2016/11/27

色の博物誌 - 江戸の色材を視る・読む

目黒区美術館で開催中の『色の博物誌 - 江戸の色材を視る・読む』を観てまいりました。

先にご覧になられた方の評価もすこぶる良くて、気になったので覗いてみたのですが、これが面白い! 他の美術館に行く予定も忘れ、見込んでいた時間を大幅に超えて見入ってしまいました。

目黒区美術館では1992年から5回にかけて、『色の博物誌』という企画展を催していて、本展はその総仕上げともいうべき展覧会なんだそうです。 過去には「青」や「赤」、「白と黒」、「緑」などカラーごとにテーマを設け、その色にまつわる作品や原料を紹介したり、考古や民俗、歴史などの観点から探ってみたりしたとのこと。今回はその長年の取り組みの集大成みたいなものですから、過去の展覧会を観ていない人でも十分に楽しめるというわけです。


まず導入部の1階の展示が楽しい。日本画や西洋画の絵具やいろんな種類の筆、古今東西さまざまな紙など実物を実際に見られたり、岩絵具が練り剤でどう色味が変わるのか比較展示されていたりします。研究室の整理棚みたいな棚の引き出しを開けて展示を見るという行為が好奇心をそそって面白いですね。正に“画材の引き出し博物館”。

2階は国絵図と浮世絵版画、その復元を通して使われた色を解き明かし、色材を詳しく解説していくという構成になっています。

「備前国図」
慶長年間(1596-1615) 岡山大学附属図書館池田文庫蔵

「国絵図」とは、17世紀から19世紀前半にかけて、幕府の命令により各藩の地形や交通事情を把握するために制作された絵地図。会場では今の岡山県にあたる備前と備中の国絵図が展示されています。地図といっても、手を広げて見るようなコンパクトなものではなく、縦横3~4mぐらいはあろうかという巨大なもの。ある種、政治的な権威も象徴してたようで、将軍はこの地図の上に立って見たのではないかと推測されているといいます。

最初の慶長時代の「備前国図」は国の形もおおまかで、地形もざっくりした感じがありますが、元禄時代のものになると測量技術も発達したため正確さが増しています。村の名前などが細かく書き込まれ、山や田畑などは記号化され、後年の国絵図では凡例が地図の角に示されるなどかなり整理され実用レベルになっていることが分かります。実際に石高の確認や境界の識別などに利用されていたようです。

今回の展覧会は“色材”がポイントなので、国絵図にどんな色が使われていたのか、またその復元を通して判明した研究成果も丁寧に解説されています。いわゆる洛中洛外図屏風や都市図屏風のような鑑賞用のものではないので、芸術性こそありませんが、胡粉が使われていたり、金泥が使われていたり、お城は金箔だったり、意外な発見があります。

鈴木春信 「三十六歌仙 紀友則」
明和4年(1767)頃

国絵図は岩絵具が中心で、植物系の透明感のある色材も使われているけれど、胡粉を混ぜるなど不透明な色面にしているのに対し、浮世絵では植物染料系の色材が中心で、和紙にバレンで圧力をかけ、紙に浸透させることで微妙な色の変化をつけていたのだそうです。どうような絵画・絵図に使用するか、効果を狙うかで色材を選んでいたのですね。

多色摺の木版画、つまり錦絵の立役者といわれるのが鈴木春信。春信の浮世絵作品を例に、初期錦絵にはどんな色が使われていたかも丁寧に解説されています。春信というと、黄や茶、紅色などが中心の淡く落ち着いたトーンの錦絵が頭に浮かびますが、実際に解析してみると、基本色に紅、青花、藤黄を使い、またその混色で独特の色を表現していたのだそうです。

ほかにも、葛飾北斎や渓斎英泉の藍絵を例に、藍色からベロ藍(プルシアンブルー)に変わる過程を紹介していたりします。江戸の庶民の色の好みの移り変わりとともに浮世絵版画で使われる色も変化していったことが良く分かります。

葛飾北斎 (原作)「東海道五十三次之内 蒲原 夜之雪」
立原位貫 (復刻)「東海道五十三次之内 蒲原 夜之雪」

故・立原位貫氏による浮世絵版画の復刻・復元作品も紹介されていて、とても興味深く拝見しました。浮世絵版画で多く使われた植物染料は退色しやすく、きれいな浮世絵だなと思っても、実は当時の色とはかなり違っていたりするようです。立原氏はかつての浮世絵版画で使われていた色や色材を研究し、多くの浮世絵版画の復刻に取り組まれていました。本展では現存する浮世絵版画と復刻版画を並べて展示されていて、ああこういう色だったんだ、こんなにヴィヴィッドだったんだと感動します。

