2018/11/21

ムンク展

東京都美術館で開催中の『ムンク展 -共鳴する魂の叫び』を観てきました。

ムンクの展覧会は5年に1回ぐらいのペースでやってる気がしますが、東京で『ムンク展』が開催されるのは約10年ぶり。今回最大の目玉は、約25年ぶりの来日となる「叫び」。10年前の『ムンク展』には「叫び」が来てないので、そういう意味では待望の展覧会です。

本展は、ムンクの世界最大のコレクションを有するオスロ市立ムンク美術館の所蔵作品を中心に、約60点の油彩画に版画や素描などを加えた約100点の作品が集まっています。

10年前に国立西洋美術館で開催された『ムンク展』は、装飾画家としての観点でムンクを見直し、会場もムンクの代表的な装飾プロジェクトごとに構成するという内容でしたが、今回はムンクの軌跡を初期から晩年まで辿り、その多彩な画業を振り返るという回顧展になっています。ムンクを初めて観る人にも、ムンクを見直したい人にも、広くお勧めできる内容です。

会場の構成は以下の通りです:
1.ムンクとは誰か
2.家族-死と喪失
3.夏の夜-孤独と憂鬱
4.魂の叫び-不安と絶望
5.接吻、吸血鬼、マドンナ
6.男と女-愛、嫉妬、別れ
7.肖像画
8.躍動する風景
9.画家の晩年

ムンク 「自画像」
1882年 オスロ市立ムンク美術館蔵

最初に登場するのがムンクの自画像。肖像画というのは画家の内面性がリアルに現れるなと感じることが多いのですが、ムンクも全く同じで、黒い背景に顔だけが白く浮かび上がったモノクロームのリトグラフからは自己を見つめる何か鬱々としたものを感じます。「叫び」や「不安」を思わせる色彩に上半身裸という異様な雰囲気の「地獄の自画像」は恋人に拳銃で撃たれるという事件が発生したあとに描かれたということを知ると、なんか妙に納得したりして。

ムンク 「地獄の自画像」
1903年 オスロ市立ムンク美術館蔵

もう少し先のコーナーに最初期の自画像が展示されていましたが、こちらはオーソドックスな描き方。同時代に描かれた家族の肖像画なんかも印象派的なところがあって、ムンクがどういうところから出発したのかということを知る上でも参考になります。今でいう自撮り写真もいくつかあって、写真という新しいメディアに興味津々だった様子も窺えます。

ムンク 「夏の夜、人魚」
1893年 オスロ市立ムンク美術館蔵

ムンクの画風が変化するのはパリ留学から戻ってきたあと。「病める子」からは早くに亡くした母や姉の記憶、運命の残酷さや命の儚さ、生きていくことの不安などが見えてきます。一般的なイメージの人魚とはかけ離れて何処か疲れた様子の「夏の夜、人魚」、浜辺で肩を落とし海を見つめる青年を描いた「メランコリー」、女性の二面性を象徴したような背中合わせの女性の姿が印象的な「赤と白」、背をぴんとさせ湖畔に佇む女性から官能的なムードが漂う「夏の夜、声」など、どの作品もどこか内面的で、ムンクの不安や苦悩、憧憬など様々な思いが滲み出てるように感じます。

ムンク 「叫び」
1910年? オスロ市立ムンク美術館蔵

そして、「叫び」。観に行った日は日曜日で、16時頃に会場に入ったのですが、「叫び」の前はさすがに黒山の人だかり状態。一旦後回しにし、最後まで一通り観終わってから閉館30分前に戻ると、あれだけいた人もほとんどいなくなり、じっくり「叫び」と観ることができました。

「叫び」には複数のバージョンがあって、今回来日するのはムンク美術館所蔵のテンペラ画バージョン(1910年制作)で日本では初公開。25年前の出光美術館の『ムンク展』ではわたしも長い行列に並んで「叫び」を観ましたが、あのとき来たのはオスロ国立美術館所蔵のテンペラ画バージョン(1893年制作)でこれがオリジナル。今回来日している「叫び」はオリジナルの「叫び」が売却(その後、オスロ国立美術館に寄贈)されたのを受けてあらためて制作されたものだといいます。

