2015/07/19

MOMATコレクション 誰がためにたたかう?

東京国立近代美術館の常設展「MOMATコレクション」では今、一部のコーナーを除いて全フロアーで戦後70年の特集企画≪誰がためにたたかう?≫を開催しています。

動物の争いにはじまり、国と国との争い、男女の争いや世代間の争いに至るまで、さまざまなテーマで“たたかうこと”について描いた作品を展観するというもの。

その数、実に200点! 今回特に注目されるのが戦争記録画の公開。東近美では近年、所蔵する戦争記録画を積極的に公開していますが、今回は一度の公開点数としては過去最多の12点の作品が展示されています。

[写真左より] 津田青楓 「ブルジョワ議会と民衆生活 下絵」 1931年、津田青楓 「犠牲者」 1933年
海老原喜之助 「殉教者」 1951年、田中忠雄 「基地のキリスト」 1953年

がんばってますよね、東近美。特別展もそうですが、企画力があるというか、アグレッシブというか、そうした取り組みは常設展にも良く出てるなと思いますし、まわりのアートファンの声を聞いても東近美の攻めの姿勢は高く評価されているように感じます。

[写真左] 御厨純一 「ニューギニア沖東方敵機動部隊強襲」 1942年 (無期限貸与)
[写真右] 藤田嗣治 「哈爾哈(ハルハ)河畔之戦闘」 1941年 (無期限貸与)

戦中に軍部や新聞社からの依頼で多くの有名画家たちが戦意高揚のために制作した戦争記録画は、戦後GHQに接収されたものの、1970年に日本に返還されます。しかし、実際には“無期限貸与”という形で、正確にはいまだアメリカの持ち物なまま。過去にも戦争記録画をまとめて公開する計画はあったそうですが、「戦争を賛美するのか」という反対の声やアジア諸国との関係への懸念の声が上がり、見送られてきたという経緯があるようです。

それでも少しずつ戦争記録画を公開していて、3年前のリニューアル以降は展示数も目立って増えてきていました。多いときは7、8点も出ていたこともあったので、私自身も含め関心を持つようになった人たちも増え、また環境が整ってきたということもあるのでしょう。今年は戦後70年の節目の年ということもあって、これまでになく力を入れて戦争記録画を紹介しています。

[写真左] 鶴田吾郎 「神兵パレンバンに降下す」 1942年 (無期限貸与)
[写真右] 佐藤敬 「クラークフィールド攻撃」 1942年 (無期限貸与)

[写真左] 中村研一 「コタ・バル」 1942年 (無期限貸与)
[写真右] 宮本三郎 「香港ニコルソン附近の激戦」 1942年 (無期限貸与)

戦争画でよく引き合いに出されるのはやはり藤田嗣治で、それまでの画風とは打って変わっての生々しい色合いとリアルで劇的な描写には何度観ても圧倒されます。まるで地獄絵図のような「アッツ島玉砕」の狂気。藤田に対する戦後の戦争協力者というレッテルと強い批判は象徴的です。

戦争記録画についてはよくは知らなかったので、宮本三郎が戦争画を描いていたということも驚きでした。記録画なので、中には悲惨な地上戦の様子を描いたものもありますが、青空を背景にした落下傘部隊や空中戦といった空へのロマンチシズムを喚起するような作品もあったりします。さまざまな理由から引き受けざるを得なかった画家もいるでしょう。戦争は如何に恐ろしいものか。作品を観ていて昨今の日本の政治のことが頭によぎります。

藤田嗣治 「アッツ島玉砕」 1943年 (無期限貸与)

戦後の絵画は戦争から解放されたかというと決してそうではなく、朝鮮戦争や水爆実験、安保問題などもあって、不穏な空気に敏感に反応したり、寓意化した作品も多かったようです。ここでは農民闘争を描いた山下菊二の傑作「あけぼの村物語」や反基地問題を取り上げた中村宏の「基地」、第五福竜丸の被曝事件に着想を得た岡本太郎の「燃える人」などのほか、福島第一原発事故の問題を取り上げたChim ↑ Pomによる映像も上映されています。

[写真左] 中村宏 「基地」 1957年
[写真右] 山下菊二 「あけぼも村物語」 1953年

[写真左] 岡本太郎 「夜明け」 1948年
[写真右] 岡本太郎 「燃える人」 1955年

戦後の象徴として、自衛隊にクーデターを呼びかけ自決した三島由紀夫に扮した森村泰昌の作品や映像、三島を被写体にした細江英公の「薔薇刑」なども展示されています。

細江英公 「薔薇刑」より 1961-62年

いつもは穏やかな空気が流れる3階の日本画コーナーにも戦争画が。福田豊四郎と吉岡堅二の戦争記録画があって、日本画も醜悪な戦争を描くために利用されたのかと思うとただただむなしくなります。福田豊四郎にしても吉岡堅二にしても戦前から新しい日本画を創造しようと挑んでいた人たちなので、戦争画にもそうした取り組みの一端を見ることができ、冷静に見ると戦争画を新しい日本画の実験の場にしていたのかもしれないとも思ったりもします。戦後、“日本画滅亡論”が唱えられる中、日本画の革新に挑んだのもこの人たちな訳で、その戦後に発表された作品のほか、現代日本画を代表する加山又造や下村良之介なども紹介されています。

[写真左より] 福田豊四郎 「英領ボルネオを衝く」 1942年頃 (無期限貸与)
吉岡堅二 「高千穂降下部隊レイテ敵飛行場を攻撃す」 1945年 (無期限貸与)
吉岡堅二 「ブラカンマティ要塞の爆撃」 1944年 (無期限貸与)

[写真左] 吉岡堅二 「楽苑」 1950年
[写真右] 吉岡堅二 「柿」 1948年

2階には、戦争や貧困をテーマに多くの作品を残したドイツの版画家ケーテ・コルヴィッツの代表作「農民戦争」全7点が紹介されています。16世紀の農民の蜂起をテーマにしつつ、20世紀初頭のドイツ国民の姿を重ね合わせて描いているといいます。底辺に生きる農民たちの重く暗い表情、特に女性の悲惨さが胸に応えます。

ケーテ・コルヴィッツ 「農民戦争」より「囚われた人々」 1908年

東京国立近代美術館にはアメリカから“無期限貸与”されている戦争記録画が153点あって、中にはスペースの関係で展示が難しいものもあるそうですが、いつかそれらが何らかの機会に公開され、検証されることがあればいいなと思います。なお、9/19から常設展ではじまる「藤田嗣治特集」では、東京国立近代美術館が所蔵する藤田嗣治の戦争記録画全点が公開されるとのことです。


【所蔵作品展 MOMATコレクション 特集: 誰がためにたたかう?】
2015年9月13日まで
東京国立近代美術館にて


戦争画とニッポン戦争画とニッポン


画家と戦争: 日本美術史の中の空白 (別冊太陽 日本のこころ 220)画家と戦争: 日本美術史の中の空白 (別冊太陽 日本のこころ 220)

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