2014/02/25

ラファエル前派展

六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで開催中の『ラファエル前派展』に行ってきました。

過度に甘美でロマンティックな女性賛美というか、その独特のムードがちょっと苦手でこれまで積極的には観てこなかったのですが、ラファエル前派から象徴主義、耽美主義にかけての英国絵画を取り上げた2つの展覧会がちょうど都内で同時開催されていましたので、せっかくの機会ですから一緒に観て参りました。

まずは『ラファエル前派展』から。

本展はロンドンのテートを皮切りに、モスクワ、ワシントンと回ってきた巡回展だそうで、テート所蔵の72点の作品が展示されています。

“ラファエル前派”とは、ジョン・エヴァレット・ミレイ、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハントの3人の美術学生によって1848年に結成された「ラファエル前派兄弟団」がベースで、当時のイギリスのアカデミズム偏重の美術教育に異を唱え、イタリア・ルネサンスの画家ラファエロに象徴される古典主義的な形式や慣例にとらわれない絵画を目指そうという芸術運動のこと。本展では“ラファエル前派”の3人の作品を中心に、第二世代のウィリアム・モリスやエドワード・バーン=ジョーンズらの作品、また“ラファエル前派”を中心とした人間関係にスポットを当てています。


1. 歴史 | History

歴史画は当時のイギリスでは最も上位におかれたジャンルで、ラファエル前派の画家たちは古典的な型に縛られない、リアルで独創的な歴史画を再構築します。

ここでの見ものは、なんといってもミレイで、その精細で極めて高い写実性と大胆な構図、そして美しい色彩にまず驚かされます。ハムレットの恋人オフィーリアを描いた「オフィーリア」はラファエル前派の最高傑作といわれるだけあり、その幻想的で、どこか崇高で、超越的な美の世界に目を奪われます。モデルは後にロセッティの妻となるエリザベス・シダルで、シダルは湯をはったバスタブで長時間ポーズをとらされたため風邪をひいたというエピソードが紹介されていました。

ジョン・エヴァレット・ミレイ 「オフィーリア」
1851-52年

ジョン・エヴァレット・ミレイ 「マリアナ」
1850-51年

ミレイでは、シェイクスピアの『尺には尺を』を題材に、婚約者に捨てられた女性の嘆きと孤独な心情を端正な筆致と豊かな表現力で描いた「マリアナ」にも強く惹かれました。その色彩の美しさには思わず見とれてしまいます。優れて写実的な「釈放令、1746年」や、ペン画の「マティルダ王妃の墓あばき」など、ミレイの極めて高い画力に唸らされます。

ウィリアム・モリス 「麗しのイズー」
1856‐53年

気になったのはモリス唯一の油彩画という「麗しのイズー」。モリスは人物描写が得意でなかったそうで、平面的なところもありますが、それこそルネサンス以前の装飾絵画のよう。イゾルデの後側に竪琴を弾くトリスタンが描かれていたりします。そのほか、ヘンリー・ウォリスの若き詩人の死を劇的に描いた「チャタートン」やアーサー・ヒューズの三幅の祭壇画「聖アグネス祭前夜」も良かったです。ヒューズの「四月の恋」はちょっと苦手。


2. 宗教 | Religion

中世キリスト教絵画の図像や形式を写実性と独創性で復活させたラファエル前派の宗教画を紹介。

ジョン・エヴァレット・ミレイ 「両親の家のキリスト(大工の仕事場)」
1849-50年

ミレイの「両親の家のキリスト(大工の仕事場)」はイエスやマリア、ヨセフといった聖家族を、理想化された姿として描く伝統的な宗教絵画から逸脱し、労働者や庶民に置き換えて描いたため、ディケンズや批評家からは集中砲火を浴びたのだとか。今観ると温かな人間味に溢れた作品に思えますが、当時はそれがセンセーショナルだったんでしょうね。キリストは釘で手に傷を負っていて、キリストの磔刑をほのめかしているなど、キリスト教的な記号やメタファーが多く指摘されています。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「聖カタリナ」
1857年

中世の宗教画のようなフォード・マドックス・ブラウンの「ペテロの足を洗うキリスト」、ドラマ性を感じるウィリアム・ベル・スコットの「大洪水の前夜」あたりは好み。ロセッティも「聖カタリナ」「ナザレのマリア」「礼拝」と良作が揃っていますが、それほど技量が優れてるという感じはせず、まだ後期のような耽美的傾向もありません。


3. 風景 | Landscape

これもやはりルネサンスから続く古典的な風景画とは一線を画した、自然に忠実で、精細な風景画で、こうした近代的な風景画がフランスの印象派などとほぼ同時期(というより少し早く)に発生していたことは面白いところです。

ウィリアム・ダイス 「ペグウェル・ベイ、ケント州 -1858年10月5日の思い出」
1858-60年

個人的に惹かれたのはダイスの「ペグウェル・ベイ、ケント州 -1858年10月5日の思い出」で、前景と後景のバランスも良く、自然を正確に写し取ろうという気概が伝わってきます。それでいて人々の顔を異様に白くし、全体的な色のトーンをまとめていたり、上部に彗星を描いたり、いろいろ興味の尽きない作品でした。


