2015/04/11

マグリット展

国立新美術館で開催中の『マグリット展』に行ってきました。

久しぶりの大回顧展とあって、開幕前から話題もちきりの展覧会。マグリットの回顧展としては2002年にBunkamuraザ・ミュージアムで開かれた展覧会以来だそうです。初日に拝見してまいりましたが、お客さんの入りも上々で、『マグリット展』への期待の高さが伺えます。

本展には世界中からマグリットの代表作が集められていて、よくもここまで集められたなというか、よくみんな快く貸し出してくれたなと思うほど。作品は初期から晩年まで満遍なく揃っていて、約130点。参考資料の展示を含めると190点近くにもなり、かなりボリュームもありました。

『ジョルジュ・デ・キリコ展』のときにもちょっと書いたのですが、高校生の頃に初めて買った画集がデ・キリコとマグリットでした。むかし画集で見た作品もたくさんあって、正直かなり興奮しました。あまりに楽しすぎて2巡してしまったほどです。


Ⅰ 最初の探求 1920-26

初期のマグリットは未来派やキュビズムの影響が顕著で、線や形、色面で構成された抽象絵画が目立ちます。この時期マグリットはグラフィックデザイナーとして活動をしていて、当時手掛けた商業デザインやポスターなども参考展示されていました。デザインはアールデコ調で、なるほどそういう時代だったんだなと感じます。

ルネ・マグリット 「水浴の女」
1925年 シャルルロワ美術館蔵

「水浴の女」はアールデコと都会的な女性の組み合わせで、オシャレ感をアピール。その中にも後年の作品にたびたび登場する球面と海が描かれているのが興味深いところです。


Ⅱ 自由な空間としてのシュルレアリスム 1926-30

デ・キリコの作品に強い影響を受け、一気に作風が変わります。思いっきりデ・キリコを彷彿とさせる作品やエルンストを匂わす作品もありますが、徐々にマグリットらしさも出てきます。分割された画面や模様が切り取られた紙、コラージュやフロタージュ的なもの、文字が書きこまれたもの、空を描いたもの…。マグリットの作品に頻繁に登場する白い雲の浮かぶ青空やフレーム、鈴といったモティーフもこの頃すでに見られます。

ルネ・マグリット 「困難な航海」
1926年 個人蔵

この時期の代表作といえば「恋人たち」。本展には2点の「恋人たち」が来ています。有名なMoMAの作品は顔を布に包まれたまま接吻していますが、もうひとつのオーストラリア国立美術館の作品は顔を布に包まれたまま屋外で頬ずりをしています。MoMAのものは心中するかこのまま飛び降りるんじゃないかというような不安な印象を受けるんですが、もう一点はどちらかというと逆のイメージに映りますね。

ルネ・マグリット 「恋人たち」
1928年 ニューヨーク近代美術館蔵


Ⅲ 最初の達成 1930-39

この頃マグリットはダリの影響もあって、より緻密で写実的な傾向が強くなります。野原を描いた作品に描かれた一枚のカンヴァス。そこには同じ野原が切り取られたように描かれています。この発展系が「野の鍵」で、今度は割れたガラスに映っていただろう景色が描かれているという摩訶不思議な光景。それまでの奇妙で意味不明で混沌としていた世界が、現実と虚構が隣り合わせた独自の空間に変化を遂げていくのが分かります。

ルネ・マグリット 「美しい虜」
1931年 ニュー・サウス・ウェールズ美術館蔵

ルネ・マグリット 「野の鍵」
1936年 ティッセン=ボルネミッサ美術館蔵

女性の身体が部位ごとにバラバラにされ、それぞれ小さな額に描かれた「永遠の明証」や、女性の乳房が両目に、ヘソが鼻に、性器が口になるという「凌辱」といった偏執的な作品も。マグリットが描いた知人の肖像画もいくつかあったのですが、そこはマグリット。マグリット流に描かれていて、フツーに描かれるより余程記念になりそう。


Ⅳ 戦争と光 1939-48

“木の問題”シリーズがいくつかあって、葉っぱの形をした不思議な木が一本だけ立ってるんですが、広大な大地とか遠景の山並みとかは現実世界だったりします。この超現実的なモチーフとリアリティのある背景や遠景との組み合わせというのがこの頃からよく登場します。基本的にこの人は絵が上手いんだなと思いますね。

女性の彫像を描いた“黒魔術”シリーズの作品や裸婦画もいくつかあって、これがまたマグリット的でとてもいい。女性をとても丁寧に描いているのも印象的。

ルネ・マグリット 「不思議の国のアリス」
1946年 個人蔵

1943年から47年頃に描かれた作品は印象派風のタッチと淡い色彩に溢れ、“陽光のシュルレアリスム”といわれたそうです。なるほどルノワールを思わせる作品もあったりします。でも、生きた鳥をむさぼる少女を描いた「快楽」とか童話的な「不思議の国のアリス」とかかなりシュール。

印象派風の作品から一転、フォーヴィスム(野獣派)に似たケバケバしい色と荒々しいタッチの“ヴァーシュ(雌牛)”なる作品も。マグリットと言われなければ、これは分からない。案の定、評価も悪かったようです。ただ、この大戦前後の作品は、作品の良し悪しは別として、かなり興味深い。


Ⅴ 激しい回帰 1948-67

“ルノワールの時代”も“ヴァーシュ”も成功したとはいえず、結局シュルレアリスムに回帰します。晩年にシュルレアリスムに回帰するところはデ・キリコを思い出しますが、構図やデザイン性、色彩などがさらに洗練され完成度が高くなっていくところは、過去の作品の焼き直しの域を出なかったデ・キリコとは大きく異なります。

ルネ・マグリット 「光の帝国Ⅱ」
1950年 ニューヨーク近代美術館蔵

ルネ・マグリット 「ゴルコンダ」
1953年 メニル・コレクション蔵

家並みは夜なのに空は真昼の青空という「光の帝国Ⅱ」や山高帽をかぶった紳士が浮かんでいる「ゴルコンダ」など、この世界観がたまりませんね。

マグリットはこんなことを言ってます。
「人は常にわたしの作品に象徴を見ようとします。そんなものはありません。その種の意味はないのです」

ルネ・マグリット 「白紙委任状」
1965年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵

代表作の「白紙委任状」や「空の鳥」、また「大家族」と作品が充実しています。かつての不安を煽るような作品と違って、時に詩的なメッセージすら感じとれて、不思議な心地よさすらあります。

途中の休憩室にはマグリットのプライベートフィルムなど数本の映像が流れていたり、また写真も多く展示されていて、マグリット的な写真もあれば、私生活を垣間見られるものもあって興味深いものがあります。

ルネ・マグリット 「空の鳥」
1966年 ヒラリー&ウイルバー・ロス蔵

マグリットの作品には意味不明なタイトルも多く、言葉からイメージする固定観念を突き破ったような面白さがあります。意味から解放された先にある絵画の楽しさを体感することができます。不思議感覚に溢れた素晴らしい展覧会でした。


【マグリット展】
2015年6月29日(月)まで
国立新美術館にて


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