2012/04/30

KORIN展

根津美術館で開催中の『KORIN展 国宝「燕子花図」とメトロポリタン美術館所蔵「八橋図」』を観てきました。

昨年の開催で企画されていた展覧会ですが、東日本大震災の影響により中止となり、一年遅れで開催されました。

ゴールデンウィークの頃の根津美術館といえば、庭園の見事なカキツバタ。この時期に合わせ、光琳の「燕子花図屏風」はたびたび公開されてきましたが、今年はメトロポリタン美術館所蔵の光琳の名品「八橋図屏風」が来日し、並んで公開されることになりました。光琳を代表する二つのカキツバタ。同じ会場で展示されるのは実に100年ぶりなんだとか。「八橋図屏風」と「燕子花図屏風」が並ぶ姿を鑑賞できるなんて琳派ファンなら誰もが夢見たことではないでしょうか。

本展は、「燕子花図屏風」と「八橋図屏風」を中心に、光琳の作品を展示。また後年酒井抱一が記した「光琳百図」との比較をし、光琳画の諸相を見ることができます。

尾形光琳が画業を始めたのは比較的遅く、30代を過ぎてからで、本格的に専念するのは40代に入ってからともいわれています。かつてはメトロポリタン美術館所蔵の「八橋図屏風」の方が年代が先とされていたようですが、現在では40代半ばに「八橋図屏風」を描き、50代半ばに「燕子花図屏風」を描いたといわれています。

尾形光琳 「燕子花図屏風」(国宝)
江戸時代・18世紀 根津美術館蔵

「燕子花図屏風」は個人的にこれまで何度か拝見してますが、いつ観ても新鮮というか、面白いというか、全く見飽きることがありません。なんといってもその意匠性の高さ。シンプルかつ斬新なデザイン。まるで心地よい旋律を奏でるようなリズミカルなカキツバタの配置。余計なものを排除し、意味のあるものだけを選択し抽出するシンプリシティに徹した光琳の素晴らしいインスピレーション。まさしく琳派の傑作中の傑作です。

尾形光琳 「八橋図屏風」
江戸時代・18世紀 メトロポリタン美術館蔵

一方の「八橋図屏風」。酒井抱一による模作は観たことがありますが、光琳のホンモノは初めて拝見しました。こちらも「燕子花図」に劣らぬ高いデザイン力を誇り、橋が加えられることで、より幾何学的で、複雑なリズムが生まれ、水が描かれていないのに、水の流れや音まで伝わってくるような存在感のある屏風です。「燕子花図」も「伊勢物語」の「八橋」の段に材を取ったものですが、「八橋図」は橋を配したことにより、その物語性がより明確になっています。カキツバタの描き方も、「燕子花図」はぼってりと厚塗りで、花の群青と茎草の緑青が極めて濃厚でしたが、「八橋図」は「燕子花図」のようなマットな感じはなく、花びらにも黄や白を入れたり、花弁の裏を描くなど具象化されています。

「燕子花図」は型紙を使用し、クローンカキツバタを作って描いているというのは割と知られていますが、その技術は実は高度で、あらかじめ屏風に型紙を貼り、その上に金箔を貼ってから型紙を外し、金箔のないところ(型紙を置いていたところ)に色を塗っていく“型抜き法”という染色の技法が用いられているそうです。一方の「八橋図」は金屏風の上に直接絵を描いているとのこと。金箔の上に絵を描くことは大変難しく、そのためか「八橋図」の実物は剥落した箇所が多く見られます。また、これは実際に観てみないと分からないことですが、金箔の上に描いたものとそうでないものとで、発色にも微妙な違いが現れています。

尾形光琳 「伊勢物語八橋図」
江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵

光琳は「燕子花図」と「八橋図」以外にも“カキツバタ”を多く描いており、その一部が本展でも展示されています。「伊勢物語八橋図」は「伊勢物語」の同じ場面を基にした掛け軸で、人物を描くことで全く異なる作品となっています。

尾形光琳 「白楽天図屏風」
江戸時代・18世紀 根津美術館蔵

そのほか光琳の作品では、宗達の「松島図屏風」を思わせる波と転覆ギリギリに垂直な舟の構図が印象的な「白楽天図屏風」や光琳初期の「十二ヶ月歌意図屏風」、光琳のパトロンを描いた「中村内蔵助蔵」(重要文化財)、最晩年の「四季草花図屏風」などが展示されています。また、昨年の千葉市美術館の『酒井抱一と江戸絵画の全貌』にも出展されていた抱一の「青楓朱楓図屏風」が展示されています。これは光琳の原画に基づいた作品で、現在光琳作の屏風は所在不明だそうですが、作品の隣には『光琳百図』にあるその原画も参考展示されています。

酒井抱一 「青楓朱楓図屏風」(右隻)
江戸時代・1818年 個人蔵

今年は庭園のカキツバタの開花が遅れていましたが、ようやく少しずつ咲き始めました。恐らくゴールデンウィーク後半には満開になるのではないでしょうか。1ヶ月の短期公開ですが、庭園のカキツバタを愛で、光琳の二つのカキツバタを愛でるという贅沢は、二度と味わえないかもしれません。この機会に是非。


【KORIN展 国宝「燕子花図」とメトロポリタン美術館所蔵「八橋図」 】
2012年5月20日(日) まで
根津美術館にて












※カキツバタの写真はおととしのものです。




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光琳デザイン光琳デザイン

2012/04/29

蕭白ショック!! 曾我蕭白と京の画家たち

すっかりアップが遅くなってしましました。もうかれこれ2週間前ですが、千葉市美術館で開催中の『蕭白ショック!! 曽我蕭白と京の画家たち』(前期展示)に行ってきました。

