2013/05/05

源氏絵と伊勢絵

出光美術館で開催中の『源氏絵と伊勢絵 -描かれた恋物語』を観てきました。

先にサントリー美術館の『「もののあはれ」と日本の美』を観てきたのですが、関連性の高い企画でもあり、ちょうどラ・フォル・ジュルネで日比谷に出かけてたこともあり、こちらも覗いてきました。

二つの展覧会を一緒に紹介しているメディアもあったりして、また出光美術館とサントリー美術館で作品の貸し借りもしているので何か合同のイベントとか、チケット割引制度などあればいいのにと思ったのですが、そういうのはさすがにないみたいですね。

出光美術館での本展はタイトルの冠に『土佐光吉没後400年記念』とあり、桃山時代後期から江戸初期にかけて活躍した土佐派の絵師・土佐光吉の作品にスポットを当てつつ、源氏絵と伊勢絵の世界、それぞれの共通点などを紹介しています。

会場の構成は以下の通りです:
1 貴公子の肖像-光源氏と在原業平
2 源氏絵の恋のゆくえ-土佐派と狩野派
3 伊勢絵の展開-嵯峨本とその周辺
4 物語絵の交錯-土佐光吉の源氏絵と伊勢絵
5 イメージの拡大-いわゆる<留守模様>へ

会場に入るとまず、岩佐又兵衛の「野々宮図」と「在原業平図」が並び、光源氏と在原業平の出自や人となりの説明がされています。『源氏物語』も『伊勢物語』もその話の筋を知らなくても、この二人のことを知らないと何も面白くないので、まずはここでしっかりお勉強。

岩佐又兵衛 「源氏物語 野々宮図」(重要美術品)
江戸時代 出光美術館蔵
(※本展終了後の6/5から『「もののあはれ」と日本の美』に出展されます)

岩佐又兵衛 「在原業平図」(重要美術品)
江戸時代 出光美術館蔵

「野々宮図」は、『源氏物語』の賢木の一場面を絵画化したもので、物語を説明的に描かず、源氏の姿だけをピックアップして描くことは当時としては斬新なものだったようです。作品は墨画ですが、唇と頬にわずかに朱が挿されています。「在原業平図」は、歌仙絵としては座って描かれるのが一般的だということですが、又兵衛の描く立ち姿の業平からはふわりとした彼の自由さのようなものが伝わってきます。衣の柄にグラデーションがかかっていたり、模様や線の細かな描写など非常に丁寧に描きこまれています。

土佐千代(伝) 「源氏物語図屏風」(右隻)
室町時代 出光美術館蔵

土佐派と狩野派の源氏絵が並ぶ中で、まず目に留まったのが光信の娘・千代の作品と伝えられる「源氏物語図屏風」。右隻に春、左隻に冬の光景が描かれ、物語の流れよりも季節を感じる素晴らしい屏風絵です。草花の繊細な表現もさることながら、岩や樹木、特に流れ落ちる滝の表現が秀逸で、金雲と色鮮やかな彩色も美しく、桃山絵画の絢爛さを先取りしたような作品でした。

狩野探幽 「源氏物語 賢木・澪標図屏風」(右隻)
江戸時代・寛文9年(1669年) 出光美術館蔵

展示室2には探幽の晩年の優品「源氏物語 賢木・澪標図屏風」が展示されていました。古典的な大和絵にならった趣のある屏風で、探幽らしい上品で優美な作品です。金雲は霞のように朧げで、なにか儚さや夢幻のようなものさえ感じます。

そのほか源氏絵としては、扇面形式の源氏絵の最初期の作例とされる扇絵を海北友松の屏風下絵に貼った「扇面流貼付屏風」や、光信の作(解説には光信以後光吉以前の土佐派とあり)と伝わる「源氏物語画帖」など、狩野派や土佐派の作品をとおしてその魅力に迫っています。

岩佐又兵衛 「伊勢物語 くたかけ図」(重要美術品)
江戸時代 出光美術館蔵

伊勢絵は、伊勢絵の規範的な図様として江戸時代に広く浸透する嵯峨本『伊勢物語』の挿絵の誕生前後の作品をとおしてその成り立ちを紐解くということになっていますが、そもそも作品数が少ないので、あまりピンときませんでした。嵯峨本の挿絵は狩野派の絵師によるものという説が強いそうですが、それに先んじる土佐派の作とされる「伊勢物語色紙貼交屏風」は嵯峨本との共通点が多く、嵯峨本への土佐派の影響が指摘されていました。

ここで目に付いたのはやはり又兵衛で、「くたかけ図」は田舎女と一夜を共にした業平が“やり逃げ”して帰るのですが、女は鶏が早く鳴いたから朝だと思って帰ってしまったのだと嘆くという有名な場面を描いたもの。霞を金泥と銀泥(黒く変色してますが)を交互に刷くという相変わらず丁寧な仕事をしていて、切り取られたその一瞬の表現から高い物語性が感じられて秀逸です。

土佐光吉(伝) 「源氏物語図屏風」(右隻)
桃山時代 出光美術館蔵

展示室3では土佐光吉の作品を中心に源氏絵と伊勢絵の関連性を探ります。そもそも源氏物語への伊勢物語の影響は広く知られるところですが、その絵画作品にも関連性は多く、その往還が指摘されているとのことです。

