開催前からティザーサイトのケバケバしさがちょっとした話題になっていたルドン展ですが、展覧会は至ってフツー。ルドンを知るにはちょうどよい内容になっていたと思います。
ルドンというと、一般的にはどんなイメージなのでしょうか?
自分なんかは、数年前のBunkamuraの『ルドンの黒』展で不気味な目玉やクモなどのその“黒い世界”に度肝を抜かれたというか、魅了された方なので、黒のルドンの魑魅魍魎とした世界が好きなのですが、印象派から入った人は、恐らくナビ派の夢幻的でカラフルな色彩の世界のイメージが強いのかもしれません。
今回のルドン展は、世界有数のコレクションを誇る岐阜県美術館の所蔵品と、三菱一号館美術館が先ごろ購入した「グラン・ブーケ(大きな花束)」からなる展覧会です。“黒のルドン”、“色彩のルドン”を合わせ、ルドンだけで約90点、周辺の画家の作品を含めると約140点と充実したものになっています。
「Ⅸ.悲しき上昇」(『夢のなかで』) 1879年
岐阜県美術館蔵
岐阜県美術館蔵
まず最初のコーナーは<ルドンの黒>。オディロン・ルドン(1840-1916)は、エッチングとリトグラフを学び、1879年に版画集『夢のなかで』を出版します。このとき既に39歳。遅咲きのデビューです。ただ、この版画集はわずか25部しか刷られなかったそうで、一般には出回らなかったようです。
この頃のルドンは、木炭画や黒鉛を使った作品やモノクロのリトグラフ作品を発表していますが、それらはどれも悪夢に出てくるような不気味で奇々怪々な世界。虚弱体質で引っ込み思案で、孤独な日々を送っていたルドンの心の内が透けて見えてくるようです。
「Ⅰ.眼は奇妙な気球のように無限に向かう」(『エドガー・ポーに』) 1882年
岐阜県美術館蔵
岐阜県美術館蔵
ルドンの作品には“目”をモチーフにした作品がよくあります。また、その“目”は“気球”に結びつけれられることがあります。“目(=気球)”の視線は、彼の孤独や不安といった精神的な内面に向けられているともいわれています。やがて、ルドン独特の神秘的で夢想性に溢れた幻惑的な絵画表現は、当時隆盛を誇った象徴主義の文学者や若い世代の画家たちから注目を集めるようになったようです。
「Ⅱ.沼の花、悲しげな人間の顔」(『ゴヤ頌』) 1885年
岐阜県美術館蔵
岐阜県美術館蔵
次のコーナーは<色彩のルドン>。50代になると、突然ルドンの絵から暗闇が消え、光溢れ、温もりに満ちたものになります。木炭はパステルになり、単色の世界は色彩豊かな世界へ変化していきます。1889年に次男(長男はその3年前に生後6ヶ月で死亡)が生まれたことが決定的な変化をもたらせたといわれています。家庭を持ち、子どもが生まれ、生活が次第に幸せに満ちたものになってきたことで、彼の精神的な安定につながり、それが絵を劇的に変化させていったのでしょう。
「眼をとじて」 1900年以降
岐阜県美術館蔵
岐阜県美術館蔵
ルドンは目を閉じた女性をモチーフにした作品を何枚も作成しています。2010年に日本でも公開されたオルセー美術館所蔵の「目を閉じて(閉じられた目、瞑目)」(1890年)はその代表的な一枚で、フランス国家が買い上げたもの。まだこの頃は色の使い方も控えめでしたが、10年以上経て制作された本作は色彩も増え、花を描きこんだり、線の描き方、筆の使い方、構図にも大きな変化が見られます。本作は、オルセー美術館所蔵作同様、油彩画ですが、この頃のルドンの絵は多くがパステル画で、油彩や水彩であってもパステル画のように描いたといわれています。
【参考】 「目を閉じて(閉じられた目、瞑目)」 1890年
オルセー美術館蔵
オルセー美術館蔵
(※この作品は本展には出展されていません)
「グラン・ブーケ」は、小さな部屋に一点だけで飾られていました。「グラン・ブーケ」はルドンのパトロンだったロベール・ド・ドムシー男爵の依頼で描かれたもので、全16作からなる装飾壁画の内の一つとのことでした。他の15点は既に売却されたものの(現在はオルセー美術館所蔵)、この1点だけは男爵家の城館に残されたそうです。ドムシー男爵の「青色は使わないように」という注文に敢えてルドンは花瓶の色を青色を使ったといいますが、青色のパステルの美しさ、色とりどりに咲き乱れる花々、とても印象的な一枚です。
「グラン・ブーケ(大きな花束)」 1901年
三菱一号館美術館蔵
三菱一号館美術館蔵
最後のコーナーは<ルドンの周辺-象徴主義者たち>。ルドンが師事したロドルフ・ブレスダンの版画作品をはじめ、ルドンに影響を与えたギュスターヴ・モロー、またルドンと同時代のポール・ゴーギャンやアンリ・ファンタン=ラトゥール、モーリス・ドニ、エドヴァルド・ムンクらの作品も展示されていました。
「青い花瓶の花々」 1904年頃
岐阜県美術館蔵
岐阜県美術館蔵
こうして見ていくと、ルドンの絵は正にルドンの人生そのもの。50歳になって転機が訪れ、新しい人生が花開き、人生がバラ色に輝くように、彼の絵もバラ色になっていくなんて、素晴らしいなと思います。晩年のルドンは装飾画家としても成功を収めていますが、誰もあんな暗黒世界のような絵を書いていた青年が、将来美しいパステル画で名を馳せるなんて想像しなかったでしょう。人生何が起きるか分からないものです。
【ルドンとその周辺-夢見る世紀末】
2012年3月4日まで(終了)
三菱一号館美術館にて
もっと知りたいルドン―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
オディロン・ルドン―自作を語る画文集 夢のなかで
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