色材のコーナーでは、本展で紹介された国絵図と浮世絵版画で使われていた色を中心に江戸時代の色材20種を取り上げ、その原材料や製造過程がこれまた丁寧に解説されています。特に驚いたのが“青”。浮世絵には“ベロ藍”、“本藍”、“露草(藍紙)”の3種類の“青”があったのだそうで、その内、“露草(藍紙)”は青花(露草に似た花)の色素で一度和紙を染め、乾燥させた和紙(“青花紙”という)をさらに水で戻し、絵具として使用していたのだとか。“藍(本藍)”も藍で染めた麻糸を“飴出し(石灰と水飴で色を抜く)”を行い、できた藍の泡を酢で中和させて絵具を作るという、ほとんどもう化学実験。そんな方法で色材が作られていたとは全く知りませんでした。

図録がまた良くできていて、ちょうど日本画の色材について書かれている本を探してたこともあり、迷わず購入。もちろん本展で紹介されている色の材料や作り方なども掲載されています。なかなかないんですよ、写真が豊富で解説が分かりやすく、値段が手ごろな本というのが。とても勉強になります。


ほかにも画材や画法書についてのコーナーもあり、興味は尽きません。

絵画はあくまでも参考でメインは「色」。絵画を鑑賞するのとは違った視点で作品を観ることで新しい発見がたくさんありました。日本画や浮世絵が好きな人ならきっと楽しめるし勉強にもなると思いますよ。


【色の博物誌 - 江戸の色材を視る・読む】
2016年12月18日(日)まで
目黒区美術館にて


一刀一絵一刀一絵

2016/11/26

水野年方展

原宿の太田記念美術館で開催中の『水野年方 芳年の後継者』を観てまいりました。

水野年方は明治時代を代表する浮世絵師の一人。月岡芳年の弟子にして、美人画の名手として知られます。

江戸時代の浮世絵に比べて、明治時代の浮世絵を観る機会というのがそもそも多くありませんが、月岡芳年や芳年の師・歌川国芳の展覧会の片隅で数作紹介される程度で、これまで水野年方の作品をしっかり観た覚えがありません。

本展はその水野年方の初の回顧展。知られざる年方にスポットを当てた注目の展覧会です。


1階の畳敷きの小上がりには年方や芳年の肉筆画が展示されていました。芳年は活動のほとんどが版画だったので、肉筆画は珍しいのだそうです。こういうのがさらりと展示されるのは、さすが浮世絵専門の美術館。芳年の「雪中常盤御前図」は線描が狩野派っぽいところがあって意外な感じがしました。着物の輪郭線が特徴的です。

年方は後年日本美術院と関わりを持ったり、日本画にも注力を注ぐなど、浮世絵以外の活動も積極的だったとのこと。「漁する童」は顔を下に向けて網から魚を取るという難しい構図にもかかわらず、線が的確で、日本画でも実力を有していたことが分かります。年方の門人で後に妻となる日本画家・水野秀方の作品もなかなかの優品。線も柔らかく、薄墨と淡彩の描写が印象的でした。

水野年方 「和漢十六武者至 水滸伝九紋竜史進」
明治17年(1884)

年方は数えで14歳のときに芳年のもとに入門します。しかし芳年の素行が悪く、父に引き戻されるも、その後再度入門。再入門まもない頃と思われる17~18歳ぐらいの作品がいくつか展示されていましたが、数年修業しただけでここまで描けるのかと驚くぐらいの仕上がりです。初期の作品は国芳を彷彿とさせる武者絵が多く、中には戦争画があったり、ダイナミックな3枚続の大判錦絵も手掛けていたりするのですが、そのバランスの良い構図、勇壮な描写は既にいっぱしの浮世絵師という感じです。

水野年方 「婦有喜倶菜」
明治21年(1888)

このころ既に浮世絵人気は下降気味で、戦争画などで一時的に活況を取り戻すことはあったといいますが、活動の場は新聞や雑誌の挿絵や口絵の制作に移っていったようです。会場には≪小説とのコラボレーション≫として、明治時代の文芸雑誌の口絵などが展示されています。これは年方の特徴なのでしょうが、水彩画風の淡く柔らかな色遣いが新鮮で、新しい時代の色彩感覚を感じさせます。

水野年方 「泉鏡花『外科室』 口絵」
明治28年(1895)

連載小説の口絵は制作スケジュールの都合で、小説の内容を知る前に完成させなければならないことも多く、絵と小説の内容が必ずしも同じというわけではなかったようです。泉鏡花の名作『外科室』はその名の通り外科室が舞台の作品ですが、口絵はストーリーには登場しない場面だったりします。