4. 近代生活 | Modern Life

単に社会改革による生活の変化や風俗を描くということだけでなく、ラファエル前派の画家たちはそこに社会への鋭い批評性を持ち込もうとしたようです。そのあたりが若い画家集団の勢いというか生真面目さというかユニークさを感じます。

ウィリアム・ホルマン・ハント 「良心の目覚め」
1853-54年

メインで取り上げられているのがハントの「良心の目覚め」で、男に囲われていた女性が自分の生き方に罪深さを覚え立ち上がるという絵なのですが、絵がストレート過ぎて、なんかこっちが気恥ずかしくなります。絵の中には象徴的なモチーフも描かれていたりして、メッセージ性にこだわっているようです。

ロバート・ブレイスウェイト・マーティノウ 「我が家で過ごす最後の日々」
1862年

面白かったのはマーティノウの「我が家で過ごす最後の日々」。イギリスの典型的な“家族の肖像(Conversation Pieces)”というジャンルを踏襲したような絵で、それでいてラファエル前派らしく精細な描写で、古典的なモチーフを当世風にアレンジしたところが面白いなと思います。


5. 詩的な絵画 | Poetic Painting

ロセッティは1950年代半ばに展覧会への出品をやめ、自然主義的な作品からも離れ、ダンテの詩やアーサー王伝説などを題材にした中世風の作品制作に没頭するようになったといいます。ここではロセッティの作品のほか、ロセッティの妻シダルやバーン=ジョーンズらの作品を紹介しています。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「ベアトリーチェの死の幻影を見るダンテ」
1856年

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「ダンテの愛」
1860年

この頃のロセッティの作品はロマン主義的な色合いが濃く反映されていて、色彩や装飾性の点でも独特の傾向がはっきりと出てきているのが分かります。ロセッティの肖像画を見るとなかなかのイケメンで、実生活でもシダルという婚約者(後に結婚)がいながらも、後にモリスの妻となるジェーン・バーデンと関係を持ち、長年に渡って三角関係を続けたとか、どの絵が誰がモデルだとか、会場にはそうした情報も細かく解説されていました。(個人的にはそうしたゴシップには興味がないので省きますが)

シメオン・ソロモン 「ミティリニの庭園のサッフォーとエリンナ」
1864年

ソロモンの「ミティリニの庭園のサッフォーとエリンナ」は明らかに同性愛を示唆したような作品で、このあたりも退廃的な唯美主義や象徴主義美術の前触れを見ることができるようです。ちなみにソロモンは同性愛の罪で逮捕され、その後の画家人生を絶たれます。


6. 美 | Beauty

1860年代以降の作品を中心に展示。この頃になると、「芸術のための芸術」を目指す唯美主義的な傾向が顕著になり、色彩や形式の美を追求しようという新たな表現形式の時代に入っていることが分かります。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「最愛の人(花嫁)」
1865-66年

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「プロセルピナ」
1874年

ロセッティは1850年代末に油彩画に復帰したそうですが、その作品は初期ラファエル前派の頃のものとは大きく異なり、豊かな装飾性と濃厚な色彩、そして女性の官能美に溢れています。「最愛の人(花嫁)」は東洋風の衣装(日本の着物らしい)や黒人の少女といった異国趣味を前面に出していて、それがより一層女性の官能的な姿を強めています。「プロセルピナ」はローマ神話の女神で、冥界のザクロを食べてしまったため一年のうち半分は冥府にいなければならなくなったという神話を描いたもの。暗い画面に一際目立つザクロの赤さとうなじが何かエロティックな印象さえ与えます。

ほかにロセッティの代表作の一つという「ベアタ・ベアトリクス」も展示されています。ダンテの愛したベアトリクスにロセッティの早世した妻シダルを重ね合わせて描いたという作品で、シダルがアヘンの過剰摂取で亡くなったことと関連しているのか、鳥がケシの花を加えていたりします。


7. 象徴主義 | Symbolism

最後は象徴主義。ここではロセッティの唯美主義的な絵画を引き継いだバーン=ジョーンズの作品3点を展示。「「愛」に導かれる巡礼」は『薔薇物語』の一場面を描いた作品で、制作に20年をかけ、死の前年に完成させたのだそうです。旅の詩人が「愛」に導かれる図ということですが、天使の羽は黒いのですね。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「「愛」に導かれる巡礼」
1896-97年

ラファエル前派の画家の展覧会は時々あって、「オフィーリア」も何度も来日しているようですが、テート所蔵の優品をごっそり持ってきて、体系的に見せていく展覧会としては過去最大級とのこと。ラファエル前派にあまり親しんでなかった自分もとても面白いと感じる展覧会でした。人間相関図なども紹介されていて、ラファエル前派の背景もよく分かります。ラファエル前派のことをちゃんと知りたいという方にはもってこいなのではないでしょうか。三菱一号館美術館の『ザ・ビューティフル 英国の唯美主義 1860-1900』と併せて鑑賞されると、より楽しめると思います。


【テート美術館の至宝 ラファエル前派展 英国ヴィクトリア朝絵画の夢】
2014年4月6日(日)まで
森アーツセンターギャラリーにて


美術手帖3月号増刊 ラファエル前派 19世紀イギリスの美術革命美術手帖3月号増刊 ラファエル前派 19世紀イギリスの美術革命


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