蕭白の傑作の数々がこぞって来日している東京国立博物館の『ボストン美術館 日本美術の至宝』展、そしてこの蕭白展。蕭白単独の展覧会は2005年に京都国立博物館でありましたが、首都圏で開催されるのは1998年以来とのこと。本展が『ボストン美術館展』にぶつけてきた企画なのかどうか知りませんが、蕭白の全貌を知るにはこれ以上の機会はありません。これだけ多くの蕭白の作品を、同じ時期に同じ首都圏で観られるなんて、今後二度とないんじゃないでしょうか。そのぐらい凄いことが今起きています。

伊藤若冲や長沢芦雪らとともに“奇想の絵師”として紹介される曽我蕭白。その奇矯な画風やアクの強さばかりに目が行きがちですが、その水墨画技法は実に正統で、時に荒唐無稽ですらあるその作品が非常に卓越した技量とズバ抜けた描写能力に支えられたものであることがよく分かる展覧会です。

展覧会の構成は以下の通りです。
第一章 蕭白前史
第二章第一部 曾我蕭白-蕭白出現-
第二章第二部 曾我蕭白-蕭白高揚-
第二章第三部 曾我蕭白-蕭白円熟-
第三章 京の画家たち

まず第一章では、蕭白に先駆けて復古的かつ個性的な傾向を示した画家を紹介しています。蕭白は曽我派の画系にあるわけではなく、単にその継承者を自負し曽我姓を名乗っているだけで、実際には雪舟の流れを組む雲谷派に学んだともいわれています。ここでは蕭白が師事したとされる高田敬輔の作品や蕭白が影響を受けたという唐画などを展示。蕭白の特異な画風の背景を推察することができます。

曽我蕭白「柳下鬼女図屏風」
東京藝術大学蔵(※4/30まで展示)

つづく第二章は、3つのパートに分け、蕭白の作品を年代順に追っています。東京国立博物館で開催中の『ボストン美術館展』では、制作時期を確定できる蕭白の最古の作品「龐居士・霊昭女図屏風」が展示されていますが、「龐居士・霊昭女図屏風」と同じく、蕭白が伊勢を行脚したときに描かれた初期作品がいくつか展示されています。「柳下鬼女図屏風」は「龐居士・霊昭女図屏風」と同時期か少し前に描かれた作品とされ、鬼女のただならぬ形相と妖気が観る者に強烈なインパクトを与える初期の代表作です。

曽我蕭白「林和靖図屏風」(右隻)
三重県立美術館蔵(※4/30まで展示)

「林和靖図屏風」は蕭白の初期の基準作とされる重要作品の一つ。右隻は大きくうねった大樹と真ん中にちょこんと座る疲れ切った表情の林和靖という大胆かつ奇抜な構図なのに対し、左隻は余白を大きく取り、月に鶴という極端にシンプルなのが面白いところ。「第一部 蕭白出現」ではほかに、“レレレのおじさん”と解説されていた「寒山拾得図屏風」(4/30まで展示)や蝶に怯える獅子といじけた虎という“草食系”の「獅子虎図屏風」 (5/6まで展示)が印象的でした。5/8からは代わって蕭白の代表作のひとつ「寒山拾得図」(重要文化財)が展示されます。

曽我蕭白「鷹図」
香雪美術館蔵(※4/30まで展示)

曽我派は鷙鳥図(鷲や鷹などの猛禽を主題にした作品)を得意としたとされ、蕭白も曽我派を語るだけあり、優れた鷙鳥図が多くあります。『ボストン美術館展』にも蕭白の鷙鳥図が展示されていましたが、本展でも猿を襲う獰猛な2羽の鷲を描いた「鷲図屏風」(5/6まで展示)や12枚の鷹の絵からなる「鷹図押絵貼屏風」(前期:右隻/後期:左隻)などが展示されていました。上の「鷹図」は珍しく着色されたもので、猛禽の猛々しい場面が多い鷙鳥図の中でも、色とりどりに草花が咲き誇り、美しさに目が行く異色の作品です。

曽我蕭白「雪山童子図」
三重 継松寺蔵(※5/6まで展示)

蕭白は水墨画に、効果を狙って部分的に着色や金泥を使うことはよくありますが、着色画自体は比較的少なく、「雪山童子図」はその代表作の一つに数えられています。鬼をからかうような童子と意表を突かれた鬼。表情のユニークさ、色の美しさと毒々しさが蕭白らしい一枚です。

曽我蕭白「竹林七賢図襖」(部分) 重要文化財
三重県立美術館蔵(※全期間展示)

「第二部 蕭白高揚」の目玉はなんといっても、旧永島家の襖絵が展示されたコーナー。広いスペースの周りを囲むように襖絵が飾られている様は永島家の広間にいるような錯覚さえ覚えます。永島家は伊勢の豪農で、7作品44面の襖絵が現存しています。画題も山水図、人物図、花鳥図、禽獣図、鷙鳥図と多岐に渡っています。2004年から6年をかけて修復作業が行われ、本展が修復後初公開だそうで、前後期に分かれますが、全7作品が出展。「竹林七賢図襖」のみ全期間展示されています。

 曽我蕭白「群仙図屏風」(右隻) 重要文化財
文化庁蔵(※5/2から展示)

「第二部 蕭白高揚」では、5/2から蕭白の最高傑作のひとつ「群仙図屏風」が、5/8からは松園の「焔」に影響を与えたとされる「美人図」、「獅子虎図屏風」(前期展示)とは対照的な豪壮な「唐獅子図」(5/8から展示)などが展示されます。

