2014/10/27

日本国宝展

東京国立博物館で開催中の『日本国宝展』に行ってきました。

1960年、1990年、2000年の国宝展につづく4度目の国宝展。今回は“祈り”をテーマに、仏や神と、人の心をつなぐ役割を担ってきた絵画・彫刻・工芸・典籍・考古資料などを集めたといいます。

出品数は前・後期合わせて約120点。もちろんみーんな国宝。国宝指定の美術工芸品は871点(2014年6月現在)あるので、日本の国宝の約1/7が本展に集まっているということになります。

それだけでも身震いするぐらいなのに、11/3まで期間限定で正倉院宝物も特別出品されるときたら、これは早いところ出かけないわけにはいきません。(ちなみに国宝・重要文化財は文化庁の管轄ですが、正倉院宝物は宮内庁が管理する皇室御物のため文化財保護法の指定対象外となっています。)

出張やなんやで全然時間が作れず出遅れてしまいましたが、やっとのことで拝見してまいりました。


第一章 仏を信じる

まずは≪飛鳥・奈良時代≫から。
会場の入口には仏陀石。薬師寺伝来といわれる日本最古のもので、よく見ると由来や功徳、三法印などが石に刻まれています。続いて登場するのが法隆寺の「玉虫厨子」。私自身拝見するのは二度目ですが、あらためてその歴史的存在感に感動します。漆絵と油絵で仏教説話を説いたという扉絵を大きく引き伸ばしたパネルが会場の壁面に飾られていて、実物ではなかなか見えにくい凝った絵柄もよく分かります。法隆寺より古い建築形式といわれ、日本最古の漆工芸の遺品でもあるそうです。

「鳥毛立女屏風 第一扇」
奈良時代・8世紀 正倉院宝物(展示は11/3まで)

そして、期間限定展示の≪正倉院宝物≫。やはり素晴らしいのは聖武天皇が身近で愛用したという「鳥毛立女屏風」(6扇の内2扇)で、その名に付くヤマドリの羽は今は剥落し、褪色もしていますが、当時はどれだけ豪華な屏風だったんだろうと思わずにいられません。

ほかに、「楓蘇芳染螺鈿槽琵琶」や「緑地彩絵箱」など奈良時代の美術工芸品の技術の高さ、その美しさに目を奪われます。

「普賢菩薩像」(国宝)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は11/9まで)

「孔雀明王図」(国宝)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は11/9まで)

≪平安時代≫では、まず平安仏画が感動もの。広い会場の壁をズラリと「普賢菩薩像」や「孔雀明王像」などが並ぶ姿は壮観です。仏画の展示ケースが作品とガラスの距離が短いため、ディテールを間近でじっくり鑑賞できます。トーハクで何度も観ている「普賢菩薩像」に色香漂うものを初めて感じましたし、天蓋から舞う散華もはっきりと確認できました。

「孔雀明王像」の截金を使った装飾的で繊細な美しさ、「十六羅漢像」の豊かな表現と色彩。そして一番奥には、巨大な「仏涅槃図」。横たわる釈迦の周りに集う人々の顔からは悲しみと同時に穏やかさというか、心の平穏が伝わって来るようです。

「仏涅槃図」(国宝)
平安時代・応徳3年(1086) 金剛峯寺蔵(展示は11/9まで)

仏画の反対側には「地獄草紙」「餓鬼草子」「当麻曼荼羅縁起絵巻」と3点の絵巻。「地獄草紙」は“僧を騙して酒を飲ました者”とか“酒を薄めて売った者”とか、地獄に堕ちる様子がひとつひとつお説教ぽく描かれていて面白い。「餓鬼草子」は先日京博で観たものとは画風が少し違って、京博本の方がもっとおぞましかったような。「当麻曼荼羅縁起絵巻」は天地50cmもある大ぶりな絵巻で、非常に丁寧な線描とあくまでも仏画であることを感じさせる表現が目を引きます。これが一巻まるまる観られたのはにはちょっと興奮しました(前期後期で2巻それぞれ展示)。

「餓鬼草紙」(※部分)(国宝)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は11/9まで)

そのほか平安時代の工芸品では、型で成形した皮に黒漆を塗り、蒔絵で模様を描いた「蓮唐草蒔絵経箱」や金蒔絵と螺鈿の意匠が美しい「片輪車蒔絵螺鈿手箱」が見事。


第二章 神を信じる

ここでは縄文時代から古墳時代の遺品を中心に展示されていて、土偶や銅鐸のほか、宗像・沖ノ島遺跡の出土品や藤の木古墳の出土品などが並びます。わたしが観に行ったときは土偶は二体のみでしたが、現在国宝指定されている土偶は5体あって、11/21以降は全ての国宝土偶が揃うそうです。


