2015/10/04

春画展

永青文庫で開催中の『春画展』に行ってきました。

待望の日本初の春画の展覧会。大英博物館で開催された『Shunga: Sex and Pleasure in Japanese Art』の成功を受け、日本での開催に向けて動いてはいるが、どこの美術館からもOKが出ないという話が漏れ聞こえ、どうして日本では開催されないのだと話題になったのは記憶に新しいところです。

『愛のコリーダ』裁判とか、メイプルソープ事件とか、「芸術か猥褻か」という論争はこれまでにもたびたび繰り返されてきて、春画をモロ出しのポルノと同じと見るか、いやいや芸術文化でしょと見るかは、もしかしたら人によって分かれるかもしれませんし、当然見たくない人だっているでしょう。

とはいえ、近頃は春画関係の本もいろいろ出版されるようになりましたし、昔みたいに黒塗りではありませんし、美術関係者や研究者の努力もあって、春画が美術の重要な一つのテーマとして理解され、評価されるようになったのも確か。

恐らく近年の美術展では最も画期的な展覧会に入るだろう『春画展』。初日から大変な混雑だと聞きましたので、平日の夜間の空いてる時間を見計らって拝見してまいりました。


プロローグ

春画は関連の書籍などで見ていますし、どんなものかは多少知ってはいたものの、実物を観るのは先日の『画鬼暁斎』につづいて2回目。暁斎の春画は笑いの要素が少し強かったので、本格的なものは初めてと言っていいかもしれません。

渓斎英泉 「あぶな絵 源氏物語」
文政年間(1818~30)(展示は10/11まで)

会場は4階から。≪プロローグ≫は表現としては抑え目の、手を取り合ったり、愛する者同士が惹かれあう光景や、だんだんと熱く燃え上がっていくその刹那を描いた作品が並びます。鈴木春信や渓斎英泉など、まだこの辺りは品も良く、まずは目慣らしといったところ。


Ⅰ. 肉筆の名品

春画は江戸時代のものと思いきや平安時代からあったそうで、その昔は“偃息図の絵”と呼ばれていたといいます。平安時代に実際にあった密通事件に取材した「小柴垣草紙絵巻」(展示は10/4まで)は鎌倉時代の作とされ、縁先での性愛が赤裸々に描かれています。「小柴垣草紙」は古典的な画題のようで、住吉具慶が描いたとされる作品も展示されていました。

「稚児之草紙」(部分)
江戸時代・17世紀 大英博物館蔵(展示は11/3から)

後期に出品される「稚児之草紙」も見どころのひとつ。元は醍醐寺秘蔵の鎌倉時代の春画絵巻で、稚児と僧侶の男色関係が描かれています。春画という観点だけでなく、性文化を考える上でも興味深い気がします。

肉筆は一点物ですし、特に絵巻となると費用もかかるので、武家や貴族、裕福な商人の依頼で描かれたものが多いようです。特に武家にとって春画は子孫繁栄や嫁入り道具、武運長久を願うお守りのような役割もあったとか。

当然、武家や大名が依頼するのは一流の絵師なわけで、狩野派や住吉派、長谷川派による作品もあって、その豪華さ、クオリティの高さには舌を巻きます。狩野派には春画の画手本まであったというから驚きです。狩野典信や章信といった江戸狩野を代表する絵師による作品も展示されていたりしましたが、後期には狩野山楽や円山応挙という大物絵師による春画も出品されるというのも見ものです。

月岡雪鼎 「四季画巻」(部分)
安永年間(1772~81)前期ミカエル・フォーニッツコレクション蔵
(展示は11/1まで)

肉筆浮世絵で面白いのは上方を代表する浮世絵師・月岡雪鼎で、大火で焼け残った蔵から雪鼎の春画が出てきたという噂が広まり、雪鼎の春画は火除けとして人気になったのだそうです。雪鼎は美人画を得意としていただけに、春画の女性も豊麗で魅力的。「四季画巻」は女性が少女から年を経ていくまでの性交を春夏秋冬に見立て描いたもので、愉悦に浸る女性の表情や姿態が表現豊かで美しい。春には椿と白梅、夏には菖蒲と、花だけを描いた巻が間々に挟まれ、横たわる女性のようにも見えるという工夫が巧い。

