その日は年度末の最後の日で、しかも席替えなんかもあって職場は超バタバタしていたのですが、折角のご招待ですし、こんな機会もそうはないと思い、仕事をテキトーに片づけて、ダッシュで伺いました。(会社が近くてよかった・・・)
今年、ブリヂストン美術館は60周年を迎え、それを記念して三つの特別展を企画しています。第1弾は『パリへ渡った石橋コレクション 1962年、春』(1/7~3/18)、第2弾として今回の『あなたに見せたい絵があります。』(3/31~6/24)、第3弾には『ドビュッシー、音楽と芸術-印象派と象徴派のあいだで』(7/14~10/14)が開催されます。
さて、ブリヂストン美術館開館60周年記念展の第2弾にあたる本展は、『あなたに見せたい絵があります。』と言うだけのことはあり、ブリジストン美術館と石橋美術館(福岡)が所蔵する19世紀から20世紀にかけての西洋絵画や日本の近代洋画を中心としたコレクションの中から、選りすぐりの名画109点が一堂に勢ぞろいしています。
会場は、石橋コレクションの総体を年代やカテゴリー、また画家という括りではなく、横の軸で、つまり空間の広がりで見せたいという方針で、題材別、ジャンル別に11のテーマに分けられています。
1章 自画像
まずは「自画像」のコーナーから。
「自画像」のコーナーには、青木繁や坂本繁二郎、藤島武二といった日本の洋画家から、マネやセザンヌ、ピカソ、それにレンブラントまで幅広いカテゴリーの画家の自画像が並んでいます。こうした括りで、これだけ見応えのある自画像を展示できるというのも、ブリヂストン美術館と石橋美術館のコレクションがいかにスゴいかということをよく物語っています。
2章 肖像画
自画像というのは画家の感情というか、性格というか、その人の自己表象やアイデンティティまでが見えるようで、ファンにとっては興味の尽きないテーマですが、肖像画というのも、その画家の個性や、また描かれている人物との関係などが表れて、非常に面白いテーマだと思います。「肖像画」のコーナーには、ルノワールやドガ、ピカソ、それに岸田劉生の「麗子像」などが展示されています。
黒田清輝「針仕事」 1890年
石橋美術館蔵
石橋美術館蔵
今回の展覧会で、自分が一番観たかった作品の一つが、この黒田清輝の「針仕事」。東京国立博物館の所蔵品に黒田清輝の代表作で「読書」という作品がありますが、それと同じマリアという、当時黒田が住んでいた下宿屋の娘さんをモデルにしています。法律家を目指しフランス留学をした黒田が、法律の勉強そっちのけで絵の勉強をしていた頃の作品です。デッサン力の確かさ、色の細かなニュアンス、服やカーテンの質感、窓から差し込む光の柔らかさ、どれも素晴らしく、油彩画を制作し始めて間もない頃の作品とは思えない完成度の高さです。
3章 ヌード
上の写真の一番左は、一瞬ルノワールかと思わせるような豊満な女性たちの水浴の風景ですが、安井曾太郎なんですね。フランスでの修業時に描いた作品だそうで、ルノワールやセザンヌの影響が見て取れて面白い一枚でした。ほかにも、ルノワール晩年の裸婦像や、マティス、ドガ、岡田三郎助らの作品が展示されています。
4章 モデル
2章の「肖像画」と「モデル」は同じ主題のようにも思えますが、解説によると、「肖像画」は“描かれる対象の個性や特徴が表現されていることが重要”なのに対して、「モデル」は“描かれた人物は無名であり匿名”なのだそうです。このコーナーでは、藤島武二の「黒扇」と黒田清輝の「プレハの少女」が秀逸でした。ほかに、コローやマティス、坂本繁二郎の作品が展示されています。
5章 レジャー