水野年方 「三十六佳撰 湯あかり 寛政頃婦人」
明治25年(1892)

水野年方 「三十六佳撰 樽人形 延宝頃婦人」
明治25年(1892)

年方のもとからは鏑木清方や池田蕉園といった美人画で知られる多くの日本画家が巣立っていることからも、当時の日本画家の中でも年方の美人画はとりわけ評価が高かったのかもしれません。会場には年方の代表作という「三十六佳撰」や「茶の湯日々草」、「三井好都のにしき」、「今様美人」といったシリーズものの風俗美人画の揃物が展示されていて、文芸誌の口絵にも共通する、水彩画のような柔らかく透明感のある色遣い、気品ある女性表現と落ち着いた色使いに見惚れます。

水野年方 「茶の湯日々草 席入の図」
明治29年(1896)

水野年方 「茶の湯日々草 水屋こしらへの図」
明治29年(1896)

「茶の湯日々草」は茶事の一連の流れを描いたもの。それまで男性の嗜みだった茶道が女性にも普及しはじめたことを受けての作品なのでしょう。茶道具を用意したり、濃茶をいただいたり、ちょっと外で休憩したり、あまり格式ばった趣味という感じではなく、親しみやすさを前に出して描いてる気がします。

「三井好都のにしき」は三井呉服店(三越)の商品を宣伝する目的で制作されたといわれている揃物。当時はまだ目新しかったであろうショールや洋傘、子ども用の洋服など、ちょっと高級志向のオシャレアイテムがさりげなく描かれていて面白い。

水野年方 「三井好都のにしき 愛犬」
明治37年(1904)

水野年方 「三井好都のにしき 春乃野」
明治37年(1904)

水野年方は42歳の亡くなったため残された作品数は決して多くないようですが、後の美人画に与えた影響は大きいのだろうなと感じますし、美人画のもとを辿ると芳年、国芳に繋がるというのも意外性があって興味深いものがあります。芳年門人時代は、時代の好みもあったのか、芳年に近い作風、色合いですが、その後は独自のカラーを出していて、新時代の風俗画を切り拓いていったことが分かります。後年は歴史人物画を中心に本画でも活動をしたと聞きます。そのあたりの作品がなかったのがちょっと残念ではありました。


【水野年方 芳年の後継者】
2016年12月11日(日)まで
太田記念美術館にて


図説 浮世絵入門 (ふくろうの本/日本の文化)
図説 浮世絵入門 (ふくろうの本/日本の文化)

2016/11/17

禅 - 心をかたちに

東京国立博物館で開催中の『禅 心をかたちに』の後期展示の内覧会がありましたので伺って参りました。

今年の春に先に開催された京都国立博物館でも大変評判の良かった展覧会。残念ながら京都には観に行けなかったので、東京での開催を楽しみにしていました。

本展は、中国・唐の禅僧で臨済宗の開祖・臨済義玄の1150年遠諱、そして日本の臨済宗の中興の祖・白隠慧鶴の250年遠諱を記念しての展覧会。ひとことで“禅宗”といってもいくつかの宗派がありますが、本展では臨済宗と、その流れを汲む黄檗宗の禅宗美術を取り上げています。

東京会場の出品数は、国宝22件、重要文化財102件を含む239件(全期間計)。その内約80件は東京のみの展示だとか。よくここまでの作品を貸し出してくれたなと感心しますが、東博では過去にも、『栄西と建仁寺』や『妙心寺展』『京都五山 禅の文化』など、禅宗寺院や禅文化にスポットを当てた展覧会を多く開催してるので、寺院側も協力的なのかもしれませんね。

当日は、後期(11/8~)から平成館1階ロビーで公開されるチームラボの新作「円相 無限相」の発表会も兼ねていて、1階でちょっとしたレセプションもありました。世田谷の龍雲寺(臨済宗妙心寺派)のご住職・細川晋輔さんが「禅について」ということでお話をされたのですが、「何かを得るために禅があるのではなく、何かを捨てるために禅があるのです。禅を見て心を軽くしてください」という言葉が深く、とても胸に響きました。



第1章 禅宗の成立

会場の入口からドドーンと物凄いインパクト。白隠の代表作の「達磨像」の先には雪舟の「慧可断臂図」があるじゃありませんか。達磨(達磨大師)はインドから中国に禅を伝えた禅宗の始祖。達磨を描いた禅画は数多くありますが、縦2m近い大画面いっぱいに描かれた白隠の「達磨像」の迫力を超えるものにはお目にかかったことはありません。ギョロリとした目で天を見つめる達磨。近寄りがたくもあり、人間らしくもあり。

