来年で没後400年を迎えるスペイン絵画の巨匠エル・グレコの、日本では約25年ぶりとなる大回顧展です。
エル・グレコの作品を多数所蔵するスペインのプラド美術館やエル・グレコ美術館、さらにはトレドの教会群の所蔵作品など、世界各国から51点もの作品が集められています。エル・グレコの最高傑作「無原罪のお宿り」や代表作の数々。とてもクオリティの高い、よくぞここまで集めてくれたという、まさに大回顧展にふさわしい展覧会でした。
エル・グレコ、本名ドメニコス・テオトコプーロス。スペインの画家というイメージがありますが、生まれはギリシャのクレタ島。エル・グレコとはイタリア語で「ギリシャ人」という意味で、通り名として使っていたんですね。エル・グレコの作品にはどれもギリシャ語の本名でサインがされていました。
エル・グレコはイコン画を制作する職業画家として活動を始めたといいます。2階の会場にはエル・グレコがクレタ島時代に描いたビザンチン様式の貴重なテンペラ画「聖母を描く聖ルカ」が展示されていました。これがエル・グレコ?と目を疑うような作品ですが、この画家がどのようにして「無原罪のお宿り」に行き着くのか、その軌跡を追うのもこの展覧会のひとつの楽しみだと思います。
Ⅰ-1 肖像画家エル・グレコ
エル・グレコの作品の85%は宗教画だといいますが、最も成功したのは肖像画家としてだそうです。まずは肖像画家としてのエル・グレコの魅力に迫ります。
エル・グレコ 「芸術家の肖像」
1595年頃 メトロポリタン美術館蔵
1595年頃 メトロポリタン美術館蔵
会場の入口にはエル・グレコの肖像画として有名な作品が展示されていました。ただ実際にはこの人物がエル・グレコだという明確な証拠はないのだそうです。「観る人の内面までも見通すかのような透徹したまなざし」と解説にありましたが、どこか疲れたきったようにも、何かを語りかけてくるかのようにも見える気がします。
エル・グレコ 「燃え木でロウソクを灯す少年」
1571-72年頃 コロメール・コレクション蔵
1571-72年頃 コロメール・コレクション蔵
いわゆる肖像画という括りからは外れるのかもしれませんが、人物画という意味でとても印象に残ったのがこの「燃え木でロウソクを灯す少年」。エル・グレコがローマ時代に描いた一枚です。カラヴァッジオを彷彿とさせる光と影の劇的な効果に、これがエル・グレコなのかと驚きました。恐らくエル・グレコがローマにいた時代には既にバロック美術の萌芽があったのでしょう。その先駆けといってもいいような作品です。
エル・グレコ 「白貂の毛皮をまとう貴婦人」
1577-1590年頃 グラスゴー美術館蔵
1577-1590年頃 グラスゴー美術館蔵
エル・グレコの描く肖像画は貴族や聖職者などいわゆる地元の名士のような人たちばかりなのですが、本作は数少ない女性の肖像画の一つとして紹介されていました。スペインに渡ってすぐの頃の作品だそうですが、当時のスペインでは女性の肖像画が描かれることは非常に稀だったようです。どこか東洋的な美女を思わせる黒い髪や黒い瞳、白い肌、そしてこちらに目を向けるきりっとした視線が印象的です。後年、エル・グレコはマニエリスムの傾向が強くなりますが、こうした作品を観ると、このままこうした作品を手掛けていれば、バロック絵画の先駆者的な存在としても成功したのではないだろうかと感じます。
エル・グレコ 「フリアン・ロメロと守護聖人」
1600年頃 プラド美術館蔵
1600年頃 プラド美術館蔵
肖像画のコーナーで個人的に一番インパクトを受けたのが、この作品。フリアン・ロメロはレパントの海戦などで名を遺したスペインの英雄。彼を見守る守護聖人については諸説あるようですが、解説には聖ユリアヌスとありました。イタリアで身につけた表現力や自然主義の影響を感じつつも、身体の大きさに比べて異様に小さな顔や、守護聖人の不自然な頸の曲げ方や体のひねり方、そして視線にエル・グレコらしさを見ることができます。
Ⅰ-2 肖像画としての聖人像
エル・グレコといえば、やはりキリスト教絵画。当時の西欧美術はキリスト教絵画と切っても切れない関係にあったのは当然ですが、イタリアでルネサンスに触れ、ティツィアーノの下で学んだともいわれる人が、どうしてここまでキリスト教絵画に執着したのか。それは信仰なのか。興味は尽きないところですが、まずはエル・グレコに特徴的な半身聖人像から観ていきます。