肉筆春画の中で強いインパクトを与えるのが絵師不詳の「耽溺図断簡」。耽溺という言葉どおりに快楽にふける様が過剰なまでに生々しく描かれていて、見入ってしまうものがあります。男性器信仰なのか、老いた色事師への哀悼なのか、「陽物涅槃図」も洒落てて面白い。

「陽物涅槃図」
江戸時代・19世紀中頃 大英博物館蔵


Ⅱ. 版画の傑作

3階は浮世絵版画の春画。浮世絵を語る上で春画は避けて通れないわけですが、今までは見ることさえ許されなかった春画がこうして目の前に広がるという光景はただただ圧巻です。

秘薬で小さくなった男がさまざまな情交を見物して廻る春信の「風流艶色真似ゑもん」、横長にトリミングした清長の「袖の巻」、歌麿の傑作春画「歌まくら」や「ねがひの糸ぐち」、度肝を抜く北斎の「蛸と海女」など春画の代表的な名品が並びます。

喜多川歌麿 「歌まくら」(一部)
天明8年(1788)

葛飾北斎 「喜能会之故真通」(一部)
文化11年(1814) 個人蔵

昨今の春画の評価の流れは、春画を芸術作品として見ていこうという向きもあると思うのですが、今回まじまじと春画を観て思うのは、春画は春画、やはりこれは“ポルノ”だなと。江戸時代の人々だって、他人の秘め事を見る、いろいろな性戯を愉しむといった目的で春画を見ていたわけですから、春画をアートだと変に拡大解釈しなくてもいいんじゃないかという気がします。

ただ、男が一人オナネタとして見るポルノと違って、江戸時代は春画を仲間同士で見たり、夫婦で見たり、母親が娘に性の教科書として手渡したりといった使われ方もしていたそうなので、現代のポルノとは扱われ方はちょっと違うようです。春画を見て気づくのは、女性目線で描かれたものが多いことで、そこには男性も女性も関係なく性的な刺激を求めて春画を愉しんだだろう江戸時代の性の寛容さを見る思いがします。

興味深いのは全裸の春画が非常に少ないことで、もちろん局部が露わになった姿は多いものの、たいていは着物をまとっています。着物の柄や女性の髪型を見ることで、その人たちがどのような身分なのか、職業なのか、関係なのか、そうしたことが分かり、一種のシチュエーション・プレイを見る愉しみや官能小説を読むような感覚というのもあったのではないかと感じます。

鈴木春信 「風流座敷八景」(一部)
明和7年(1770)(展示は11/1まで)

初期の墨摺りや筆彩色のものから春画があって、浮世絵版画の成り立ちとともに春画の需要があったことが分かります。男女の性交だけでなく、西鶴の『好色一代男』を読んでも分かるように江戸時代は男色も珍しいことではないので、男色や女色もフツーに並んでますし、女装子や3Pだってあったりします。結構何でもありで、とてもバラエティに富んでいることに驚きます。女性同士が張形で遊んだり、物売りから張形を楽しそうに選んでる図なんてのもありました。江戸時代の性風俗が現代に比べてどれだけ豊かで自由だったのかを物語っています。

春本が出版令で禁制になると貸本が盛んになり、いろいろと趣向を凝らした春画が作られ、さらにエンタテイメント化していったようです。一方で多色摺りの技術が発展すると、錦絵春画はさらに色鮮やかに、豪華になり、清長や歌麿、北斎といった名だたる浮世絵師がその技巧や美しさを競い合うようになります。

鳥居清長 「袖の巻」
天明5年(1785)頃

春画の表現の多様性を見ていると今まで浮世絵の、ひいていえば江戸絵画の何を知った気になっていたんだろうとさえ思えてきます。春画といえども手を抜くことなく、逆に趣向を凝らしていて飽きません。歌麿はやはり美しいし、北斎は自由だし、春信は上品だし、国貞は豪華だし、国芳は緻密だし、それぞれの個性が出ていて面白い。


