2013/10/26

上海博物館 中国絵画の至宝

東京国立博物館の東洋館で開催されている『上海博物館 中国絵画の至宝』展に行ってきました。

中国でも最大規模の収蔵を誇るという上海美術館から、中国の国宝にあたる一級文物19点を含む40点の中国絵画が日本にやって来ているわけですが、この展覧会の何がスゴいかというと、かつての日本に伝来しなかった中国の正統派文人画が一挙に観られるということなのです。東山御物に代表される宗・元の中国絵画(宗元画)など日本で収集され、評価されてきた中国の山水画・文人画は実は中国ではほとんど評価されてなく、逆に中国で評価の高い中国絵画は日本に伝来することがなかったのだそうです。

中国では北宋絵画や元代文人画、呉派文人画といった絵画が正統派とされ、日本に伝来した南宋院体画や禅宗絵画、道釈画などのいわゆる“宋元画”はあまり評価されてこず、聞くところによると中国に現存する作品も少ないといいます。

会場は今年リニューアルオープンした東洋館の4階8室。規模は大きくありませんが、中国絵画の流れを知るには十分の貴重な作品が展示されています。これだけの絵画が観られる特別展といっても特別料金はなく、東京国立博物館に入館する通常料金で誰でも観ることができるのが嬉しいところです。


第1章 五代・北宋 -中国山水画の完成-

中国の山水画は唐時代にはすでにジャンルとして存在し、唐代後期にもなると専門の絵師も現れ、技法も確立していたといわれています。北宋時代になると、科挙に合格した者しか官僚になれないよう社会が改められ、それとともに自らの感情を表現する新しい芸術として文人画が興隆したのだそうです。宗代の絵画は伝世作品が極めて少なく、ここではその貴重な作品を展示しています。

王詵 「煙江畳嶂図巻」(一級文物)
北宋時代・11~12世紀 上海博物館蔵 (展示は10/27まで)

「煙江畳嶂図巻」は北宋文人画の代表作で、中国絵画史上に輝く傑作と紹介されていました。パッと見、分かりづらいのですが、よく目を凝らしてみると、大河に浮かぶ小さな漁船や理想郷に遊ぶ人々などが描かれています。墨画の美しさと豊かな詩情に感心しきりの一枚。

「閘口盤車図巻」(一級文物)
五代時代・10世紀 上海博物館蔵 (展示は10/27まで)

昨年トーハクで開催された『北京故宮博物院200選』で話題になった「清明上河図」に匹敵するという「閘口盤車図巻」。似ているところも多く、近い時代のものと推定されているそうです。描写が非常に細かく、かつ丁寧で、単眼鏡で覗くとその表現の豊かさにさらに驚かされます。


第2章 南宋 -詩情と雅致-

つづいて南宋時代。禅でいうところの漸悟(段階的に悟りを開く)と頓悟(にわかに悟りに至る)を北宋と南宋の絵画に置き換え、北宋は漸悟のとおり職業画家の一筆一筆重ねていく技巧的な絵で、南宋は頓悟のとおり文人の天性が発露された絵であると会場内のパネルにありました。

「西湖図巻」
南宋時代・13世紀 上海博物館蔵 (展示は10/29から)

中国絵画で特徴的なのが“題跋”と“鑑蔵印”で、特に元・宗代の作品には、絵巻の巻頭・巻末や書画の余白に意見や賛辞を書いた“題跋”や、代々の所蔵家などが書画に押した“鑑蔵印”がたくさんあることに驚きます。素人目には貴重な作品を台無しにしているようにも見えるのですが、こうした“題跋”や“鑑蔵印”が多いほど作品の価値としては高いというか箔がつくようです。


第3章 元 -文人画の精華-

それまで写実的な傾向にあった中国絵画に対し、元も後期になると表現の中心は写意へと変化していったといいます。

倪瓚 「漁荘秋霽図軸」(一級文物)
元時代・1355年 上海博物館蔵

「漁荘秋霽図軸」は会場に入ってすぐのところに展示されていて、いわば本展の目玉作品といったところ。元代文人画の最高傑作とありました。確かに、第1章、第2章で観てきた写実的な作品に比べると、ある種の精神的な思いが込められているだろうことが伝わってきます。遠くに望む山々の描写も印象的。

