昨年、NHKの『日曜美術館』で山口蓬春の特集を観て以来、蓬春の回顧展があればなとずっと思っていました。蓬春は山種美術館で作品を観る機会が多く、そのモダンでグラフィカルな構図と明るく清澄な色彩に惹かれ、葉山の山口蓬春記念館にも何度か足を運びましたが、かつての自宅を改装しただけの建物なので、それほど作品は多く展示されていません。
ちなみに山口蓬春記念館は、神奈川県立近代美術館葉山から歩いてすぐのところにあり、海岸までも数分という近さ。自然豊かで長閑なとてもいいところです。近代美術館に行ったときにセットで回るといいと思います。
さて、本展は東京では17年ぶりの回顧展ということなのですが、会場がデパートの催事場なのでどうかなと思いましたが、初期から最晩年まで約50点が幅広く集まり、なかなか充実してよい展覧会でした。
デパートの展覧会なので会期が短く、わずか13日間だけ。Twitterとかでアンテナを張ってなければ、あやうく見逃しているところでした。
会場の構成は以下のとおりです:
Ⅰ やまと絵の頂点へ
Ⅱ 蓬春美への飛躍
Ⅲ 南方へ
Ⅳ 蓬春モダニズムの展開
Ⅴ リアリズムの追求
Ⅵ 新日本画への昇華
Ⅶ エピローグ
あまりよく知らなかったのですが、蓬春は子どもの頃から水彩画に慣れ親しみ、東京美術学校でも当初西洋画科に入るんですね。その頃の油彩画が展示されていましたが、ポスト印象派からの影響が見て取れ、戦後マティスやブラック、ホドラーといった西洋近代絵画に近づくことを考えると興味深いものがありました。
山口蓬春 「那智の滝」
昭和4年(1929) 二階堂美術館蔵
昭和4年(1929) 二階堂美術館蔵
日本画に転向してからは松岡映丘に師事。「那智の滝」や「緑庭」など大正から昭和初期にかけての作品には映丘の新興大和絵の影響を感じさせるものが多くありました。サントリー美術館の『遊びの流儀』にも山口蓬春旧蔵の桃山時代の「十二ヶ月風俗図」が展示されていたり、蓬春が描いた「士女遊楽図」が展示されていましたが、この頃は大和絵の習得に熱心だったんだろうなと思います。
山口蓬春 「初夏の頃(佐保村の夏)」
大正13年(1924) 山口蓬春記念館蔵
大正13年(1924) 山口蓬春記念館蔵
その後、蓬春は新興大和絵に限界を感じ、映丘と袂を分かつ形で近代的な日本画への道を歩みます。水墨煙雨の右隻に錦秋の左隻という「夏雨秋晴」のようなこれまでの日本画学習の成果を感じる作品もあれば、現代の若い日本画家の作品かと見紛うような新味を感じさせる「初夏の頃(佐保村の夏)」があったり、また同世代の速水御舟を彷彿とさせるような作品や、琳派をよみがえらせたような作品など、この時代の蓬春は新しい時代の日本画の創作にとても意欲的だった様子がうかがえます。
山口蓬春 「泰山木」
昭和14年(1939) 山口蓬春記念館蔵
昭和14年(1939) 山口蓬春記念館蔵
東京国立近代美術館で蓬春が描いた戦争画を観たことありますが、蓬春は藤田嗣治らと大日本航空美術協会を立ち上げるなど、戦時体制の画壇の中でもその中枢にいたといいます。本展では戦時下の台湾を訪れ描いた「南嶋薄暮」や描くにあたって撮影したという写真が展示されていましたが、蓬春がどのような思いで戦争画やこれらの作品を描いたのか気になるところではあります。
山口蓬春 「夏の印象」
昭和25年(1950) 個人蔵
昭和25年(1950) 個人蔵
山口蓬春 「枇杷」
昭和31年(1956) 山口蓬春記念館蔵
戦後になるといわゆる‟蓬春モダニズム”へと画風が大きく展開し、頭の中にある山口蓬春のイメージと繋がります。輪郭線と色面をずらして描いた「夏の印象」やくっきりとした輪郭線で対象を浮き立たせた「枇杷」、蓬春のお得意の紫陽花を描いた「まり藻と花」、そしてメインヴィジュアルにも使われている白熊とペンギンが愛らしい「望郷」など、安定した構図と明るく落ち着いた色彩、そして画面全体に溢れる美しさや清々しさは眺めているだけでとても心地よい気持ちになります。
山口蓬春 「望郷」
昭和28年(1953) 個人蔵
輪郭線が描かれただけの未完の遺作が最後に展示されていました。蓬春はここにどんな色を塗ろうとしていたのでしょうか。
【山口蓬春展 新日本画創造への飽くなき挑戦】
東京会場:2019年8月7日(水)~8月19日(月) 日本橋高島屋S.C.本館8階ホール
大阪会場:2019年8月28日(水)~9月9日(月) 大阪高島屋7階グランドホール
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