[写真左] 白隠慧鶴 「達磨像」
江戸時代・18世紀 萬壽寺蔵

「慧可断臂図」は、慧可が入門を求めて達磨を訪ねるも達磨は座禅中で相手にされず、左腕を切って差し出してやっと入門を許されたという故事を描いた作品。日本美術ファンなら一度は観ておきたい雪舟の傑作です。その絶妙な構図、不思議な岩の造形、力強く自在な筆致。画面からは異様な緊張感が漂い、絵の前に立つだけでゾクゾクします。

雪舟等楊 「慧可断臂図」(国宝)
室町時代・明応5年(1496) 齊年寺蔵

ここでは達磨や慧可、臨済など禅思想を確立した祖師にまつわる作品が紹介されています。狩野元信の「禅師祖師図」は大仙院方丈の障壁画を掛幅に改装したもの。大胆に配された霞雲により漢画らしい奥行き感と、同時にゆったりとした空間が生まれ、また淡彩を加えるなど、旧来の墨画障壁画とは異なる新たな表現を創出していて素晴らしい。

[写真左] 狩野元信 「旧大仙院方丈障壁画のうち禅師祖師図」(重要文化財)
室町時代・永正10年(1513) 東京国立博物館蔵

作品の多くは鎌倉から室町にかけてのもので、中には明兆の「釈迦三尊三十祖像」や曽我蛇足の「達磨・臨済・徳山像」の三幅対など、著名な画僧や絵師の作品もあって、内容的には少々地味目なコーナーですが、禅宗美術の成り立ちを知る上ではとても興味深い。

伝・曾我蛇足 「達磨・臨済・徳山像」(重要文化財)
室町時代・15世紀 養徳院蔵


第2章 臨済禅の導入と展開

臨黄各宗派の開祖ゆかりの作品などを寺院ごとに展観します。京都五山の建仁寺や南禅寺、天龍寺、相国寺、また妙心寺や大徳寺、関東では建長寺や円覚寺など禅宗を代表する寺院がパネルの解説と共に紹介されています。


建仁寺であれば栄西であり、天龍寺であれば夢窓疎石であり、建長寺であれば蘭渓道隆であり、京都や鎌倉が好きで訪れている人には詳しくは知らずともその名に聞き覚えがあるはず。展示は開山の僧の頂相(禅僧の肖像画や木像)や墨蹟が多いのですが、中には袈裟や法具などもあって、禅宗の歴史が端的にまとめられています。一角には、一休さん(一休宗純)だけ一コーナー設けられています。



第3章 戦国武将と近世の高僧

鎌倉時代に日本に本格的に導入されて以降、武家の帰依を受け、戦国武将とも強い繋がりを持つに至った禅宗。永徳筆と伝わる「織田信長像」や光信による「豊臣秀吉像」など作品とともに、彼らが禅宗とどう関わりがあったかについても触れています。

[写真右] 伝・狩野永徳 「織田信長像」
安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵

[写真右] 狩野光信 「豊臣秀吉像」(重要文化財)
安土桃山時代・慶長4年(1599) 宇和島伊達文化保存会蔵

会場には<禅に帰依した戦国武将>や<戦国武将と禅僧・人物相関図>といった詳しいパネルもあって、戦国武将と禅宗との深い繋がりを知る手掛かりとなります。これ残念ながら図録に掲載されていません。


近世の高僧では白隠と仙厓にスポットが当てられています。白隠といえば、Bunkamura ザ・ミュージアムの『白隠展』以降、作品に触れる機会が増えました。禅画の得意な禅僧ぐらいにしか思ってない人もいるかもしれませんが、江戸中期の禅界を席巻した禅匠で、現在の日本の臨済禅を辿ると全て白隠に繋がるともいわれているスゴい人なのです。著作物も多く、禅画・墨蹟に至っては1万点を超えるといいます。後期では、禅画を象徴する「円相図」や白隠得意の「達磨像」「乞食大燈像」などが展示されています。面白いのは「慧可断臂図」で、雪舟とは違い、まだ左腕が切られてなくて、達磨を睨みながら「ほら、切るぞ」と見せつけてるようです。


ちょうど同じタイミングで出光美術館や永青文庫で展覧会が開催されている仙厓はちょっと少なめ。仙厓らしい楽しげな「花見図」には「楽しみは 花の下より 鼻の下」、花見は桜より飲み食いが楽しみという賛が書かれていて笑えます。最後に展示されていた仙厓の墨蹟は“遺偈”といい、禅僧が末期に残す境地のようなものだとか。ちょっと何書いてあるのか読めませんが。