Ⅲ. 豆判の世界

2階には豆判春画。縦9cm、横13cm程度のいわば春画のポケットブックで、値段も手ごろなことから庶民の間で普及したそうです。大名が新年に登城した際、暦の入った豆判春画を交換しあったりなんてこともあったとか。明治時代に日清・日露戦争に出征する兵士に“勝絵”として春画を持たせたという話は有名ですが、そのときに持たせたのもこうした豆判春画だったようです。

「豆判絵暦 忠臣蔵大小暦」
文政5年(1822)(展示は11/1まで)

豆判だから簡素かというとそういうこともなく、そこはちゃんとした春画で、庶民に人気があったからか、歌舞伎や役者絵になぞらえたものや、格子柄の地模様に春画が描かれた洒落たデザインのものもあったりします。


エピローグ

最後に細川家秘蔵の春画を展示。嫁入りに春画を持たせたり、鎧櫃に春画を入れる習慣があったりと、祝い物や縁起物として春画が求められていた経緯もあるようです。多くは肉筆の春画で、祝儀用となれば多少は乗せて費用も払われたみたいで、絵師にはいい仕事だったのかもしれません。



大英博物館の春画展でも観覧者の55%は女性だったといいます。本展も女性の姿が多く、わたしが観に行った日も2/3は女性でした。性器が誇張して描かれていたり、生々しい性描写があったりしますが、春画に描かれる江戸の文化や風俗、レトリックや技巧、美意識やユーモアはどれも素晴らしく、今まで知らなかった春画の魅力に驚くこと必至です。

展覧会は火~土曜には連日20時まで開館(日曜は18時まで)しています。会場は広くなく、通路も狭いので、空いてる時間帯を狙うのが懸命だと思います。


【SHUNGA 春画展】
2015年12月23日(水・祝)まで
永青文庫にて


大英博物館 春画 (   )大英博物館 春画


春画入門 (文春新書)春画入門 (文春新書)


春画のからくり (ちくま文庫)春画のからくり (ちくま文庫)

2015/10/02

月映展

東京ステーションギャラリーで開催中の『月映展』に行ってきました。

宇都宮美術館、和歌山県立美術館、愛知県美術館と巡回してきた展覧会で、先にご覧になった方の評判も良く、ずっと気になっていました。

『月映(つくはえ)』は大正時代に田中恭吉、藤森静雄、恩地孝四郎の3人の美学生が自分たちの木版画や詩を発表する目的で刊行した同人誌。1年ほどで終刊になってしまう幻の版画誌ですが、その作品はいまも高く評価されています。

本展はその『月映』が刊行されて100年を記念しての展覧会。公刊『月映』の全版画をはじめ、今は1部しか残ってないという私輯『月映』の木版画や関連作品、また手紙など資料を交え、3人の交流や『月映』を創刊するに至るいきさつなどを丁寧に追っています。


Ⅰ つくはえ前夜 - 三人の出会い、回覧雑誌『ホクト』、回覧雑誌『密室』

まずは三人の出会いと『月映』に辿りつくまでの経緯から。 最初に田中恭吉と藤森静雄が知り合って、その後、恩地孝四郎が加わります。藤森と恩地は同い年、田中は一つ下。田中と恩地は竹久夢二との交友をきっかけに知り合うなど、年が近いことや趣味が似ていることなど、気の合う要素が多かったんでしょうね。田中と藤森が仲間たちと作った回覧雑誌『ホクト』に、やがて恩地も加わって作ったのが『密室』(9号まで続く)で、ノリとしては絵あり詩あり画論ありの文芸同人誌のようなものだったみたいです。

藤森静雄 「マントの男」(『密室』5)
大正2年(1913) 和歌山県立近代美術館蔵

会場には3人がやりとりした手紙(葉書)が多数展示されていて、竹久夢二のことや、友を思いやる言葉など、3人の交流の様子や親しさが垣間見れます。葉書には絵が描き添えられていたりするのは美学生らしいところ。抽象絵画のイメージのある恩地孝四郎が竹久夢二もどきの絵を描いていたり意外な発見もあります。