曽我蕭白「虎渓三笑図」
千葉市美術館蔵(※全期間展示)

「第三部 蕭白円熟」ではその名の通り、熟達の域に達した蕭白の水墨画の数々を堪能できます。伊勢や播州の遊歴を経て、京都に腰を落ち着けてからの晩年の蕭白の水墨技術の高さは目を見張るものがあります。「虎渓三笑図」は硬質な筆致と密度の高さが圧倒的な傑作。ほかにも、 蕭白らしさを集約したような「仙人図屏風」(4/30まで展示)、濃墨と淡墨の使い分けが見事な「滝山水図」 (4/30まで展示)、楷体山水と行体山水が混在した最晩年の「瀟湘八景図屏風」(5/6まで展示)などが展示されています。

曽我蕭白「楼閣山水図(月夜山水図)屏風」(右隻) 重要文化財
滋賀 近江神宮(※5/8から展示)

後期展示では、晩年の山水図の代表作「楼閣山水図(月夜山水図)屏風」や速筆で描かれた「達磨図」(5/2から展示)、流麗な筆致が美しい「山水図押絵貼屏風」(5/2から展示)などが展示されます。

最後の第三章では「京の画家たち」とし、伊藤若冲や池大雅、円山応挙といった同時代の絵師の作品を紹介。当時の京画壇の濃さにあらためた驚かされます。


【蕭白ショック!! 曾我蕭白と京の画家たち】
2012年5月20日(日)まで
千葉市美術館にて


もっと知りたい曾我蕭白―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい曾我蕭白―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)









無頼の画家 曾我蕭白 (とんぼの本)無頼の画家 曾我蕭白 (とんぼの本)

2012/04/28

国立劇場公演「絵本合法衢」

国立劇場で『絵本合法衢』を観てきました。

昨年の3月に上演されていたものの、東日本大震災のため途中で打ち切りとなった公演の再演です。

国立劇場では昨年秋から「歌舞伎を彩る作者たち」と銘打ち、歌舞伎を代表する狂言作者の作品を上演してますが、その棹尾を飾るのが鶴屋南北の仇討ち狂言『絵本合法衢』です。

『絵本合法衢』は、南北が『天竺徳兵衛韓噺』や『時今也桔梗旗揚』(馬盥の光秀)で脚光を浴びはじめた頃に発表された作品で、初演は写楽の浮世絵でも有名な五代目幸四郎(俗に“鼻高幸四郎”)が主役の大学之助と太平次を演じて大当たりとなり、その後幾度も再演を重ねたといいます。

しかし明治に入ると、倫理的な問題でその凄惨な内容が歓迎されず、その後は滅多に上演されることもなくなり、昨年19年ぶりの上演、そして今年あらためての再演となりました。

主人公は、冷酷非情な左枝大学之助という本家横領を企む悪党と、彼と瓜二つの立場の太平次という無頼漢。何かというと手打ち、簡単に刀を振り下ろし、邪魔な者はバッサバッサ。そんな大学之助に兄・瀬左衛門を殺された弥十郎と、許婚・お亀を大学之助の妾に取られ、挙句の果てに殺された与兵衛が実は兄弟だと分かり、大学之助を討つ機会を窺うという物語です。

大学之助と太平次の悪党二役に仁左衛門、瀬左衛門と弥十郎の二役に左團次、うんざりお松と弥十郎の妻・皐月の二役に時蔵、与兵衛に愛之助、お亀に孝太郎。さらには梅枝、市蔵、高麗蔵、秀調、秀太郎と錚々たる顔ぶれです。

見ものは仁左衛門の極悪非道ぶり。大学之助も太平次も終始一貫して悪に徹するいわゆる実悪で、人を殺めても、死者を敬うことなく、平然としています。自分の悪行を悔いることも、犯した罪に怯えることもありません。大学之助は侍なので時代物的な、一方の太平次には世話物的な違いはありますが、基本やってることは一緒です。残虐で、凄味があって、決して愛される役ではありません。

しかし、それを仁左衛門が演じることで“悪の華”ともいうべき魅力が生まれるから不思議です。たとえば、『金閣寺』の松永大膳や『伽羅先代萩』の仁木弾正のような見るからに恐ろしい実悪とは異なる、独特の人間臭さというか、色気というか、仁左衛門というキャラクターが放つ不思議な引力が加わります。実悪に徹底しすぎても面白くない、愛嬌を出したらなおおかしい、なかなか難しい役です。殺された人をかわいそうとは思っても、大学之助や太平次に対し嫌悪感は感じない。そこのバランスは技術だけで叶うものではなく、やはり役者の魅力に追うところが大きいでしょう。

相対する左團次の瀬左衛門は仁左衛門の大学之助に劣らない風格と大きさがあり、適役だったと思います。武士としての格を感じさせる瀬左衛門に対し、弥十郎はどちらかというと実直さや温かさを加味したように映りました。左團次の早替わりという珍しいものもあり、立ち回りもあり、なかなかお疲れだったのではないでしょうか。

時蔵も大活躍。武家妻・皐月の凛とした佇まいも良かったのですが、太平次に力を貸すうんざりお松は見せ場も多く、悪婆らしい強かさと仇っぽさがあって秀逸でした。時蔵は最近、こういう下卑た女や長屋の貧乏妻などにいい味が出ているような気がします。与兵衛の愛之助もニンといい、和事の演技といい、安定していて良かったと思います。孝太郎のお亀はもう少し色気というか、大学之助が目をつけるだけの艶っぽさが欲しいところです。

