1960年、1990年、2000年の国宝展につづく4度目の国宝展。今回は“祈り”をテーマに、仏や神と、人の心をつなぐ役割を担ってきた絵画・彫刻・工芸・典籍・考古資料などを集めたといいます。
出品数は前・後期合わせて約120点。もちろんみーんな国宝。国宝指定の美術工芸品は871点(2014年6月現在)あるので、日本の国宝の約1/7が本展に集まっているということになります。
それだけでも身震いするぐらいなのに、11/3まで期間限定で正倉院宝物も特別出品されるときたら、これは早いところ出かけないわけにはいきません。(ちなみに国宝・重要文化財は文化庁の管轄ですが、正倉院宝物は宮内庁が管理する皇室御物のため文化財保護法の指定対象外となっています。)
出張やなんやで全然時間が作れず出遅れてしまいましたが、やっとのことで拝見してまいりました。
第一章 仏を信じる
まずは≪飛鳥・奈良時代≫から。
会場の入口には仏陀石。薬師寺伝来といわれる日本最古のもので、よく見ると由来や功徳、三法印などが石に刻まれています。続いて登場するのが法隆寺の「玉虫厨子」。私自身拝見するのは二度目ですが、あらためてその歴史的存在感に感動します。漆絵と油絵で仏教説話を説いたという扉絵を大きく引き伸ばしたパネルが会場の壁面に飾られていて、実物ではなかなか見えにくい凝った絵柄もよく分かります。法隆寺より古い建築形式といわれ、日本最古の漆工芸の遺品でもあるそうです。
「鳥毛立女屏風 第一扇」
奈良時代・8世紀 正倉院宝物(展示は11/3まで)
奈良時代・8世紀 正倉院宝物(展示は11/3まで)
そして、期間限定展示の≪正倉院宝物≫。やはり素晴らしいのは聖武天皇が身近で愛用したという「鳥毛立女屏風」(6扇の内2扇)で、その名に付くヤマドリの羽は今は剥落し、褪色もしていますが、当時はどれだけ豪華な屏風だったんだろうと思わずにいられません。
ほかに、「楓蘇芳染螺鈿槽琵琶」や「緑地彩絵箱」など奈良時代の美術工芸品の技術の高さ、その美しさに目を奪われます。
「普賢菩薩像」(国宝)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は11/9まで)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は11/9まで)
「孔雀明王図」(国宝)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は11/9まで)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は11/9まで)
≪平安時代≫では、まず平安仏画が感動もの。広い会場の壁をズラリと「普賢菩薩像」や「孔雀明王像」などが並ぶ姿は壮観です。仏画の展示ケースが作品とガラスの距離が短いため、ディテールを間近でじっくり鑑賞できます。トーハクで何度も観ている「普賢菩薩像」に色香漂うものを初めて感じましたし、天蓋から舞う散華もはっきりと確認できました。
「孔雀明王像」の截金を使った装飾的で繊細な美しさ、「十六羅漢像」の豊かな表現と色彩。そして一番奥には、巨大な「仏涅槃図」。横たわる釈迦の周りに集う人々の顔からは悲しみと同時に穏やかさというか、心の平穏が伝わって来るようです。
「仏涅槃図」(国宝)
平安時代・応徳3年(1086) 金剛峯寺蔵(展示は11/9まで)
平安時代・応徳3年(1086) 金剛峯寺蔵(展示は11/9まで)
仏画の反対側には「地獄草紙」「餓鬼草子」「当麻曼荼羅縁起絵巻」と3点の絵巻。「地獄草紙」は“僧を騙して酒を飲ました者”とか“酒を薄めて売った者”とか、地獄に堕ちる様子がひとつひとつお説教ぽく描かれていて面白い。「餓鬼草子」は先日京博で観たものとは画風が少し違って、京博本の方がもっとおぞましかったような。「当麻曼荼羅縁起絵巻」は天地50cmもある大ぶりな絵巻で、非常に丁寧な線描とあくまでも仏画であることを感じさせる表現が目を引きます。これが一巻まるまる観られたのはにはちょっと興奮しました(前期後期で2巻それぞれ展示)。
「餓鬼草紙」(※部分)(国宝)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は11/9まで)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵(展示は11/9まで)
そのほか平安時代の工芸品では、型で成形した皮に黒漆を塗り、蒔絵で模様を描いた「蓮唐草蒔絵経箱」や金蒔絵と螺鈿の意匠が美しい「片輪車蒔絵螺鈿手箱」が見事。
第二章 神を信じる
ここでは縄文時代から古墳時代の遺品を中心に展示されていて、土偶や銅鐸のほか、宗像・沖ノ島遺跡の出土品や藤の木古墳の出土品などが並びます。わたしが観に行ったときは土偶は二体のみでしたが、現在国宝指定されている土偶は5体あって、11/21以降は全ての国宝土偶が揃うそうです。