土佐派というと、光長、光信、光起が三筆として知られますが、土佐光吉は室町時代後期を代表する絵師光信の子・光茂の門人で、さらには江戸前期を代表する土佐派の絵師・光起の祖父にあたります。桃山時代に活躍した狩野永徳や長谷川等伯と活動期がかぶり、また京から離れた大坂・堺を拠点にしていたため、同時代の絵師に比べて知名度はいま一つですが、その作品は桃山らしさを感じさせつつも決して華美にならず土佐派らしい上品な佇まいが印象的です。

土佐光吉 「源氏物語図色紙」より「葵」
桃山時代 石山寺蔵

重要文化財の指定が決まっているという光吉の「源氏物語手鑑」も素晴らしいのですが、光吉筆と伝えられる「源氏物語図屏風」や「源氏物語図色紙」の美しさは特筆ものです。土佐派の大和絵はもっとおとなしい印象がありましたが、艶麗で細密な屏風や色紙には驚嘆しました。

展示室の最後には、登場人物や説明的な描写をすることなく物語を暗示する“留守模様”を紹介。その代表的な作品として出光美術館所蔵の「宇治橋柴舟図屏風」と酒井抱一の「八ツ橋図屏風」が展示されています。


【土佐光吉没後400年記念 源氏絵と伊勢絵 -描かれた恋物語】
2013年5月19日(日)まで
出光美術館にて


日本の美術 no.543 土佐光吉と近世やまと絵の系譜日本の美術 no.543 土佐光吉と近世やまと絵の系譜


やまと絵 (別冊太陽 日本のこころ)やまと絵 (別冊太陽 日本のこころ)

2013/05/04

山口晃展 付り澱エンナーレ

横浜そごう美術館で開催中の『山口晃展 ~付り澱エンナーレ(つけたりおりエンナーレ) 老若男女ご覧あれ~』に行ってきました。

伝統的な日本画の、洛中洛外図や吹抜け屋台的な構図、大和絵や浮世絵、水墨画などの要素、さらには古今の人物や風俗、景色が時空を超えて混在するユニークな画風で知られる現代アーティスト・山口晃の展覧会です。

これまで山口晃の作品は、『アートで候。会田誠・山口晃展』(上野の森美術館)や『ネオテニージャパン』(上野の森美術館)、『ジパング展』(日本橋タカシマヤ)、『会田誠+天明屋尚+山口晃 − ミヅマ三人衆ジャパンを斬る』(ミズマアートギャラリー)などの展覧会で何度か拝見してるのですが、考えてみたら、単独の展覧会を観るのは今回が初めてなのでした。昨年秋に京都の伊勢丹で開催した個展の巡回なのかと思ってましたが、内容は少し異なるようですね。(そごう美術館の本展は新潟市美術館に巡回されます)

現代アートはちょっと不得手としているところがあるのですが、山口晃の作品は日本画好きの心をくすぐるものがあり、個人的にとても大好き。今回も十分楽しませていただきました。

出品リストがなかったので正確には分かりませんが、自分のメモを見る限り、約50作品(1タイトルで複数品展示のものは1作品と計算。付り澱エンナーレ含む)ほど展示されていたと思います。

山口晃 「千躰佛造立乃圖」 2009年

入ってすぐのところに展示されていたのが「千躰佛造立乃圖」。千手観音がベルトコンベアー方式で制作されていく過程を描いたユーモアあふれる作品です。会場はデパートということもあって、普段現代アートの展覧会では見かけないような買い物客のおばさんたちも多かったのですが、もう初っ端のこの絵から山口晃ワールドに一気に引き込まれてしまったみたいで、楽しそうに関心しきりでした。まさに老若男女ご覧あれです。

山口晃 「演説電柱」 2012年

会場の前半には、「當世おばか合戦」や「厩圖2004」、「五武人圖」、「頼朝像図版写し」、それに電柱シリーズ(柱華道)などお馴染みの作品が並んでいました。

そのほか、澁澤龍彦の『菊燈台』(平凡社)の挿画や五木寛之の新聞連載小説『親鸞』の挿画、また親鸞展のポスターの原画や親鸞像などが展示されています。緻密さとゆるさ、伝統的な日本画(風)とポップさ、真面目さと遊び心、そのバランスというか、さじ加減がなんでこうも毎回毎回絶妙なんでしょう。

↑ 山愚痴屋澱エンナーレ 2013 会場見取り図

会場のちょうど真ん中には、<一人国際展>の『山愚痴屋澱エンナーレ 2013』のコーナーがあります。12作家20を超える作品が出品されていました(笑)。個人的には、標識の山口晃流解釈「解読」と言葉(意味)とのギャップを楽しむ「サウンドロゴ」がツボでした。いろんな人の部屋を映した映像を横スクロールでつないでいく「千軒長屋」や、会場中に衝撃音を轟かせていた「リヒターシステム」(「システムシリーズ」)も結構気に入りました。

山口晃 「東京圖 六本木昼図」 2005年

山口晃 「百貨店圖 日本橋新三越本店」 2004年

後半は再び山口晃作品で。六本木ヒルズシリーズや日本橋三越シリーズなど山口晃の傑作が並びます。中でも素晴らしかったのが「Tokio山水 (東京圖2012)」。縦162cm×横342cmの4曲1双の大型の屏風で、東京の東から西まで(下町・東京湾のあたりから山手通りのあたりまで)をパノラマで描いています。キャンバスに水墨で描かれていて、相変わらず細密というか、ここまでの大画面にびっしり事細かに描き込まれたそのボリュームと超絶技巧ぶりにただただ脱帽。去年メゾンエルメスの個展でも公開されているようですが、まだ未完であちこちに下書きや余白が残っています。この状態で観られるのは今回だけで、次回お披露目されるときは、もしかすると完成されているかもしれません。