全体的には、休憩を挟んで3時間を超える長い芝居で、あまり意味を感じない登場人物や不自然なプロットなど、まだ工夫の余地がありそうだなとも感じました。南北の芝居としても、さまざまな面で原型的な面白さはありますが、後年の『東海道四谷怪談』や『盟三五大切』、『櫻姫東文章』と比べるとストーリー的に弱いというか、内容は盛りだくさんだけど、それぞれのエピソードがどこか表面的で深みに欠ける気がしました。ただ、素材としては非常に面白い話なので、今後も仁左衛門の代表作としてかかってほしい芝居と思います。

2012/04/27

四月花形歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」

新橋演舞場で公演の四月花形歌舞伎・通し狂言『仮名手本忠臣蔵』を先日観てまいりました。今月は昼の部のみを観劇。

四月は花形歌舞伎と聞いて、どんな演目をやるのか期待していた分、『仮名手本忠臣蔵』の通しだと知ったときはガックリしたのですが、インタビューなどで出演者たちの意気込みを目にしたり、舞台稽古の様子をテレビで見たりするに連れ、今しかできない花形ならではの『仮名手本忠臣蔵』も楽しみだと思うようになってきました。近い将来、歌舞伎の未来を背負う若手役者らが、恐らく何度となく演じるであろうこの芝居のスタート地点に立ち会えるという意味でも、今月は見ておくべきじゃないかと。

まずはお約束の“口上人形”から。「エッヘン、エッヘン」と咳払いを間に挟みながら、主要役者の名前と役名をつらつら述べます。口上が終わると幕が開くのですが、これも他の狂言とは違い、ゆっくりゆっくりと開き、舞台上には役者さんが微動だにせず立ったまま。竹本に名前を呼ばれて人形に魂が入ったように動き始めるという仕掛けです。これは人形浄瑠璃の名残だそうですが、こういうのを見ると、歌舞伎が江戸時代から綿々と続く伝統芸能なんだなとあらためて感じます。

さて、「大序 鶴ヶ岡社頭兜改めの場」。高師直が桃井若狭之助を苛めたり、塩冶判官の妻・顔世に色目を使ったりする物語の発端です。高師直に松緑、桃井若狭之助に獅童、顔世御前に松也、足利直義に亀寿、そして塩冶判官に菊之助。ここでの主役は何といっても松緑の高師直。「お客様に『師直憎し!』と思っていただかないことには成立しません」と筋書きで本人が語っていましたが、まさに憎々しい師直でした。ただ、これはしょうがないことですが、やはり年齢からくる威厳というか、上役としての存在感や威圧感が出ないと面白くない役なんだなとつくづく感じました。松緑も「若くて勤まる役ではありませんので非常に難しい」と語っているので、そのあたりは十分に自覚しているのでしょうが、ここは年齢を重ねていくのを待つしかないのかもしれません。

つづいて「三段目」は「足利館門前進物の場」と「松の間刃傷の場」 。ここでの見どころは、まず鶴ヶ岡社の場面では虐められる側だった若狭之助(獅童)を、賄賂をもらった師直が平伏して侘び、若狭之助の怒りを抑えるところですが、獅童が若殿の血気盛んさ、直情的なところを巧く演じていたと思います。今にも師直に襲いかからんとする怒りがよく出ていて、若狭之助の感情がビンビンと伝わってきました。所作も丁寧に演じていたのが印象的でした。

そして、師直の虐めの矛先は、若狭之助と入れ替わりで登場する塩冶判官(菊之助)に移るわけですが、菊之助の塩冶判官が非常に見ごたえがありました。師直から言われなき中傷を受け、それでも必死に怒りを抑える姿、そして執拗に繰り返される師直の侮辱に耐えかね、ついに刀に手を伸ばすまでのその緊張感。一つ一つ丁寧に積み重ねていく心理的な葛藤や感情の高ぶりが、等身大のリアルな塩冶判官を見事に創り上げていました。最後は涙をたたえての大熱演。ただ、松緑の“ごっこ”的ないたぶり方と菊之助のシリアスな演技のバランスが取れていなかったのが残念でした。

30分の幕間の後は、「四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場」と「表門城明渡しの場」。ここでも菊之助は素晴らしく、粛々と事を進めていく様子に主家取り潰しの無念さがよく現れていたと思います。染五郎の由良之助は少し肩に力が入りすぎている感も無きにしも非ずでしたが、それだけ真剣に取り組んでいる証なんでしょう。幸四郎に指導を仰いでいるところをテレビで見ましたが、幸四郎の由良之助を彷彿とさせるところもありました。ただ、これも若さ故の問題で、年齢からくる風格や落ち着きが伴ってくれば、演技にさらに奥行きと深みが出て、もっと良くなるんだろうと思います。

最後は「道行旅路の花聟」。それまでの熱かった舞台はどこへやら、なんだか冷めた舞台でした。なにしろ勘平とお軽の二人が愛しあってある者同士に見えない。演じる二人から情が伝わってこないのです。恋人というよりまるで親子。歌舞伎の場合、役者の年の差は関係ありません。二人の間に情が通っていれば、恋人にだって見えるのです。福助は何度もお軽を演じているので安定感はうかがえましたが、一方の亀治郎の表情の乏しさが気になりました。心なしか所作もメリハリがなく、亀治郎らしくないと感じたのは気のせいでしょうか? 鷺坂伴内(猿弥)が登場する後半は笑いもあり、それなりに楽しめましたが、退屈な道行きでした。

夜の部は観に行く予定がなかったのですが、昼の部を観たあと、夜の部もチケットを手配しておけばよかったと後悔しました。この花形役者で夜の部も観てみたいと思わせるそんな舞台でした。全体的に力不足や技量不足(経験不足)も感じましたが、若いからこその“熱さ”、チームワーク、歌舞伎を背負っていくという意気込みをヒシヒシと感じるいい忠臣蔵だったと思います。