田中恭吉 「赤き死の仮面」
大正2年(1913) 和歌山県立近代美術館蔵(展示は10/12まで)

彼らの仲間で木版画を制作していた香山小鳥の死をきっかけに田中は木版画の試作を始めます。「赤き死の仮面」はその頃の作品で、拙いながらも後の田中の作品を彷彿とさせるものがあります。ほかにも『密室』で発表した木版画も展示されていて、田中が木版画制作にのめり込んでいく様子を感じ取ることができます。香山小鳥の作品もいくつかあって、荒削りなのに繊細な感じで惹かれるものがあります。


Ⅱ 『月映』誕生 - 木版画にかける夢

田中の木版画にかける情熱は藤森と恩地にも伝播し、やがて3人で自画・自刻木版と詩歌の創作版画誌を出版する計画が練られます。出版まで1年の準備期間を置き、その間に互いの作品を持ち寄って制作したのが私家版のいわゆる私輯『月映』。私輯『月映』はⅥ号まで作られます。

田中恭吉 [失題]
1914年頃 個人蔵

現存唯一の私輯『月映』は完全な形で残っていないため、その全容は今も掴めないままといいます。中にはちゃんとタイトルの分かっているものもありますが、未だにタイトルも分からず[失題]とされたものもあります。どれも一様に、耽美的で幻想的で静謐でとても詩的です。ほのかに照らす光の先にあるものが希望なのか闇なのか。仲間を結核で亡くし、田中自身も結核に侵され死を身近に感じていたこともあるかもしれませんし、大正デカダンスといった時代のムードなのかもしれまんが、どこか死の影もちらつきます。

藤森静雄 「永遠」(私輯『月映』Ⅱ)
大正3年(1914) 和歌山県立近代美術館蔵

田中恭吉、藤森静雄、恩地孝四郎、それぞれに個性があり、余韻を引くものがあるのですが、個人的な好みとしては、藤森の内省的で、暗く孤独感のある木版画に強く惹かれます。構図や色合い、特に青のトーンが素晴らしく、とても雰囲気があります。

田中や藤森の作品にはビアズリーやムンク、ナビ派を思い起こさせるところがあって、世紀末芸術、象徴主義の影響を感じます。恩地は最初の頃はまだ大正ロマンを思わせる作品もありますが、この頃すでに抽象絵画への憧憬があったようで、この僅かの数年に限っても、線や造形が抽象化していく様を見て取れます。

田中恭吉 「五月の呪」(私輯『月映』Ⅳ)
大正3年(1914) 和歌山県立近代美術館蔵(展示は10/12まで)

4階の会場は私輯『月映』がメインで展示されていて、その手摺りの木版の風合いが素晴らしく、行ったり来たり何度も戻ったりして、なかなか下の階に下りられませんでした。物寂しげな色のトーンや繊細な彫り線。摺りのムラや彫刻刀の線のあとを見ていると、『月映』に込められた3人の思いがダイレクトに伝わってくるようで、思わず胸が熱くなります。公刊『月映』は機械刷りになるのですが、自摺りの私輯『月映』には機械では出せない温もりと味わいがあります。

恩地孝四郎 「望と怖」
個人蔵


Ⅲ 『月映』出版 - 死によりて挙げらるる生

一つ階を下りた3階の会場は、公刊『月映』と『月映』後のことに触れています。公刊『月映』は版画のページと詩のページからなり、私輯『月映』のときの木版を機械刷りで載せたほか、新たな版画作品も加え、再構成しています。

藤森静雄 「夜」(公刊『月映』Ⅰ)
大正3年(1914) 愛知県美術館蔵

藤森静雄 「亡びゆく肉」(公刊『月映』Ⅳ)
大正4年(1915) 愛知県美術館蔵

田中は私輯『月映 Ⅱ』のあと、結核の療養のため故郷和歌山へ戻るため、3人のやり取りは手紙(はがき)になります。文面から伝わる 『月映』にかける3人の情熱と友情がまた心を揺さぶります。

