2016/04/09

黒田清輝展

東京国立博物館で開催中の『黒田清輝展』を観てまいりました。

黒田の代表作はこれまでも割と観る機会があったとはいえ、そういえば黒田清輝展って東京でやってないよなぁと思っていたので、個人的にはかなり楽しみにしてました。

トーハクは黒田の作品を多く所蔵しているので、これまでも常設展にはたびたび並んでましたし、最近は黒田記念館もできたりしたので、平成館で特別展をやるからには何かあるのだろうとやはり期待が高まります。

出展作品はデッサンや資料、参考作品を含め約240点で、さすが充実した展示内容。最近は“旧派”の再評価の高まりの中で、黒田の画業を見直す向きもありますが、いろんな意味で黒田がどんな画家だったかがよく分かる展覧会です。


第1章 フランスで画家になる - 画業修学の時代 1884~93

会場の入口にはフランス時代の代表作の一つ「婦人蔵(厨房)」がお出迎え。全体を包む青灰色のトーンから火の消えた厨房の冷たい空気が伝わって来るようです。

黒田清輝 「婦人像(厨房)」
1892年(明治18) 東京藝術大学蔵

最初のコーナーには渡仏前の貴重な作品や、フランス滞在時代の油彩画やデッサン、またレンブラントやミレーの模写など習作が並びます。師ラファエル・コランからの影響とともに、ミレーの自然主義、農民画には強く惹かれていたようで、最初期の作品にもミレー風の油彩画があったりします。

黒田清輝 「祈祷」
1889年(明治22) 東京国立博物館蔵

黒田清輝 「アトリエ」
1890年(明治23) 鹿児島市立美術館蔵

後にライフワークのようになっていく裸体画も習作が多く展示されています。裸体画は西洋美術の基本という黒田の言葉にあるように、実際の完成された作品では服を着ていても、デッサンでは同じポーズを裸体でも描いていたり、人体研究を徹底していたことが分かります。とはいえ、フランス時代はモデルを雇うお金もないので、共同生活していた久米桂一郎をモデルにしたりして、なんとか腕を磨こうと苦心していたようです。

黒田清輝 「針仕事」
1890年(明治23) 石橋財団石橋美術館蔵

1890年以降、黒田はパリ郊外の自然豊かなグレー=シュル=ロワンに拠点を移します。個人的にはグレー時代の黒田の作品が大好きで、コラン直伝の穏和で明るい外光表現とアカデミックな写実は恐らくこの頃が一番徹底されていたのではないかと感じますし、とりわけフランス的な室内画にマッチします。

グレー時代の作品には、下宿先の娘で黒田の恋人といわれるマリア・ビヨーをモデルにした作品が多くあります。これまでブリヂストン美術館や藝大美術館などで別々に観ていたものが、こうして一堂に観られるのは何より有り難いし、黒田のフランス時代の画業を初めて展望することができたように思います。

黒田清輝 「マンドリンを持てる女」
1891年(明治24) 東京国立博物館蔵

黒田清輝 「赤髪の少女」
1892年(明治25) 東京国立博物館蔵

会場の途中には、参考絵画を展示するミニ特集があって、≪外光派アカデミズム≫ではラファエル・コランの作品が、≪黒田清輝が学んだ西洋絵画≫ではミレーや自然主義絵画のバスティアン=ルパージュ、ミレーとはまた異なるタッチで農民画を描くジュール・ブルトン、黒田の構図に影響を与えたというモネやシャヴァンヌの作品などが展示されています。

ラファエル・コラン 「フロレアル(花月)」
1886年 オルセー美術館蔵

本展の目玉の一つがミレーの「羊飼いの少女」。他にもミレーは国内の美術館所蔵作品を中心に数点展示されていますが、やはり「羊飼いの少女」の完成度の高さは群を抜きます。夕暮れの柔らかな光と静かな時間に包まれた少女の穏かな表情はどこか崇高ですらあります。羊の毛の感じや一面に生える下草、それに少女の表情もとても丁寧に繊細に描きこまれているのがとても印象的でした。

ミレー 「羊飼いの少女」
1863年頃 オルセー美術館蔵


第2章 日本洋画の模索 - 白馬会の時代 1893~1907

黒田のフランス仕込みの光と色は日本の洋画界に鮮烈な新風を吹き込み、それまでのフォンタネージらの流れを汲む堅実な写実を基本とした洋画の概念を一変します。滞仏時代に描き、帰国後に内国勧業博覧会で展示され裸体画論争を巻き起こした「朝妝」(戦争で焼失)の写真パネル(原寸大?)があって、なるほど裸体画を春画と同じものとみていた当時の日本人にとってはこれは衝撃だったんだろうなと感じますし、現存していれば日本の近代洋画を代表する一枚になっていただろうなと残念に思います。

黒田清輝 「舞妓」(重要文化財)
1893年(明治26) 東京国立博物館蔵

帰国後、初めて京都に旅行したときの新鮮な感動を絵にした「舞妓」、日本にも広まりつつあった海水浴を描いた「大磯」、明るい陽光が印象的な「木かげ」や「書見」など、外光派の明るく豊かな色彩と日本的な風物をいかに融合していくかに関心があったのでしょう。