「土偶 縄文のビーナス」(国宝)
縄文時代(中期)・前3000〜前2000年 長野・芽野市


第三章 文学、記録にみる信仰

まずは「日本書紀」の古写本。前期展示は巻第二十二「推古天皇紀」。かつて岩崎家(旧三菱財閥)が所蔵していたことから「岩崎本」と呼ばれるもので、奈良国立博物館蔵の「日本書紀」に次いで古いものだそうです。きっちりとした楷書が惚れ惚れするほど美しい。ほかに「栄花物語」や「日本霊異記」といった文学のほか、ユネスコの世界記憶遺産の候補となって話題となった「東寺百合文書」も展示。

「信貴山縁起絵巻 尼公巻」(※部分)(国宝)
平安時代・12世紀 朝護孫子寺蔵(展示は10/26まで)

そして物語絵巻の「信貴山縁起絵巻 尼公巻」が素晴らしい。よどみのない美しい線描、人間や動物の豊かな表情、山や木々など自然の情景に至るまで手抜かりなく、物語性の高い描写に見入ってしまいました。


第四章 多様化する信仰と美

四章は、≪鎌倉−江戸時代≫、≪キリスト教の信仰、琉球の信仰≫、≪禅と茶の湯≫の3つのパートに分かれています。

白眉は狩野正信の「周茂叔愛蓮図」。中国絵画を継承しているという話ですが、余白を取ったすっきりした構図や端正な筆致は中国趣味というより洗練された印象があります。青緑の淡彩が映えて美しい。

狩野正信 「周茂叔愛蓮図」(国宝)
室町時代・15世紀 九州国立博物館蔵(展示は10/26まで)

本展は絵巻の展示が分散されていて、本章には「一遍上人伝絵巻」が。一遍上人の念仏踊りがあちらこちらに生き生きと描かれていて、当時の熱狂ぶりが窺えます。

法眼円伊 「一遍上人伝絵巻 巻第七」(国宝)
鎌倉時代・正安元年(1299) 東京国立博物館蔵(展示は11/9まで)

桃山時代の襖絵では狩野永徳の「花鳥図」と、先日智積院で“貸し出し中”(ここに来てたわけですが)で観られなかった等伯の「松に秋草図」。永徳の「花鳥図」はスケール感のある梅の老木と荒々しくも流れるような筆触が見事。一方の等伯は永徳を意識しつつも永徳とはまた違うダイナミズムがあって、高く伸びる草花には強い生命力を感じます。智積院の他の襖絵に劣らず絢爛豪華かつ憂愁漂う美しい作品です。「楓図」でなく「松に秋草図」が選ばれたのは福山雅治のビールのCMの影響でしょうか?

狩野永徳 「花鳥図」(国宝)
室町時代・16世紀 聚光院蔵(展示は11/9まで)

長谷川等伯 「松に秋草図」(国宝)
安土桃山時代・文禄元年(1592)頃 智積院蔵(展示は11/9まで)


第五章 仏のすがた

最後に仏像。日本最古の四天王像の一体、法隆寺の「広目天立像」はお顔も穏やかで手には筆と巻物を持ち、四天王像というより学者や武官のような姿。三千院の阿弥陀如来の両脇侍である「観音菩薩坐像」と「勢至菩薩坐像」は大和坐りという少し前屈みの正座のような坐り方をしていてその姿がまた美しい。大倉集古館で一度拝見したことのある「普賢菩薩騎象像」もあって、その美しい彩色と截金文様にあらためて感動します。

「元興寺極楽坊五重小塔」(国宝)
奈良時代・8世紀 元興寺蔵

会場の真ん中には高さ5m以上という五重小塔があってビックリ。実際には分解できるようになっているそうですが、よくこんな立派なものを運んできてくれたと感心します。最後には最近国宝になったという「善財童子立像」。ちょっと愛嬌のある顔がなんともかわいい。展覧会のメインヴィジュアルや雑誌の特集では「善財童子立像」だけが大きく取り上げられてしまってますが、「善財童子立像」と並んで展示されてる「仏陀波利立像」は本来は共に文殊菩薩の侍者で、すべて(文殊菩薩と4体の脇侍)含めて渡海文殊といいます。それを理解しないとただのおもしろ仏像で終わってしまいます。展示会での仏像の見せ方はつくづく難しい。