田中が公刊『月映』のために作ることができた新たな木版画は2点だけで、その代わり詩歌を多く発表したのだとか。「冬虫夏草」は公刊のために制作された新作版画の一つ。田中は最後の公刊『月映 Ⅶ』の完成を見ることなく、この世を去ります。まさに命を削りながら創ったこの作品にどれだけの思いが込められていたことか。

田中恭吉 「冬虫夏草」(公刊『月映』Ⅲ)
大正3年(1914) 愛知県美術館蔵


Ⅳ 『月映』のゆくえ - 青春の記念碑

最後に萩原朔太郎の詩集『月に吠える』の挿絵として使われた田中恭吉の原画や、田中の詩画集『心原幽趣 Ⅰ』、また藤森と恩地のその後の作品を紹介しています。

田中恭吉 「冬の夕」
大正3年(1914) 水と緑と市のまち前橋文学館蔵

田中のペン画も複数展示されていて、ビアズリーにかなり傾倒していたんだなということを感じます。萩原朔太郎は詩集の挿絵を田中に依頼していたものの、彼の死によってそれが叶わず、田中が残したペン画や『心原幽趣 Ⅰ』の作品を使用したのだそうです。

田中恭吉 「死人とあとに残れるもの」
大正3年(1914) 和歌山県立近代美術館蔵蔵

すでに評判になっていますが、『月映展』の図録がとても良くて、380ページもあって資料性も十分です。3人のハガキもちゃんとタイプアウトされてるし、会場には展示されていなかった『月映』に収められてた詩も載ってます。年表も20ページ以上あって会場に掲示されてたものより詳しい。図録なのにしおり紐がついてるのも嬉しいところです。

出品数は前後期合わせて350点とかなりボリュームがあります。リピーター割引もあって、次回半券を提示すれば500円で観られます。


【月映展】
2015年11月3日(火・祝)まで
東京ステーションギャラリーにて


田中恭吉作品集田中恭吉作品集

2015/09/27

蔵王権現と修験の秘宝

三井記念美術館で開催中の『蔵王権現と修験の秘宝』を観てまいりました。

東京でも御岳山に行くと、法螺貝を吹き、修業をする山伏に今も出会うことがありますが、彼ら修験者が信仰する修験道の本尊が蔵王権現(金剛蔵王権現)。日本古来の山岳信仰に仏教や神道、陰陽道が結びついて成立した日本独自の宗教だといいます。

本展は、修験道の聖地である吉野・金峯山寺をはじめ、如意輪寺、櫻本坊、また鳥取の三徳山三佛寺などから、蔵王権現像などゆかりの宗教美術品約70点が集められ、修験道が生み出した山岳宗教の美に触れることができます。


会場に入ってすぐの<展示室1>には、金峯山寺と大峯山寺ゆかりのものを中心に、比較的小さめな蔵王権現像や懸仏などが展示されています。蔵王権現像は決まった形があって、振り上げた右手に三鈷杵を持ち、左手は腰の位置で剣印を結び、右脚を高く上げて左脚だけで立ち、忿怒の相で睨みをきかせるというのが典型的な姿だといいます。片脚だけで体を支えるのですから、バランス的にも造形表現的にも難しいんでしょうね。

「藤原道長経筒」(国宝)
平安時代・寛弘4年(1007) 金峯神社蔵(展示は10/4まで)

ここではお経を納めた経箱と経筒があって、2点とも国宝。藤原道長の曾孫・師通が奉納したという経箱は文様や文字など判別がつかないのですが、それより古い藤原道長が奉納したとされる経筒は筒身に陰刻された願文や蓋に刻まれた梵字は割とはっきり分かります。

源慶 「蔵王権現像」(重要文化財)
鎌倉時代・嘉禄2年(1226) 如意輪寺蔵(展示は9/23まで)

中央の<展示室4>は金峯山寺、如意輪寺、櫻本坊のそれぞれゆかりの仏像が並びます。金峯山寺では、修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうしゃ)の坐像に随従する「前鬼像・後鬼像」がまず目に留まります。前鬼・後鬼は役行者の脇侍なのだそうで、金剛力士や狛犬のように阿形・吽形になっています。

平安時代の作という「釈迦如来坐像」は一材から彫りだされたものとかで、かすかに微笑んだような表情が印象的です。若い僧と老僧が対になっている「阿難立像・迦葉立像」は阿難の若々しさもいいけれど、険しい表情とあばらの浮いた細い体をした「迦葉立像」の写実的な表現が秀逸。「聖徳太子像」もなかなか立派な造りだと感じましたが、なぜに修験道に聖徳太子?