このほか、梅花の表現が日本の南画にも影響を与えたという王冕の「墨梅図軸」や、老子などを描いた白描画の「玄門十子図巻」、精緻な描写が見事な夏永の「滕王閣図頁」などがあります。


第4章 明 -浙派と呉派-

北京に遷都され、宮廷画家として活躍したのが浙派。南宋院体画の流れを汲み、日本の水墨画や花鳥画にも大きな影響を与えた流派です。華麗な様式で一世を風靡したといいます。しかし、その激しい筆法は「狂態邪学」と批判され、そこで対抗流派として出てくるのが呉派で、俗を嫌う文人たちによって形成されたのだそうです。

李在 「琴高乗鯉図軸」(一級文物)
明時代・15世紀 上海博物館蔵 (展示は10/27まで)

李在は渡明した雪舟が師事したとされる画家。琴高仙人が鯉に乗って現れるという日本の水墨画でもよく描かれる画題ですが、驚く弟子の様子や吹きすさぶ風の表現が的確で、物語性もあり見入ってしまいます。このほか浙派では、細密な楼閣の描写が素晴らしい安正文の「黄鶴楼図軸」や、美しい花鳥画の呂紀の「寒香幽鳥図軸」が印象的です。

文徴明 「石湖清勝図巻」(一級文物)
明時代・1532年 上海博物館蔵 (展示は10/27まで)

一方の呉派では、詩書画の三絶と称される文徴明の穏やかな「石湖清勝図巻」や、同じく三絶と評価の高い沈周の水郷を描いた「有竹隣居図巻」などがその代表格でしょうか。谷文晁や池大雅あたりにつながるものを感じます。個人的には、どこか周文を彷彿とさせる唐寅の「春游女几山図軸」や、岩山といい木といい川といい、人間といい描写が見事な陳淳の「花卉図冊」も好みでした。


第5章 明末清初 -正統と異端-

日本では浙派は人気が高く、特に江戸時代の花鳥画にも強い影響を与えましたが、中国では浙派は呉派の前に敗れます。しかし、その呉派文人画もその清雅さ、静寂さがだんだんと生気の乏しいものになり、そこに再び対抗する異端が現れたのだそうです。

呉彬 「山陰道上図」
明時代・1608年 上海博物館蔵
 
呉彬の「山陰道上図」はとてもトリッキーな山水絵巻で、その異端の代表なのでしょうが、たとえば狩野山楽や曽我蕭白あたりの、いわば奇想派のトリッキーな山水画に少し慣れ親しんだ身としては非常に面白い作品でした。

惲寿平 「花卉図冊」
清時代・1685年 上海博物館蔵

このほかここでは、文晁ぽい藍瑛の「秋壑高隠図軸」や、没骨法による華麗な花の描写がとても素晴らしい惲寿平の「花卉図冊」が印象的です。

日本の山水画・文人画と何が同じで何が違うのか、中国の山水画とはどういうものだったのか、いろいろな興味が尽きない非常に有意義な展覧会でした。


【上海博物館 中国絵画の至宝】
2013年11月24日(日)まで
東京国立博物館東洋館にて


中国山水画の誕生中国山水画の誕生

2013/10/20

京都-洛中洛外図と障壁画の美

東京国立博物館で開催中の『京都-洛中洛外図と障壁画の美』に行ってきました。

都の賑わいを屏風に描いた豪華な洛中洛外図や、京都を象徴する京都御所、二条城、龍安寺の障壁画を通して、京都ならではの美の空間を体感してもらおうという企画展です。

出展作品はわずか20点ほど。どんな構成になっているのだろうと思っていたのですが、ケースに並んだ絵画をただ観てもらうのではなく、まさに京都を体感してもらうという、まるでテーマパークのような展覧会になっていました。

会場に入ると、まず壁一面の巨大スクリーンに本展の目玉作品「洛中洛外図屏風 舟木本」の見どころを高精細で写した映像が上映されています。単眼鏡などで覗かないとよく分からないような細かく描き込まれた人々の表情や風俗、お祭りや寺院といった京都の風景が超ドアップで写されます。ここは飛ばしてしまわず、おすすめポイントを押さえておくと実際の作品を観たときの面白さもアップするはず。