第4章 禅の仏たち

章の頭のところに<禅宗伽藍と禅寺に祀られる仏像>というパネルがあって、典型的な禅宗伽藍に祀られている仏像について解説されていました。仏殿には釈迦如来が祀られていることが一般的なようですが、禅宗は他の宗派と違って、仏像を恭しく祀って仏に委ねるのではなく、座禅を重んじ、自己を見つめるというイメージがあります。本展でも仏弟子のように禅宗の理想とする修行僧を表した仏像が多く展示されてます。道教の神像があったのも興味深く感じました。時代的には鎌倉時代以降のものなので、力強く写実的な仏像表現が見られます。


その中で一際目を惹いたのが、文殊菩薩と普賢菩薩を従えた方広寺の「宝冠釈迦如来」。院派仏師の作といい、非常に精緻で丁寧な造りで、装飾や文様も細やかで美しく、金泥など彩色もよく残っており、なかなかの美仏。一方、ちょっと変わっているのが萬福寺の「羅怙羅尊者」。「十八羅漢坐像」の内の一躯で、胸を開くと中にはお釈迦様が。顔は醜いが、心には仏を宿しているということらしいです。

院吉・院広・院遵作 「宝冠釈迦如来および両脇侍坐像」(重要文化財)
南北朝時代・観応3年(1352) 方広寺蔵

仏画も多くは十六羅漢や五百羅漢で、なるほど禅寺に羅漢様が祀られていることが多いのはこういう理由なのかと納得しました。周文と伝わる「十牛図」があって、「十牛図」や「牧牛図」という画題は時折見かけますが、これも実は禅の悟りに至る修行の過程を牧牛に喩えて表したものなんだそうです。

[写真左] 吉山明兆 「達磨・蝦蟇・鉄拐図」(重要文化財)
室町時代・15世紀 東福寺蔵


第5章 禅文化の広がり

昨年東博で開催された『栄西と建仁寺』でも紹介されていましたが、喫茶の習慣は禅僧によってもたらされたといいます。“茶禅一味”という言葉があるように、茶の湯と禅の本質は同じとされ、禅宗の広がりと共に茶道も広まったといわれます。ここでは国宝の「油滴天目」や「玳玻天目」、また織田信長の弟で茶人の織田有楽斎にゆかりの品々、唐物の青磁や茶入などが並びます。


水墨画や詩画軸も禅僧によって日本にもたらされ、禅宗寺院を中心に広がったもの。牧谿は2点あって、「龍虎図」と「芙蓉図」。「龍虎図」を観ると、その後のさまざまな「龍虎図」の手本となったんだろうなと感じます。「芙蓉図」は没骨描写も美しい。

そして如拙の「瓢鮎図」に雪村の「呂洞賓図」。なんて贅沢な並べ方でしょう。室町時代の画僧・如拙の「瓢鮎図」は日本の初期水墨画を代表する超傑作。ツルツルした瓢箪でヌルヌルした鯰を捕まえられるかという禅問答を描いているといいます。現在は掛軸になっていますが、もとは衝立で、退蔵院に行くと復元された衝立が飾られていますね。雪村の「呂洞賓図」の、龍の頭に乗った仙人が天空の龍と対峙するというこの奇抜な構図は一度観たら忘れられません。こちらは来年開催される『雪村展』(東京藝術大学大学美術館)のメインヴィジュアルになっています。

[写真右] 伝・牧谿 「龍虎図」(重要文化財)
[写真左] 伝・牧谿 「芙蓉図(附千利休添文)」(重要文化財)
中国 南宋~元時代・13世紀 大徳寺蔵

[写真右] 大巧如拙 「瓢鮎図」(国宝)
室町時代・15世紀 退蔵院蔵
[写真左] 雪村周継 「呂洞賓図」(重要文化財)
室町時代・16世紀 大和文華館蔵

そして近世の水墨障壁画や屏風の数々。あまりに素晴らしすぎて卒倒するかと思いました(笑)

狩野元信 「大仙院方丈障壁画のうち四季花鳥図」(重要文化財)
室町時代・永正10年(1513) 大仙院蔵

元信の「四季花鳥図」は本展の最初の章に展示されていた「禅宗祖師図」と同じ大仙院方丈の障壁画。いわゆる真体を基調としながらも、華やかに彩色された花や鳥を巧みに取り入れ、その豪奢な雰囲気は狩野派による近世障壁画の幕開けを感じさせます。大仙院方丈障壁画には他にも元信と伝わるものがありますが、この「四季花鳥図」と「禅宗祖師図」は元信の真筆とされています。