如意輪寺では慶派仏師・源慶による「蔵王権現像」が見事。均整のとれた体躯、立体的な火焔光背や着衣の造形の素晴らしさ。いかにも鎌倉時代の仏像らしい躍動感にあふれた傑作です。

「聖徳太子像」(重要文化財)
鎌倉時代 金峯山寺蔵

櫻本坊では吉野で現存最古の彫像という白鳳仏「釈迦如来坐像」がいい。先日『白鳳展』を観てきた後だけに白鳳仏の姿に惹かれます。8躯の「大峯八大童子立像」は小像ながらもいずれも丸顔で愛嬌のある顔をしていて、楽しげないい仏像。

ここでは二幅の「吉野曼荼羅図」があって、室町時代のものは不明瞭な部分も多いのですが、南北朝時代のものはまだはっきりと色も残っていて、金峯山の宗教空間を曼荼羅化した吉野曼荼羅のおおよその構図がつかめます。

「吉野曼荼羅図」
南北朝時代 金峯山寺蔵

蔵王権現像を線刻した鏡像や立体的に表現した懸仏、また神像なども多く展示されています。鏡像が懸仏に発展し、両方を含めて“御正体”とするとされているそうで。

最後に三佛寺の蔵王権現像。三佛寺には7躯の蔵王権現像がありますが、さすがに正本尊は来ていませんが、残りの6躯が展示されています。いずれも正本尊より古い10~11世紀のものとされ、腕が欠損したものや、造形的にも未熟なところもありますが、修験道成立初期の蔵王権現像の作例として貴重です。中には右腕でなく左腕を上げているものや、両脚で立っているものもあり、 蔵王権現の造像の成立過程を知る上でも興味深いものがあります。

「蔵王権現像」(重要文化財)
平安時代 三佛寺蔵

会場には三佛寺の有名な投入堂の写真が展示されていたり、写真家六田知弘氏による『大峯奥駈』の写真展示や修行の様子がビデオで上映されていたりして、修験道のことを知る手掛かりにもなります。

個人的には見せ方としてももう一工夫できなかったものだろうかと思うところもありますが、蔵王権現像がこれだけ一堂に集まるという展覧会も稀なので、その点では大変興味深い展覧会でした。


【蔵王権現と修験の秘宝】
2015年11月3日(火・祝)まで
三井記念美術館にて


月刊目の眼 2015年10月号 (特集 山の神仏)月刊目の眼 2015年10月号 (特集 山の神仏)

2015/09/26

琳派と秋の彩り

山種美術館で開催中の『琳派400年記念 琳派と秋の彩り』を観てまいりました。

今年は琳派400年ということもあり、琳派関連の展覧会が相次いでいますが、本展は山種美術館所蔵の作品を中心に、琳派と、琳派の流れを受け継ぐ近代日本画を展観していきます。

琳派は華やかな装飾性やデザイン性にとどまらず、季節の花々や生き物など自然を描いた表現性や、古典文学に材を取った物語性もまた魅力のひとつ。本展ではそうした琳派や近代日本画の中から、秋をテーマにした季節感あふれる作品が集められています。

山種美術館は比較的訪れてる方ですし、琳派が絡んだ展覧会はだいたい観ているのですが、今回はこれまであまり観たことがない作品が多い気がするなと思ったら、琳派の作品26点中14点(一部前後期で入れ替えあり)は個人蔵のものなのですね。山種美術館の琳派コレクションはクオリティが高いのですが、今回はさらに充実のセレクションとなっていて、なかなか楽しめました。


