2012/09/02

ドビュッシー、音楽と美術

ブリヂストン美術館で開催中の『ドビュッシー、音楽と美術』展に行ってきました。

伺った日(8月22日)はちょうどドビュッシーの生誕150年目の誕生日ということで、記念の特別内覧会があり、そちらに参加させていただきました。

チェリストの新倉瞳さんによるミニライブやお誕生日ケーキを交えてのささやかなお誕生会などもあって、会場はお祝いムードいっぱい。

さて、本展はその名のとおり、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したフランスを代表する作曲家クロード・ドビュッシーと印象派や象徴派、さらにはジャポニスム等の関係にスポットをあて、19世紀フランス美術の新たな魅力を紹介する展覧会です。ブリヂストン美術館をはじめ、オルセー美術館やオランジュリー美術館の所蔵作品を中心に、約150点の作品で構成されています。

会場にはドビュッシーの音楽が流れていて、展覧会場というよりサロンのよう。音楽を聴きながら絵画を観るというのも、ちょっと優雅な気分になります。


第1章 ドビュッシー、音楽と美術

「私は音楽と同じくらい絵が好き」と語っていたドビュッシーは、視覚芸術を自らの作品の重要な着想源としていたそうです。若い頃から、ドガやホイッスラー、ターナー、ルドン、また彫刻家のカミーユ・クローデルらの作品に関心を持っていたのだとか。(会場の解説パネルにドビュッシーがボードレールとターナーに「頻繁に会っていた」とあったのですが、ターナーはドビュッシーの生前に、ボードレールは幼少の頃に既に亡くなっているので、これは誤記だと思われます。)

マルセル・バシェ 「クロード・ドビュッシーの肖像」
1885年 オルセー美術館所蔵

バシェによる肖像画は、かつてのフランスの紙幣に使われたこともある有名な作品。ドビュッシーは1884年(22歳)にフランスの作曲家の登竜門といわれる“ローマ賞”を受賞し、ローマへ留学しますが、本作はそのときに描かれた作品だそうです。


第2章 《選ばれし乙女》の時代

ドビュッシーはイギリスのロセッティの詩『祝福されし乙女』に共感して「選ばれた乙女(選ばれし乙女)」(1887-88年)を作曲します。ここではドビュッシーも触発されたラファエル前派の作品やフランスの象徴主義を代表するナビ派の作品などを展示しています。

[写真左] エドワード・バーン=ジョーンズ 「王女サプラ」
1865年 オルセー美術館
[写真右] モーリス・ドニ 「ミューズたち」
1893年 オルセー美術館

「選ばれた乙女」の豪華版楽譜はドニの挿絵(リトグラフ)つきのもの。ラファエル前派のような神秘的な女性像が印象的です。ここで展示されていたドニの「ミューズたち」(上の写真)と「木々の下の人の行列(緑の木々)」はどこかで観たことあるなと思ったら、おととしのオルセー美術館展(国立新美術館)にも来日していたものでした。本展はドニの作品がことのほか充実しています。

クロード・ドビュッシー/モーリス・ドニ 「選ばれし乙女」
1893年 個人蔵

「選ばれた乙女」に感動したルドンはドビュッシーに自らの作品を贈ったというエピソードが紹介されていました。これに感激したドビュッシーはルドンにお礼の手紙と楽譜を送ったそうです。


第3章 美術愛好家との交流―ルロール、ショーソン、フォンテーヌ

通路を挟んだ第2室に向かうと、まず目に飛び込んでくるのが、ルノワールの「ピアノに向かうイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロール」。ルロール姉妹の父・画家のアンリ・ルロールがドビュッシーのパトロンで、親戚の作曲家エルネスト・ショーソンや高級官僚アルチュール・フォンテーヌらとともにドビュッシーを庇護したといいます。


ドガによるルロール姉妹の絵やヴュイヤールによるアルチュール・フォンテーヌの肖像画、また彼らに囲まれピアノを弾くドビュッシーの絵なども展示されていて、ルロール家やショーソン家が一種の文芸サロンのような役割を果たし、多くの文化人や音楽家、芸術家たちがそこで交流していたことが窺い知れます。

エドガー・ドガ 「踊りの稽古場にて」
1895-98年 ブリヂストン美術館蔵

エルネスト・ショーソンはドビュッシーの7歳年上の先輩作曲家で、その邸宅はドニによる装飾が施され、ドガのパステル画やマネ、コロー、ゴーガンなどの油彩画、ルドンの版画集、また日本の浮世絵などがあり、ドビュッシーは多大な芸術的刺激を受けたようです。

ジャック=エミール・ブランシュ 「クロード・ドビュッシーの肖像」
1902年 個人蔵

ドビュッシー40歳の頃の肖像画。若い頃のドビュッシーと違って、作曲家として名声を得た頃のものなので、少し偉そうな感じがします(笑)。ドビュッシーの彫像やマスク(デスマスク?)も展示されていました。


第4章 アール・ヌーヴォーとジャポニスム

同じ第2室には、ドビュッシーの作品にも影響を与えたというアール・ヌーヴォーや、またドビュッシーをも虜にし蒐集までしていたというジャポニスムの作品が展示されてます。


