉書。レバノン内戦で撮影した場所が爆撃されるたびにネガの該当部分を燃やしたのだそうです。そのため写真は無残なほど焼け焦げた跡でいっぱいです。かつてのベイルートの美しい風景を想うと、戦争のやりきれなさを感じずにはいられませんでした。

ゼーナ・エル・ハリール(イギリス出身/レバノン在住)
「ザナドゥ、あなたのネオンは輝くだろう」 2010年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

2006年のイスラエルによるレバノン侵攻時にイスラエル軍用機から投下されたビラをもとに制作されたものだそうです。笛を吹いているのは、シリアのアサド大統領、イスラム抵抗運動ハマースの主導者マシュアル、イランのアフマディネジャド大統領で、イスラム教シーア派組織ヒズブッラーの指導者ナスルッラーが彼らに踊らされているという構図を風刺的に描いたのだとか。踊らされてる場所が“ザナドゥ”というのもまた皮肉です。

左: ハリーム・アル・カリーム(イラク出身/アラブ首長国連邦、アメリカ在住)
「無題1」(「都会の目撃者」シリーズより) 2002年

右: ハリール・ラバーハ(エルサレム出身/パレスチナ在住) 「2つの展覧会」
(「美術展:レディメイドの表象」シリーズより) 2012年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

「無題1」は、かつて厳しい言論統制により人間性までも虐げられていたイラクを表現したもの。顔全体がぼんやりしている中で目だけがクリアーなのは、言葉を発せられなくても目はちゃんと見ているということを表わしています。

「2つの展覧会」は、写真かな?と思ったら、油彩画でした。つまりスーパーリアリズム。自身の展覧会の風景を絵画化したものだそうです。ラバーハはパレスチナに関係する展覧会などの記録写真をスーパーリアリズム手法で絵画化している画家だそうです。

エブティサーム・アブドゥルアジーズ(アラブ首長国連邦)
「リ・マッピング」 2010年
  この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

アラブ諸国の国名のアルファベットを数字に変換して平面座標に配置し、各国のアートへの受容度を高さで示したアラブの新しい地図。窓の外には東京の夜景が広がり、暗い部屋の中で白く発光した物体はとても幻想的で、まるで未来都市や天空回廊のようでした。


全体を通じて、とても考えさせられる作品が多く、またいろんな意味で刺激・発見の多い展覧会でした。アラブの現代アートといっても見た目は西洋のそれと変わらないのですが、戦争や古い慣習、環境に対する批判や反抗がベースに強くあり、作品のアプローチは欧米のものと大きく異なっています。ここまで直接的な政治的メッセージを美術作品に見ることはあまりありませんが、じゃあ真面目に考えながら観なければならないのかというとそういう展覧会でもないと思います。アラブの新しい動きを知るという意味で、とてもよい企画なのではないでしょうか。



【アラブ・エクスプレス展: アラブ美術の今を知る】
2012年10月28日(日)まで(会期中無休)
森美術館にて


アラブ・エクスプレス展 アラブ美術の今を知るアラブ・エクスプレス展 アラブ美術の今を知る

0 件のコメント:

コメントを投稿