2015/07/29

前田青邨と日本美術院

山種美術館で開催中の『前田青邨と日本美術院』を観てまいりました。

今年、生誕130年という前田青邨を記念した展覧会。山種美術館が所蔵する青邨作品全13点が公開されているほか、日本美術院を代表する画家や、青邨とともに切磋琢磨した紅児会の面々の作品など、明治から昭和にかけての良質の日本画を展観できます。


会場の構成は以下のとおり:
第1章 日本美術院の開拓者たち
第2章 青邨と日本美術院の第二世代 -古径・靫彦とともに-
第3章 紅児会の仲間と院展の後進たち

まずは最初に展示されているのが青邨の「異装行列の信長」。信長が舅・斎藤道三と対面するエピソードを描いたもので、信長らしい派手な衣装の“うつけ者”ぶりと、それでいて何か底知れぬ器量を見事に表しています。安田靫彦は青邨のことを、「色彩家」であり、「類のない達筆」であり、「人と愉快にさせること無類」と称賛したといいます。

前田青邨 「異装行列の信長」
昭和44年(1969) 山種美術館蔵

最初のコーナーでは、日本美術院を結成したお馴染みの横山大観、橋本雅邦、菱田春草、下村観山、また小堀鞆音らの作品を紹介。ここでは青邨の師・梶田半古の作品がいくつかあって、大和絵風の「緑翠」や速筆の「高尾図」のほかに、人気の高かったという本の挿絵が観られます。半古は菊池容斎に私淑していて、弟子の青邨や兄弟子の小林古径に容斎の『前賢故実』を書写させたともいわれています。

小堀鞆音 「那須宗隆射扇図」
明治23年(1890) 山種美術館蔵

菱田春草 「月下牧童」
明治43年(1910) 山種美術館蔵

日本美術院の大御所の作品は山種ではたびたび観ているので、あまり新鮮味はない(笑)のですが、大観の「作右衛門の家」や観山の「老松白藤」といった屏風は目を惹きますし、大好きな春草の「釣帰」や「月下牧童」など、いつ来ても優品に出会えるのはいいですね。

小林古径 「闘草」
明治40年(1907) 山種美術館蔵

次に登場するのが小林古径と安田靫彦、そして前田青邨。青邨と古径、靫彦は年も近く、有職故実や古画など古典研究に熱心だったといいます。小堀鞆音門下の安田靫彦らが結成した紫紅会に、松本楓湖門下の今村紫紅や速水御舟が加わり、できたのが紅児会。その後、古径や青邨が入り、若き画家たちが意欲的に作品を発表する場として注目を集めたといいます。

古径の「闘草」は半古の画塾時代の歴史画で、古径にしては珍しいモチーフ。闘草とはいろいろな珍しい草花を持ち寄って、その優劣を競うという古く中国で行われたという子どもの遊びで、古径は子どもの肌の感じを出すのに苦心したとか。童子の肌や装束の微妙な色合いからはそんなこと少しも感じさせないですけどね。

前田青邨 「大物浦」
昭和43年(1968) 山種美術館蔵

青邨の「大物浦」は大好きな一枚。画面いっぱいに斜めに傾く船と三角形の暗く大きな波からは、嵐と平家の亡霊に怯える恐怖と緊張感が伝わってきます。波にもまれる船の、じっと耐える人々の表情が秀逸。三角形の大きな波もよく見ると刷毛で刷いたような線があり、強風を演出していることが分かります。下図もあって比較するといろいろ興味深い。

「浦島之巻」の下図も出ていて、タイやヒラメが踊っていたり、そのユニークさもさることながら、線が軽やかで迷いがなく的確。会場に青邨が線描の練習について語っているパネルがあって、写生をするときは対象の立体感をいかにして線で表すかに苦心するそうで、「どうしても表すことが出来ない時は、古画殊に白描のものを見る。そうすると古画がいかに至難なところを唯一線でよく表現しているかを知ることができる」とありました。

前田青邨 「蓮台寺の松陰」
昭和42年(1967) 山種美術館蔵

隣り合って展示されていた「三浦大介」と「蓮台寺の松陰」の老壮の対比もいい。白髭をたくわえ、いかにも百戦錬磨の老武士という面構えの「三浦大介」。一方「蓮台寺の松陰」は若き青年が思いを深くめぐらすようで、松陰の強い志が伝わってきます。行燈の灯された部屋の明暗がたらし込みで絶妙に表現されています。

前田青邨 「腑分」
昭和45年(1970) 山種美術館蔵

青邨は晩年の作が多いのですが、その分完成された画技を堪能できます。死体解剖の様子を描いた 「腑分」の人物描写の素晴らしさ、水墨と彩色のバランス、そして線描の巧みさは目を見張ります。メモをとる人、目を背ける人、拝む人…。青邨の描く人物には物語がありますね。海の上を飛ぶ鳥をさらに鳥瞰で描いた「鶺鴒」も印象的。海と空の雄大さと風を感じます。

奥村土牛 「城」
昭和30年(1955) 山種美術館蔵

ほかにも今村紫紅や速水御舟、奥村土牛といった紅児会や同門の画家の作品、平山郁夫や守屋多々志など青邨門下の画家の作品が展示されています。個人的には土牛の「城」の城郭の大きさを感じさせる構図の面白さに惹かれました。確かにセザンヌの影響を感じさせます。雨に煙る町を描いた土牛の「雨趣」もいい。小山硬が青邨に師事していたというのも初めて知りました。硬は「天草」シリーズが2作出品されています。

奥の展示室2には、2年ぶりの公開という御舟の「炎舞」があって、照明を暗めにした室内に浮かび上がる炎にゾクっとします。立ち込める煙の中に舞う蛾もことさら妖しく感じます。もしかすると、この部屋はこの絵のために設えられたのではないだろうかという気さえしました。

速水御舟 「炎舞」(重要文化財)
対象14年(1925) 山種美術館蔵

青邨を中心にした展覧会ではありますが、近代日本画の中で育ち技を磨きあった紅児会の若き画家たちが、それぞれの画風を確立していく様も観ることができ、いろいろと興味深い展覧会でした。


【生誕130年記念 前田青邨と日本美術院 -大観・古径・御舟-】
2015年8月23日(日)まで
山種美術館にて


前田青邨 (新潮日本美術文庫)前田青邨 (新潮日本美術文庫)

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