先にご覧になられた方の評価もすこぶる良くて、気になったので覗いてみたのですが、これが面白い! 他の美術館に行く予定も忘れ、見込んでいた時間を大幅に超えて見入ってしまいました。
目黒区美術館では1992年から5回にかけて、『色の博物誌』という企画展を催していて、本展はその総仕上げともいうべき展覧会なんだそうです。 過去には「青」や「赤」、「白と黒」、「緑」などカラーごとにテーマを設け、その色にまつわる作品や原料を紹介したり、考古や民俗、歴史などの観点から探ってみたりしたとのこと。今回はその長年の取り組みの集大成みたいなものですから、過去の展覧会を観ていない人でも十分に楽しめるというわけです。
まず導入部の1階の展示が楽しい。日本画や西洋画の絵具やいろんな種類の筆、古今東西さまざまな紙など実物を実際に見られたり、岩絵具が練り剤でどう色味が変わるのか比較展示されていたりします。研究室の整理棚みたいな棚の引き出しを開けて展示を見るという行為が好奇心をそそって面白いですね。正に“画材の引き出し博物館”。
2階は国絵図と浮世絵版画、その復元を通して使われた色を解き明かし、色材を詳しく解説していくという構成になっています。
「備前国図」
慶長年間(1596-1615) 岡山大学附属図書館池田文庫蔵
慶長年間(1596-1615) 岡山大学附属図書館池田文庫蔵
「国絵図」とは、17世紀から19世紀前半にかけて、幕府の命令により各藩の地形や交通事情を把握するために制作された絵地図。会場では今の岡山県にあたる備前と備中の国絵図が展示されています。地図といっても、手を広げて見るようなコンパクトなものではなく、縦横3~4mぐらいはあろうかという巨大なもの。ある種、政治的な権威も象徴してたようで、将軍はこの地図の上に立って見たのではないかと推測されているといいます。
最初の慶長時代の「備前国図」は国の形もおおまかで、地形もざっくりした感じがありますが、元禄時代のものになると測量技術も発達したため正確さが増しています。村の名前などが細かく書き込まれ、山や田畑などは記号化され、後年の国絵図では凡例が地図の角に示されるなどかなり整理され実用レベルになっていることが分かります。実際に石高の確認や境界の識別などに利用されていたようです。
今回の展覧会は“色材”がポイントなので、国絵図にどんな色が使われていたのか、またその復元を通して判明した研究成果も丁寧に解説されています。いわゆる洛中洛外図屏風や都市図屏風のような鑑賞用のものではないので、芸術性こそありませんが、胡粉が使われていたり、金泥が使われていたり、お城は金箔だったり、意外な発見があります。
鈴木春信 「三十六歌仙 紀友則」
明和4年(1767)頃
明和4年(1767)頃
国絵図は岩絵具が中心で、植物系の透明感のある色材も使われているけれど、胡粉を混ぜるなど不透明な色面にしているのに対し、浮世絵では植物染料系の色材が中心で、和紙にバレンで圧力をかけ、紙に浸透させることで微妙な色の変化をつけていたのだそうです。どうような絵画・絵図に使用するか、効果を狙うかで色材を選んでいたのですね。
多色摺の木版画、つまり錦絵の立役者といわれるのが鈴木春信。春信の浮世絵作品を例に、初期錦絵にはどんな色が使われていたかも丁寧に解説されています。春信というと、黄や茶、紅色などが中心の淡く落ち着いたトーンの錦絵が頭に浮かびますが、実際に解析してみると、基本色に紅、青花、藤黄を使い、またその混色で独特の色を表現していたのだそうです。
ほかにも、葛飾北斎や渓斎英泉の藍絵を例に、藍色からベロ藍(プルシアンブルー)に変わる過程を紹介していたりします。江戸の庶民の色の好みの移り変わりとともに浮世絵版画で使われる色も変化していったことが良く分かります。
葛飾北斎 (原作)「東海道五十三次之内 蒲原 夜之雪」
立原位貫 (復刻)「東海道五十三次之内 蒲原 夜之雪」
立原位貫 (復刻)「東海道五十三次之内 蒲原 夜之雪」
故・立原位貫氏による浮世絵版画の復刻・復元作品も紹介されていて、とても興味深く拝見しました。浮世絵版画で多く使われた植物染料は退色しやすく、きれいな浮世絵だなと思っても、実は当時の色とはかなり違っていたりするようです。立原氏はかつての浮世絵版画で使われていた色や色材を研究し、多くの浮世絵版画の復刻に取り組まれていました。本展では現存する浮世絵版画と復刻版画を並べて展示されていて、ああこういう色だったんだ、こんなにヴィヴィッドだったんだと感動します。
色材のコーナーでは、本展で紹介された国絵図と浮世絵版画で使われていた色を中心に江戸時代の色材20種を取り上げ、その原材料や製造過程がこれまた丁寧に解説されています。特に驚いたのが“青”。浮世絵には“ベロ藍”、“本藍”、“露草(藍紙)”の3種類の“青”があったのだそうで、その内、“露草(藍紙)”は青花(露草に似た花)の色素で一度和紙を染め、乾燥させた和紙(“青花紙”という)をさらに水で戻し、絵具として使用していたのだとか。“藍(本藍)”も藍で染めた麻糸を“飴出し(石灰と水飴で色を抜く)”を行い、できた藍の泡を酢で中和させて絵具を作るという、ほとんどもう化学実験。そんな方法で色材が作られていたとは全く知りませんでした。
図録がまた良くできていて、ちょうど日本画の色材について書かれている本を探してたこともあり、迷わず購入。もちろん本展で紹介されている色の材料や作り方なども掲載されています。なかなかないんですよ、写真が豊富で解説が分かりやすく、値段が手ごろな本というのが。とても勉強になります。
ほかにも画材や画法書についてのコーナーもあり、興味は尽きません。
絵画はあくまでも参考でメインは「色」。絵画を鑑賞するのとは違った視点で作品を観ることで新しい発見がたくさんありました。日本画や浮世絵が好きな人ならきっと楽しめるし勉強にもなると思いますよ。
【色の博物誌 - 江戸の色材を視る・読む】
2016年12月18日(日)まで
目黒区美術館にて
一刀一絵
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