巨大スクリーンの前を過ぎると、いよいよ洛中洛外図屏風の登場です。前期に4作品、後期に4作品(内「洛中洛外図屏風 舟木本」は前後期とも出品)。現在、国宝や重要文化財に指定されている7つの洛中洛外図屏風が全て出品されます。

岩佐又兵衛 「洛中洛外図屏風 舟木本」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵

洛中洛外図とは、京都の洛中と洛外、いわゆる市街と郊外を俯瞰で描いた図で、都の名所や神社仏閣、四季の風物を追い、公家や武士から町人や農民、遊女に至るまで、京都に生きる人々の生活と風俗が描かれています。多くは6曲1双(6つ折れの屏風が2つ)の屏風絵で、現在約100点が確認されていると言われています。

その代表作のひとつが岩佐又兵衛の「洛中洛外図屏風」、俗にいう「舟木本」で、以前から又兵衛の作だろうといわれていましたが、本展でははっきりと岩佐又兵衛筆と断定して紹介しています。横7mにおよぶ大きな屏風で、鴨川の橋の上で浮かれ騒ぐ花見帰りの客や、人形浄瑠璃や遊女歌舞伎などの芝居小屋、商いや祭りの賑わい、生活感溢れる市井の人や僧侶、南蛮人の姿、雅な御所の様子など、京都の町の喧騒が所狭しと描きこまれています。人々の欲望が垣間見られるのも、浮世又兵衛らしいところです。

本作は大坂の陣の直前(1614~15年頃)に描かれたと言われ、当時の政治や世相を反映してか、右隻の端には豊臣秀吉が建てた方広寺大仏殿が、左隻の端には徳川家康の二条城が描かれています。人々の顔がうりざね顔をしているのは又兵衛の特徴。右隻に比べて、左隻の方が人物が若干大きく描かれているのは、右隻が又兵衛筆で、左隻が弟子によるものという説と関係があるのかもしれません。

この「洛中洛外図屏風 舟木本」の後ろを振り返ると、狩野永徳の「洛中洛外図屏風 上杉本」がドンと控えています。まさに夢のような空間です。

「洛中洛外図屏風 舟木本」は常設展でも数年に一度しか公開されず、私自身もお目にかかったのは今回で3度目。狩野永徳の「洛中洛外図屏風 上杉本」は2009年の『天地人展』で観て以来になります。(先日Twitterで過去に複製しか見たことがないとつぶやきましたが、よく調べたらサントリー美術館で観てました。テヘ)

狩野永徳 「洛中洛外図屏風 上杉本」(国宝)
室町時代・16世紀 山形・米沢市上杉博物館蔵(展示は11/4まで)

永徳の「洛中洛外図屏風」、俗に「上杉本」は洛中洛外図の唯一の国宝。京都の名所の数々に、公家や武士から市井の人々、風俗や季節の風物、それらが非常に精緻なタッチで描かれています。状態も非常に良く、贅沢に使われた金泥も美しく豪華絢爛。人々の顔の表情や風俗の描写が岩佐又兵衛の「舟木本」とは違って、なんとも品が良いのも永徳らしいところです。

「上杉本」はいろいろと謎に包まれていて、 足利義輝が永徳に描かせ、義輝暗殺後、 信長が譲り受け、それを上杉謙信に贈ったというのが通説ですが、もともと義輝が謙信に贈るために描かせたとか、屏風の中に描きこまれた足利家の御所に向かう行列は実は謙信を描いたものだとか、その行列は後から付け足されたものだとか、いろんな説があります。それも戦国の世らしいというか、歴史を感じさせて面白いところです。

このほか、前期には「洛中洛外図屏風 歴博乙本」と「洛中洛外図屏風 勝興寺本」が展示されているほか、後期には現存最古の洛中洛外図である「洛中洛外図屏風 歴博甲本」や「洛中洛外図屏風 福岡市博本」、描写人数が3000人を超える「洛中洛外図屏風 池田本」が展示されます。未展示期間もその写真が飾ってあり、各屏風の違いを確かめることができます。

ちなみに、本館2階の7室にも初期の洛中洛外図屏風の画面構成を伝える模本(いわゆる「東博模本」)や、江戸時代に描かれた洛中洛外図が展示されています。

本館7室の様子 (展示は11/10まで)