狩野山楽 「龍虎図屏風」(重要文化財)
安土桃山〜江戸時代・17世紀 妙心寺蔵

そして後ろを振り返ると、個人的にも大好きな山楽。「龍虎図屏風」は天地2m近くある大きな屏風で、永徳のダイナミックな大画様式を継承しつつ、京狩野の華麗で豪奢な装飾美も感じます。龍虎は武家好みの画題として特にこの時代多く描かれていますが、山楽の龍虎は迫力満点。雲を従え襲いかかる龍と風を従えた猛獣たる虎。その豪放さ、威厳さで傑出しています。龍は先ほどの牧谿の「龍虎図」の龍に似てますね。

横に目をやると、等伯の「竹林猿猴図屛風」。ほのぼのとした猿の親子に顔がほころびます。猿と竹の描写は牧谿の「観音猿鶴図」に拠っていて、等伯はほかにも牧谿風の猿を描いた作品を残しています。靄に包まれた竹の表現は「松林図屏風」に発展していったんでしょうね。ここではほかにも狩野探幽や池大雅の優品が並びます。

長谷川等伯 「竹林猿猴図屛風」(重要文化財)
安土桃山時代・16世紀 相国寺蔵

後期展示には、なんとプライス・コレクションから若冲の掛軸二幅が特別出品されています。若冲は禅宗との関係が深く、『若冲展』でも話題になった「釈迦三尊像」と「動植綵絵」を相国寺(臨済宗)に寄進したり、晩年は黄檗宗の石峰寺に草庵を結んだりしたことは有名ですね。

[写真右] 伊藤若冲 「旭日雄鶏図」  江戸時代・18世紀
[写真左] 伊藤若冲 「鷲図」 江戸時代・寛政10年(1798)
エツコ&ジョー・プライス・コレクション蔵

平成館の1階ロビーにはチームラボの最新作「円相 無限相」。二度と同じ円は現れないそうです。メチャクチャかっこいい。


“禅”って難しいなと思われるかもしれませんが、難しいという理由で観に行かなかったとしたら、きっと後悔する展覧会です。確かに奥が深くすぎて簡単に理解できるものではありませんが、禅が広めた文化を知るだけでも十分だし、そこから気づくこともあると思います。禅の文化を存分に堪能できる素晴らしい展覧会でした。


※展示会場内の写真は特別に主催者の許可を得て撮影したものです。


【臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念 特別展『禅 心をかたちに』】
2016年11月27日(日)まで
東京国立博物館 平成館・特別展示室にて


もっと知りたい禅の美術 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい禅の美術 (アート・ビギナーズ・コレクション)

2016/11/12

円山応挙 - 「写生」を超えて

根津美術館で開催中の『円山応挙 「写生」を超えて』を観てまいりました。

応挙というと、3年前に愛知県立美術館でまとまった回顧展がありましたが、東京では6年前に三井記念美術館で開かれた『円山応挙 - 空間の創造』以来ではないでしょうか。

今でこそ若冲だ蕭白だ其一だと広く注目が集まり、人気絵師の展覧会となると長蛇の列ができる江戸絵画ですが、江戸時代から長きにわたりダントツの人気と評価を誇る絵師といえば応挙なのです。

応挙の画風と技術は日本の絵画史に革命を起こし、円山派の祖として江戸絵画の主流となっただけでなく、先日の『鈴木其一展』でもその表現を認めることができるなど、多大な影響を及ぼしました。

本展では前後期合わせ約50点の作品により、「写生」に重きを置きながらも、それを超えて応挙が目指したものを探っていきます。根津美術館や国内の美術館、所縁のある寺院の所蔵作品に加え、個人蔵の作品が多いのも特長。優品が揃い、個人的に初めて観る作品も多く、少ない点数ながらも大変充実したものになっていました。


第一章 応挙画の精華

最初の2曲1隻の「芭蕉童子図屏風」にいきなり惹きこまれます。丁寧な筆致で描かれた童子に対し、芭蕉は水墨の味わい。子どもたちは目がクリクリしていて愛らしく、楽しげに遊ぶ様子がよく表れています。

中国の山水画を思わす「雨中山水図屏風」も印象的です。雨風に煽られる木々、波立つ水面。応挙の他の山水画にも共通しますが、こうした作品を観ると、応挙は呉派を手本としていたんだろんなと感じます。桃源郷的なイメージの「仙山観花図」も文人画的な趣き。