仮名手本忠臣蔵を読む (歴史と古典)仮名手本忠臣蔵を読む (歴史と古典)

2012/04/22

絢爛豪華 岩佐又兵衛絵巻

MOA美術館で開催中の『開館30周年記念所蔵名品展 岩佐又兵衛絵巻』を観てきました。

MOA美術館所蔵の岩佐又兵衛の絵巻群が連続して展示されるのは、1982年の開館記念展以来30年ぶりとのこと。待ってましたとばかり、遠路はるばる熱海まで行ってきました。

3つの絵巻はそれぞれ期間を分けて展示されます。
「山中常盤物語絵巻」 3月3日(土)~4月4日(水)
「浄瑠璃物語絵巻」  4月6日(金)~5月9日(水)
「堀江物語絵巻」  5月11日(金)~6月5日(火)

辻惟雄先生の『奇想の系譜』(ちくま学芸文庫刊)で知って以来、岩佐又兵衛は個人的にとても注目している絵師なのですが、その作品になかなか出会う機会がありません。代表作の「洛中洛外図屏風(舟木本)」や「小栗判官絵巻」などは東京国立博物館で観る機会を得ましたが、まとまった形の展覧会は2004年に千葉市美術館で開催された『岩佐又兵衛展』以来なく、千葉市美の展覧会に行っていない身としてはこれらの絵巻群は是非とも拝見したいところ。しかも、いずれも全巻展示ということで、またとないチャンスです。

「山中常盤物語絵巻」は1巻約12.5メートル、全12巻で150メートルに及ぶ長大な絵巻物。落款はないものの、“又兵衛風”と呼ばれる独特な絵画表現から現在では岩佐又兵衛作とほぼ断定されています。

伝 岩佐又兵衛「山中常盤物語絵巻」(一部) 重要文化財
江戸時代・17世紀 MOA美術館蔵

「山中常盤物語絵巻」は、牛若(源義経)の母・常盤御前が、奥州へ下った牛若を訪ねて都を旅立つが、山中の宿で盗賊に殺され、牛若がその仇を討ったという伝承を描いたもの。特に、常盤が山賊に襲われる第4、5巻と牛若が母の仇をとる第9、10巻の凄惨な展開とリアルな表現力は、岩佐又兵衛を扱った書物では必ず紹介されるほどの有名な場面です。

それはもう聞きしに勝るインパクト。辻惟雄の書籍などでその絵は観てはいますが、冒頭から物語を追っていくと、まるで映画の場面場面を観ているようで、迫真の描写に舌を巻きます。血腥さばかり強調される絵巻ですが、実際に観てみると実に物語性豊かで、常盤御前と牛若の親子の情愛に心打たれます。こんな残虐で、卑俗で、悲愴で、それでいて雅びやかな絵巻は初めて観ました。白い胸を染める鮮血の生々しさ。物凄いリアリズムです。

伝 岩佐又兵衛「山中常盤物語絵巻」(巻五・一部) 重要文化財
江戸時代・17世紀 MOA美術館蔵

12巻全巻展示といっても、展示スペースの関係で、端から端まで展示されているのは4巻ぐらいで、他の巻は2/3から半分程度の展示でした(「浄瑠璃物語絵巻」も同じです)。それでもこの絵巻の凄さを知るには十分であって、150メートルほどの長大な絵巻ということを考えると、これ以上の展示を望むのは難しいのかもしれません。

ところで、「山中常盤物語絵巻」で常盤御前を殺した人物が辻惟雄の新書版『岩佐又兵衛』(2008年刊)では“せめくちの六郎”になっているのに対し、同じく辻惟雄著の『ギョッとする江戸の絵画』(2010年刊)では“せめくちの五郎”となっています。なぜでしょう? 岩佐又兵衛研究の第一人者である著者が間違えるとは考えにくいのですが、ただの書き間違いでしょうか。ちなみに、MOA美術館の解説では“せめくちの六郎”になっていました。

つづいて、第Ⅱ期の「浄瑠璃物語絵巻」も観てきました。

伝 岩佐又兵衛「浄瑠璃物語絵巻」(一部) 重要文化財
江戸時代・17世紀 MOA美術館蔵

「浄瑠璃物語絵巻」も義経説話の一つで、奥州へ下る牛若と三河矢矧の長者の娘・浄瑠璃姫との恋愛譚です。12巻の内、半分の6巻は牛若と浄瑠璃姫の馴れ初めから、牛若の積極的なアプローチで浄瑠璃姫と契りを交わすまでが描かれており、残りの半分は病に伏した牛若を浄瑠璃姫が救う場面や、平家討伐に向かう牛若が浄瑠璃姫の死を知り、彼女を成仏するために寺を建てる場面などが展開します。牛若の物語らしく、途中烏天狗が出てきたり、源氏の家宝の化身が現れたりと、幻想的なシーンもあります。

“浄瑠璃”というと、人形浄瑠璃(操浄瑠璃)などのように太夫が三味線を伴奏にして詞章を語るものですが、もともとはこの「浄瑠璃物語」を語って聞かせるという芸能が16世紀に成立し、そこから三味線伴奏で太夫が語る“語り物”を“浄瑠璃”と呼ぶようになったといわれています。

