伺った日は平日で、ほぼ開館時間に着いたのですが、チケット売り場には長蛇の列。夏休みということもあって、お孫さんと一緒の祖父母や家族連れの姿も目立ちました。ちなみに、チケット売り場の列は、展覧会を観終わって帰るときにも続いてました。すごい人気ですね。
さて、本展はボストン美術館が所蔵するジャポニスム(日本趣味)の影響により制作された絵画や工芸品、日本の浮世絵などを中心に展示しています。
≪印象派を魅了した日本の美≫とあるので印象派の展覧会かと思いきや、印象派のほか、ナビ派や世紀末美術、アメリカ絵画、アーツ・アンド・クラフツ運動やアールヌーヴォーといった工芸品まで幅広くジャポニスムに影響された作品が紹介されています。
1.日本趣味
会場に入ると最初に登場するのが浮世絵で、本展は全148点の内、数えたら浮世絵が34点も出品されています。たとえば浮世絵の構図や単純化(またはデフォルメ)、色使いなどが西洋美術にどう影響を与えたのか、時に浮世絵と西洋画を並べて展示するなど、比較対象として紹介されているので、ジャポニスムを理解する上でも分かりやすい。ただ、浮世絵を観に来たわけではないので、ちょっと多い気も…。
歌川広重 「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」
江戸時代・安政4年(1857)
江戸時代・安政4年(1857)
ゴッホが浮世絵を模写していたというのは有名な話ですが、広重の「大はしあたけの夕立」や「亀戸梅屋敷」がそのオリジナルで、それぞれ「雨中の橋」、「花咲く梅の木」として描いています。さすがにゴッホの作品は来ていませんが、パネルで紹介されています。
2.女性
浮世絵の美人画はあくまでも鑑賞の対象であり、ブロマイドのようなものであったわけですが、印象派が登場するまでは西洋画で女性を描くといえば肖像画か宗教画だったので、浮世絵に描かれる女性の姿は西洋の人々に新鮮に映ったようです。
アルフレッド・ステヴァンス 「瞑想」 1872年頃
着物を着てくつろぐ女性を描いた「瞑想」。キレイだなぁとしばし見入ってしまいました。ステヴァンスという方は知らなかったのですが、もとはアカデミズムの画家で、モネやドガ、ホイッスラーとも親しかったといいます。エレガントな女性を描いた作品で定評があったようです。展覧会では初期のジャポニスムの画家と解説にありました。Wikiを見たら、サラ・ベルナールに絵の手ほどきをしていたというから驚きです。
フィンセント・ファン・ゴッホ 「子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人」
1889年
1889年
ゴッホの「子守唄、ゆりかごを…」は歌川国貞の「当盛十花選 夏菊」との類似性が指摘されていました。ゴッホの描く肖像画は国貞や広重の役者絵と共通点が多いと。背景が日本的でもあり、ゴッホ的でもあり、面白いですね。
クロード・モネ 「ラ・ジャポネーズ(着物をまとうカミーユ・モネ)」 1876年
“ジャポネズリ”を象徴する作品「ラ・ジャポネーズ」は、予想以上に大きく、そして美しい。モネは約10年前に描いた代表作「カミーユ(緑衣の女)」と対となる作品として制作したといいます。打掛の色の鮮やかさ、武士の立体感、トリコロールのような扇子や背景の団扇のユニークさ、床は御座というこだわり。観ていて楽しくなるし、ここまで日本を愛してくれてありがとうと言いたくなります。解説によると、打掛は能や歌舞伎で知られる「紅葉狩」を主題としていて、地芝居か花魁道中のために作られたものではないかとありました。
ちなみに、「ラ・ジャポネーズ」は修復後世界初公開ということで、キャプションでも詳しく解説されていたり、修復の様子を撮影した映像も流れていたりします。
3.シティ・ライフ
展覧会を通じて、中には「これ、ジャポニスム?」と幾分拡大解釈に思える作品もありましたが、それだけ日本美術が西洋に与えた影響は大きいというか、当時の西洋人には新鮮で衝撃的に映ったんでしょう。直接的にジャポニスムを取り入れた人もいれば、それが刺激となって新たな作品を作り出した人もいるんだなと感じます。
フェリックス・エドゥアール・ヴァロットン 「版画集『息づく街、パリ』より≪にわか雨≫」
1894年
1894年
ヴァロットンは浮世絵をコレクションするなど日本美術に傾倒していたというのは先日の『ヴァロットン展』で知りましたが、この「にわか雨」の雨の描写なんて、もろ広重の「大はしあたけの夕立」ですね。こういう雨の描き方はそれまでの西洋画にはなかったというのは、先日放映されたテレビ東京の『美の巨人たち』でも紹介されていました。
4.自然
鶴や虎、植物の文様など、日本美術に多く登場するモティーフ。白眉はコールマンの「つつじと林檎の花のある静物」で、掛け軸のような縦長の構図といい、上品で落ちついた色のトーンといい、写実的で巧みな筆致といい、どれをとっても素晴らしい。恐らくちゃんとツツジと林檎の花を探して生けたのでしょうね。生け花のセンスや花器の取り合わせも見事。コールマンはアメリカの唯美主義を代表する画家とのこと。同じくアメリカの画家フランク・ウェストン・ベンソンの応挙の絵を模したという「早朝」や印象派風の「銀屏風」も◎。
チャールズ・キャリル・コールマン 「つつじと林檎の花のある静物」 1878年
ジャポニスムというとヨーロッパを思い浮かべますが、アメリカ絵画がちらほらあるのはボストン美術館のコレクションならでは。ティファニー工房の葡萄蔓のデスクセットや松葉文様の写真立てなど今売られていても人気が出そうなオシャレな逸品もありました。ほかに、アーツ・アンド・クラフツ運動やアールヌーヴォーといったジャポニスムにインスパイアされた工芸品なども展示されています。
5.風景
最後は≪風景≫。ここで目に付いたのが海や港、または水辺を描いた作品で、浮世絵と比較しながら観ていくと、その影響、関連性というのがよく分かりますし、「ここにもジャポニスムが」というのが見えてきます。
ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー 「ノクターン」 1878年
ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー 「オールド・バターシー・ブリッジ」
1879年
1879年
いわれてみれば、ホイッスラーの墨絵のような「ノクターン」も闇に霞む遠景や舟の情景が日本画のようであり、エッチングの「オールド・バターシー・ブリッジ」も広重の「東海道五十三次 岡崎 矢矧之橋」を彷彿とさせます。
エドゥアルド・ムンク 「夏の世の夢(声)」 1893年
ムンクのこれのどこがジャポニスムなのかと思ったら、森の木々の格子構造には元ネタがあるといいます。ほかにも広重の作品と類似点があるモネの作品や、有名な“水の庭”を描いた「睡蓮」などが展示されています。
印象派など西洋絵画を見慣れた人にも、アートビギナーにも、そして夏休みの自由研究の児童にも、それぞれに楽しめて、勉強になり、いろいろ発見のある展覧会だと思います。世田谷美術館はどの駅からもバスを利用しなければならず、ちょっとアクセスが悪いのですが、期間中、用賀駅から直行バス(100円)が出ていて、これが便利でした。
【ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展 -印象派を魅了した日本の美-】
2014年9月15日(月・祝)まで
世田谷美術館にて
美術手帖 2014年 08月号
印象派で「近代」を読む―光のモネから、ゴッホの闇へ (NHK出版新書 350)
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