“東京”とはいっても場所は八王子ですから、新宿からでも約1時間。さらにバスで15~20分ほどの所にある美術館。ちょっとした小旅行です。
とはいえ、わざわざ遠くまで行く価値は十分すぎるほどある魅力的な展覧会でした。
東京富士美術館は西洋画のコレクションが充実しているというのはウワサで聞いていましたが、日本画もここまで質の高い作品を有しているとは知りませんでした。もっと早くに訪れておくべきでしたね。
さて、1階のひろーいロビーからエスカレータで上がると、左手には常設展の展示室。常設展は帰りに観るとして、ここは右へ。しばらく進むと企画展の展示スペースがあります。
第Ⅰ章 開花の時 -江戸前期 狩野派、琳派の躍動
最初に登場するのが狩野尚信の「猛虎図」。昨年、出光美術館で開催された『江戸の狩野派』にも出品され、話題になった作品なので覚えている方も多いでしょう。板橋区美術館の『探幽3兄弟展』で観た尚信の虎にも似て黒目がゲバゲバ的に寄っていて、尻尾の動きからして猫のようで少しも猛々しくなく、尚信らしい軽妙洒脱さを感じます。
[右] 狩野尚信 「猛虎図」
[左] 狩野常信 「四季山水図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
[左] 狩野常信 「四季山水図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
隣には尚信の子・常信の「四季山水図屏風」が。四大家とよばれるだけあり、狩野派のお手本のようなきっちりとした山水図屏風で、金砂子が効果的に使われ、装飾的にもとても美しい作品。振り返ると、初期江戸狩野派とされる「吉野山龍田川図屏風」。春の桜に秋の紅葉、緑の山と金雲の対比も鮮やかで、こちらも美しい。
海北友雪 「源平合戦図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
となりには、海北友松の子・友雪の「源平合戦図屏風」。父・友松ほどの気魄に欠けると解説にありましたが、非常に丁寧・精緻で見応えのある屏風です。海北友松・友雪親子はもっと注目されていいと思うのですが、同時代の狩野一族や等伯、宗達に隠れてしまいがち。東京国立博物館の『栄西と建仁寺』展がいいきっかけとなり、評価が高まるといいなと思います。
[左] 書:本阿弥光悦、下絵:宗達派 「草花図下絵和漢朗詠集漢詩」
[右] 書:本阿弥光悦、下絵:宗達派 「草花図下絵和漢朗詠集和歌」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
[右] 書:本阿弥光悦、下絵:宗達派 「草花図下絵和漢朗詠集和歌」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
琳派もなかなか。宗達工房による秋草図に本阿弥光悦が漢詩を揮毫した掛軸、宗雪と伝わる四季草花図、いかにも琳派っぽい波濤図など、どれも一級品。
伝・俵屋宗雪 「四季草花図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
個人的には、洗練されたデザインが光る「武蔵野図屏風」にやられました。たなびく雲と秋草のリズミカルなライン、雲上の富士山と沈む月の対比が素敵です。 近世初期のやまと絵系諸画派に好まれた画題と解説にありましたが、意匠的なセンスは琳派に近いものがあります。サントリー美術館所蔵の同題の屏風も観てますが、こちらの方は金雲の上の山並みがアクセントになっていて、多重奏のような面白さがあり、作者の強い美意識を感じます。
作者不詳 「武蔵野図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
特集Ⅰ 物語絵の世界
独立したコーナーとして物語絵の屏風や巻物を紹介。源氏物語にまつわる作品が多かったですが、山本元休の「大職冠図屏風」がとても素晴らしい。現存作品数が少なく、伝記不明の絵師ということですが、狩野安信の弟子とされ、法橋にまでなったといいます。相当の絵師だったのでしょう。竜王に奪われた宝珠を藤原鎌足に依頼された海女が取り戻すという話だそうで、非常に丁寧に描かれていて、ドラマティックな面白さがあります。お伽草子ファンにはフクロウ(?)の話の絵巻物「うそ姫の縁起」というのもあり。
山本元休 「大職冠図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
[右] 作者不詳 「源氏物語(車争)図屏風」
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
江戸時代前期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
第Ⅱ章 革新の時 -江戸中期 奇想派、文人画家の台頭
バラエティに富んだ江戸中期の作品を紹介。まず見ものは池大雅と妻・池玉瀾の双幅の掛軸で、素人目にはどちらが大雅でどちらが玉瀾か分からないぐらい。ともに見事に大雅風の南画で、素晴らしい。名前を分かってしまった上で言うとすれば、玉瀾の方が線がやや柔らかめか。玉瀾はどこかで観ているなと思ったら、両作とも千葉市美術館の『酒井抱一と江戸琳派の全貌』に出品されていたようです。
[左] 池玉瀾 「辺渓閑遊図」
[右] 池大雅 「渓上高隠図」
江戸時代中期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
[右] 池大雅 「渓上高隠図」
江戸時代中期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
楫取魚彦の三幅の掛軸も印象的。鯉の絵に定評があったということで、いわゆる鯉の滝登りの図なのですが、滝を描かず滝に挑んでいく姿を表現しているのが面白い。左右の梅に雪・梅に月の風情もいい。
楫取魚彦 「月梅図」「鯉登滝図」「雪梅図」
江戸時代中期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
江戸時代中期 東京富士美術館蔵 (展示は5/18まで)
特集Ⅱ 秘蔵の若冲、蕭白、応挙、呉春の名品、初公開!!