山口晃 「Tokio山水 (東京圖2012)」(部分) 2012年

会場の最後には、ドナルド・キーンのエッセイ『私と20世紀のクロニクル』の挿画全点が特別展示されています。『親鸞』でもそうですが、これ挿絵に使えないでしょ?みたいなものも多くて、笑えます。ドナルド・キーンの半生を追いつつ、ときどき4コマ漫画「となるとキンちゃん」が挟み込まれていたりして、またしてもこの“ゆるさ”にヤラれました。

天才的に絵が上手で、センスが抜群で、だけどこの軽さというか、自由さというか、肩ひじ張らないところが人気の秘密。ユーモアとペーソスを交えつつ、驚異的な緻密画を生み出す山口晃がこれからもますます楽しみです。


【山口晃展 ~付り澱エンナーレ(つけたりおりエンナーレ) 老若男女ご覧あれ~】
2013年5月19日(日)まで
横浜そごう美術館にて


山口晃 大画面作品集山口晃 大画面作品集


山口晃作品集山口晃作品集


ヘンな日本美術史ヘンな日本美術史


菊燈台 ホラー・ドラコニア少女小説集成 (平凡社ライブラリー)菊燈台 ホラー・ドラコニア少女小説集成 (平凡社ライブラリー)


2013/05/01

大神社展

東京国立博物館で開催中の『国宝 大神社展』に行ってきました。

もっと早くに行きたかったのですが、4月はいろいろと忙しく、休日は歌舞伎に費やしていたので(汗)、ようやくGWになって行くことができました。

神社本庁をはじめ、熊野大社、春日大社など日本全国の神社の全面的な協力を得て、神社の宝物や日本の神々に関する貴重な史料が集められているとあり、非常に楽しみにしていました。

なにしろ、国宝・重要文化財が160件、神像彫刻が約40体、過去最大の神道美術展ということで、気持ちも高ぶります。

最近はパワースポットブームだの、古事記ブームだのもあり、神道に注目が集まっている(気がする)ので、タイミングのいい好企画という感じがします。ただ、昨年同じトーハクで『古事記1300年・出雲大社大遷宮 特別展「出雲―聖地の至宝―」』(残念ながら自分は未見)がありましたので、そのためか出雲大社からの出品は今回はありませんでした。


第1章 古神宝

“神宝”とは、神社の本殿に納められる調度品、装束類、また祭事にまつわる宝物のことで、伊勢神宮の式年遷宮のように「式年造替」が行われる神社では、その際に“神宝”も新たに神前に納め、古い“神宝”は取り下げられます。この取り下げられた神宝を“古神宝”というのだそうです。

展示品は平安時代後期から室町時代の物で、ほぼ全てが国宝と重要文化財。前期(5/6まで)は春日大社と熊野速玉大社の古神宝を、後期(5/8(水)から)は厳島神社、鶴岡八幡宮、熱田神宮の古神宝が展示されます。それぞれの神宝は当時権力を握っていた貴族や武家などからの奉納品で、一見、神社や神道とは無関係そうに思える品々も、その裏にある政治的、文化的背景、また貴族らの信仰という点を考えると非常に興味が湧きます。

「橘蒔絵手箱および内容品」(国宝)
南北朝時代・明徳元年(1390年) 熊野速玉大社蔵(展示は5/6まで)

前期展示の目玉のひとつが「橘蒔絵手箱および内容品」という橘の花や実を螺鈿で装飾した高蒔絵と、中に納めた鏡や櫛、鋏などの化粧道具で、室町時代の贅を極めた逸品です。また、藤原頼長が春日大社に奉納したという弓矢類(前期展示)は蒔絵が施されたり、水晶が使われてたりという贅沢なもので、武具の歴史上から見ても貴重なものだそうです。

神宝は奉納品なので、誰かが日常的に使用したものではありませんから、どれも状態が良く、年代のことを考えると装束類の保存状態の良さには驚きました。


第2章 祀りのはじまり

“古神宝”といっても所詮奉納品ですから、神道的なところを期待してきた人にはちょっと肩すかしかもしれませんが、ここからは神道や古代史に絡んだ宝物類が並びます。

神道のはじまりはそもそも八百万の神への信仰で、それは仏教伝来の遥か以前から日本人の精神の拠り所として存在していて、その畏れ敬う心が“祀り”に繋がっていきます。ここでは、特に山の神と海の神にスポットを当て、奈良の山ノ神遺跡と福岡の沖ノ島祭祀遺跡から発見された様々な遺物や史料を紹介しています。

「方格規矩鏡」(国宝)
古墳時代・4~5世紀 福岡・宗像大社蔵

沖ノ島遺跡は古墳時代に始まる祭祀遺跡で、玄界灘に浮かぶ孤島です。当時既に大陸との交流があり、沖ノ島遺跡から発見された神宝など遺物は約10万点にのぼるともいわれ、そのため海の正倉院と呼ばれているそうです。

定規やコンパスのような文様が独特の「方格規矩鏡」や精巧に作られた織機のミニチュア「金銅製雛機」、また「日本書紀」などが展示されています。


第3章 神社の風景

本章では、神社の景観を鳥瞰図的に表した宮曼荼羅や、参詣曼荼羅、また神社の縁起絵巻など、神道美術を紹介しています。

「日吉曼荼羅図」(重要文化財)
鎌倉時代・14世紀 大和文華館所蔵(展示は5/6まで)