さて、つづいて<第二部 都の空間装飾—障壁画の美>。
ここでは、かつて京都御所の障壁を飾った狩野孝信の端麗な「賢聖障子絵」や狩野永徳の「群仙図屏風」が展示されています。永徳の「群仙図屏風」は傷みが激しいのが残念でしたが、当時は狩野派や長谷川派などによるこうした障壁画が京都の御所や寺院に贅沢に使われていたかと思うと、ため息が出るような思いです。

狩野永徳 「群仙図襖」(写真は一部)(重要文化財)
安土桃山時代・天正14年(1586年) 南禅寺蔵

第二会場へ進むと、1年にわたって超高精細映像4Kで撮影された龍安寺の石庭の移り変わる季節の映像がほぼ実寸大の巨大スクリーンに映し出されます。美術展は絵画や工芸品などの美術品しか展示されませんが、こうした石庭やそこに彩られる季節の風景も美術品と同じように昔の人は愛でたわけで、これも一つの見せ方だなと思いました。

続くコーナーには、その龍安寺の襖絵が展示されています。現在の龍安寺の方丈は塔頭の西源院の方丈を移築したもので、そこには狩野派(狩野孝信ともいわれる)の見事な襖絵が71面あったそうです。しかし明治に入り、その襖絵は売却され、現在所在が確認されているのはその半分もないとか。本展ではその内の18面が展示されています。

「列子図襖」
江戸時代・17世紀 メトロポリタン美術館蔵

最後に登場するのが二条城の二の丸御殿を再現した空間で、黒書院一の間、二の間、大広間四の間の障壁画、計84面がトーハクにそのまま移されています。美術館でありながら美術館でない、まさに二条城に迷い込んだようで、こうした展示ができるのはトーハクだけかもしれません。昨年、江戸東京博物館で『二条城展』があり、同じく四の間などの障壁画を展示し、展示方法も少し工夫していましたが、この徹底ぶりはそれを遥かに凌駕しています。

狩野尚信 「桜花雉子図」(重要文化財)
二条城二の丸御殿 黒書院二の間障壁画(東側) 4面(全69面のうち)
江戸時代・寛永3年(1626)

今回の展覧会は、洛中洛外図を一堂に集めたり、貴重な障壁画を展示したりと、その質の高さもさることながら、高精細画像を映したスクリーンや二条城二の丸御殿の再現など、企画力の面白さや新たな視点に圧倒された展覧会でした。


【京都-洛中洛外図と障壁画の美】
2013年12月1日まで
東京国立博物館にて


DVD>洛中洛外図屏風舟木本 東京国立博物館バーチャルリアリティミュージアム (<DVD>)DVD>洛中洛外図屏風舟木本 東京国立博物館バーチャルリアリティミュージアム ()


増補 洛中洛外の群像―失われた中世京都へ (平凡社ライブラリー)増補 洛中洛外の群像―失われた中世京都へ (平凡社ライブラリー)


狩野永徳の青春時代 洛外名所遊楽図屏風 (アートセレクション)狩野永徳の青春時代 洛外名所遊楽図屏風 (アートセレクション)

2013/10/19

十月大歌舞伎「義経千本桜」

歌舞伎座で十月大歌舞伎『義経千本桜』の夜の部を観てきました。

昼の部は今回はパス。夜の部は歌舞伎座では実に6年ぶりの仁左衛門の“いがみの権太”ということもあり、今月はこちらのみ観て参りました。

本公演の幕が開いて早々、その仁左衛門が右肩腱板断裂のため今月の公演を千秋楽まで務めたあと、来月以降の舞台を休演し、手術を受けるというニュースがあり、非常に驚かされました。夏には三津五郎が病に倒れ、そして今度は仁左衛門かと、暗澹たる思いになりました。しかもその満身創痍の公演の最中、肩をかばってバランスを崩したのか、舞台で転倒したという話もあり、正直休演していいから一日も早く手術を受けて欲しいとすら思いました。いくら若々しい仁左衛門といっても、年齢的なことを考えるとあとあと後遺症が残ることも心配です。