快慶 「善財童子立像」(国宝)
鎌倉時代・13世紀 安倍文殊院蔵

どこを見ても国宝というのはやはり贅沢。圧倒されっぱなしの展覧会でした。ただこういう国宝展はやはり10年に一度ぐらいが一番いいのでしょうね。


【日本国宝展】
2014年12月7日まで
東京国立博物館にて


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地獄絵を旅する: 残酷・餓鬼・病・死体 (別冊太陽 太陽の地図帖 20)地獄絵を旅する: 残酷・餓鬼・病・死体 (別冊太陽 太陽の地図帖 20)


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2014/10/19

東山御物の美

三井記念美術館で開催中の『東山御物の美 -足利将軍家の至宝-』を観てまいりました。

展示替えが多く、また非常に貴重な作品が多いためか、1週間ぐらいしか展示されないものもあるため、まずは第一週目を押さえておかねばと、会社を少し早めに離脱し、いそいそと出かけて参りました。

“東山御物”は足利将軍家が蒐集した唐物(主に宋、元、明時代の美術品)コレクションで、当時の幕府や宮廷の憧憬の的であり、室町文化、延いては日本的なものの基礎となり、その後につづく桃山・江戸時代の美の規範として高く評価されてきました。

本展では、鑑蔵印や史料により、足利将軍家が所有していた“東山御物”と伝わる絵画や美術工芸品を中心に紹介したもので、国宝12件、重要文化財28件を含む106件が出品されています(作品により展示期間があります)。


会場は、青磁や漆器など工芸品と絵画が半々ぐらいでしょうか。展示室1・2では、茶器や青磁、蒔絵の硯箱や香箱などを展示。重文の「春日山蒔絵硯箱」や「物かは蒔絵伽羅箱」が見事。東京国立博物館所蔵で、先日まで根津美術館の『名画を切る、名器を継ぐ』にも出品されていた青磁の「馬蝗絆」もこちらに移動しています。

ここでの見ものは国宝の油滴天目茶碗で、漆黒に輝く金の斑紋がまるで小宇宙のよう。

「油滴天目」(国宝)
南宋時代・12~13世紀 大阪市立東洋陶磁美術館

茶室「如庵」の展示ケースでは、東山御物の品々による書院造りを再現しています。

つづく展示室4は中国絵画。
白眉は李迪の「雪中帰牧図」と「紅白芙蓉図」。李迪は南宋時代前期の画院画家。描写の巧みさは南宋画院画家で随一といいます。「雪中帰牧図」は一つ一つの筆づかいがとても丁寧で、また凍てつく雪景の中にも人間と牛の温かな関係が伝わってきます。左幅は弟子筋が描いたという説がありますが、素人にはその違いは分かりません。「紅白芙蓉図」は花全体は裏彩色で象られ、花弁の先などを表から色を付けているとのこと。その微妙な色の諧調の繊細な表現には釘付けになります。

李迪 「雪中帰牧図」(国宝)
南宋時代・12~13世紀 大和文華館蔵 (展示は10/26まで)

李迪 「紅白芙蓉図」(国宝)
南宋時代・慶元3年(1197)款 東京国立博物館蔵 (展示は10/13まで)

男装の官女を描いた「官女図」はその抒情的な佇まいがまた印象的。馬麟と伝わる対幅の「梅花双雀図」と「梅花小禽図」も趣きがあり良い。ともに現在は所蔵先が異なり、並べて観ることのできるまたとない機会です。

(伝)銭選 「官女図」(国宝)
元時代・13~14世紀 (展示は10/19まで)

梁楷の「六祖截竹図」と「六祖破経図」も二幅対が揃って観られます(2週目から)。梁楷は国宝の「出山釈迦・雪景山水図」も出ていますが、個人的には減筆体の「六祖破経図」や表情豊かな「布袋図」や「寒山拾得図」、「豊干図」が好きですね。

ほかにも夏珪と伝わる「松下眺望図」が秀逸。典型的な山水人物画ですが、遠山を眺める高士の物語が見えるようです。南宋院体画を観ていると、こうした東山御物なくして室町水墨画は興りえなかったと痛感するし、梁楷や夏珪の山水画なんて狩野派にどれだけの影響を与えたのかがよーく分かります。