「日吉曼荼羅図(ひえまんだらず)」は比叡山の麓の日吉大社伝来のもので、本地垂迹説の考えにのっとって延暦寺の守る神々を描いた曼荼羅図だそうです。このほかにも、「春日宮曼荼羅」や「富士浅間曼荼羅」(前期展示)などのほか、室町時代の第一級の絵巻という「誉田宗庿縁起絵巻(中巻)」(前期展示)などが出品されています。


第4章 祭りのにぎわい

神前で奉納された能、舞楽などの面や装束のほか、祭礼の様子を今に伝える品々を展示しています。和歌山の鞆淵八幡神社に伝わる12世紀の神輿「沃懸地螺鈿金銅装神輿」(国宝)は当時の祭礼がどれだけ神聖なものだったのかが分かる非常に貴重なものだと思います。

狩野内膳 「豊国祭礼図屏風(左隻)」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 豊国神社蔵(展示は5/8から)

このほか、前期には土佐光茂(伝)の「日吉山王祇園祭礼図屛風」が、後期には狩野内膳の「豊国祭礼図屛風」が展示され、当時の祭礼の賑やかな様子をうかがうことができます。


第5章 伝世の名品

神社に代々伝わる宝物、いわゆる社宝を中心に、祭礼に用いられたもの、奉納されたものなど神社伝来の鏡や調度、刀剣、甲冑、馬具、絵画等を展示しています。

「七支刀」(国宝)
古墳時代・4世紀 石上神宮蔵(展示は5/12まで)

一番の見もの、というより本展最大の見ものが、この「七支刀」でしょう。石上神宮(いそのかみじんぐう)に神宝として伝世した鉄剣で、4世紀に百済王から倭王に贈られたものとされ、『日本書紀』にもその記述があるといいます。教科書や美術書などで見たことがある人も多いのではないでしょうか。左右に六つの枝刃をもつ特異な形状で、両面に61文字の銘文が金象嵌で刻まれています。見れば見るほど何か謎めいていて、とても神秘的です。滅多に公開されることがないのですが、本展では前半(5/12まで)に限って公開されています。この機会を逃すと、もう観られないかもしれない貴重な宝物です。

「海獣葡萄鏡」(国宝)
唐または奈良時代・8世紀 香取神宮蔵

このほか、葡萄唐草文の地文に獅子・蝶・蜻蛉・蜂・雉・鳳凰・麒麟・鹿などが配された白銅製の鏡「海獣葡萄鏡」や、古代にさかのぼる直刀としては最大の「直刀 黒漆平文大刀」(国宝)、また「平家納経(願文・観普賢経)」(国宝・展示は5/6まで)が展示されています。後期には「北野天神縁起絵巻(巻第八)」(国宝)も展示されます。


第6章 神々の姿

最後の章では神像を中心に、神の“姿”を描いた作品を紹介しています。仏像の展覧会はよくありますが、神像をこれだけ観られる機会は初めてではないでしょうか。

「男神坐像・女神坐像・男神坐像」(重要文化財)
平安時代・9世紀 松尾大社蔵

神像は仏像の影響で8世紀から作られ始めたといわれています。松尾大社の神像は現存している神像では最初期にあたるものだとか。男神2躯と女神1躯で、男神は老年像と壮年像ということでした。男神が貴族の装束を着ているのが仏像と異なります。

「女神坐像(八幡三神像のうち)」(国宝)
平安時代・9世紀 東寺蔵

神像の表現は9世紀末には確立し、神像独自の変化を遂げて行ったようです。神像は仏像に比べ、足の部分の奥行きがなかったり、坐像が多いのも特徴みたいです。東寺の「女神坐像」は面部の起伏が単純化されていたり仏像にはない表現をしているとのことですが、言われるほどの違いはよく分かりませんでした。神像の中にはお坊さんのような姿のものや十一面観音のようなもの、またまるで四天王像のようなものもあり、かなり仏像の影響を受けて作られていることがよく分かります。

「春日神鹿御正体」(重要文化財)
南北朝時代・14世紀 細見美術館蔵

「春日神鹿御正体」は鹿をかたどった金銅製の作品。鹿は雲の上に乗り、背には榊を立て、春日社の本地五仏を線刻した鏡像(御正体)を掲げています。神道曼荼羅である春日曼荼羅(鹿曼荼羅)を立体化させたものだそうで、神様にしては鹿がとても可愛らしい表情をしているのが印象的でした。

「吉野御子守神」
南北朝時代・14世紀 個人蔵

最後のコーナーに展示されていたのが、本展のチラシにも使われている「吉野御子守神」。宮廷の装束を着た女神像を代表する作品とありました。もともとは水の神様(みくまり=水配り)で、その名前が変化し、”子守り”の神様になったそうです。

ここまで神道や神社をテーマにした展覧会はこれまでなかったので、個人的に少し期待が大きすぎてしまったのは正直なところです。また肝心の伊勢神宮や出雲大社からの展示がなかったのも少し残念な気もしました。ただ、出品されているものは第一級の貴重な宝物ばかりで、特に神像は基本的に御神体ですから門外不出のものや、これを逃すとまたいつ見られるのか分からないようなものも多くあり、これだけの作品を一度に観られるのは極めて稀だと思います。ぜひお見逃しのないように。


【国宝 大神社展】
2013年6月2日(日)まで
東京国立博物館にて


神社検定公式テキスト1『神社のいろは』神社検定公式テキスト1『神社のいろは』


一個人別冊 日本の神社の謎 (ベストムックシリーズ・95)一個人別冊 日本の神社の謎 (ベストムックシリーズ・95)


神道とは何か - 神と仏の日本史 (中公新書)神道とは何か - 神と仏の日本史 (中公新書)

2013/04/30

杮葺落四月大歌舞伎

さてさて、3年の工事を経て、ようやく開場を迎えた新生・歌舞伎座の杮落し公演に行って参りました。

4月から6月までは3部制で、今月はとりあえずご祝儀(?)と思い3部全て観て参りました。(しかも全て一等席で!おかげで大大大赤字!!!)