このほか「叫び」は、ムンク美術館が所蔵しているパステル画バージョン(1893年制作)と数年前にサザビーズで競売にかけられ現在個人が所蔵しているパステル画バージョン(1895年制作)があって、限定45枚が摺られたリトグラフ版(1895年制作)というのもあります。

「叫び」は何度か盗難に遭ったことでも有名。オスロ国立美術館所蔵の「叫び」が盗まれたのが出光美術館の『ムンク展』が終わってノルウェーに戻った直後だっただけにとても驚いたことをよく覚えています。今回来日している「叫び」も2004年にムンク美術館から盗まれていて、2年後に発見されるも液体による損傷を受け、その後修復され今回こうしてお目にかかることができたというわけです。

ムンク 「絶望」
1894年 オスロ市立ムンク美術館蔵

ムンク 「不安」
1896年 オスロ市立ムンク美術館蔵

ムンクの名前を知らなくても、美術に全く興味がなくても、誰でもそのタイトルと画像を知っている作品としては「叫び」はダ・ヴィンチの「モナ・リザ」と双璧を成すのではないでしょうか。縦90cm以上ある比較的大きな絵で、やはり実物を観ると圧倒されますし、見れば見るほど不思議な絵ですし、全然飽きません。

血のように赤くなった夕陽がフィヨルドと街を覆い、自然を貫くような叫びが聞こえたという体験から生まれたという「叫び」ですが、「叫び」に先駆けてムンクが描いたのが「絶望」。エーケベルグ三部作と呼ばれる「叫び」「絶望」「不安」は並んで展示されていて、これほどまでにネガティブで鬱々としたイメージを与える連作もないのですが、ムンクがオスロで体験した原光景をどのように追い求め、表現していったかも感じ取れて、とても興味深いものがあります。

ムンク 「森の吸血鬼」
1916-18年 オスロ市立ムンク美術館蔵

続いては、これもムンクを代表する「接吻」と「吸血鬼」と「マドンナ」。ムンクは「接吻」「吸血鬼」「マドンナ」のモチーフを繰り返し描いていて、本展でもさまざまなバリエーションが展示されています。前回の国立西洋美術館の『ムンク展』でも取り上げられていましたが、ここまで複数の作品の展示はありませんでした。このコーナー以外に展示されている作品にも「接吻」や「吸血鬼」などのモチーフを思わせる作品があったりして、ムンクがこれらのテーマにとてもこだわっていたことが窺えます。

ムンク 「生命のダンス」
1925年 オスロ市立ムンク美術館蔵

「生命のダンス」はムンクが1890年代に制作した《生命のフリーズ》というシリーズの中核をなす作品。「叫び」や「絶望」「不安」も《生命のフリーズ》の中の作品という位置づけで、ムンクは自分の展覧会やアトリエで装飾プロジェクトとしてその構成や並びにこだわったといいます。豊かな色彩も印象的です。「叫び」もカラフルといったらカラフルなのですが、もともとゴーギャンやセザンヌなど後期印象派の影響を受けている人だけに(初期の作品にもゴーギャンやセザンヌの影響を感じさせる作品がありますが)、特に1910年前後あたりを境に、カラフルな色使いにしばしば目が留まります。

ムンク 「星月夜」
1922-24年 オスロ市立ムンク美術館蔵

「星月夜」はタイトルからしてそうですが、星空なんかゴッホへのオマージュなのかなと思います。最初の方のコーナーにあった「星空の下で」にも「星月夜」と同じ星空の描き方がされていました。

ムンクは意外なことに肖像画家として人気があったといいます。ニーチェの肖像画の背景なんて最高ですね。「叫び」のような背景を描いて、まるでセルフパロディなのかと思いました。ニーチェはどう思ったのか知りませんが、こんな肖像画を描かれたら、ムンクのファンなら泣いて喜ぶのではないでしょうか。

ムンク 「フリードリヒ・ニーチェ」
1906年 オスロ市立ムンク美術館蔵

10年前の『ムンク展』と被ってる作品も多いのですが、やはり「叫び」が来ているというだけでも観る価値がありました。死や不安、愛や生命、ムンクの様々な顔を知ることができます。


【ムンク展 -共鳴する魂の叫び】
2019年1月20日(日)まで
東京都美術館にて


『ムンク展 共鳴する魂の叫び』 公式ガイドブック (AERAムック)『ムンク展 共鳴する魂の叫び』 公式ガイドブック (AERAムック)

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