「山中常盤物語絵巻」のような血腥い場面はなく(最後に浄瑠璃姫を死に追いやった母親が殺される場面はありますが)、特に前半は牛若と浄瑠璃姫のロマンスに終始しているところもあり、極彩色に溢れ絢爛豪華なのが印象的です。着物や調度品の文様はもちろん、部屋の隅々に至るまで手の込んだ細緻さは目を見張るものがあります。既に300年近く前の絵巻ですが、極めて状態が良く、こんなにも美しい絵巻があったのかというぐらい綺麗。さすが重要文化財に指定されているだけのことはあります。また、物語も牛若と浄瑠璃姫のロマンスが初々しくも情熱的で、後半の悲恋とともに、見どころの多い絵巻です。

辻惟雄氏によると、「山中常盤物語絵巻」は岩佐又兵衛が自ら手を入れたのに対し、この「浄瑠璃物語絵巻」は岩佐又兵衛を棟梁とした工房作によるものではないかということです。それでも又兵衛風の特徴である豊頬長頤の相貌や金箔や金銀泥など高価な顔料を惜しげもなく使った色彩感覚の見事さなどを観る限り、たとえ岩佐又兵衛工房作としても相当のレベルの高さであることが伺い知れます。

なお、『岩佐又兵衛絵巻』展に合わせ、MOA美術館所蔵の岩佐又兵衛作品も展示されています。「山中常盤物語絵巻」展示期間中は岩佐又兵衛の「官女図」と「柿本人麻呂・紀貫之図」、「浄瑠璃物語絵巻」展示期間中は三十六歌仙絵の中から「猿丸太夫」と「小野小町」が展示されています。

5/11からは「堀江物語絵巻」が公開されます。


【開館30周年記念所蔵名品展 絢爛豪華 岩佐又兵衛絵巻】
MOA美術館にて
(Ⅰ期)山中常盤物語 3月3日(土)~4月4日(水)
・重文 伝 岩佐又兵衛筆「山中常盤物語絵巻」全12巻 江戸時代 17世紀
(Ⅱ期)浄瑠璃物語 4月6日(金)~5月9日(水)
・重文 伝 岩佐又兵衛筆「浄瑠璃物語絵巻」全12巻 江戸時代17世紀
(Ⅲ期)堀江物語 5月11日(金)~6月5日(火)
・伝 岩佐又兵衛筆「堀江物語絵巻」全12巻 江戸時代17世紀


岩佐又兵衛―浮世絵をつくった男の謎 (文春新書)岩佐又兵衛―浮世絵をつくった男の謎 (文春新書)









ギョッとする江戸の絵画ギョッとする江戸の絵画









奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)

2012/04/20

平成中村座 四月大歌舞伎


平成中村座で『法界坊』を観てきました。

東京でサクラの満開宣言が出た日の翌日。朝からの晴天で、青空をバックにそびえ立つスカイツリーと満開のサクラを愛でながら、平成中村座に向かいました。

昨年11月から始まった平成中村座の長期公演は、勘三郎の発病前から組まれていた企画ですが、病気のこともあってか、これまでは勘三郎にあまり負担の少ない演目が続いていたような気がします。それが今月は、勘三郎の当たり役であり、中村座の代表作ともいうべき『法界坊』。出ずっぱりですし、元気でないとできない役です。地元浅草のお話ですから、どこかでやるんだろうなとは思ってましたが、大丈夫なんだろうか?はたして完全復活なるか?という期待と不安で、幕が開くまではかなりドキドキでした。

ところが、そんな心配をよそに、勘三郎のテンションの高いこと高いこと。見る限りとても元気そうでホッと一安心。無茶苦茶ノッてる様子で、アドリブも結構入ってるみたいだし、観客へのサービス精神もあいかわらず旺盛。いつもの勘三郎が戻ってきたという感じでした。

前半の愛嬌たっぷりの法界坊と後半の不気味な狂気の法界坊。喜劇でありつつ、人間の性や業のドロドロとしたところがあり、ドタバタもあるけど、立ち回りもあり、現代劇のようで、しっかりと歌舞伎である。生臭坊主で、本当は悪の匂いがプンプンする法界坊なのに、勘三郎が演じると、なんとも憎めない魅力がそこに生まれます。この人にしかできない役というか、ほかの人では出せない味というか。何度観ても飽きない面白さです。

今月は客演がなく、純粋に平成中村座のメンバーといこともあって、“あうん”の呼吸、チームワークの良さを感じました。奔放に暴れまくる勘三郎や勘十郎役の笹野高史に対し、要助の勘九郎、分姫の七之助、お組の扇雀、甚三郎の橋之助がしっかりと受け止める呼吸のよさ。さすが何度も繰り返しかかる芝居だけのことはあるなと思います。コクーン歌舞伎も手掛ける串田和美が演出ということもあって、黒子が活躍したりと歌舞伎にはない遊びの要素も。番頭役の亀蔵の怪演も平成中村座ならではで大いに笑えました。

最後はお決まりの舞台うしろの扉が開いて、スカイツリーの前で大立ち回り。この日はサクラも満開ということもあって、目の前には書割でない本物のサクラが。お客さんも大盛り上がりでした。カーテンコールも2回あり、勘三郎さんも挨拶をされました。満開の季節にこうして 『法界坊』を演じられたことで、勘三郎もさぞ感慨深かったことでしょう。観客のスタンディングオベーションは、勘三郎の完全復活を祝う意味も込められていたと思います。

2012/04/06

あなたに見せたい絵があります。

ブリヂストン美術館で開催中の『あなたに見せたい絵があります。』に行ってきました。開催初日の前日に、ブロガー特別内覧会というのがありまして、今回それに参加いたしました。

その日は年度末の最後の日で、しかも席替えなんかもあって職場は超バタバタしていたのですが、折角のご招待ですし、こんな機会もそうはないと思い、仕事をテキトーに片づけて、ダッシュで伺いました。(会社が近くてよかった・・・)