この3年の間に富十郎、芝翫、雀右衛門、勘三郎、そして團十郎と、まるで人柱にでもされたかのように、歌舞伎界の至宝と呼ぶべき役者たちが次々に天に召されてしまいました。特に、新生・歌舞伎座の中心にいたであろう團十朗と勘三郎が亡くなったのは本当に残念なこと。この2人が生きていれば、どれだけ歌舞伎のレパートリーの幅も、観に行く楽しみも広がっていただろうに…。

まぁ、いつまでも嘆いていても何も始まりません。もう前に進むのみ。

備忘録的な個人的感想の羅列で恐縮ですが、まずは第一部から。

幕開けはおめでたく、藤十郎、染五郎、魁春、そして次世代を担う若手御曹司たちによる『壽祝歌舞伎華彩』から。祝祭的な舞踊で、弥が上にも気分は盛り上がります。それにしても藤十郎の若さは何でしょう。動きに老いを全く感じません。いつまでも元気で、素晴らしい芸を見せていただきたいと思います。

二幕目は“十八世勘三郎に捧ぐ”として『お祭り』を。中村座や勘三郎に所縁の面々が賑やかに繰り出します。勘九郎と七之助が勘九郎の息子の七緒八くんを連れて登場するともう割れんばかりの拍手。勘三郎の追悼的な意味合いの、ややもするとしんみりしてしまいそうな演目を、七緒八くんがどれだけ明るく、前向きな気持ちにしてくれたことか。しかも2歳とは思えないしっかりした様子で、少し早いですが、将来の役者としての片鱗を見た思いがしました。

三幕目は『熊谷陣屋』。吉右衛門の熊谷直実に、玉三郎の相模、菊之助の藤の方、そして仁左衛門の義経と豪華な大顔合わせ。舞踊2本が続いたあと、ようやく歌舞伎らしい狂言の登場に、これを待ってたんだよ、と思わずにいられませんでした。

さよなら公演でも吉右衛門で『熊谷陣屋』がかかって、吉右衛門の熊谷に非常に感動したのを覚えています。さよなら公演のときは歌舞伎座が閉場するという気持ちの高ぶりもあったかもしれませんが、今回は前回より気持ちを抑えて少し冷静に見ることができたような気もします。もちろん吉右衛門は素晴らしかったのですが、今回は玉三郎の相模と仁左衛門の義経に感情移入されるところも多かったかもしれません。特に玉三郎はここまでやるかというぐらい感情的というか、生々しい気さえしましたが、その分ストレートに感情に訴えてきました。ただ相模という役としてはちょっとやり過ぎではないかと思うところもなきにしもあらず。

さて、第二部。

まずは菊五郎の弁天小僧による『弁天娘女男白浪』。さよなら公演のときは「浜松屋」と「稲瀬川」のみでしたが、今回は「浜松屋見世先の場」から「滑川土橋の場」まで。メンバーも南郷力丸に左團次、赤星十三郎に時蔵、浜松屋の倅に菊之助と、いつもの菊五郎劇団の面々で、息の合ったところを見せます。團十郎が予定されていた日本駄右衛門は吉右衛門が演じ、貫録を見せつけました。菊五郎は極楽寺の屋根上の立ち回りもあり、大変だったと思いますが、やっぱり菊五郎の弁天小僧はかっこいい。今月の演目の中ではこれが個人的に一番満足度が高かったです。

つづいては玉三郎の『忍夜恋曲者(将門)』。ここ最近、大宅太郎光圀を獅童が務めていましたが、本公演では松緑。痩せたからか動きが軽やかで、もともと舞踊には定評のある方ですから安心して観ることができ、玉三郎の相手役としては申し分なかったと思います。ただ、玉三郎が少し精彩を欠いていたような気がしたのは、観た日が楽前で疲れでも出てたのでしょうか。この日は常磐津が調子外れでかなり残念に思いました。

さてさて、第三部。

まずは『盛綱陣屋』。『熊谷陣屋』ともちろん筋は違うけど“陣屋”つながり、しかも共に首実検があったりして、ときどきこんがらがります(笑)。『熊谷陣屋』では吉右衛門に仁左衛門が付きあい、『盛綱陣屋』では仁左衛門に吉右衛門が付きあうというパターン。團十郎がいなくなると、仁左衛門、吉右衛門、そして菊五郎への負担が予想以上に大きくなるのだなぁと痛感します。大顔合わせというと、もうこの人たちしかいないものね…。仁左衛門の『盛綱陣屋』は個人的には二度目ですが、初めて観たときよりも非常に重いものが伝わってきたのは、仁左衛門の肩にかかる重圧と重なって見えたからかもしれません。