「土偶 縄文のビーナス」(国宝)
縄文時代(中期)・前3000〜前2000年 長野・芽野市
縄文時代(中期)・前3000〜前2000年 長野・芽野市
第三章 文学、記録にみる信仰
まずは「日本書紀」の古写本。前期展示は巻第二十二「推古天皇紀」。かつて岩崎家(旧三菱財閥)が所蔵していたことから「岩崎本」と呼ばれるもので、奈良国立博物館蔵の「日本書紀」に次いで古いものだそうです。きっちりとした楷書が惚れ惚れするほど美しい。ほかに「栄花物語」や「日本霊異記」といった文学のほか、ユネスコの世界記憶遺産の候補となって話題となった「東寺百合文書」も展示。
「信貴山縁起絵巻 尼公巻」(※部分)(国宝)
平安時代・12世紀 朝護孫子寺蔵(展示は10/26まで)
平安時代・12世紀 朝護孫子寺蔵(展示は10/26まで)
そして物語絵巻の「信貴山縁起絵巻 尼公巻」が素晴らしい。よどみのない美しい線描、人間や動物の豊かな表情、山や木々など自然の情景に至るまで手抜かりなく、物語性の高い描写に見入ってしまいました。
第四章 多様化する信仰と美
四章は、≪鎌倉−江戸時代≫、≪キリスト教の信仰、琉球の信仰≫、≪禅と茶の湯≫の3つのパートに分かれています。
白眉は狩野正信の「周茂叔愛蓮図」。中国絵画を継承しているという話ですが、余白を取ったすっきりした構図や端正な筆致は中国趣味というより洗練された印象があります。青緑の淡彩が映えて美しい。
狩野正信 「周茂叔愛蓮図」(国宝)
室町時代・15世紀 九州国立博物館蔵(展示は10/26まで)
室町時代・15世紀 九州国立博物館蔵(展示は10/26まで)
本展は絵巻の展示が分散されていて、本章には「一遍上人伝絵巻」が。一遍上人の念仏踊りがあちらこちらに生き生きと描かれていて、当時の熱狂ぶりが窺えます。
法眼円伊 「一遍上人伝絵巻 巻第七」(国宝)
鎌倉時代・正安元年(1299) 東京国立博物館蔵(展示は11/9まで)
鎌倉時代・正安元年(1299) 東京国立博物館蔵(展示は11/9まで)
桃山時代の襖絵では狩野永徳の「花鳥図」と、先日智積院で“貸し出し中”(ここに来てたわけですが)で観られなかった等伯の「松に秋草図」。永徳の「花鳥図」はスケール感のある梅の老木と荒々しくも流れるような筆触が見事。一方の等伯は永徳を意識しつつも永徳とはまた違うダイナミズムがあって、高く伸びる草花には強い生命力を感じます。智積院の他の襖絵に劣らず絢爛豪華かつ憂愁漂う美しい作品です。「楓図」でなく「松に秋草図」が選ばれたのは福山雅治のビールのCMの影響でしょうか?
狩野永徳 「花鳥図」(国宝)
室町時代・16世紀 聚光院蔵(展示は11/9まで)
長谷川等伯 「松に秋草図」(国宝)
安土桃山時代・文禄元年(1592)頃 智積院蔵(展示は11/9まで)
安土桃山時代・文禄元年(1592)頃 智積院蔵(展示は11/9まで)
第五章 仏のすがた
最後に仏像。日本最古の四天王像の一体、法隆寺の「広目天立像」はお顔も穏やかで手には筆と巻物を持ち、四天王像というより学者や武官のような姿。三千院の阿弥陀如来の両脇侍である「観音菩薩坐像」と「勢至菩薩坐像」は大和坐りという少し前屈みの正座のような坐り方をしていてその姿がまた美しい。大倉集古館で一度拝見したことのある「普賢菩薩騎象像」もあって、その美しい彩色と截金文様にあらためて感動します。
「元興寺極楽坊五重小塔」(国宝)
奈良時代・8世紀 元興寺蔵
奈良時代・8世紀 元興寺蔵
会場の真ん中には高さ5m以上という五重小塔があってビックリ。実際には分解できるようになっているそうですが、よくこんな立派なものを運んできてくれたと感心します。最後には最近国宝になったという「善財童子立像」。ちょっと愛嬌のある顔がなんともかわいい。展覧会のメインヴィジュアルや雑誌の特集では「善財童子立像」だけが大きく取り上げられてしまってますが、「善財童子立像」と並んで展示されてる「仏陀波利立像」は本来は共に文殊菩薩の侍者で、すべて(文殊菩薩と4体の脇侍)含めて渡海文殊といいます。それを理解しないとただのおもしろ仏像で終わってしまいます。展示会での仏像の見せ方はつくづく難しい。
快慶 「善財童子立像」(国宝)
鎌倉時代・13世紀 安倍文殊院蔵
鎌倉時代・13世紀 安倍文殊院蔵
どこを見ても国宝というのはやはり贅沢。圧倒されっぱなしの展覧会でした。ただこういう国宝展はやはり10年に一度ぐらいが一番いいのでしょうね。
【日本国宝展】
2014年12月7日まで
東京国立博物館にて
美術手帖10月号増刊 国宝のすべて 日本美術の粋を集めた国宝を堪能する。
地獄絵を旅する: 残酷・餓鬼・病・死体 (別冊太陽 太陽の地図帖 20)
すぐわかる日本の国宝―絵画・彫刻・工芸の見かた