≪アール・ヌーヴォーとジャポニスム≫は部屋が第2室と第5室に分かれていて、第2室にはドニの作品やカミーユ・クローデルの彫刻、ガレの花瓶や壺が、第5室にはゴーガンやホイッスラーの作品やドビュッシーの愛蔵品のカエルの文鎮などもありました。第2室に展示されていたクローデルの傑作「ワルツ」は必見です。


ドビュッシーは中国や日本の美術に見られる省略的な表現方法、繊細な色調、洗練された技法を愛したといいます。そうしたイメージは「版画」「塔」「映像」などのピアノ作品に影響を与えているそうです。

クロード・ドビュッシー 「海-3つの交響的スケッチ」
1905年 個人蔵

ご存知葛飾北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を拝借した楽譜の表紙。ドビュッシーの「海」(1903-05年)を聴いても、あまり日本的な光景は頭に浮かびませんが、ドビュッシー的にはイメージされたものがあったんでしょうね。さしずめ“波の戯れ”といったところでしょうか。


第5章 古代への回帰

ドビュッシーは、マラルメの詩『牧神の午後』に感銘を受け、「牧神の午後への前奏曲」(1891-94年)を発表します(展示会場のキャプションと作品リストが「牧神の午後への序曲」と誤植になっていたのが残念)。1912年に「牧神の午後への前奏曲」はニジンスキーの振り付けにより上演され、大成功を収めます。ここでは、アドルフ・ド・メイヤーによるニジンスキーらの舞台写真や、ギリシャ神話のサテュロスを描いた紀元前の壺など、ドビュッシーが深い関心を寄せた古代美術に触れた作品を展示しています。


第6章 《ペレアスとメリザンド》
第7章 《聖セバスチャンの殉教》 《遊戯》

6章、7章はドビュッシーの劇場作品にスポットを当てています。「ペレアスとメリザンド」(1893-95年/1901-02年)はドビュッシー唯一の歌劇。この歌劇は国内外で成功を収め、その後も繰り返し舞台化されたそうです。「ペレアスとメリザンド」の成功により、ドビュッシーは劇音楽の制作にも力を入れ、音楽劇「聖セバスチャンの殉教」(1911年)とバレエ音楽「遊戯」(1912年)を発表します。しかし、こちらは興行的には成功しなかったようです。ここではドビュッシーの直筆楽譜や、それら作品の舞台装飾や衣装デザイン、また関連の作品などを展示しています。

[写真右] モーリス・ドニ 「イヴォンヌ・ルロールの3つの肖像」
1897年 オルセー美術館蔵


第8章 美術と文学と音楽の親和性

ドビュッシーと美術や文学との関係は多く言及されるところですが、ここではヴェルレーヌやマレルメの肖像画、またルドンの作品などを展示しています。

[写真右] オディロン・ルドン 「神秘の語らい」
[写真左] オディロン・ルドン 「供物」
ブリヂストン美術館蔵

このコーナーではルドンの作品が印象的でした。いずれも小品ですが、ルドンらしくて素晴らしい作品です。ルドンはほかに版画の「夢想」と「幽霊屋敷」が出展されていました。


第9章 霊感源としての自然―ノクターン、海景、風景

「海」や「月の光」、「夜想曲」、「喜びの島」等々、ドビュッシーの音楽には自然を主題にしたものが多くあります。ドビュッシーの音楽は“印象主義音楽”と評され、自然を自由に翻案したものとして印象派の絵画と比較されてもきました。ここではコローやマネ、モネによる海景をはじめとする自然を主題とした作品が展示されています。


ここで一際目を惹くのが、ウィンスロ・ホーマーの「夏の夜」(上の写真の一番左)。月明かりに照らされた海辺で踊る二人の女性。月光が反射しきらきら光る海の美しさ。うっとりするようなロマンティックな一枚です。モネのブリヂストン美術館所蔵の「雨のベリール」とオルセー美術館所蔵の「嵐、ベリール」(上の写真の左から2つ目)を比較して観ることができたのも面白かったです。


第10章 新しい世界

ドビュッシーの前衛的な音楽手法は時代を先んじていて、音楽界を混乱させたが、これはフォーヴィスムの冒険と比較されるかもしれない、ということが会場の解説に書かれていました。最後のコーナーには主に20世紀初頭のクレーやモンドリアン、またカンディンスキーらの作品が展示されています。



美術と音楽のコラボレーションというユニークな切り口の本展。ブリヂストン美術館らしい企画力で面白く拝見することができました。ブリヂストン美術館の充実したコレクションだけでなく、オルセー美術館やオランジュリー美術館から作品を借り受けていることで、印象派や象徴派の逸品がずらりと揃い、なかなか見応えのある展覧会だったと思います。


※会場内の写真は主催者の許可を得て撮影したものです。


ブリヂストン美術館開館60周年記念
オルセー美術館、オランジュリー美術館共同企画
【ドビュッシー、音楽と美術】

期間:2012年7月14日(土)~10月14日(日)
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)
開館時間:10:00~18:00(祝日を除く金曜日は20:00まで)
会場:ブリヂストン美術館
http://www.bridgestone-museum.gr.jp/

主催:オルセー美術館、オランジュリー美術館、石橋財団ブリヂストン美術館、 日本経済新聞社
後援:フランス大使館
協賛:NEC、大日本印刷、東レ、みずほ銀行
協力:日本航空








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