『藝大コレクション展』は毎年開催されていますが、今年は東京藝術大学の創立130周年ということで、これまでにない大規模なコレクション展になっています。だから「大」の字をカッコつきで強調してるわけですね。
しかも今回は、藝大が所蔵する名品コレクションだけでなく、藝大と藝大の前身・東京美術学校の出身者の卒業制作作品を紹介するという、ちょっといつもとは違う趣向。『藝大コレクション展』はほぼ毎年観に来てるので、名品コレクションは何度か観ている作品も多いのですが、卒業制作作品はまずお目にかかることのない作品ばかり。
出品作のおよそ半分は前後期で入れ替えになるので、これは貴重な機会と、前期・後期を両方とも観てまいりました。
まずは名品編から。前期展示(7/11~8/6)で印象に残った作品を。初めて観た作品や久しぶりに観た作品が中心になりますが。
「小野雪見御幸絵巻」(重要文化財)
鎌倉時代 東京藝術大学所蔵 (展示は8/6まで)
鎌倉時代 東京藝術大学所蔵 (展示は8/6まで)
鎌倉時代の「小野雪見御幸絵巻」は小野の里に幽居する藤原歓子(小野皇太后)のもとに雪見の行幸をした白河院に歓子が風雅なもてなしをしたという逸話に基づくやまと絵絵巻。展示は雪見の場面ではありませんでしたが、丁寧な描線と穏やかな色調に平安王朝絵巻らしい趣きを感じます。
長崎派の画家・若杉五十八の「鷹匠図」は西洋の鷹匠を描いた江戸時代の珍しい油彩画。城が西洋風なんだけど、石垣がいかにも日本の城で、ちょっと妙ちくりん。板橋区美術館の『長崎版画と異国の面影』でもこの人の別の「鷹匠図」を観ていました。
近代日本画では狩野芳崖の「悲母観音」、柴田是真の「千種之間天井綴織下図」が並ぶ中、個人的に大好きな菱田春草の「水鏡」に目が行きます。拝見するのは『菱田春草展』以来。「悲母観音」と並べて観ると、天女のポーズは「悲母観音」を彷彿とさせ、一方で、水面に映る姿や画面の両端に配置した紫陽花からは西洋画的なものを感じます。
菱田春草 「水鏡」
明治30年 東京藝術大学所蔵 (展示は8/6まで)
明治30年 東京藝術大学所蔵 (展示は8/6まで)
橋本関雪の「玄猿」も良かった。昭和に入ってからの作品。四条派風の猿、枯木の勢いのある表現と枝の淡彩が印象的です。前田青邨の「白頭」がこれがまた凄くいい。正座した佇まい、眼鏡をはずして絵と向き合う姿、さりげなく置かれた梨。そして何より少ない線で表した衣文線や顔の皺の的確さ。青邨の研ぎ澄まされた線描に感動します。
原田直次郎 「靴屋の親爺」(重要文化財)
明治19年 東京藝術大学所蔵
明治19年 東京藝術大学所蔵
洋画では、原田直次郎の「靴屋の親爺」、黒田清輝の「婦人像(厨房)」、浅井忠の「収穫」という日本の近代洋画の傑作が並んで展示されている一角に、高橋由一の「花魁」もあって、こうした並びで見ると気の毒なくらい由一の技術に未熟さが目立つのですが、逆に「花魁」がたまらなく愛おしく思えてきます。別フロアーでしたが、由一の渾身の傑作「鮭」も展示(前期のみ)されていました。
高橋由一 「花魁」(重要文化財)
明治5年 東京藝術大学所蔵
明治5年 東京藝術大学所蔵
後期展示(8/11~9/10)では、平安末期の「北斗曼荼羅図」が興味深い。白描の曼荼羅で、いわゆる星曼荼羅とも違うし、そもそも曼荼羅ぽくない。解説によると、唐本曼荼羅の図像で道教思想に基づいたものとか。
土佐光起の「貝尽図」も面白い。土佐派の作品では見ない描き方。写実的に描こうとしているのか、ちょっと中国画風の感じがします。若冲の「鯉図」は大きな鯉も見どころですが、水草がゆらゆら揺れているのがユニーク。いかにも若冲。水草が描かれた鯉図ってあまり見ない気がします。