そして、蕭白。蕭白だけで8点もあって、ビックリ。その内7点が初公開のようです。30代前半の作とされる「蝦蟇仙人図」や「南泉斬猫図」、円熟期の精緻な「観瀑図」、そして雄大な構図、謹直な線描の山水画の中にコミカルな舟の描写が楽しい「山水図屏風」と、蕭白の魅力がいっぱい。後期には『蕭白ショック!!』にも出てた「鶴図屏風」が展示されるようです。
[左から] 曽我蕭白 「観瀑図(山水瀧図)」「鍾馗図(鬼神)」
「南泉斬猫図」「山水図」
江戸時代中期 東京富士美術館蔵
「南泉斬猫図」「山水図」
江戸時代中期 東京富士美術館蔵
若冲は本展のメインヴィジュアルになっている「象図」に加え、得意の「鶏図」と「鶴図」の3点。初公開の「象図」は大胆にデフォルメされた構図が楽しい。背景を黒く塗りつぶしているのも効いています。若冲にほぼ同じ構図で「白象図」というのがありますが、それより時代は後に描かれたものとか。目は「象と鯨図屏風」に似てる気もしますが、こちらの「象図」には牙がない(それとも鼻に隠れてるのが牙か?)。今後若冲の代表作の一つに挙げられる作品になるんだろうなと思います。
伊藤若冲 「象図」
寛政2年(1790年) 東京富士美術館蔵
寛政2年(1790年) 東京富士美術館蔵
ほかには応挙、蘆雪、呉春(松村月渓)も初公開。特に呉春の南画が見応えあり。
第Ⅲ章 爛熟の時 -江戸後期 各派の多彩な継承者たち
東京富士美術館所蔵作品の中で特に有名な日本画というと鈴木其一の「風神雷神図襖」。私自身は『大琳派展』、『酒井抱一と江戸琳派の全貌』以来3度目のご対面。宗達・光琳・抱一へと継承されてきた琳派を象徴する画題に其一が挑んだ意欲作で、金地の屏風でなく絹本の襖絵なのが特徴。襖8面にゆったりと描いていて、前3者のような迫力や濃厚さはありませんが、襖であることを考えると、この落ち着いた淡彩の色調と空間的なバランスがちょうどいいのかもしれません。
鈴木其一 「風神雷神図襖」
江戸後期 東京富士美術館蔵
江戸後期 東京富士美術館蔵
其一ではもうひとつ、「萩月図襖」も展示。こちらは其一らしい気品ある瀟洒な作品で、赤い萩の花と白い萩の花の対比が美しい。ほかに、渕上旭江、円山応挙の子・応瑞、応受の三幅の掛軸といったものもあり。印象的だったのは小田海僊の「梅花双禽図」と松村景文の「草花小禽図屏風」。景文というと、四条派らしい花鳥画をよく観ますが、これは上下に金雲を施し、より華麗で装飾的な作品になっています。
松村景文 「草花小禽図屏風」
江戸時代後期 東京富士美術館蔵
江戸時代後期 東京富士美術館蔵
特集Ⅲ 南画の系譜
最後は南画。まず谷文晁が三点。「芦月図」は昨年の『ファインバーグ・コレクション展』で一番インパクトを受けた「秋夜名月図」を掛け軸にコンパクトにまとめたようなところがあります。「青緑山水図」はサントリー美術館の『谷文晁展』にも出品されていて、特に強い印象を持った作品。これもここでしたか。ベースは北宋画的ですが、明朝期の中国画や南蘋派などの影響も受けているといいます。
[左から] 谷文晁 「青緑山水図」「渓山訪友図」「芦月図」
江戸時代後期 東京富士美術館蔵
江戸時代後期 東京富士美術館蔵
ほかに、椿椿山、山本梅逸と個人的に好きな絵師の作品もあり。特に素晴らしいのが椿椿山の「富貴花鳥図」で、南蘋派らしい華麗な彩色花鳥画ですが、色数を絞っているせいか落ち着いた上品な美しさがあります。
椿椿山 「富貴花鳥図」
弘化5年(1848年) 東京富士美術館蔵
弘化5年(1848年) 東京富士美術館蔵
この作品はここにあったんですね、という作品も多く、どの作品も一定水準以上のクオリティ。まさに垂涎のコレクションです。なお、<第Ⅰ章>、<特集Ⅰ>、<第Ⅱ章>のみ前後期で展示替えがありますが、<特集Ⅱ>、<第Ⅲ章>、<特集Ⅲ>は展示替えがありません。
常設展の西洋絵画も充実のコレクション。観に行った日も、ルネサンスから、バロック、ロココ、印象派、そして現代絵画まで85点の作品が展示されていました。もうまるでどこかの国の美術館のコレクション展のような豪華さ。また、同時開催で『明治の着色写真』という写真コレクションの館蔵品展も開かれてます。こちらもお見逃しなく。
ミケーレ・ゴルディジャーニ 「シルクのソファー」
1879年 東京富士美術館蔵
1879年 東京富士美術館蔵
※掲載の写真は撮影可の写真になります。一部撮影不可作品を除き、企画展および所蔵作品展も写真撮影OKとのことです(ただし、フラッシュや、まわりのお客様の迷惑になるシャッター音はNG)。
【開館30周年記念東京富士美術館所蔵 江戸絵画の真髄】
2014年6月29日(日)まで
東京富士美術館にて
もっと知りたい伊藤若冲―生涯と作品 改訂版 (アート・ビギナーズ・コレクション)
もっと知りたい曾我蕭白―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
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