「レジャー」は印象派の登場と共に現れた新しい主題。近代化が進むに連れ、「レジャー」を楽しめるようになった庶民の経済的・時間的・精神的余裕がその絵からは伝わってきます。このコーナーには、浜辺の風景が印象的なブーダンの「トルーヴィル近郊の浜」やピカソの新古典主義時代の代表作「腕を組んですわるサルタンバンク」などのほか、マネやルオー、ロートレックといったヨーロッパの画家たちの作品が並んでいます。
6章 物語
中世の頃までヨーロッパの絵画といえば、宗教画や歴史画であり、そうした主題の上位性は写実主義や印象派が登場する19世紀まで続いたといいます。洋画が日本に入ってくると、聖書やギリシア神話と同じようなモチーフを探して、記紀神話が描かれるようになります。石橋コレクションは青木繁作品が充実していますが、今回はその中でも特に代表作の「海の幸」(写真左:重要文化財)、「大穴牟知命」(写真中)、「わだつみのいろこの宮」(写真右:重要文化財)など4作品が展示されています。
レンブラントの隣にドニが並んでいる光景もなかなか面白いものです。レンブラントの「聖書あるいは物語に取材した夜の情景」(写真右)は約20cm四方の小さな絵で、最も早い時期に制作された作品とのこと。残念ながら、左側が欠損しているそうです。レンブラントらしい光と闇に溢れた作品ですが、銅板油彩画という性質故でしょうか、明暗の質感が後年のレンブラントと異なる印象を受けました。
「物語」にはほかに、藤島武二の代表作「天平の面影」(重要文化財)やルオーの「郊外のキリスト」などが展示されています。
新収蔵作品
途中の第7室にはブリヂストン美術館の新収蔵作品、カイユボットの「ピアノを弾く若い男」(写真右)と岡鹿之助の「セーヌ河畔」(写真左)が展示されています。
ギュスターヴ・カイユボット「ピアノを弾く若い男」 1876年
ブリヂストン美術館蔵
ブリヂストン美術館蔵
カイユボットの「ピアノを弾く若い男」も本展で観るのを楽しみにしていた作品の一つ。この3月に放映された『美の巨人たち』のスペシャル番組でもカイユボットが紹介されていましたが、カイユボットはブルジョワ出身で、生活費に苦しむ印象派の画家仲間の経済的支援として彼らの作品を買い上げていたそうで、それらの作品が現在のオルセー美術館のコレクションの基幹になっているというお話でした。カイユボットは印象派の中でも写実的傾向が強く、この絵もドガのようなかっちりしたところがありますが、カーテン越しに差し込む陽光、ピアノに映りこむ光や手の影など、実物は写真で見るより印象派らしい光の質感にあふれた作品でした。
もう一つの岡鹿之助は藤田嗣治やルソー、スーラなどの影響を受けたそうで、抒情的な街の風景が印象的でした。
7章 山
クールベの「雪の中を駆ける鹿」(写真右)と雪舟の「四季山水図」(写真奥)が一つのスペースにあるという不思議さ。「山」という括りで、日本の山水画からヨーロッパの印象派やバルビゾン派まで並ぶ、これが今回の展覧会のユニークなところです。ほかにも、サント・ヴィクトワール山を描いたセザンヌの作品や、コロー、ゴーガン、ルソーらの作品が展示されています。
8章 川
川や運河など水辺と、そこに広がる生活を描いた作品。モネ(写真上)やピサロ、シスレー、ボナール、ユトリロらの作品が展示されています。壁の色も、「海」や「川」に合わせて青色になっています(正確には、壁の色に合わせて「海」や「川」の作品が展示されているのですが)。
フィンセント・ファン・ゴッホ「モンマルトルの風車」 1886年
ブリヂストン美術館蔵
ブリヂストン美術館蔵
「モンマルトルの風車」は、ゴッホがパリに出て画塾に通い、ロートレックやベルナールらと知り合い、ゴッホの絵が色彩豊かなものへと変貌を遂げた頃の作品。一見、農村の風車のように思えますが、かつてルノワールも描いた“ムーラン・ド・ラ・ギャレット”の風車を裏手から描いたものだそうです。あんな華やかで楽しげな風景の裏には、こういう畑が広がっていたのですね。