『盛綱陣屋』では女形の三人、東蔵の微妙、時蔵の篝火、芝雀の早瀬がとても良かったのは特筆していいでしょう。東蔵丈の微妙はどうかと思いながら観てましたが、控えめながらも情感豊かで胸に迫るものがありました。そのほか、翫雀の伊吹藤太、橋之助の信楽太郎も舞台に華を添え、また小四郎の金太郎くんと小三郎の大河くんも頼もしい芝居を見せてくれました。

最後は勧進帳。2008年に東大寺奉納大歌舞伎で上演1000回を達成し、本公演の千穐楽の日に1100回を迎えた弁慶・幸四郎の『勧進帳』。富樫を菊五郎が、さらに四天王が染五郎、松緑、勘九郎、そして左團次ということで個人的には今月の演目の中で一番楽しみにしていました。幸四郎が初日からお疲れ気味の様子というツイートをいくつか見たので心配だったのですが、幸四郎の弁慶は自分は初めてだったので、これが公演の疲れによるものか、年齢的なものか、こういう弁慶なのか分からないのですが、義経を守らんとする迫力というか生気があまり感じられなかったような気もしました。

残念でならなかったのが、飛び六方で手拍子が起きたこと。初日のNHKのテレビ中継で手拍子があったので嫌な予感はしたのですが、私が観に行った日もやはり手拍子が起きてしまいました。歌舞伎で手拍子をするという感覚がそもそも理解できないのですが、あの六方にどういう意味があるか、少なくともあのあと弁慶、そして義経がどういう運命を辿るかを考えれば、手拍子などできるはずないと思うのです。手拍子している人は自分の無知をひけらかしているようなもので、杮落し公演ということで歌舞伎にあまり親しんでない人が多いのかもしれませんが、少なくても歌舞伎ファンはそういう見識が疑われるような行動は慎んでほしいと思います。


今月は散在してしまったので、来月以降はちょっとペースを落とすつもりです。。。


z和樂 2013年 06月号 [雑誌]和樂 2013年 06月号 [雑誌]


観にいきたい!はじめての歌舞伎 (学研ムック)観にいきたい!はじめての歌舞伎 (学研ムック)


歌舞伎のぐるりノート (ちくま新書)歌舞伎のぐるりノート (ちくま新書)


歌舞伎座誕生 團十郎と菊五郎と稀代の大興行師たち (朝日文庫)歌舞伎座誕生 團十郎と菊五郎と稀代の大興行師たち (朝日文庫)

2013/04/26

狩野山楽・山雪展

京都国立博物館で開催中の『狩野山楽・山雪展』に行ってきました。

狩野山楽は永徳の高弟として一定の評価を得ていましたが、その後継者の山雪は、ここ数年じゃないかと思うのですが、若冲や蕭白といった“奇想の画家”が人気を集めるようになってから、その元祖的存在としてスポットが当たるようになった気がします。

本展はその約3/4が山雪作品という力のいれよう。もともとは「山雪を多くの方々に知っていただきたい」というところから始まった企画で、山雪を理解するためには師・山楽についても知らなければならないということで一緒になったそうです。山雪は27年ぶり、山楽は実に42年ぶりの展覧会で、両者を一緒に紹介するのは本展が初めてなのだとか。

狩野派というと、織田信長・豊臣秀吉に仕えた永徳の時代にピークを迎えたあとは、江戸に幕府が開かれたこともあり、狩野一派も江戸に移り、探幽が再び一時代を築くわけですが、京に残り、“京狩野”として活動を続けたのが、永徳の弟子の山楽であり、山楽の義子の山雪なのです。今でこそこうして再評価を受けていますが、探幽ら江戸狩野派の華々しい活動の影に隠れ、これまであまり陽が当たらなかったというか、印象が薄かったのも事実。

しかし、あらためてこうして観てみると、“江戸狩野”とは異なる、豪壮華麗かつ濃厚な美に“京狩野”のパワーを感じさせられます。しかも、「京都の狩野派は濃い。」というコピーでは片づけられない凄技と感性の詰まった作品の連続にたただた圧倒。こんな日本画があったのかと正直ビビりました。山雪というと「老梅図襖」の曲がりくねった松が有名ですが、あれで驚いてたら甘い!

狩野山雪 「老梅図襖」
正保3年(1646年) メトロポリタン美術館蔵

さて、本展の構成は以下の通りです。
第1章 京狩野の祖、山楽
第2章 山楽から山雪へ
第3章 山雪の造形実験Ⅰ 花鳥と走獣
第4章 山雪、海外からの里帰り作品と関連作
第5章 山雪の造形実験Ⅱ 山水・名所・人物
第6章 山雪と儒教・仏教
第7章 山雪の造形実験Ⅲ 飾りと人の営み
第8章 極みの山雪ワールド

会場はまず、京狩野の祖・狩野山楽の作品から観ていきます。

狩野山楽 「紅梅図襖」(重要文化財)
桃山時代・17世紀初 大覚寺所蔵 (※展示は4/21まで) 

山楽はもともとは戦国時代の武将・浅井長政の家臣の子で、浅井氏が織田信長に滅ぼされたあと、豊臣秀吉に仕えるのですが、秀吉が山楽の絵の才能を見抜き、その推挙もあって狩野永徳の養子となります(これは山楽の父が狩野元信(永徳の祖父)に余技として絵を習っていたからという話もあるようです)。しかし、山楽は秀吉と深い関係にあったことから、豊臣家滅亡後、数奇な運命を辿ることになります。