左:梁楷 「六祖截竹図」(重要文化財)
南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵(展示は10/14~)
右:(伝)梁楷 「六祖破経図」
南宋時代・13世紀 三井記念美術館蔵

つづく展示室5では青磁の花瓶や香炉、また漆器の香箱や盆など。見事な二段彫りの「牡丹文堆朱盆」や深彫で立体的に掘り出した「独釣文堆黒輪花盆」が特に目を惹きました。

最後の展示室7は再び絵画。
牧谿が多くて、私が観に行った第一週目だけでも4点。別名「鼻毛の老子」という「老子像」がインパクト大。後半には代表作の「瀟湘八景図」が出品されます。「漁村夕照」は根津美術館の『名画を切る、名器を継ぐ』に出品されていたもの、「遠浦帰帆図」も京博の『京へのいざない』に出品されたいたものが、それぞれ本展に場所を移し再展示されます。

牧谿 「瀟湘八景図 漁村夕照」(国宝)
南宋時代・13世紀 根津美術館蔵(展示は11/18~)

牧谿 「瀟湘八景図 遠浦帰帆図」(重要文化財)
南宋時代・13世紀 京都国立博物館蔵(展示は11/4~11/16)

ほかに、陸信忠という南宋の画家の「十六羅漢図」が色鮮やかかつ濃厚で、なかなか面白い逸品。高麗仏画の「水月観音図」のクオリティの高さにも舌を巻きました。実は今回の展覧会で一番感動したのはこの作品だったりします。

狩野元信(実際には元信周辺の狩野派らしい)と伝わる新出の「養蚕機織図屏風」も素晴らしい。梁楷の画巻を相阿弥が模写し、それを元信が模写した作品とのこと。今は所在不明という梁楷の作品がどんなものだったのか気になります。

徽宗 「桃鳩図」 (国宝)
北宋時代・大観元年(1107)款 (展示は11/18~)

この時代の中国絵画は展覧会などでまま観るが、ここまでまとまって、しかも良質の作品を観られる機会はそうはありません。会期最終週には徽宗の傑作「桃鳩図」も特別出品されます。


【東山御物の美 -足利将軍家の至宝-】
2014年11月24日まで
三井記念美術館にて


聚美 vol.13(2014 AUTUMN 特集:東山御物の魅力聚美 vol.13(2014 AUTUMN 特集:東山御物の魅力


中国絵画入門 (岩波新書)中国絵画入門 (岩波新書)

2014/10/18

京へのいざない


京都国立博物館に新しくできた平成知新館のオープン記念展『京へのいざない』に行ってきました。

12日に名古屋で歌舞伎を観ることになっていたので、ほんとうは連休の13日に京博とゆっくり京都観光を楽しむ予定でいたのですが、台風接近に伴い、名古屋に行く前に京都に寄るという慌ただしい弾丸ツアーとなってしまいました(涙)。


京博には開館の30分以上前に着いたものの、『国宝鳥獣戯画と高山寺』展の人気もあって、入館するにも智積院前の交差点の角を曲がるくらいの大行列。仕方がないので、智積院や三十三間堂など近くの寺院を先に拝観してから館内へ。

まずは3階から。
3階は≪京焼≫と≪金・銀・銅の考古遺宝≫。≪京焼≫は野々村仁清の重文の香炉や色絵磁器にはじまり、高橋道八や仁阿弥道八、奥田頴川、青木木米といった京焼の名手による逸品が並んでいていかにも京都らしい。≪金・銀・銅の考古遺宝≫では、飛鳥時代の球体の銅製の骨壺「金銅威奈大村骨蔵器」や藤原道長が自筆のお経を納めたという日本最古の経筒「金銅藤原道長経筒」から古墳時代の三角縁神獣鏡や銅製の武器などを展観。

「伝源頼朝像」(国宝)
鎌倉時代・13世紀 神護寺蔵 (展示は10/13まで)

2階は絵画のフロアー。
まずは≪肖像画≫から。「伝平重盛像」「鳥羽天皇像」「伝源頼朝像」の国宝・重文・国宝という並びが贅沢。「伝源頼朝像」は今では頼朝ではなく足利尊氏の肖像とも足利直義とも言われていますが、肖像画の最高峰なのは確か。山口晃さんはこの絵を初めて観たときがっかりしたと書いてましたが、いやいやなんの、得も言われぬ気高さがあります。顔の肌色は裏彩色になっていて、極細の墨による線描と微かに朱色が表から加えられています。髪や顎髭の一本一本がまた極細で丁寧。解説には超絶技巧と評されていました。

「阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)」(国宝)
鎌倉時代・13〜14世紀 知恩院蔵 (展示は10/13まで)

≪仏画≫は出品8点の内5点が国宝。残りも重文。特に、豊かな色彩と線描でドラマティックに摩耶夫人の前に現れた釈迦を描いた大画面の「釈迦金棺出現図」、赤い衣と截金文様による光背が鮮やかな「釈迦如来像(赤釈迦)」が素晴らしい。そして『法然と親鸞 ゆかりの名宝展』でも拝見した「阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)」にも再会。単眼鏡でじっくり覗くと、緻密な描写に驚かされます。

如拙筆・大岳周崇等賛 「瓢鮎図」(国宝)
室町時代・15世紀 退蔵院蔵 (展示は10/13まで)

つづいて≪中世絵画≫。第Ⅰ期のテーマは<幽玄の美 -山水画の世界->。まずは妙心寺退蔵院で複製を観て以来、実物を一度観てみたいと長年思っていた「瓢鮎図」。足利義持の「瓢箪でナマズを捕まえることができるか」という問いかけに画僧の如拙が描いた絵といいます。髭面の男の顔が何とも個性的。

雪舟 「天橋立図」(国宝)
室町時代・16世紀 京都国立博物館蔵 (展示は10/13まで)

ここでは雪舟の重要な作品3点も並んでいて、これがまた感涙もの。周文の構図法を踏襲した作品という拙宗時代の「楼閣山水図」、これぞ雪舟という構成力が際立つ絶筆の「山水図」、そして最晩年期の大作「天橋立図」。「天橋立図」は小さな紙を貼り継いでいるので下絵説もあるとのこと。紙をたたんだときにできたとされる朱の色移りも単眼鏡で覗けば発見できます。

ほかにも、関東水墨画の祥啓の「鍾秀斎図」や狩野元信と伝わる「楼閣山水図」などどれも見事。個人的にはここのコーナーが一番好き。

「阿国歌舞伎図屏風」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 京都国立博物館蔵 (展示は10/13まで)

≪近世絵画≫では<京へのいざない>をテーマに安土桃山から江戸時代初期にかけての京都の様子を描いた屏風を展示。出雲阿国のかぶき踊りを描いた最古の作品という「阿国歌舞伎図屏風」や歌舞伎や見世物小屋など街の賑わいが楽しい「四条河原遊楽図屏風」のほか、大倉集古館の『描かれた都』展にも出品されていた狩野永徳の「洛外名所遊楽図屏風」と狩野松栄の「釈迦堂春景図屏風」も展示されていました。

「秋景冬景山水図」(国宝)
南宋時代・12世紀 金地院蔵 (展示は10/13まで)

2階の最後は≪中国絵画≫。第Ⅰ期は宋元絵画を紹介。足利義満の鑑蔵印が押された国宝「秋景冬景山水図」が見事。徽宗の筆によるものとして伝わったものとされ、もとは4幅揃いの四季山水図だったのではないかとのこと。重文の二幅の「草虫図」もいい。右幅は風に揺らぐ芍薬に蝶。左幅は菊に蝶となぜか蝙蝠。11月に『東山御物の美』にも来る牧谿の「遠浦帰帆図」も一足お先に拝見。

「宝誌和尚立像」(重要文化財)
平安時代・11世紀 西往寺蔵

さて、1階に降りると、吹き抜けの≪彫刻≫コーナー。平安から鎌倉時代にかけての京都周辺の仏像20躯を紹介しています。

真ん中にはどーんと大阪・金剛寺の大きな「大日如来坐像」と脇侍の「不動明王坐像」が鎮座。不動明王像は行快の作といわれているそうです。光明寺の「千手観音立像」、三十三間堂の湛慶作の「千手観音」、そして西往寺の「宝誌和尚立像」の三並びもなんとも有り難い。

「餓鬼草紙」(国宝)
平安時代・12世紀 京都国立博物館蔵 (展示は10/13まで)

奥の部屋に進むと≪絵巻≫のコーナー。第Ⅰ期では「餓鬼草紙」、「一遍聖絵」、「法然上人絵伝」の3つの国宝が出品されていました。「法然上人絵伝」はそんなに感心するほど絵は上手いと思いませんでしたが、逆に素朴で面白い。一方の「一遍聖絵」は人々や馬、風景描写も巧み。「餓鬼草紙」にガンジス河で餓鬼が川の水が炎に見え飲むことができずに苦しむという場面があったのですが、この時代にガンジス河という名前が伝わっていたんですね。