9章 海
同じような荒れる海の風景なので、一瞬、同じ画家の作品なのかな?と思ったら、青木繁(写真右)とモネ(写真左)なんでビックリしました。そういうカテゴリーの括りを超えた、画題の共通性を観るという点で、こういう見せ方もあるんだなとあらためて感心しました。「海」にはほかに、マティスやモンドリアン、クレーなどの作品が展示されています。
荒れる海とは対照的な穏やかな瀬戸内の海。藤島武二の「淡路島遠望」(写真左)と「屋島よりの遠望」(写真右)です。本展では藤島武二の作品が8作品と一番多く出展されていました。
10章 静物
モチーフ別の展示の最後は「静物」。これもまた洋画の画題の王道です。写真は安井曾太郎の「薔薇」(左)と「レモンとメロン」(右)。ほかに、ちょこんと顔を覗かせる猫が愛らしい藤田嗣治の「猫のいる静物」やセザンヌ、ボナール、ゴーガン、ピカソらの作品が展示されています。
今回の展覧会、作品の説明がとても分かりやすいのが印象的でした。それぞれ150字でまとめてあり、小学生にも分かるように配慮しているのだとか。それでいて、十分な情報がコンパクトかつ丁寧にまとめられていました。小さなときから、こういう名画に親しむ環境って大切ですよね。
11章 現代美術
現代美術といっても幅は広いのですが、本展では抽象絵画で統一されていて、ブリヂストン美術館のコレクションの一つの方向性を感じました。20世紀前半の抽象絵画を代表するカンディンスキーやミロから、戦後のフォートリエやアルトゥング、ザオ・ウーキーまで。また、日本洋画壇の重鎮、野見山暁治の作品もありました。
なお現在、ブリヂストン美術館所蔵のジャクソン・ポロック「Number 2,1951」が国立近代美術館で開催中の『ジャクソン・ポロック展』に貸し出されているのですが、5/29からは本展で展示されるそうです。
内覧会風景
一人の画家でまとめたり、あるカテゴリーを年代順に見せていくという展示ではないので、好きな順番で観ることができるのもいいところ。なにしろ、ブリヂストン美術館と石橋美術館が60年かけて収集してきたコレクションの中でも、大勢の人に観てもらいたいと自信を持ってオススメする作品ばかりなので、その充実ぶりは目を見張るものがあります。その選択眼というか趣味の良さ。絵画って楽しいな、もっと観たいなと思わせる、そんな展覧会でした。
最後になりましたが、今回“ブロガー特別内覧会”を企画していただいたブリヂストン美術館と青い日記帳のTakさんにあらためてお礼を申し上げます。
※画像は特別内覧会にて主催者の許可を得て撮影したものです。
【あなたに見せたい絵があります。 ―ブリヂストン美術館開館60周年記念―】
ブリヂストン美術館にて
2012年6月24日(日)まで
開館時間: 10:00〜18:00 (祝日を除く金曜日は20:00まで)
休館日: 4/15(日) 4/23(月) 5/28(月)
※入館は閉館の30分前まで
※上記の開館時間も不測の事態の際は変更する場合があります。
※最新情報は公式Pおよびハローダイヤル(03-5777-8600)でご確認ください。
住所: 東京都中央区京橋1丁目10番1号
交通: 東京駅(八重洲中央口)より徒歩5分
東京メトロ銀座線 京橋駅(6番出口/明治屋口)から徒歩5分
東京メトロ銀座線・東西線・都営浅草線 日本橋駅(B1出口/高島屋口)から徒歩5分
Casa BRUTUS特別編集 日本の美術館ベスト100ガイド (マガジンハウスムック CASA BRUTUS)
週刊世界の美術館 no.76―最新保存版 ブリヂストン美術館と東京の美術館
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