今年、ブリヂストン美術館は60周年を迎え、それを記念して三つの特別展を企画しています。第1弾は『パリへ渡った石橋コレクション 1962年、春』(1/7~3/18)、第2弾として今回の『あなたに見せたい絵があります。』(3/31~6/24)、第3弾には『ドビュッシー、音楽と芸術-印象派と象徴派のあいだで』(7/14~10/14)が開催されます。

さて、ブリヂストン美術館開館60周年記念展の第2弾にあたる本展は、『あなたに見せたい絵があります。』と言うだけのことはあり、ブリジストン美術館と石橋美術館(福岡)が所蔵する19世紀から20世紀にかけての西洋絵画や日本の近代洋画を中心としたコレクションの中から、選りすぐりの名画109点が一堂に勢ぞろいしています。

会場は、石橋コレクションの総体を年代やカテゴリー、また画家という括りではなく、横の軸で、つまり空間の広がりで見せたいという方針で、題材別、ジャンル別に11のテーマに分けられています。


1章 自画像

まずは「自画像」のコーナーから。

「自画像」のコーナーには、青木繁や坂本繁二郎、藤島武二といった日本の洋画家から、マネやセザンヌ、ピカソ、それにレンブラントまで幅広いカテゴリーの画家の自画像が並んでいます。こうした括りで、これだけ見応えのある自画像を展示できるというのも、ブリヂストン美術館と石橋美術館のコレクションがいかにスゴいかということをよく物語っています。


2章 肖像画

自画像というのは画家の感情というか、性格というか、その人の自己表象やアイデンティティまでが見えるようで、ファンにとっては興味の尽きないテーマですが、肖像画というのも、その画家の個性や、また描かれている人物との関係などが表れて、非常に面白いテーマだと思います。「肖像画」のコーナーには、ルノワールやドガ、ピカソ、それに岸田劉生の「麗子像」などが展示されています。

黒田清輝「針仕事」 1890年
石橋美術館蔵

今回の展覧会で、自分が一番観たかった作品の一つが、この黒田清輝の「針仕事」。東京国立博物館の所蔵品に黒田清輝の代表作で「読書」という作品がありますが、それと同じマリアという、当時黒田が住んでいた下宿屋の娘さんをモデルにしています。法律家を目指しフランス留学をした黒田が、法律の勉強そっちのけで絵の勉強をしていた頃の作品です。デッサン力の確かさ、色の細かなニュアンス、服やカーテンの質感、窓から差し込む光の柔らかさ、どれも素晴らしく、油彩画を制作し始めて間もない頃の作品とは思えない完成度の高さです。


3章 ヌード

上の写真の一番左は、一瞬ルノワールかと思わせるような豊満な女性たちの水浴の風景ですが、安井曾太郎なんですね。フランスでの修業時に描いた作品だそうで、ルノワールやセザンヌの影響が見て取れて面白い一枚でした。ほかにも、ルノワール晩年の裸婦像や、マティス、ドガ、岡田三郎助らの作品が展示されています。


4章 モデル

2章の「肖像画」と「モデル」は同じ主題のようにも思えますが、解説によると、「肖像画」は“描かれる対象の個性や特徴が表現されていることが重要”なのに対して、「モデル」は“描かれた人物は無名であり匿名”なのだそうです。このコーナーでは、藤島武二の「黒扇」と黒田清輝の「プレハの少女」が秀逸でした。ほかに、コローやマティス、坂本繁二郎の作品が展示されています。


5章 レジャー

「レジャー」は印象派の登場と共に現れた新しい主題。近代化が進むに連れ、「レジャー」を楽しめるようになった庶民の経済的・時間的・精神的余裕がその絵からは伝わってきます。このコーナーには、浜辺の風景が印象的なブーダンの「トルーヴィル近郊の浜」やピカソの新古典主義時代の代表作「腕を組んですわるサルタンバンク」などのほか、マネやルオー、ロートレックといったヨーロッパの画家たちの作品が並んでいます。


6章 物語

中世の頃までヨーロッパの絵画といえば、宗教画や歴史画であり、そうした主題の上位性は写実主義や印象派が登場する19世紀まで続いたといいます。洋画が日本に入ってくると、聖書やギリシア神話と同じようなモチーフを探して、記紀神話が描かれるようになります。石橋コレクションは青木繁作品が充実していますが、今回はその中でも特に代表作の「海の幸」(写真左:重要文化財)、「大穴牟知命」(写真中)、「わだつみのいろこの宮」(写真右:重要文化財)など4作品が展示されています。


レンブラントの隣にドニが並んでいる光景もなかなか面白いものです。レンブラントの「聖書あるいは物語に取材した夜の情景」(写真右)は約20cm四方の小さな絵で、最も早い時期に制作された作品とのこと。残念ながら、左側が欠損しているそうです。レンブラントらしい光と闇に溢れた作品ですが、銅板油彩画という性質故でしょうか、明暗の質感が後年のレンブラントと異なる印象を受けました。