つづいては≪書跡≫で、第Ⅰ期は<古筆と手鑑>。国宝の手鑑「藻塩草」は東博の『和様の書』でも拝見していますが、ここでは20面がずらーっと横に広げられていて壮観。そのほか、本阿弥光悦が所蔵していたことから名がつく「古今和歌集巻第十二残巻・本阿弥切」や豊臣秀吉が高野山の僧に贈ったと伝わる「古今和歌集巻第十八断簡・高野切第三種」など華麗な料紙と洗練された美しい書にため息が出ます。

「古今和歌集第十二残巻・本阿弥切」(国宝)
平安時代・11世紀 京都国立博物館蔵 (展示は10/13まで)

そのほかに一階には、染織や金工、漆工などの逸品が並び、目を楽しませてくれます。

平成知新館はスペースも広く、ガラスや照明、導線もよく考えられているので、とても観やすく感じました。第Ⅰ期と第Ⅱ期で作品の多くが入れ替えになりますが、第Ⅱ期も日本美術史を代表する国宝や重要文化財が数多く出品されます。この機会をお見逃しなく!


【平成知新館オープン記念展 京へのいざない】
2014年9月13日(土)~11月16日(日) ※第Ⅰ期は終了
京都国立博物館 平成知新館(新館)にて


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京都アート&カルチャーMAP―美術館から書店、雑貨店にカフェも!歩けばアートに出 (えるまがMOOK)京都アート&カルチャーMAP―美術館から書店、雑貨店にカフェも!歩けばアートに出 (えるまがMOOK)

2014/10/17

伊勢音頭恋寝刃

今月は歌舞伎座の昼の部と名古屋・錦秋顔見世大歌舞伎の夜の部を観てきました。

ともに共通する演目が『伊勢音頭恋寝刃』。

福岡貢を演じるのは、歌舞伎座では一昨年の御園座につづいて二度目の勘九郎、名古屋では初役の菊之助。

歌舞伎座はお紺に七之助、万野に玉三郎、喜助に仁左衛門。福岡貢は仁左衛門の当たり役。玉三郎も万野やお紺を過去に何度も演じているので、この2人が勘九郎と七之助の後ろ盾となり、芸の伝承といった意味合いの強い舞台という感じがしました。特に仁左衛門は一昨年の御園座の舞台でも勘九郎と組んでおり、自分の後継として勘九郎に芸を伝えようとしているのが明らかでしょう。

松嶋屋のファンとしては、仁左衛門が出るなら、そして玉三郎が一緒ならなおのこと、仁左衛門の貢に勘九郎の喜助でしょと思いますが、本公演は十七世勘三郎・十八世勘三郎の追善公演。まぁしょうがありません。

その勘九郎も七之助も、2人の指導に応えるように熱演をしており、出来は上々。勘九郎・貢はもちろん仁左衛門・貢にはまだまだ遠く及びませんが、中村屋らしい貢ができつつあるように感じました。

さて、名古屋の『伊勢音頭』。こちらは菊之助の貢、時蔵の万野、松緑の喜助、梅枝のお紺と、みんな初役というからビックリ。それより何より歌舞伎座の『伊勢音頭』と雰囲気が違うのにまたビックリ。

菊之助はまだちょっと堅いというか、もう少し柔らかさが欲しい気はしましたが、役作りはほぼ完成されていて、緊迫感のある芝居でした。貢がだんだんと憎悪をたぎらせていく様も芝居に説得力があります。時折笑いが起きる歌舞伎座の『伊勢音頭』とは違い、無駄な笑いも起きません。時蔵の万野は玉三郎の嫌みたらしさとも違う嫌な女。亀三郎のお鹿も喜劇に走らない。ただ萬太郎の万次郎はいただけない。つっころばしという感じが全然しませんでした。

そして“青江下坂”が妖刀だということが分かるということがポイント。歌舞伎座の『伊勢音頭』ではそれが伝わってきませんでした。大量殺人も妖刀であることで納得します。この辺りは『籠釣瓶』に近いかも。

同じ福岡貢でも菊之助と勘九郎ではアプローチというかスタンスが違うのでしょう。勘九郎は仁左衛門から芸を引き継ぎ、中村屋らしい貢を作ろうと苦心してる気がします。菊之助は菊五郎型の伝統を守り、それをなんとか形にしようとしている感じがします。