さて、その夜の部は「木の実・小金吾討死」から。
仁左衛門が登場すると万雷の拍手。権太の悪巧みさえその憎めない愛嬌からつい許してしまう、もうこれは仁左衛門でしか出せない味です。それを受ける妻・小せんの秀太郎がまた抜群にいい。なんだかんだ言いながらも、そこに流れる二人の愛情の深さがひしひしと伝わってきます。仁左衛門はやはり右腕の動きは最小限に抑えられ、怪我を知っているだけに右腕をかばう姿が痛々しく感じられます。倅をおんぶするところなどは片腕だけで抱えていましたが、大変だろうにと心配になりました。ただ、それを感じさせないというか、動きに制限がかかる分、とても情感豊かな演技を見せてくれていたと思います。

ここでの見ものは梅枝の小金吾で、仁左衛門とのやり取りでは小金吾の真っ直ぐさ、そして何ともいえない哀感が出ていて、とても良かったと思います。これが初役で仁左衛門が抜擢したといいますが、梅枝の確かな演技と端正な魅力を引き出して余りあるものがありました。梅枝の立ち回りも初めて観ましたが、そのキレといい、柔らかさといい、何より動きが丁寧なので形もキッチリときれいで、非常に美しい立ち回りでした。

「すし屋」も仁左衛門が上方らしい生き生きとしたリアリティを感じさせ、権太の軽さの裏に隠れた情の厚さに目頭が熱くなります。お米に竹三郎、お里に孝太郎、弥助に時蔵と達者な芸に加え、歌六の弥左衛門に気骨さと重みがあり、芝居に深みを出します。実に完成度の高い感動的な舞台でした。

最後は、菊五郎の「川連法眼館」。
歌舞伎座さよなら公演のときでさえ菊五郎は四の切はもうやらないと思ってましたみたいなこと言っていたので、新しい歌舞伎座でまさかまたやることになるとは思ってなかったのではないでしょうか。さすがに菊五郎の忠信は抜群に巧いのですが、ケレンとなると年齢故に俊敏性を欠き、さよなら公演の時と比べると実際その負担を減らした動きになっているようでした。その分、どうしても単調な四の切になってしまったように思います。川連法眼に彦三郎、静御前に時蔵、義経に梅玉とこちらも安定の配陣。

久しぶりに大歌舞伎を観たという満足感でいっぱいになった今月の歌舞伎座でした。


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2013/10/18

エドワード二世

新国立劇場で『エドワード二世』を観てきました。

シェイクスピアと同時代を生きた劇作家クリストファー・マーロウの代表作として知られる『エドワード二世』の日本では約半世紀ぶりとなる上演だそうです。

エドワード二世は中世イギリス(イングランド)の実在の王で、イギリス王室史上最も愚かな王として歴史に名を残しています。賢王として名高かった父エドワード一世の死後、追放されていた同性の愛人ギャヴィストンを呼び戻し、寵臣として重要な地位を与え、家臣たちから反感を買います。王の愛情を取り戻したい王妃イザベラは愛人モーティマーと謀ってギャヴィストンを惨殺。やがて追い込まれたエドワード二世は幽閉され、秘密裏に殺されたと言われています。

マーロウの戯曲はそうした史実(または通説)に添ったもので、エドワード二世をオトコに溺れ、政治に疎く、意志薄弱で、無能な王として描いています。今回の舞台は新訳により、現代的な解釈や言葉で演出されているようでした。

戯曲を読んでいないので何とも言えないのですが、話の筋からすると、この『エドワード二世』は本来悲劇なんだろうと思うのです。でも、これは演出の意図するものなのか、エドワード二世役の柄本佑の演技に因るものなのか、本公演は喜劇的な要素の強いものになっていました。良いか悪いかは別として、それはそれで説得力がありました。柄本佑の個性的なカラーが強烈で、王のキャラや芝居のトーンも全部彼に持っていかれた感じです。

『エドワード二世』というと、イギリスの映画監督で同性愛者であるデレク・ジャーマンが独自のゲイ的な視点でエドワード二世を現代に甦らせていますが、ジャーマン版ではエドワード二世の愛の強さと抑圧されたゲイの悲劇、そして王妃イザベラの愛憎や裏切りが強く表に出ていました。それに対し、今回の舞台はエドワード二世の王としての不適格ぶりと、イザベラと重臣たちによる権力闘争という構図が強調されていたように思います。みんながみんな策略をめぐらし、欺瞞に満ちています。誰が正しくて誰が正しくないかということがなく、登場人物たちへの感情移入は容易くありません。エドワード二世の苦悩も滑稽なものとしか思えず、イザベラの深い哀しみでさえ権力欲と裏返しに映ります。