円山応挙 「西施浣紗図」
安永2年(1773) 個人蔵

「西施浣紗図」は中国春秋時代の美女・西施を描いたもの。近代日本画では女性1人だけを取り上げ、物語の一場面のように叙情的に描く作品はありますが、江戸時代にこうした作品は珍しかったのではないでしょうか。園城寺円満院の門主・祐常の援助を受け、めきめきと腕を上げていったいわゆる円満院時代と呼ばれる頃の最末期の作例といいます。

ほかにも、数ある応挙の孔雀図の中でも傑作とされる三の丸尚蔵館の「牡丹孔雀図」や、池に張る氷や冷たく澄んだ水の表現が冴える「雪中水禽図」 など、どれもなかなかの見応え。

円山応挙 「雨竹風竹図屏風」(重要文化財)
安永5年(1776) 圓光寺蔵(展示は11/27まで)

円山応挙 「藤花図屏風」(重要文化財)
安永5年(1776) 根津美術館蔵

安永年間は応挙が大型の屏風絵や障壁画に挑戦していった時代でもあります。会場の真ん中には6曲1双の「雨竹風竹図屏風」と「藤花図屏風」が並び壮観です。右隻に雨に打たれる竹を、左隻に風に揺れる竹を描いた「雨竹風竹図屏風」は靄に消え入る表現や大気の質感が牧谿の水墨画、ひいては長谷川等伯の「松林図屏風」を思わせ素晴らしい。

「藤花図屏風」は藤の幹を刷毛で大胆に刷き、花房は写実的に、白と青と紫の絵具を油絵のように重ねていて、その考え抜かれた表現方法に唸ります。応挙の数ある作品の中でも装飾的傾向の強い作品のひとつ。

円山応挙 「雪松図屏風」(国宝)
天明6年(1786)頃 三井記念美術館蔵(展示は11/27まで)

応挙唯一の国宝「雪松図屏風」は何度も拝見していますが、こうして「藤花図屏風」と並べて観てみると、縦に直線的な右隻と横に曲線的な左隻という構図が似ていて、「藤花図屏風」や「雨竹風竹図屏風」で確立した空間表現をさらに発展させていることに気づきます。松は輪郭線を用いない付立技法で描かれ、雪は塗り残して地の白で表し、背景には金泥を刷いて金砂子で雪のきらめきを表現するといったように、とても技巧的です。

円山応挙 「写生図巻」(重要文化財)
明和7年〜安永元年(1770-72) 株式会社千總蔵

となりの部屋には、応挙の初期作品や写生図などが中心に展示されています。応挙はもとは玩具商として“めがね絵”を制作していて、そのかたわら狩野派について絵を学んだといわれていますが、ここではその“めがね絵”や20歳代前半の作という水墨画、また光琳や渡辺始興の影響があるという作品や沈南蘋を模したとされる作品、文人画的な真景図などが並んでいて、応挙がさまざまな画法を研究してたことを知ることができます。

そして写生のまめさ。応挙の写生図はいくつか残されていて、展覧会などで時々見かけますが、「写生図巻」は写生図でありながら重文指定という逸品。写生をさらに清書したもので、木の葉の名前や季節なども書き添えてあって、ちょっとした図鑑のようになってるのが凄い。博物誌的な面白さもあります。

円山応挙 「七難七福図巻」(重要文化財)
明和5年(1768) 相国寺蔵

いつもなら根津美術館の特別展は1階の会場だけで終わりですが、今回は2階にも本展の一番の見どころともいうべき「七難七福図巻」が展示されています。まだ30代の応挙が手掛けた3巻の絵巻で、上巻には地震や火事、海難などの天災や禽獣による害を、中巻には盗賊や追い剥ぎ、情死、獄門などの災いや刑罰を、下巻には貴族の祝宴などの福が描かれています。人々の動きや表情の描写が徹底していて、強いリアリズムを感じます。中には又兵衛かと思うような凄惨な場面もあり、応挙らしい丁寧で精彩な画面の中に生々しい描写が展開し興味深い。


大きな美術館で開かれる展覧会にように決して出品数は多くありませんが、厳選された傑作が集まっています。応挙の「写生」にスポットを当てた展覧会は過去にもありましたし、語られがちなポイントではありますが、応挙がただの“写生命”の絵師ではなかったことが良く分かる展覧会でした。


【開館75周年記念特別展 円山応挙 「写生」を超えて】
2016年12月18日(日)まで
根津美術館にて


円山応挙: 日本絵画の破壊と創造 (別冊太陽 日本のこころ)円山応挙: 日本絵画の破壊と創造 (別冊太陽 日本のこころ)