ところで、2つの『伊勢音頭』を観ていて、いくつか芝居の構成や演出の違いに気づきました。たとえば、歌舞伎座では座敷の上手には障子の部屋があるのですが、名古屋ではその部屋が二階(中二階)になっていたりします。『伊勢音頭』には東京型と上方型があるのは知っていましたが、特に愛想尽かし以降で違うところが多いようでした。

万野にキレた貢が腰の刀を探すが場面で、松嶋屋/中村屋の型では両手を後ろ手にして見得を切りますが、音羽屋の型では扇子を折って刀に見立てて見得を切ります。松嶋屋/中村屋型では折紙は最後の最後にお紺が貢に渡しますが、音羽屋型では刀の中身が違うことに気づいた貢が油屋に戻って来たときにお紺が二階から折紙を投げます。万野の殺され方も違いますし、音羽屋版では二階で寝ていた岩次の首を斬り落とすという場面もありました。貢の頬の血糊も音羽屋型では最初からついて登場します。名古屋で惣踊りがなかったのはどうも演出の都合のよう。

ただ、松嶋屋/中村屋版は上方型なのだろうと思っていたら、渡辺保氏の本を読む限り、東京型に近いようです。本来の松嶋屋型は花道は外ではなく廊下という設定で、奥庭の場の舞台設定も異なるよう。殺しは奥庭には出ず、お紺まで斬ってしまう。最後に駆けつけるのは喜助と万次郎。どういう経緯で東京型を取り入れるようになったのでしょう。少なくとも13代目仁左衛門までは上方型でやってたみたいです。

2つの『伊勢音頭』のおさらいに仁左衛門の『伊勢音頭』の録画を鑑賞しました。やっぱり福岡貢といったらこれですよ、これ。そしてこれが「ぴんとこな」ですよ。素晴らしい。勘九郎も菊之助もそれぞれ仁左衛門の福岡貢という極みを目指して頑張って欲しいです。

2014/10/10

菱田春草展

東京国立近代美術館で開催中の『菱田春草展』を観てきました。

横山大観、下村観山、そして竹内栖鳳につづいて今年は菱田春草。去年から楽しみにしていた今年のハイライトともいうべき美術展です。

本展は重要文化財4点を含む春草の代表作約108点を紹介する大回顧展。東京美術学校入学前の若書きから絶筆まで過不足なく網羅しており、春草の画業を振り返るのに重要な作品はほとんど集められているのではないでしょうか。

初日の朝に拝見してきましたが、開館前は長い行列もできていたものの、館内は然程混んだ感じもなく、ゆっくり鑑賞することができました。



1章 日本画家へ:「考え」を描く 1890-1897年

最初に登場するのが17歳の頃に描いた「海老にさざえ」。まだ絵の上手い学生の作品の域を出ませんが、ちょうどこの頃でしょうか、故郷の高校で菱田春草に図画を教えていたのがなんと後に洋画家となる中村不折だったというのも凄いエピソードです。

ほかに美校時代の作品や古画の模写など。素晴らしいのは「水鏡」で、パステル調の柔らかな色彩と天女の少女のような無垢な表情が美しい。

菱田春草 「水鏡」
明治30年(1897) 東京藝術大学蔵 (展示は10/13まで)


2章 「朦朧体」へ:空気や光線を描く 1898-1902年

初期の「寒林」や「武蔵野」を観ると、写実的な傾向も見られますが、朦朧体に挑んだ作品では、新たな表現の革新性よりも古典的な水墨画や東洋絵画を意識してるような感じも受けます。しかし朦朧体は批判され、西洋絵画の亜流として揶揄されたといいます。

菱田春草 「武蔵野」
明治31年(1898) 富山県立近代美術館

絵具に金泥を交ぜた独特の色調の中に一人立つ童が美しくもどこか物寂しい「菊慈童」や静謐の中に孤高な精神を感じさせる「林和靖」(展示は10/13まで)が秀逸。「林和靖」は後年にも描いているのでどう変化しているか比べてみるのも面白いかも。ほかに、「松林月夜」「瀑布(流動) 」「暮色」「羅浮仙」、大観と合作した琳派風の「秋草」がいい。

菱田春草 「菊慈童」
明治33年(1900) 飯田市美術博物館蔵 (展示は10/13まで)

菱田春草 「林和靖」
明治33-34年(1900-01) 東京国立近代美術館蔵 (展示は10/13まで)