エル・グレコ 「聖ヒエロニスム」
1600年頃 王立サン・フェルナンド美術アカデミー蔵
1600年頃 王立サン・フェルナンド美術アカデミー蔵
「聖ヒエロニスム」は2作出展されていましたが、この「聖ヒエロニスム」はとりわけ優れていると評価されているそうです。バランスを欠いた上半身や顔の大きさ、誇張された不自然さがエル・グレコらしくて面白いです。
Ⅰ-3 見えるものと見えないもの
エル・グレコというと、やはり神秘主義的な宗教画がすぐに頭に浮かびます。展覧会の解説によると、現在ではそうした神秘主義的な解釈は否定されているようです。ただ、そうしたどこか狂信的にすら思える神秘主義的な宗教画はエル・グレコの最大の魅力で、その幻視的な作品傾向はこのコーナーからもはっきりとうかがえます。
エル・グレコ 「悔悛するマグダラのマリア」
1576年頃 ブタペスト国立西洋美術館蔵
1576年頃 ブタペスト国立西洋美術館蔵
エル・グレコ 「聖アンナのいる聖家族」
1590-95年頃 メディナセリ公爵家財団タベラ施療院蔵
1590-95年頃 メディナセリ公爵家財団タベラ施療院蔵
エル・グレコは同じテーマを何度も何度も描いているようで、「悔悛するマグダラのマリア」と「聖アンナのいる聖家族」はそれぞれの主題の代表作として紹介されていました。「悔悛するマグダラのマリア」はスペインに渡る前後の作品とされていますが、それから20年近く経って描いた「聖アンナのいる聖家族」とでは人物描写や衣の色彩や質感、そして独特の雲の描写に大きな変化が現れているのが分かります。
エル・グレコ 「フェリペ2世の栄光」
1579-82年頃 エル・エスコリアル修道院蔵
1579-82年頃 エル・エスコリアル修道院蔵
エル・グレコはスペインで宮廷画家になることを目指すのですが、スペイン王フェリペ2世に依頼され描いた「聖マウリティウスの殉教」(本展には出展されていません)が国王の不興を買い、その道は閉ざされてしまいます。この「フェリペ2世の栄光」も「聖マウリティウスの殉教」と同じくフェリペ2世が建てたエル・エスコリアル修道院に収蔵された作品。上半分に天上の世界を、下半分に現世と地獄を描き、カトリック信仰の崇高さを現しています。黒い衣を着た人はフェリペ2世だそうです。
Ⅱ クレタからイタリア、そしてスペインへ
エル・グレコは20代の半ばでヴェネチアに渡り、ヴェネチア派ルネサンスの巨匠ティツィアーノに弟子入りしたといわれています。その後ローマに移り、古典からルネサンスに至るまでの技術を身につけ、活動の幅を広げますが、30代半ばで今度はスペインに渡ります。ここではその過渡期にある作品を紹介しています。
エル・グレコ 「受胎告知」
1576年頃 ティッセン= ボルネミッサ美術館蔵
1576年頃 ティッセン= ボルネミッサ美術館蔵
「受胎告知」も何度も描いているようですが、この作品はスペインに渡る前後のものとされています。色彩にエル・グレコらしさを感じますが、プロポーションは後年のものとは大きく異なっていて、まだデフォルメは見られません。
Ⅲ トレドでの宗教画:説話と祈り
どうしてエル・グレコはスペインに渡ったのか、その理由は定かではないようです。ただ、トレドの地でエル・グレコの作品は大きな変化を遂げます。イタリアで学んだルネサンスの自然主義に加え、カトリックの宗教的主題が融合し、歪曲した肉体や超自然的な光という斬新な表現を宗教画に用い、独自の様式を追求します。ここではエル・グレコの作品の中で最も多いといわれる祈念画を中心に紹介しています。
エル・グレコ 「聖衣剥奪」
1605年頃 サント・トメ教区聖堂蔵
1605年頃 サント・トメ教区聖堂蔵
この「聖衣剥奪」は、エル・グレコの代表作のひとつであるトレド大聖堂の「聖衣剥奪」を自ら描き直したレプリカ。当時ヨーロッパ随一の権威を持っていたトレド大聖堂からの依頼により描いたものの、聖像の教令に反しキリストの位置より上に群集を描いているということで書き直しを命じられるのですが、彼はそれを拒否し、裁判にまでなったそうです。こうしてエル・グレコは教会の後ろ盾も失くしてしまうのですが、それでも同じ絵を後年描いていることから、この作品は相当自信があったのかもしれません。