「物語」にはほかに、藤島武二の代表作「天平の面影」(重要文化財)やルオーの「郊外のキリスト」などが展示されています。


新収蔵作品

途中の第7室にはブリヂストン美術館の新収蔵作品、カイユボットの「ピアノを弾く若い男」(写真右)と岡鹿之助の「セーヌ河畔」(写真左)が展示されています。

 ギュスターヴ・カイユボット「ピアノを弾く若い男」 1876年
ブリヂストン美術館蔵

カイユボットの「ピアノを弾く若い男」も本展で観るのを楽しみにしていた作品の一つ。この3月に放映された『美の巨人たち』のスペシャル番組でもカイユボットが紹介されていましたが、カイユボットはブルジョワ出身で、生活費に苦しむ印象派の画家仲間の経済的支援として彼らの作品を買い上げていたそうで、それらの作品が現在のオルセー美術館のコレクションの基幹になっているというお話でした。カイユボットは印象派の中でも写実的傾向が強く、この絵もドガのようなかっちりしたところがありますが、カーテン越しに差し込む陽光、ピアノに映りこむ光や手の影など、実物は写真で見るより印象派らしい光の質感にあふれた作品でした。

もう一つの岡鹿之助は藤田嗣治やルソー、スーラなどの影響を受けたそうで、抒情的な街の風景が印象的でした。


7章 山

クールベの「雪の中を駆ける鹿」(写真右)と雪舟の「四季山水図」(写真奥)が一つのスペースにあるという不思議さ。「山」という括りで、日本の山水画からヨーロッパの印象派やバルビゾン派まで並ぶ、これが今回の展覧会のユニークなところです。ほかにも、サント・ヴィクトワール山を描いたセザンヌの作品や、コロー、ゴーガン、ルソーらの作品が展示されています。


8章 川

川や運河など水辺と、そこに広がる生活を描いた作品。モネ(写真上)やピサロ、シスレー、ボナール、ユトリロらの作品が展示されています。壁の色も、「海」や「川」に合わせて青色になっています(正確には、壁の色に合わせて「海」や「川」の作品が展示されているのですが)。

フィンセント・ファン・ゴッホ「モンマルトルの風車」 1886年
ブリヂストン美術館蔵

「モンマルトルの風車」は、ゴッホがパリに出て画塾に通い、ロートレックやベルナールらと知り合い、ゴッホの絵が色彩豊かなものへと変貌を遂げた頃の作品。一見、農村の風車のように思えますが、かつてルノワールも描いた“ムーラン・ド・ラ・ギャレット”の風車を裏手から描いたものだそうです。あんな華やかで楽しげな風景の裏には、こういう畑が広がっていたのですね。


9章 海

同じような荒れる海の風景なので、一瞬、同じ画家の作品なのかな?と思ったら、青木繁(写真右)とモネ(写真左)なんでビックリしました。そういうカテゴリーの括りを超えた、画題の共通性を観るという点で、こういう見せ方もあるんだなとあらためて感心しました。「海」にはほかに、マティスやモンドリアン、クレーなどの作品が展示されています。


荒れる海とは対照的な穏やかな瀬戸内の海。藤島武二の「淡路島遠望」(写真左)と「屋島よりの遠望」(写真右)です。本展では藤島武二の作品が8作品と一番多く出展されていました。


10章 静物

モチーフ別の展示の最後は「静物」。これもまた洋画の画題の王道です。写真は安井曾太郎の「薔薇」(左)と「レモンとメロン」(右)。ほかに、ちょこんと顔を覗かせる猫が愛らしい藤田嗣治の「猫のいる静物」やセザンヌ、ボナール、ゴーガン、ピカソらの作品が展示されています。


今回の展覧会、作品の説明がとても分かりやすいのが印象的でした。それぞれ150字でまとめてあり、小学生にも分かるように配慮しているのだとか。それでいて、十分な情報がコンパクトかつ丁寧にまとめられていました。小さなときから、こういう名画に親しむ環境って大切ですよね。


11章 現代美術

現代美術といっても幅は広いのですが、本展では抽象絵画で統一されていて、ブリヂストン美術館のコレクションの一つの方向性を感じました。20世紀前半の抽象絵画を代表するカンディンスキーやミロから、戦後のフォートリエやアルトゥング、ザオ・ウーキーまで。また、日本洋画壇の重鎮、野見山暁治の作品もありました。

なお現在、ブリヂストン美術館所蔵のジャクソン・ポロック「Number 2,1951」が国立近代美術館で開催中の『ジャクソン・ポロック展』に貸し出されているのですが、5/29からは本展で展示されるそうです。

内覧会風景

一人の画家でまとめたり、あるカテゴリーを年代順に見せていくという展示ではないので、好きな順番で観ることができるのもいいところ。なにしろ、ブリヂストン美術館と石橋美術館が60年かけて収集してきたコレクションの中でも、大勢の人に観てもらいたいと自信を持ってオススメする作品ばかりなので、その充実ぶりは目を見張るものがあります。その選択眼というか趣味の良さ。絵画って楽しいな、もっと観たいなと思わせる、そんな展覧会でした。

最後になりましたが、今回“ブロガー特別内覧会”を企画していただいたブリヂストン美術館と青い日記帳のTakさんにあらためてお礼を申し上げます。


※画像は特別内覧会にて主催者の許可を得て撮影したものです。


【あなたに見せたい絵があります。 ―ブリヂストン美術館開館60周年記念―】
ブリヂストン美術館にて
2012年6月24日(日)まで

開館時間: 10:00〜18:00 (祝日を除く金曜日は20:00まで)
休館日: 4/15(日) 4/23(月) 5/28(月)

※入館は閉館の30分前まで
※上記の開館時間も不測の事態の際は変更する場合があります。
※最新情報は公式Pおよびハローダイヤル(03-5777-8600)でご確認ください。

住所: 東京都中央区京橋1丁目10番1号
交通: 東京駅(八重洲中央口)より徒歩5分
東京メトロ銀座線 京橋駅(6番出口/明治屋口)から徒歩5分
東京メトロ銀座線・東西線・都営浅草線 日本橋駅(B1出口/高島屋口)から徒歩5分





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