その中で生まれた傑作が「湖畔」で、それまでのさまざまな色を重ねて光を描いた作品とは違って、淡く薄塗りの画面はまるで水彩画のようで、そのフラットな光はより日本的な風土や情緒にしっくりしている感じがします。

黒田清輝 「湖畔」(重要文化財)
1897年(明治30) 東京国立博物館蔵

黒田清輝 「木かげ」
1898年(明治31) ウッドワン美術館蔵

黒田の描いた肖像画もいくつか並んでいたのですが、肖像画を見てると五姓田義松の方がよく描けてると思うんですね。自分は黒田は下手だとは思ってないんですが、人物描写は五姓田の方が上かなと。あとのコーナーに展示されてた浅井忠の「読書」なんかは黒田の同題の作品の方が圧倒的に魅力的だと思うのですが。


第3章 日本洋画のアカデミズム形成 - 文展・帝展の時代 1907~24

黒田は東京美術学校西洋画科の教授や文展の審査員、帝国美術院院長などを歴任。フランスで学んできた西洋画を日本に根づかせようと努力を続けますが、晩年は貴族院議員になり政治活動が中心になっていきます。多忙のため大作は描けず、描いても身近な花や風景の小品、発表を前提にしていない作品になっていったといいます。

黒田清輝 「野辺」
1907年(明治40) ポーラ美術館蔵

清新な空気が漲る「野辺」や自ら「日本女性を題材に品位あるものに仕上げた」と語る「赤き衣を着たる女」など雰囲気のある作品はあるのですが、これはあくまでも個人的な印象ですが、晩年は急速につまらなくなります。帰国後の意欲に燃えてる頃はまだいいのですが、黒田の作品は結局はフランスで見て学んできたことの焼き直しで、そこから抜け出せなかったような気がするのです。晩年は新印象派や表現主義などを意識した作品を描いたりもしますが、何か葛藤の表れなのか、絵画制作に集中できないのか、心に響くものはなく、どこか政治家の余技みたいな作品が増えていきます。議員にならず画家に専念できてたら、壁を突き破ることはできたのだろうかと思ったりしました。絶筆の「梅林」がなんとも寂しげで切ない。

黒田清輝 「梅林」
1924年(大正13) 東京国立博物館蔵

後半には日本の近代洋画の参考展示があって、≪黒田を画家にいざなった画家たち≫では山本芳翠や盟友・久米桂一郎ら、≪黒田に学んだ画家≫では青木繁や和田英作、岡田三郎助、藤島武二らの作品並んでいます。これで“新派(紫派)”とは何かが分かるわけではありませんが、黒田の教えがどのように伝わっていったかを知る上では参考になると思います。“新派”に対比される形で≪旧派といわれた画家≫では浅井忠の作品があるのが注目されます。ただ、“旧派(ヤニ派)”は浅井忠しか紹介されてないというのはちょっとモヤモヤするというか解せません。

浅井忠 「春畝」(重要文化財)
1888年(明治21) 東京国立博物館蔵

会場には焼失してしまった「其日のはて」と「昔語り」の下絵や画稿が多く展示されているほか、これも戦争で焼失してしまった東京駅帝室用玄関の壁画の貴重な白黒写真が東京駅を模した空間に飾られています。シャヴァンヌを意識して制作されたという東京駅壁画は山の幸・海の幸の二つから成り、それぞれ工業や農業など陸の産業、造船業や漁業など海の産業が描かれています。実際には多忙な黒田は図柄だけを決め、和田英作らが制作を担当したという話ですが、写真からも伝わってくる力強い線描はシャヴァンヌというよりホドラーを思い起こしました。思えばホドラーもシャヴァンヌに強い影響を受けていましたね。

黒田清輝 「智・感・情」(重要文化財)
1899年(明治32) 東京国立博物館蔵

会場の最後の一間は黒田の傑作「智・感・情」に充てられています。帰国後の黒田が情熱を傾けた構想画の代表作で、金地に描かれた裸体の女性はとても日本的なんだけれど、どこか西洋的な理想美を感じるし、その謎めいたポーズは強く惹き付けるものがあります。帰国後の黒田の作品で一つ選ぶとしたら、やはりこれかなぁと思います。明治の近代洋画のひとつの到達点といってもいいでしょうね。


今回の展覧会ではいろんな声を聞きますが、やはり黒田の画業を振り返るという意味では見逃せない展覧会だと思います。トーハク所蔵の黒田清輝作品は今後も黒田記念館などで観ることはできるでしょうが、他館所蔵作などこうして一堂に観られる機会はそうはないでしょう。なお、黒田記念館は6月13日(月)まで休館しています。(黒田記念館が開館したときのレポはこちら


【生誕150年 黒田清輝 - 日本近代絵画の巨匠】
2016年5月15日まで
東京国立博物館 平成館にて


生誕150年 黒田清輝 日本近代絵画の巨匠生誕150年 黒田清輝 日本近代絵画の巨匠

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