これは予想できていたことですが、デレク・ジャーマンの映画とはアプローチが全く異なり、あのイメージでいるときっと戸惑うことでしょう。ジャーマン版はあくまでもゲイを擁護する立場に立ち、ゲイに寄った脚色をしているので、同性愛の描写は恐らく本公演の方がオリジナルに近いのだと思います。ただ、異端を排除していこうというか、ホモフォビアな意識が底を逃れているというか、同性愛に対して嘲笑的であるというか、同性愛が重要なキーワードでありながら、それを正面から向き合わず、笑いにしてはぐらかしているような、戯れ言にすることで敢えて避けているような印象を受けました。愛する者を次々と失う王への憐みや同情は感じられません。

舞台のミニチュア

舞台は金色の壁に囲まれただけの何もない空間で、衣装はスーツ。時折、王が座る椅子が舞台に現れるところなども含め、デレク・ジャーマンの映画を意識しているようです。ただ、ポール・スミスやキャサリン・ハムネットを身にまとい、スタイリッシュで現代的なデレク・ジャーマン版とは違い、どこかヤクザっぽいところがいかにも日本的。しかしそのヤクザっぽさが、チンピラなギャヴィストンや、まるでヤクザの抗争のような政権内の対立をうまく表していたと思います。途中、幕の変わり目や場面転換などにいわゆるブレヒト幕が使われ、面白い効果を上げていました。

延々とハイテンションの芝居はどうかと思いますが、役者は実力派が揃い、手堅さを感じました。特に最後に真っ赤なスーツに身を包んで登場する御年86歳の西本裕之(『ムーミン』のスナフキンの声の人)が圧巻。一瞬で場をさらってしまうのはさすがです。エドワード二世とともに重要な役であるイザベラ(映画ではティルダ・スウィントンが演じた役)を演じた中村中の凛とし威厳のある佇まいも強烈な印象を残します。これが初めての本格的な舞台だそうですが、並みいるベテラン俳優に引けを取らない存在感があります。ただ、この男性だけの芝居、ひいては同性愛色の強い芝居に彼女をキャスティングした意図はなんだったのか、彼女がイザベラを演じる意味は何なのか、そのあたりを考えると中村中を十分に生かしきれていないのではないかという気もしないでもありませんでした。


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2013/10/12

幸田文展

世田谷美術館で開催中の『幸田文展』に行ってきました。

幸田文、大好きなんです。ときどき、無性に幸田文が読みたくなるときがあって、たとえば硬い本を読んだ後とか、読みたい本がないなとかいうとき、ふと本棚から幸田文の本を取り出しては読んだりします。

幸田文の作品を初めて知ったのは高校生の頃。図書室にあった日本文学全集の中の一冊が確か幸田文のもので、その文章に触れたときの衝撃は今もはっきりと覚えています。幸田家の種々雑多な日常や、かつての日本の生活風景が美しい日本語で瑞々しく、細やかに、そして時に鋭い観察眼で書き綴られた独特の文学に一目で虜になりました。

本展は、昭和を代表する女流作家・幸田文を単独で取り上げる初めての本格的な展覧会だそうです。初公開を含む原稿、書簡、愛用の着物や父・露伴の遺した書など資料約300点が所狭しと展示されていました。

会場の構成は以下のとおり。
プロローグ 「胸の中の古い種」
第1章 『みそっかす』
第2章 小石川の家――『父・こんなこと』
第3章 父の想い出から離れて――『流れる』『おとうと』
第4章 幸田文の「このよがくもん」
第5章 種が芽を吹く――斑鳩の記、『木』『崩れ』
第6章 幸田文ふたたび


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「心の中にはもの種がぎっしり詰まっている」

幸田文の随筆『胸の中の古い種』の一節から展覧会は始まります。晩年、法輪寺三重塔の復元に奔走し、日本中の山々の“木”や“崩れ”を観て回り、老いてなおアクティブだったその源は何だったのかを探っていきます。

会場は、幸田文の幼少期や戦中戦後のエピソード、幸田文の随筆にたびたび登場する“小林さん”、そしてもちろん父・露伴のことなど、彼女の文章を交えながら、様々な資料とともに幸田文の人生を紐解いていきます。岩波の編集者だった“小林さん”とのやりとりや当時の写真、幸田文や露伴愛用の品々を通して、幸田文が書き連ねた生活の風景が、文字という平面の紙の上から浮き上がり、よりリアルなものとなり目の前に現れます。