2016/11/07

月 - 夜を彩る清けき光

松濤美術館で開催中の『月 - 夜を彩る清けき光』を観てまいりました。

日本画や浮世絵から、美術工芸品や武具まで、月をテーマに作品を揃えた展覧会。去年のサントリー美術館の『水 神秘のかたち』を思い出します。

古来より日本人は「月」とどれだけ密接に繋がり、「月」への嗜好をどのように形に表してきたのか、【名所と月】【文学と月】【信仰と月】いったテーマを通して月に因んだ作品を展観していきます。

ちょっとノーマークだったのですが、ツイッターでの評判も良く、後期が始まったタイミングで訪問してきました。


会場を入ってすぐのところに展示されていたのが久隅守景の「瀟湘八景図」。去年のサントリー美術館の『久隅守景展』でも紹介されていた作品で、瀟湘八景の8つの画題を一幅に巧みに配した構図が見事です。狩野派らしい楷体画の中にも月夜の柔らかな風情が出ていて素晴らしい。舟に乗る人々や市に集う人々など、彼らの生活ぶりが浮かぶ情景描写はさすが守景という感じがします。

久隅守景 「瀟湘八景図」
江戸時代・17世紀 頴川美術館蔵(展示は11/10まで)

以前、東京富士美術館の『江戸絵画の真髄』で観て感動した「武蔵野図屏風」にも再会しました。初期やまと絵の画題を、左隻の富士と右隻の月、上部の山と下部の秋草というシンメトリックな構図にまとめ、琳派も思わす洗練された印象を与えます。月が空に描かれていないのは「武蔵野は月の入るべき山もなし、草より出でて草にこそ入れ」という古歌に拠っているからだそうです。

「武蔵野図屏風」
江戸時代・18世紀 東京富士美術館蔵

『源氏物語』を描いた作品がいくつかあって、優品も多くありました。中でも一際目を引いたのが、中幅に湖面に映る月を眺めた紫式部、右左幅に春の吉野と秋の竜田川を描いた狩野寛信(融川)の「紫式部吉野竜田川図」。中幅は、紫式部が石山寺から琵琶湖の湖面に映る八月十五夜の月を眺めていたら物語が浮かんだという源氏物語起筆の伝説を描いたものといいます。勝川春章の肉筆浮世絵の「雪月花図」も同じ画題で、左幅に清少納言、中幅に紫式部、右幅に小野小町の三幅対。こちらは出光美術館の『勝川春章と肉筆美人画』にも出品されていましたね。

ほかにも、野々宮を照らす月と遠く眺める源氏を描いた「源氏物語図屏風 賢木」や、国宝「源氏物語絵巻」の現状模写作品など、『源氏物語』に描かれた月を紹介しています。

勝川春章 「雪月花図」
江戸時代・17世紀 摘水軒記念文化振興財団蔵

月下美人や月に兎、月に雁といった月が描かれる画題も並んでいて、目を愉しませてくれます。仏画が前後期で一点ずつというのが、スペースの関係もあるのでしょうが、物足らない気がしました。後期は称名寺の仏画の「月天」が飾られていて、両手でかかげた月に兎が描かれているのが面白い。月天は月や月光を神格化したもので十二天の一つ。

岳翁蔵丘 「山水図」(重要美術品)
室町時代・15−16世紀 佐野美術館蔵

個人的に印象深かったのが岳翁蔵丘の「山水図」。周文を思わせる整然とした構図と謹厳かつ細緻な筆致が素晴らしい。四条派の呉春(玉潾との合作)の「月竹図」と松村景文の「月に桜花図」はともに月を外隈で描いていたのが印象的。鈴木其一の短冊大の「草花図」は小品ながらも其一らしい美しい逸品。

葛飾北斎 「雪月花 淀川」
天保3年(1832)

浮世絵は各コーナーに広重や北斎、国芳など、月に因んだ作品が展示されていましたが、見ものは徳川美術館所蔵の月岡芳年の「月百姿」。展示は6点ぐらいだけでしたが、珍しい画帖での展示で、「月百姿」は時折見かけますが、100点全て揃った画帖というのは初めて見た気がします。

月岡芳年 「石山月(月百姿)」
明治22年(1889)

2階の展示室は主に蒔絵調度、陶磁器、刀装具や甲冑など、月を意匠に施された作品が展示されています。日本人にとって「月」とは特別の存在なんだなということをあらためて思い知りました。

「萩薄蒔絵硯箱」
江戸時代・17世紀 京都国立博物館蔵

美術館を出たら、暮れる空に浮かんだ三日月も美しく、月の風情を感じながら帰路につきました。


【月 - 夜を彩る清けき光】
2016年11月20日(日)まで
松濤美術館にて


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