昨今の琳派ブームを決定付けた(?)2008年の東京国立博物館の『大琳派展』とほぼ同時期に、山種美術館でも『琳派から日本画へ』という展覧会が開催されていました。
そのときは近代の日本画家が琳派をどのように作品に活かしたかという視点から俵屋宗達と酒井抱一、そして速水御舟と下村観山らの作品を中心にした構成になっていましたが、その第2弾(?)にあたる本展は副題にあるように、“和歌”と“装飾性”の視点から琳派と近代日本画を捉えています。
琳派がその後の日本画にどう受け継がれていったか、というありがちでな観点ではなく、「料紙装飾の華麗な平安古筆」が、江戸時代の琳派の造形にどう影響を与え、それが近代日本画にどう引き継がれていったか、という山種美術館らしいアプローチで、琳派と日本画を多角的に検証し、紹介しています。
会場は2つの章で構成されています。
第1章 歌をかざる、絵をかざる ―平安の料紙装飾から琳派へ―
第2章 歌のこころ、絵のこころ ―近代日本画の中の琳派と古典―
第1章はさらに「料紙装飾の世界」と「琳派の世界」から成っています。
第1会場に入ったところには、俵屋宗達と本阿弥光悦の合作「新古今集鹿下絵和歌巻断簡」(展示は3/3まで)が展示されていました。もとは一巻の巻子本だったのですが、残念なことに戦後二分割されて、前半部はさらに分断され、後半部はアメリカのシアトル美術館が購入します。山種美術館蔵の断簡はかつての巻頭部分にあたるもので、西行法師の和歌が散らし書きされています。ちなみに所在不明の断簡を除いた全巻はシアトル美術館のウェブページで観ることができます(→ こちら)。
俵屋宗達[絵]・本阿弥光悦[書] 「新古今集鹿下絵和歌巻断簡」
17世紀(江戸時代) 山種美術館蔵(展示は3/3まで)
料紙装飾の展示としては、ほかにも古今集や和漢朗詠集の断簡や本阿弥光悦の「摺下絵古今集和歌巻」、また大らかな書体と美しい料紙の里村紹巴の「連歌懐紙」(展示は3/3まで)などが印象に残りました。
今回の展示の注目作品のひとつが俵屋宗達の「源氏物語図 関屋・澪標」(展示は3/3まで)。これは静嘉堂文庫美術館が所蔵する国宝指定の宗達の「源氏物語図 関屋・澪標図屏風」とほぼ同一構図で、静嘉堂本が金地に描かれていているのに対し、本展出品作は素地に金泥引きで、山並みにたらし込みが用いられている点以外はディテールはほぼ一緒という作品です。宗達の落款はあるけれども、果たして真筆か否か不明ということで、作家名は「俵屋宗達(款)」となっていましたが、静嘉堂本との関係や宗達自身の手によるものか工房作かなど非常に興味を掻き立てるものがあります。
酒井抱一 「秋草鶉図」 (重要美術品)
19世紀(江戸後期) 山種美術館蔵(展示は3/3まで)
19世紀(江戸後期) 山種美術館蔵(展示は3/3まで)
琳派ファンにはお馴染みの抱一の「秋草鶉図」。月は銀泥で描かれたものが経年劣化で変色したといわれていましたが、実は意図的に黒くしてあるということが最近になって分かったのだそうです。パッと見では美術史家も研究者も、墨なのか銀の変色か分からないものなのですね。ちなみに鶉は秋の景物として和歌に古くから詠まれているそうで、また鶉の描写には土佐派の影響も指摘されているとのことでした。
琳派の作品としては、ほかにも尾形光琳の「四季草花図巻」や酒井抱一の「月梅図」、抱一の弟子・酒井鶯蒲の「紅白蓮・白藤・夕もみぢ図」など観るべきものが多くあります(いずれも展示は3/3まで)。また、尾形乾山の「八橋図」が、兄・光琳の「燕子花図」や「八橋図」と異なり、軽妙なざっくりとした描写で、捨てがたい味わいがあり、個人的に非常に好きでした。カテゴリー的には琳派ではないのかもしれませんが、柴田是真の漆絵「浪に千鳥」も印象的な作品です。鈴木其一と直接交流があったそうで、その影響も指摘されているようです。
菱田春草 「月四題」
1909-10年(明治42-43年)頃 山種美術館蔵
1909-10年(明治42-43年)頃 山種美術館蔵
第2章も「琳派に学ぶ」、「歌・物語に学ぶ」に分けて作品を紹介しています。
こちらの近代日本画も、下村観山の「老松白藤」や菱田春草の「月四題」、松岡映丘の「春光春衣」など優品揃い。特に印象に残ったのは、西郷孤月の三幅の掛け軸「月・桜・柳」で、淡彩で表現された朦朧体の朧月と薄く霞のかかった桜と柳のあまりの美しさにしばらく足を止めて見入りました。解説によると画業の初期には橋本雅邦門下四天王の一人とされ、将来を嘱望されていたそうですが、その後いろいろあって、38歳の若さで夭折してしまったのだとか。機会があれば、この方の作品をもっと観てみたいと思いました。
川端龍子 「八ツ橋」
1945年(昭和20年) 山種美術館蔵(展示は3/3まで)
1945年(昭和20年) 山種美術館蔵(展示は3/3まで)
極めつけは川端龍子の「八ツ橋」でしょうか。戦争末期の相次ぐ空襲の中で1ヵ月半で完成させたという正に渾身の一作。龍子は画業の初期に光琳に傾倒していたことがあり、本作も光琳の「八橋図屏風」をモチーフにしているのは見て明らかです。それでも光琳的な意匠性を意識しながらも、「その花の向き多くの変化あって然も統一せしめたもの」と龍子が語るように、色の組み合わせや構図、また筆致の妙など龍子らしい勢いを感じさせ、独創的な、それでいてオマージュ的な作品になっていました。
深江芦舟 「蔦の細道図」 (重要文化財)
18世紀(江戸時代) 東京国立博物館蔵(展示は3/5から)
18世紀(江戸時代) 東京国立博物館蔵(展示は3/5から)
後期には、琳派の系譜の中で繰り返し描かれてきた伝・俵屋宗達の「槙楓図」や、同じく宗達、光琳と継承されてきた伊勢物語第9段の宇津山のくだりを描いた深江芦舟「蔦の細道図」や酒井抱一の「宇津の山図」も展示されます。光琳に師事した琳派の絵師・芦舟と光琳に私淑した抱一の作品を見比べるのも面白いかもしれません。
この日は、山種美術館近くの國學院大学院友会館で山下裕二先生の講演会「私の琳派感」があり、帰りにお話を伺って参りました。宗達や光琳、抱一、そして其一の比較から、会田誠の話まで。もちろん今回の展覧会の出展作についてのお話もあり、大変楽しく拝聴いたしました。
琳派は400年、和歌は1000年。長い日本の伝統の中で育まれた文化がどのように結びついているのか、なかなか興味深いテーマだったと思います。琳派好きとしては、『琳派から日本画へ』は今後もシリーズ化されるとうれしいですね。
『琳派から日本画へ -和歌のこころ・絵のこころ-』
2013年3月31日(日)まで
〔前期:2月9日(土)~3月3日(日)、後期:3月5日(火)~3月31日(日)〕
山種美術館にて
すぐわかる琳派の美術
俵屋宗達 琳派の祖の真実 (平凡社新書)
もっと知りたい俵屋宗達―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
俵屋宗達: 金銀の〈かざり〉の系譜
美術手帖 2008年 10月号 [雑誌]