使ってる人は多いと思うのですが、『東京駅周辺美術館共通券』という東京駅近辺の出光美術館、東京ステーションギャラリー、三井記念美術館、三菱一号館美術館の4つの美術館(以前は現在休館中のブリヂストン美術館も入ってた)で利用できるお得なチケットがありまして、毎年2~3冊買ってるのですが、今年はまだ出光美術館のチケットだけ使えてなくて、ようやく行くことができました(まだ1枚残ってる)。
本展は名勝を描いた水墨画、特に瀟湘八景図と西湖図を中心に、古の人々が憧れを抱いた山水の世界を紹介しています。瀟湘八景や西湖の水墨を集めた展覧会は珍しくありませんが、そこはやはり出光美術館なので所蔵品を中心に集められただけあり優品揃いで、個人的にも元信や山楽、又兵衛など、好きな絵師の作品が多く、大満足の展覧会でした。
会場の構成は以下のとおりです:
第1章 瀟湘八景-「臥遊」の発展と継承
第2章 西湖-描かれた「地上の楽園」
第3章 閑雅なる名勝ー文人たちのいるところ
第4章 名所八景-日本の名所
自ら遊ぶ様子を妄想する鑑賞の仕方を‟臥遊”と言うのだそうです。瀟湘八景図や西湖図、また多くの文人画はそうした理想郷の中に描かれた風景や人物を自分に置き換えることで、ある種の描く喜びや観る喜びがあったのかもしれません。
瀟湘八景図は中国の名勝・瀟湘地方の情趣豊かな情景を八景に分けて描いたもので、鎌倉時代には既に日本にもたらされていたといいます。最初に雪村の「瀟湘八景図屏風」が2点、六曲一隻の屏風と六曲一双の屏風がありました。一隻のみの屏風には瀟湘夜雨や平沙落雁、煙寺晩鐘、洞庭秋月などが描かれ、コンパクトにまとめられた分、凝縮された味わいがありますが、一方の一双の屏風には八景が両隻にわたり描かれ、牧谿様の表現もあれば、米法山水を思わせる筆遣いも見せ、雪村らしい奇態な山も。雪村が中国絵画を高いレベルで身に付けていたことが窺い知れます。
伝 周文 「瀟湘八景図屏風」(重要文化財)
室町時代 香雪美術館蔵
室町時代 香雪美術館蔵
瀟湘八景図では初公開という狩野探幽と安信の合作の画帖と小型の掛軸が素晴らしい。墨の滲みやぼかしを活かした草体の優品。探幽の弟子・久隅守景の「瀟湘八景図屏風」は探幽というより室町水墨画を思わせるところが面白い。
その中でとても興味深かったのが伝・周文の「瀟湘八景図屏風」。周文を思わせるオーバーハング(と解説に書かれていた)な峻峰が特徴的ですが、前景の山や家屋が迫って見えるぐらい細密で強調されていて、金泥の雲がたなびいてたり、一部に彩色があったり、時代的にも周文より後のものだろうなという印象を受けました。解説では周文の弟子・岳翁蔵丘説が濃厚とのことでした。
瀟湘八景図のコーナーとは別のところに展示されていましたが、岩佐又兵衛の筆とされる「瀟湘八景図巻」も。落款や印章はないのですが、精緻極まる筆致や単眼鏡でやっと分かるぐらいの人物の微細な面貌、そして奇怪な木の表現はやはり又兵衛という感じがします。
鴎斎 「西湖図屏風」(重要文化財)
室町時代 京都国立博物館蔵
室町時代 京都国立博物館蔵
狩野山楽 「西湖図屛風」
江戸時代 サントリー美術館蔵
江戸時代 サントリー美術館蔵
西湖図では狩野元信の謹直な線と横に長い構図がユニークな「西湖図屏風」や、金地に黒と白のバランス、墨の濃淡、細密な描写、どれをとっても素晴らしい山楽の「西湖図屏風」など、もうたまりません。山楽の「西湖図屛風」には16世紀半ばに倭寇に襲来を受けるも焼け残った雷峰塔の姿が描かれていることから、山楽が最新の情報を得ていたのだろうと解説されていました。この屏風は京博の『狩野山楽・山雪展』にも出てないし、サントリー美術館でも観た覚えがないので私は初見かもしれません。
ここで印象的だったのが鴎斎の「西湖図屏風」。鴎斎は能阿弥が用いた号ですが、能阿弥と別人とされ、ただし室町時代後期の同時代の絵師と考えられているそうです。淡彩の柔らかな筆墨と湿潤な空気感が実にいい。
長沢芦雪 「赤壁図屏風」
江戸時代 根津美術館蔵
江戸時代 根津美術館蔵
根津美術館の芦雪の「赤壁図屏風」も来てました。薄墨の山々にぬめり感のある濃墨の木々。一見粗放に見えて崖の上の枝は強風に曲がり、波や人物は丁寧に描いていて、ぶっ飛んでるのに実は計算されているところが芦雪の凄いところだなと思います。
他にも、右隻に吉野の桜、左隻に龍田の楓で一面を埋め尽くした見事な「吉野龍田図屏風」や、『源氏物語』の「総角(あげまき)」に取材したとされる、いわゆる留守模様の「宇治橋柴舟図屏風」、同じく『源氏物語』に基づく土佐光起の「須磨・明石図屏風」、中国の瀟湘八景になぞらえた「近江名所図屏風」など見応えのある作品が並びます。
【名勝八景 憧れの山水】
2019年11月10日(日)まで
出光美術館にて
日本水墨画全史 (講談社学術文庫)
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