曽我蕭白 「柳下鬼女図屏風」
江戸時代 東京藝術大学所蔵 (展示は8/11から)
江戸時代 東京藝術大学所蔵 (展示は8/11から)
前期には永徳が出てましたが、後期は光琳の「槇楓図屏風」と蕭白の「柳下鬼女図屏風」。「柳下鬼女図屏風」は『冥途のみやげ展』で観て衝撃を受けた作品。蕭白ならではの凄まじい怪作です。
上村松園 「草紙洗小町」
昭和12年 東京藝術大学所蔵 (展示は8/11から)
昭和12年 東京藝術大学所蔵 (展示は8/11から)
近代日本画では小堀鞆音の「経政詣竹生島」が初見。平経政が琵琶を弾くと白龍が現れたという伝説に取材したものとか。有職故実に基づく歴史画で名を馳せた鞆音らしい作品。
美人画では久しぶりに松園の「草紙洗小町」が出てました。何しろ大きい。松園で一番大きいのではないでしょうか。今回は人も少なったので単眼鏡でまじまじと観ましたが、絵具が盛り上がってるのか、着物の文様がまるで刺繍のように非常に丁寧に描き込まれていてビックリ。舞の動きを取る腕や体の線の表現も実に確かで、こういうのを観ると、松園は侮れないなと思います。
地階の会場入口には大好きな小倉遊亀の「径」。ほのぼのとしてかわいい。こちらは通期展示。
彫刻も平櫛田中コレクションが出品されていますが、平櫛田中の作品自体は少なく、橋本平八など平櫛が収集し藝大に寄贈した作品が中心。田中太郎の「ないしょう話」が面白いですね。
小倉遊亀 「径」
昭和41年 東京藝術大学所蔵
昭和41年 東京藝術大学所蔵
卒業制作作品では、前期に出てた横山大観の「村童観猿翁」が面白い。美校の師や同期生をモデルにしたそうで、意図的なのか顔がちょっとグロテスクだったりします。高山辰雄の「砂丘」も良かった。砂丘に座る女学生を俯瞰で描いた構図。こちらを観る女学生の目がまた印象的です。
後期展示には下村観山の「熊野御前花見」が出てました。『下村観山展』でも観てるはずですが、あらためて観ると人物描写もさることながら、着物の文様の描写がとても精緻。とくに熊野御前の着物は素晴らしいですね。
山本丘人の「白菊」も惹かれます。白菊を手にした上品な女性。まわりにも白菊をあしらい、装飾的なところも。昭和に入った作品では、杉山寧の「野」が印象的でした。ススキ畑で遊ぶ子どもたち。遠くに沈む夕陽。日本画の伝統的な画題である武蔵野の風景の翻案なのでしょう。
山本丘人 「白菊」
大正13年 東京藝術大学所蔵 (展示は8/11から)
大正13年 東京藝術大学所蔵 (展示は8/11から)
現代アーティストたちの藝大時代の自画像がたくさんあって、人それぞれ、いろんなスタイルがあって面白い。現代アートはあまり詳しくありませんが、それでも山口晃や松井冬子、村上隆、会田誠といったアーティストたちの若かりし頃の自画像(なかには「自画像?」というにもありますが)を観ると、顔がにやけてしまいます。学生時代の作品は観る機会もないのでいろいろ興味深い。ちゃんと保管してるんですね。
会場の一角に、美校の美術教育についてや、藝大コレクションの修復事業、藤田嗣治の関連資料といったアーカイヴの展示など、普段のコレクション展示では触れられないようなところも紹介していました。
【東京藝術大学創立130周年記念特別展 藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!】
2017年9月10日(日)まで
東京藝術大学大学美術館にて
最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常