会場は3つの章で構成されています:
第1章 琳派の四季
第2章 琳派に学ぶ
第3章 秋の彩り

俵屋宗達[絵]・本阿弥光悦[書] 「鹿下絵新古今集和歌巻断簡」
17世紀(江戸時代) 山種美術館蔵

会場の最初に展示されているのが、宗達による金銀泥の鹿の下絵に光悦が『新古今和歌集』の一首を書写した「鹿下絵新古今集和歌巻断簡」。もとは一巻の巻子本で、現在は断簡となり、山種美術館をはじめ、複数の美術館や諸家に分蔵されているといいます。詠まれているのは西行の和歌。鹿は秋の季語でもあります。同じコンビでは「四季草花下絵和歌短冊帖」もあって、これがまた光悦の書が美しく、思わず見惚れてしまいます。

伝・俵屋宗達 「槙楓図」
17世紀(江戸時代) 山種美術館蔵

宗達では有名な「槇楓図」をはじめ、たらし込みを多用した「蓮池水禽図」と「芦鷺図」が印象的。ただどうでしょう、いずれも宗達と断定されず伝承なので、特に「蓮池水禽図」は同題の国宝と少々雰囲気が異なるのが気になるところ。

光琳は残念ながら出てなかったのですが、乾山が2点あって、乾山のぼってりした素朴な筆致が面白い。面白いといえば、中村芳中のほのぼのとした線で鶴を描いた「老松立鶴図」も相変わらずユーモラス。

尾形乾山 「定家詠十二ヶ月和歌花鳥図(二月)」
寛保3年(1743) 個人蔵

抱一は出品作が一番多くて、中でも「秋草鶉図」が白眉。意匠化されたススキや月、そして秋草や鶉の豊かな表現。宗達や光琳とも違う、洗練された美しさ、瀟洒な味わいが魅力です。

抱一の「月梅図」も印象的。勢いのある筆による枝に光琳梅。金泥の外隈をつけた月の表現がまたいい。「菊小禽図」と「飛鳥白鷺図」も季節感のある掛軸。もとは“十二ヶ月花鳥図”のそれぞれ9月と11月に相当するものだったとか。全幅揃っていればさぞ壮観だったでしょうね。

初見のものでは「仁徳帝・雁樵夫・紅葉牧童図」の三幅対が素晴らしいですね。「雁樵夫」は季節が春で、背負った薪に桜の枝を挿しているという洒落様。

酒井抱一 「秋草鶉図」(重要美術品)
19世紀(江戸時代) 山種美術館蔵

酒井鶯蒲 「紅白蓮・白藤・夕もみぢ図」
19世紀(江戸時代) 山種美術館蔵

其一の「牡丹図」は其一にしては若干色が抑え目な感じもしますが、それでも中国画を思わせる艶やかな牡丹が美しい。幹はたらし込みを上手く取り入れています。抱一の弟子・酒井鶯蒲による本阿弥光甫の代表作の模写も目を惹きます。

鈴木其一 「牡丹図」
寛永4年(1851) 山種美術館蔵

≪琳派に学ぶ≫では<たらし込み-墨の滲みとグラデーション>として、速水御舟や小林古径、菱田春草の作品が紹介されています。犬の毛のブチをたらし込みで表現した宗達と古径の絵が並んでいて、琳派の域を超え、日本画に広く転用されている技法であることがよく分かります。

<琳派の装飾性と意匠性>では、加山又造の豪華な「華扇屏風」や福田平八郎 「彩秋」が琳派を再構成していて面白い。小林古径の「夜鴨」は同じく鴨の飛ぶ光琳の図様を取り入れていて、参照元の光琳の作品がパネル展示されています。

福田平八郎 「彩秋」
昭和18年(1943) 山種美術館蔵

ほかにも群青中毒の木々にオレンジ色の柿の実が点々とした速水御舟の「山科秋」や、紅葉した山並みが美しい小茂田青樹の「峠路」、竹内栖鳳や橋本明治の柿の絵など、秋の季節感に溢れた絵が並びます。奥の第二会場には<小さな秋>と題し、猫や栗鼠、雀といった小動物を描いた作品が並び、こちらも秋の風情を感じます。


【琳派400年記念 琳派と秋の彩り】
2015年10月25日(日)まで
山種美術館にて


もっと知りたい本阿弥光悦: 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい本阿弥光悦: 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