狩野家の本拠が江戸に移り、その画風も瀟洒で繊細優美、どちらかというと淡白になっていくのに対し、永徳のスケール感のある豪壮で華麗な画風を受け継いだのが山楽といわれています。山楽の作品にはいい意味で桃山的な壮麗さと絢爛な美しさがあります。永徳の作品同様、山楽の作品もたびたびの戦禍で現存数は少ないようですが、本展では選りすぐりの21点が展示され、山楽の代表作がほぼ揃えられています。

狩野山楽 「龍虎図屏風」(重要文化財)
桃山時代・17世紀初 妙心寺所蔵

入口を入ってすぐの広間には、≪永徳を受け継ぐ≫というテーマのもとに、大型の襖図や屏風が展示されていて、いきなりの迫力に面喰います。どれももちろん素晴らしいのですが、特に重文の「龍虎図屏風」は金地水墨の見事な龍と力動的な虎の迫力に圧倒されました。「紅梅図襖」は金箔の修理の跡が少々残念ですが、それでも桃山絵画らしい絢爛豪華で、堂々とした梅の大木に永徳の血を強く感じます。そのほか、永徳の「檜図」との酷似が指摘されている「松鷹図襖」(重文)や近年修理され往時の美しさを取り戻した「文王呂尚・商山四皓図屏風」(重文)、どれも驚くほどの素晴らしさ。

狩野山楽 「車争図屏風」(重要文化財)
慶長9年(1604) 東京国立博物館蔵

「車争図屏風」は、『源氏物語』の「葵」の巻で賀茂祭の場所争いの場面を描いたもので、もともとは襖絵だったのを屏風に仕立てもの。だからよーく見ると屏風の繋がりに無理があります。それでも大和絵的な描写に山楽の幅広い技量と確かな腕を感じずにはいられませんでした。本作は淀殿の依頼により、九条家に嫁いだ淀殿の姪(妹・江の娘)の御殿造営のために描かれたもの。山楽はその九条家の庇護により、豊臣家の残党狩りから逃れられたともいわれています。

そのほか、紙焼けがあるものの、細密で雅な描写が素晴らしい「帝鑑図押絵貼屏風」や、もとは家康時代の伏見城本丸御殿に飾られたものとされる「山水図襖」(重文)などが展示されています。

狩野山楽/山雪 「朝顔図襖」(重要文化財)
寛永8年(1631年) 天球院所蔵

そして、山楽から山雪へ。二人が共同で手掛けたプロジェクトの代表作といわれる妙心寺塔頭の天球院の方丈障壁画から「朝顔図襖」と「梅花遊禽図襖」の2点が展示されています。普段は非公開で、展覧会への出品も22年ぶりとか。「朝顔図襖」はダイナミックにそしてリズミカルに伸びる朝顔の生命力と、優美で華やかな雰囲気に釘付けになります。朝顔の清涼感もさることながら、菊や撫子の美しさがまた色を添えています。もう一点の「梅花遊禽図襖」は後の山雪の代表作「老梅図襖」を彷彿とさせる大胆に曲がりくねった梅の老木の動的な構図に対し、雉や小禽、また蔦や椿、竹笹などの色彩がアクセントを作り、山雪らしい造形美が生まれています。

この年、山楽73歳、山雪42歳。寺伝では山楽筆とされていますが、現在では一部は二人の分担制作であるものの、大部分は山雪の筆によるものと考えられているようです。いずれにせよ、山楽が監修的存在で山雪を支えていたのは明らかで、解説によると、最晩年の山楽による桃山様式の終焉であり、山雪による江戸絵画の萌芽として評価されているとのことでした。

狩野山雪 「猿猴図」
江戸初期・17世紀前半 東京国立博物館蔵

山雪の最大の特徴でもあり、その奇矯さをよく表している独特の造形美について、≪花鳥と走獣≫、≪山水・名所・人物≫とに分け、それぞれコーナーが設けられています。

垂直・水平・対角線の動きを強調した幾何学的な画面構成、効果的な明暗やグラデーション、時に装飾的に、時にグロテクスに、しつこく描き込んだ特異な表現。花鳥画にしても山水画にしても狩野派の系譜を強く感じさせながらも、なにかシュールというか、どこかエキセントリックだったりするのがほんと面白いと思います。江戸狩野からは消えてしまった永徳の気宇壮大さが山楽、そして山雪に繋がっているのが分かります。

山雪の絵はとても特徴的なので、どんな鳥獣を描くのかと思いきや、意外と可愛い、というより可愛すぎてとても微笑ましかったりします。少し前に『長谷川等伯展』で猿猴図の可愛らしさが話題になったことがありますが、それと引けを取らないというか、等伯以上にマンガチックな猿に思わず和みます。その実、毛の一本一本がとても丁寧に描き込まれていて、どんな些細な点も手を抜かない山雪の強いこだわりが感じられます。ほかにも、「松梟竹鶏図」のフクロウや「蝦蟇・鉄拐図」のガマガエルなど、とても印象的です。

狩野山雪 「群仙図襖」
正保3年(1646年) ミネアポリス美術館蔵

≪海外からの里帰り作品≫のコーナーでは、先に挙げた山雪の代表作で、メトロポリタン美術館蔵の「老梅図襖」に加え、実はそれと表裏をなしていたという襖絵「群仙図襖」など、大作4点が里帰りしています。

