MOA美術館所蔵の岩佐又兵衛の絵巻群が連続して展示されるのは、1982年の開館記念展以来30年ぶりとのこと。待ってましたとばかり、遠路はるばる熱海まで行ってきました。
3つの絵巻はそれぞれ期間を分けて展示されます。
「山中常盤物語絵巻」 3月3日(土)~4月4日(水)
「浄瑠璃物語絵巻」 4月6日(金)~5月9日(水)
「堀江物語絵巻」 5月11日(金)~6月5日(火)
辻惟雄先生の『奇想の系譜』(ちくま学芸文庫刊)で知って以来、岩佐又兵衛は個人的にとても注目している絵師なのですが、その作品になかなか出会う機会がありません。代表作の「洛中洛外図屏風(舟木本)」や「小栗判官絵巻」などは東京国立博物館で観る機会を得ましたが、まとまった形の展覧会は2004年に千葉市美術館で開催された『岩佐又兵衛展』以来なく、千葉市美の展覧会に行っていない身としてはこれらの絵巻群は是非とも拝見したいところ。しかも、いずれも全巻展示ということで、またとないチャンスです。
「山中常盤物語絵巻」は1巻約12.5メートル、全12巻で150メートルに及ぶ長大な絵巻物。落款はないものの、“又兵衛風”と呼ばれる独特な絵画表現から現在では岩佐又兵衛作とほぼ断定されています。
伝 岩佐又兵衛「山中常盤物語絵巻」(一部) 重要文化財
江戸時代・17世紀 MOA美術館蔵
江戸時代・17世紀 MOA美術館蔵
「山中常盤物語絵巻」は、牛若(源義経)の母・常盤御前が、奥州へ下った牛若を訪ねて都を旅立つが、山中の宿で盗賊に殺され、牛若がその仇を討ったという伝承を描いたもの。特に、常盤が山賊に襲われる第4、5巻と牛若が母の仇をとる第9、10巻の凄惨な展開とリアルな表現力は、岩佐又兵衛を扱った書物では必ず紹介されるほどの有名な場面です。
それはもう聞きしに勝るインパクト。辻惟雄の書籍などでその絵は観てはいますが、冒頭から物語を追っていくと、まるで映画の場面場面を観ているようで、迫真の描写に舌を巻きます。血腥さばかり強調される絵巻ですが、実際に観てみると実に物語性豊かで、常盤御前と牛若の親子の情愛に心打たれます。こんな残虐で、卑俗で、悲愴で、それでいて雅びやかな絵巻は初めて観ました。白い胸を染める鮮血の生々しさ。物凄いリアリズムです。
伝 岩佐又兵衛「山中常盤物語絵巻」(巻五・一部) 重要文化財
江戸時代・17世紀 MOA美術館蔵
江戸時代・17世紀 MOA美術館蔵
12巻全巻展示といっても、展示スペースの関係で、端から端まで展示されているのは4巻ぐらいで、他の巻は2/3から半分程度の展示でした(「浄瑠璃物語絵巻」も同じです)。それでもこの絵巻の凄さを知るには十分であって、150メートルほどの長大な絵巻ということを考えると、これ以上の展示を望むのは難しいのかもしれません。
ところで、「山中常盤物語絵巻」で常盤御前を殺した人物が辻惟雄の新書版『岩佐又兵衛』(2008年刊)では“せめくちの六郎”になっているのに対し、同じく辻惟雄著の『ギョッとする江戸の絵画』(2010年刊)では“せめくちの五郎”となっています。なぜでしょう? 岩佐又兵衛研究の第一人者である著者が間違えるとは考えにくいのですが、ただの書き間違いでしょうか。ちなみに、MOA美術館の解説では“せめくちの六郎”になっていました。
つづいて、第Ⅱ期の「浄瑠璃物語絵巻」も観てきました。
伝 岩佐又兵衛「浄瑠璃物語絵巻」(一部) 重要文化財
江戸時代・17世紀 MOA美術館蔵
江戸時代・17世紀 MOA美術館蔵
「浄瑠璃物語絵巻」も義経説話の一つで、奥州へ下る牛若と三河矢矧の長者の娘・浄瑠璃姫との恋愛譚です。12巻の内、半分の6巻は牛若と浄瑠璃姫の馴れ初めから、牛若の積極的なアプローチで浄瑠璃姫と契りを交わすまでが描かれており、残りの半分は病に伏した牛若を浄瑠璃姫が救う場面や、平家討伐に向かう牛若が浄瑠璃姫の死を知り、彼女を成仏するために寺を建てる場面などが展開します。牛若の物語らしく、途中烏天狗が出てきたり、源氏の家宝の化身が現れたりと、幻想的なシーンもあります。
“浄瑠璃”というと、人形浄瑠璃(操浄瑠璃)などのように太夫が三味線を伴奏にして詞章を語るものですが、もともとはこの「浄瑠璃物語」を語って聞かせるという芸能が16世紀に成立し、そこから三味線伴奏で太夫が語る“語り物”を“浄瑠璃”と呼ぶようになったといわれています。
「山中常盤物語絵巻」のような血腥い場面はなく(最後に浄瑠璃姫を死に追いやった母親が殺される場面はありますが)、特に前半は牛若と浄瑠璃姫のロマンスに終始しているところもあり、極彩色に溢れ絢爛豪華なのが印象的です。着物や調度品の文様はもちろん、部屋の隅々に至るまで手の込んだ細緻さは目を見張るものがあります。既に300年近く前の絵巻ですが、極めて状態が良く、こんなにも美しい絵巻があったのかというぐらい綺麗。さすが重要文化財に指定されているだけのことはあります。また、物語も牛若と浄瑠璃姫のロマンスが初々しくも情熱的で、後半の悲恋とともに、見どころの多い絵巻です。
辻惟雄氏によると、「山中常盤物語絵巻」は岩佐又兵衛が自ら手を入れたのに対し、この「浄瑠璃物語絵巻」は岩佐又兵衛を棟梁とした工房作によるものではないかということです。それでも又兵衛風の特徴である豊頬長頤の相貌や金箔や金銀泥など高価な顔料を惜しげもなく使った色彩感覚の見事さなどを観る限り、たとえ岩佐又兵衛工房作としても相当のレベルの高さであることが伺い知れます。
なお、『岩佐又兵衛絵巻』展に合わせ、MOA美術館所蔵の岩佐又兵衛作品も展示されています。「山中常盤物語絵巻」展示期間中は岩佐又兵衛の「官女図」と「柿本人麻呂・紀貫之図」、「浄瑠璃物語絵巻」展示期間中は三十六歌仙絵の中から「猿丸太夫」と「小野小町」が展示されています。
5/11からは「堀江物語絵巻」が公開されます。
【開館30周年記念所蔵名品展 絢爛豪華 岩佐又兵衛絵巻】
MOA美術館にて
(Ⅰ期)山中常盤物語 3月3日(土)~4月4日(水)
・重文 伝 岩佐又兵衛筆「山中常盤物語絵巻」全12巻 江戸時代 17世紀
(Ⅱ期)浄瑠璃物語 4月6日(金)~5月9日(水)
・重文 伝 岩佐又兵衛筆「浄瑠璃物語絵巻」全12巻 江戸時代17世紀
(Ⅲ期)堀江物語 5月11日(金)~6月5日(火)
・伝 岩佐又兵衛筆「堀江物語絵巻」全12巻 江戸時代17世紀
岩佐又兵衛―浮世絵をつくった男の謎 (文春新書)
ギョッとする江戸の絵画
奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)
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