この時代のハイライトは重文の「王昭君」。王昭君は中国四大美人の一人。敵国に嫁ぐことになった王昭君を送り出す別れの場面で、王昭君の高貴な美しさと悲嘆にくれる侍女たちの表情が実に繊細なタッチで描かれています。何より朦朧体を発展させた濁りのない描法と西洋顔料も取り入れたという明るく自在な色彩感が素晴らしい。このとき春草28歳。

菱田春草 「王昭君」(重要文化財)
明治35年(1902) 善寶寺蔵


3章 色彩研究へ:配色をくみたてる 1903-1908年

インドやアメリカ、ヨーロッパに外遊したあとの作品を展示。大観や春草の作品は国内では不評でも、海外ではホイッスラーを引き合いに出されるほどで、絵も高値で売れたそうです。ヨーロッパで本場の西洋画に触れた春草は帰国後、補色の配置や筆触の強調といった色彩の研究を推し進めさせたといいます。

菱田春草 「賢首菩薩」(需要文化財)
明治40年(1907) 東京国立近代美術館蔵

そうした色彩研究の成果として挙げられているのが、「春丘」や「夕の森」といった作品で、日本画にはない色をどう出そうか、どう表現しようかと試行錯誤している様子が窺えます。「賢首菩薩」は西洋顔料の使用や鮮やかな色彩といっただけでなく、よく見ると袈裟や掛布が補色対比で描かれていたり、近代色彩学を徹底的に研究した跡がよく分かります。

菱田春草 「松に月」
明治39年(1906) 個人蔵

斬新な構図の水墨画「松に月」も松葉の緑や空の色にも西洋顔料を混ぜているそうで、色味を抑えた独特の発色が夢想的な雰囲気を醸し出しています。春草の水墨画は個人的に大好きで、「松島」や「五月」、「雨後」といった水墨が印象的でした。

そのほか、「月下波」が秀逸。波の描写が西洋画の影響を感じさせます。翌年に描いた「林和靖」のさざ波の描写と比較して見ると面白い。


4章 「落葉」、「黒き猫」へ:遠近を描く、描かない 1908-1911年

そして晩年。“落葉”のモティーフは幾度も描いているようで、重文の「落葉」のほか未完の作品や落葉の林の中の鹿を描いた作品など数パターンがありました。林の描写も初期の「寒林」とは大きく異なり、すっきりとした空間の構成、余白の取り方、トーンを抑えた色彩など洗練してきているのが分かります。

菱田春草 「落葉」(重要文化財)
明治42年(1909) 永青文庫蔵 (展示は10/13まで)

春草の代表作「黒き猫」(重文)は後期出品ですが、前期にも“猫”の絵がいくつもあって、猫好きは悶絶必至。「黒き猫」が評判を呼び、春草のもとには“猫”の絵の依頼が殺到したといいます。六曲一双の屏風の「黒き猫」が先例にあって、「黒き猫」(重文)を描いて、「猫に烏」はその後の作品だとか。柿と猫、柿と烏といったモティーフも複数あったり、かけすやウサギ、鼬といった鳥や動物も猫に劣らずかわいい。

菱田春草 「柿に猫」
明治43年(1910) 個人蔵

菱田春草 「黒き猫」(重要文化財)
明治43年(1910) 永青文庫蔵 (10/15から展示)

会場の最後を飾る「早春」にはただただ感動。風に乗って自由に飛ぶ鳥に病に苦しむ春草はどんな思いを込めたのか、そう思って屏風を観ていると涙が出てきそうになります。最晩年の36歳という解説が何ともやるせない。会場の最後には絶筆の「梅と雀」が。春草が最後に辿り着いた境地は如何に。

菱田春草 「猫に鳥」
明治43-44年(1910-11) 茨城県近代美術館蔵

春草は若くして逝ってしまったこともあり、そのため若さからくる清新清冽な画風が彼の良さだと思っていて、それがよく分かる展覧会でした。春草が長生きしていればどんな絵を描いていたかという話をよく耳にしますが、逆に言えば、そうした老成した作品を見せることなくこの世を去ったことに、彼の作品の魅力と美しさがあるような気もします。会場の最後にはイケメン春草を偲ぶ写真もあり。この秋オススメの展覧会です。


【菱田春草展】
2014年11月3日まで
東京国立近代美術館にて


菱田春草 (別冊太陽 日本のこころ 222)菱田春草 (別冊太陽 日本のこころ 222)


もっと知りたい菱田春草―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい菱田春草―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)