「老梅図襖」と「群仙図襖」はもとは妙心寺塔頭の天祥院方丈の襖絵で、明治時代に天祥院が焼失した際、偶然取り外されていたため難を逃れるも、寺院再建のため売りに出されたのだといいます。その後、表裏が分けられ、現在の襖絵のサイズに切り縮められ、転々とし現在の所蔵先に辿りついたようです。「老梅図襖」は日のあたる側に向いていたらしく若干退色しているのですが、「群仙図襖」は保存状態もよく、色鮮やかなのが印象的。「老梅図襖」と「群仙図襖」は同一ケース内で本来の襖の表裏として観られるのも嬉しいところです。この2作品がこうして再会を果たすのは海外流出して以来初めてだそうです。

狩野山雪 「長恨歌図巻」(※一部)
江戸初期・17世紀前半 チェスター・ビーティー・ライブラリィ所蔵

今回の里帰り作品のもう一つの目玉はこの「長恨歌図巻」ではないでしょうか。上・下巻あわせて20mという長大な絵巻で、上巻の一部が前・後期で一部巻き替えになりますが、ほぼその全容を観ることができます。山雪の濃厚さという点ではこれが最たる作品かと思います。息をもつかせぬ徹底的な超絶技巧の連続には舌を巻きました。最初から最後まで驚くほどの密度の濃さ、そしてその描写の徹底ぶり、さらには裏彩色までされたこだわりよう。特に峨嵋山の岩山(写真上)はもう悶絶ものです。状態もとてもよく、玄宗皇帝と楊貴妃のドラマが熱く、そしてディープに繰り広げられています。

図録の解説によると、本作と酷似したサントリー美術館所蔵の絵巻があるそうで、サントリー美術館本は本作の下絵、もしくは写しと考えられているとのことでした。

このあたりまでで既に1時間以上経過。まだまだ半分です。この先も凄い!

狩野山雪 「観音天龍夜叉図」
正保4年(1647年) 東福寺所蔵

後半は、山雪の造形実験シリーズのⅡとⅢ、そして山雪による仏画や儒教を題材にした作品が続きます。

≪造形実験シリーズ≫の中では、八曲一隻の屏風の表裏に描かれた「瀟湘八景図押絵貼屏風」と「花卉流水図屏風」が見ものの一つ。特に「花卉流水図屏風」は、上段に渦巻や流水の模様に金や青金で加飾し、下段に市松模様風の碁盤目に四季の草花や花木、果実などの114の花卉を描いた手の込んだ屏風で、金刀比羅宮にある若冲の「百花図」はもしかするとこれをヒントにしているのではないかとふと思ったりしました。

個人的にとても好きだったのは、「観音天龍夜叉図」と「観音天大将軍身図」の二幅。東福寺伝来の明兆(伝)の「三十三観音図」の内、欠けていた二幅を山雪が描いたもの。上半分には満月のような円の中に浮かんだ観音様を、下半分には天龍夜叉や天大将軍を描き、構図的にも印象的なのに加え、墨の濃淡や色彩の美しさ、筆の丁寧さといったところに深い感銘を受けました。この作品により山雪は“法橋” の位を得たといいます。

そのほかにも、相撲に取り組む力士とそれを見物する人々を躍動感溢れるタッチで描いたユニークな「武家相撲絵巻」や、広いスペースを巧く使った構図が印象的な「瀑布図」など次から次へと見所の多い作品が続きます。明治時代に焼失し現存しない東福寺法堂の雲龍図天井画の縮図絵も、もし天井画が現存していたらどれほどのものだっただろうと考えるだけで身震いするレベルでした。

狩野山雪 「蘭亭曲水図屏風」(※一部) (重要文化財)
江戸初期・17世紀前半 随心院所蔵

最後の≪極みの山雪ワールド≫はまさに圧巻。ここに来るまででも相当圧倒されっぱなしでしたが、「蘭亭曲水図屏風」や「楼閣山水図屏風」、「盤谷図」など密度の濃い(濃すぎる)作品がそれほど広くはないスペースに詰め込まれていて、もう窒息しそうなほどです。

狩野山雪 「雪汀水禽図屏風」(重要文化財)
江戸初期・17世紀前半 個人蔵

極めつけは、やはり最後にこれが来たかと納得の山雪の最高傑作「雪汀水禽図屏風」 。写真ではその凄さが伝わりにくいのですが、波紋を描くのに胡粉を盛って銀泥を施し更に墨を塗って拭くという工芸品のような手の込んだ技術を使っていて、もう神技的な素晴らしさ。その立体的に描かれた波紋を間近で見ていると、波が動いているような錯覚に陥り、船酔いでもしそうなほどです。まるでアニメーションのコマ送りのように飛ぶ千鳥や奇態で造形的な岩、金雲から覗く幻想的な月。まさに美の極致といっていい作品だと思います。なお、本展の図録の表紙・裏表紙はこの作品を使い、波紋を立体的に加工しています。

ここまでで2時間強。新幹線の時間もあって退出しましたが、もし時間があれば、もう1周したかったです。図録の最後に「こんな作品が日本の絵画にあった、その奇跡をかみしめたい。」とありましたが、まさにそのとおりで、ここ数年ないほどの衝撃的な展覧会でした。もしこれを観ることなくいたら一生後悔したかもしれません。それほどのレベルの展覧会です。ぜひお見逃しなく。


【狩野山楽・山雪】
2013年5月12日(日)まで
京都国立博物館にて

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