Ⅳ 近代芸術家エル・グレコの祭壇画:画家、建築家として
宗教画に並々ならぬこだわりを持つエル・グレコは、トレドやその周辺の教会や修道院のために数多くの祭壇画を制作し、また時には聖堂の設計にも携わっていたようです。ここではそうした祭壇画などを紹介しています。
エル・グレコ 「聖マルティヌスと乞食」
1599年頃 台湾・奇美博物館蔵
1599年頃 台湾・奇美博物館蔵
本作は、トレドのサン・ホセ礼拝堂に描いた祭壇画を自ら描き直したレプリカで、物乞いに自らのマントの与えたという聖マルティヌスの話を描いた作品。馬は普通なのに対し、人物の肉体はいびつでアンバランス。コントラストも際立っています。エル・グレコは50代を過ぎた頃から描き方に変化が現れ、写実が求められた時代に、遠近法を無視した、不明瞭なマニエリスム化と超越的な幻視的な作品傾向が極端になっていきます。
エル・グレコ 「無原罪のお宿り」
1607-13年 サン・ニコラス教区聖堂蔵
1607-13年 サン・ニコラス教区聖堂蔵
エル・グレコの最晩年の代表作にして、最高傑作の「無原罪のお宿り(御宿り)」。縦3.5メートルの大画面に天上からの光に包まれたマリアと天使や女神たちが描かれた崇高な一枚です。マリアが天上に召されるような、構図的には「聖母被昇天」によく見られるものですが、聖母を象徴する月や太陽、鏡、純潔の象徴である白ユリやバラが描かれ、華麗かつダイナミックな作品になっています。肉体は長く引き延ばされ、体のねじれも不自然であることはよく指摘されていますが、祭壇画が高いところに飾られることを念頭に置いて意図的に描かれたといわれています。会場の天井の高さはそれほど高くないので、本来の祭壇画の高さには飾られていませんが、腰をかがんで下から見上げると、不思議とマリアの顔が丸みを帯び、より神々しさが際立ちます。エル・グレコはこの作品を描いた数ヵ月後に亡くなったといわれています。
「無原罪のお宿り」は日本初来日だそうで、この機会を逃すと、わざわざトレドまで観に行かなくてはならなくなります。今年一番の展覧会のひとつだと思いますので、お見逃しなく。
【エル・グレコ展】
東京都美術館にて
2013年4月7日(日)まで
もっと知りたいエル・グレコ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
エル・グレコの世界
美の旅人 スペイン編1 (小学館文庫)
こんにちは。
返信削除私もエル・グレコ展に行ってきましたので、興味を持って読ませていただきました。
各セッションごとに詳しいご説明をよませていただき、もう一度美術館に行った気分を味わうことができました。
ありがとうございますす。
私も、エル・グレコの美術の魅力がどこにあるかについて私なりにまとめてみました。
よろしかったら、ぜひ一読してみてください。
ご感想、ご意見などどんなことでも結構ですから、ブログにコメントなどをいただけるとうれしいです。
>dezireさん
返信削除こんばんは。
コメントいただきありがとうございます。
だらだら駄文でお恥ずかしい限りです。
後ほどdezireさんのサイトにもお邪魔させていただきます。
こんにちは。
返信削除私も昨日行ってきました。
conrad☆さんのレビューを拝見し、勉強させて頂いてから行ったので
とても良かったです。
エル・グレコは観たことがあるので知っているつもりでしたが
これだけまとまってみたのはもちろん初めてで、その充実ぶりに驚嘆しました。
肖像画もすばらしかったです。
mixiですが感想日記を書きましたので、よろしかったらご覧下さいね。
>そえにゃんさん
返信削除コメントありがとうございます。
そう言っていただけると嬉しいです。
イタリア時代からエル・グレコの足跡を見ることで、晩年の作品もまた違った見方で見られて良い展覧会だと思いました。
後ほどmixiにも寄らせていただきます!
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