会場の後半に幸田文のインタビュー映像が流れていました。年をとるとそのまま静かに暮らしていくか、やりたいことをやるかのどちらかで、私は活発に動きたいというようなことを語っていました。

彼女の随筆を読むとよく分かることですが、幸田文はとても好奇心旺盛というか、まずは行動、石橋は叩きながら歩けばいいというタイプの女性だったように思います。そうした“もの種”が一生尽きないということにまず驚かされるのですが、それが彼女の文学の源であり、行動の源だったのだろうなと、この展覧会を観てつくづくと感じます。


幸田文といえば、やはり着物ですが、彼女の着物や婚礼衣装も展示されています。幸田文の随筆には露伴のお酒にまつわるエピソードも多く綴られていますが、露伴愛用の白磁の徳利もあって、お酒を用意したり、肴の支度をしたり、給仕をしたりと、露伴にとやかく言われながらも器用に手際よくこなしていく様子が目に浮かぶようです。

『流れる』のモデルになったという、幸田文が実際に住み込み女中をした向島の芸者置屋の女主人の写真なんていうものもありました。山田五十鈴とはまた違う、目の覚めるような美しい方でビックリします。

会場の展示ケースには、作家の村松友視が幸田文からもらったという可愛らしい柄の小さなマッチ箱がところどころに置いてありました。お店や銀行のマッチ箱は味気ないので、幸田文が千代紙を貼ったりして使っていたのだそうです。ちなみに、本展の図録のカバーもそのマッチ箱をモチーフにしたものになっています。


1階の受付横には幸田文の本や関連書籍、また千代紙や小物なども販売されています。

そこかしこに飾られている幸田文の文章を読みながら観ていたら、軽く1時間半ぐらい経っていました。ファンならぜひ観ておきたい展覧会だと思います。


「人には運命を踏んで立つ力があるものだ」(『みそっかす』より)





【幸田文展】
2013年12月8日(日)まで
世田谷文学館にて



流れる (新潮文庫)流れる (新潮文庫)


きもの (新潮文庫)きもの (新潮文庫)


崩れ (講談社文庫)崩れ (講談社文庫)


幸田家のきもの幸田家のきもの


幸田文のマッチ箱 (河出文庫)幸田文のマッチ箱 (河出文庫)

2013/10/01

清雅なる情景 日本中世の水墨画

根津美術館で開催中の『清雅なる情景 日本中世の水墨画』展に行ってきました。

墨の濃度により無限の諧調を生み、ぼかし、かすれなど多彩な表情を持つ水墨画。根津美術館は水墨画のコレクションが充実していて、これまでもたびたび水墨画に関連した展覧会を企画していますが、本展では14世紀から16世紀までの水墨画約50点を展示。中国で生まれ、やがて日本に伝わった水墨画が中世文化の中でどのように発展し引き継がれていったか、いくつかのテーマを設け、その系譜を追っています。

水墨画は唐時代の中国で三次元空間のリアリスティックな描写を目指す技法として誕生。日本には鎌倉時代に禅宗の僧侶により中国からもたらされといわれています。 もともとは禅の思想を表すものだったようですが、やがて山水表現へと展開をしていきます。


≪水墨の観音図≫

まずは水墨画の観音図から。観音図は禅僧に好まれ、また画僧にとって重要な画題だったそうで、水墨画が日本に導入された際、ことのほか大きな位置を占めていたとありました。

赤脚子 「白衣観音図」(重要美術品)
室町時代・15世紀

明兆の弟子・赤脚子の「白衣観音図」は、岩上で頬杖をつき、くつろいでいるような、物思いにふけるような姿がなんとも愛らしい観音様の水墨画。白衣の滑らかな襞のラインや岩肌の描写が見事で、光背の丸い線が微妙にグラデーションになっていて、技術の高さを感じさせます。白衣観音は三十三観音の内の一つで、清流の岩上で静かに瞑想する姿は禅的境地を表したものとして禅宗では捉えられていたようです。