2015/09/23

伊豆の長八展

武蔵野市立美術館で開催中の『生誕200年記念 伊豆の長八 -幕末・明治の空前絶後の鏝絵師』に行ってきました。

伊豆の長八(入江長八)は幕末から明治前期にかけて活躍した伊豆・松崎出身の左官職人。漆喰を鏝波なく平らに仕上げるのが左官の腕だと言われていた時代に、漆喰壁に鏝を使った浮彫と彩色を施した“鏝絵(こてえ)”でその名を知らしめます。

本展には、地元・松崎の伊豆の長八美術館の所蔵作品を中心に、静岡県内や都内近郊の寺院・個人宅に伝わる貴重な長八の鏝絵や漆喰細工など約50点が出品。東京では初めての伊豆長八の展覧会なのだそうです。

会場は決して広いとはいえませんが、狭いスペースにビッシリ長八の作品が並んでいます。通路も狭く、混んでくると作品にぶつかる危険もあるので、かばんやリュックはできるだけロッカーに預けておいた方がいいでしょう。ロッカーは100円で、お金は利用後に戻ってきます。


会場は、≪塗額≫、≪塑像≫、≪掛軸≫、≪ランプ掛け≫、≪建築装飾≫、≪特殊作品≫というようにそれぞれカテゴリーごとに展示されています。

入江長八 「富嶽」
明治10年(1877) 松崎町蔵(伊豆の長八美術館保管)

“塗額”とは鏝絵を額に収めた云わば鑑賞作品。やはり実物は写真で見た印象と全然違って、立体的であるのはもちろんですが、まるで筆で絵を描いたものが浮き上がってくるような立体感があります。鏝の加減というのでしょうか、筆さばきもとい鏝さばきがとても微細で、写実的な花の表現や細密な木目の造形など、その丁寧さ、細やかさは目を見張ります。中には額まで漆喰で作っていたり、落款を鏝で細工したものもあったりしました。「清水次郎長肖像」のいかにも親分といったスケール感、迫力には驚きます。

地元伊豆ならではの富士山を描いたものや、山水図、また神仏や歴史上の人物を題材にしたものが多いようです。だいたい横50~70cmぐらいのものが中心ですが、「富嶽」は横140cm近くあり、塗額の中では最大級の作品だといいます。

入江長八 「近江のお兼」
明治9年(1876) 個人蔵(伊豆の長八美術館保管)

鏝絵だけでも素晴らしいのに、塑像や日本画も実にクオリティが高い。メインヴィジュアルにもなっている「上総屋万次郎像」の人間味あふれる表情や、「神功皇后像」や「依田直吉像」の着物の細密な文様などの巧みなことといったら。日本画も狩野派の絵師・喜多武清から学んだというだけあり、そのレベルの高さに驚きます。

入江長八 「神功皇后像」
明治9年(1876) 松崎・伊那下神社蔵

ほかにも、表装まですべて漆喰で表現した塗り掛軸や、夜見たらさぞ怖かっただろうと思うような龍のランプ掛けなどが展示されています。

建築装飾では江戸にも多くの作品を残したそうですが、震災や戦災で残っているものは少ないといいます。60代で手掛けた旧岩科村役場の「小壁に竹と雀」は土壁に雀だけ白く彩色し、シンプルながらも風情があります。

入江長八 「ランプ掛けの龍」
明治8年(1875) 個人蔵(伊豆の長八美術館保管)

左官職人の腕を超越したような高い芸術性。この写実性、迫真性、繊細さ、これは百聞は一見に如かずです。こんなに素晴らしい展示がたったの100円で観られるなんて。これで採算が取れるのでしょうか。。。

会場の入口には漆喰の作り方や鏝絵の描き方、長八の弟子・中西祐道の鏝などが展示されていて、鑑賞の参考になります。


【生誕200年記念 伊豆の長八 -幕末・明治の空前絶後の鏝絵師】
2015年10月18日まで
武蔵野市立美術館にて


伊豆の長八: 幕末・明治の空前絶後の鏝絵師伊豆の長八: 幕末・明治の空前絶後の鏝絵師