このほか、大海に浮かぶ蓮弁に乗る白衣観音を描いた禅味あふれる「一葉観音図」や中国伝来の禅僧画で国宝の「布袋蔣摩訶問答図」 などが展示されています。


≪詩画軸と周文≫

詩画軸とは山水画の画軸に禅僧が漢詩文を書いたもので、特に周文の様式は日本の水墨画に大きな影響を与えたと言われています。ここでは周文の作品や周文の弟子の作品などを紹介しています。

伝・周文 「江天遠意図」(重要文化財)
室町時代・15世紀

確実に周文の作といわれる作品は一点もないそうで、この「江天遠意図」も、たまたま同日に東京国立博物館で観た国宝の「竹斎読書図」もあくまでも“伝”周文なんですね。「江天遠意図」は「竹斎読書図」同様に、遠山を望む書斎での書斎生活の素晴らしさを詠ったいわゆる書斎図で、「江天遠意図」の方が書斎の趣はある気がします。見た目には、「江天遠意図」と「竹斎読書図」は岩山が単純に左右対称ではあるんですが(笑)。


≪関東水墨画≫

室町から戦国時代にかけ、鎌倉を中心に発展した関東水墨画は、線描や形態そのものの面白さを追求する傾向を持ち、洗練と形式を重んじる京都の水墨画と一線を画したといいます。

賢江祥啓 「山水図」(重要文化財)
室町時代・15世紀

会場には関東水墨画の祖・仲安真康や、関東水墨画を代表する祥啓、関東水墨画壇の異才・雪村などの作品を展示しています。祥啓は上洛した際に芸阿弥に師事し、その画風を学んだといわれ、岩山や樹木の描写にそれが現れているとありました。「山水図」は構図やバランス、奥行き、コントラストが見事で、全体的にカチッとした山水画。師・芸阿弥の現存唯一の作とされる「観瀑図」も展示されていました。流れ落ちる幾筋もの滝や滝壺の描写が特徴的で非常に印象的な作品でした。

芸阿弥 「観瀑図」(重要文化財)
文明12年(1480年)・室町時代

そのほか、ぼかしで巧みに表現した荒天の雲や、図用化された水の飛沫、風に大きくなびく竹などドラマティックな描写が素晴らしい雪村の「龍虎図屏風」も見どころの一つです。


≪拙宗等揚とその系譜≫

拙宗等揚は若い頃の雪舟であると言われていますが、雪舟画様式の成立以前の作品として、周文の山水画の伝統を継承したという「山水画」などが紹介されています。雪舟の系譜の作品としては、雪舟晩年の弟子として知られる如水宗淵の、伸びやかで無駄のない衣文が印象的な「芦葉達磨図」や、対照的に滑らかで装飾的な衣の描線が美しい甫雪等禅の「岩上観音図」も非常に良かったと思います。そのほか、雪舟の弟子で長谷川等伯が私淑したともいわれる等春の「杜子美図」などが展示されていました。


≪水墨の花と鳥≫

ここでは水墨画のもう一つの伝統である花鳥画を紹介しています。「牡丹猫図」は白い牡丹の花の下、猫が蝶をじーっと見つめているという、なんとも愛嬌のある作品。ほかに、飛び交うツバメを素早い筆致で描いた「柳燕図」も印象的でした。

蔵三 「牡丹猫図」
室町時代・16世紀


≪大徳寺派と曽我派・小栗派≫

京都の水墨画は京都五山を中心に展開したそうですが、五山の下におかれた大徳寺では権威に囚われない個性的な画僧が育ったといいます。バランスの良い構成と湿潤な雰囲気が目を引く曽我紹仙の「山水図」や、中央にそびえる遠山と三本の松が力強く印象的な小栗宗湛(伝)の「周茂叔愛蓮図」が個人的には好みでした。


≪初期狩野派≫

最後には初期狩野派の山水画や花鳥画などを紹介。岩山の精緻な描き込みが印象的な狩野正信(伝)の「観瀑図」や、精緻な描写と物語性豊かな構成力、岩山や川辺の豊かな表現力が素晴らしい狩野元信(伝)の「養蚕機織図屏風」などが素晴らしかったです。

水墨画が日本でどのように発展していったのか体系的に作品を紹介していて、非常に参考になる展覧会でした。


【清雅なる情景 日本中世の水墨画】
2013年10月20日(日)まで
根津美術館にて