2012/07/14

吉川霊華展

東京国立近代美術館で開催中の『吉川霊華展』を観てきました。

恥ずかしながら、この展覧会で初めて名前を知った画家です。女性なのかと思ったら、男性なのですね。美しい名前です。

名前に劣らず、絵も美しい。解説にも「線描美」という言葉が使われていましたが、まさに線描の美しさ。こんなにも美しく、細い線で描かれた細密な大和絵というものは見たことないかもしれません。

吉川麗華(きっかわ れいか)は、明治・大正期に活躍した日本画家で、浮世絵や狩野派に学び、その後、大和絵の一派、住吉派を学んだことで有職故実に触れ、江戸末期の復古大和絵派の冷泉為恭に私淑。大和絵の第一人者として画壇で名声を得た後も、孤高の絵師として“線”の探求に努めたといいます。

本展は吉川麗華の約30年ぶりの大々的な回顧展ということで、約100点の作品のほか、スケッチ帳38冊、模写、草稿、資料等などが出品されています。

吉川麗華 「神龍」
明治44年(1911年) 京都・方廣寺蔵

入口を入ったスペースには、5メートル四方の大きなスロープに巨大な「神龍」が展示されていて、いきなり度肝を抜かれます。もともとは方廣寺の天井画として制作されたもので、現在は掛け軸として保管されているそうです。本作は36歳の頃の作品なので、復古大和絵の研究に熱心だった頃のものですが、恐らく依頼をされて制作したのでしょうか。大和絵とは異なりますが、躍動感のある筆致と画力に、先制パンチを喰らったような感じです。

吉川霊華 「美人弾琴」
明治37年(1904年) 個人蔵

第1章「模索の時代」では、復古大和絵の影響を受け、冷泉為恭の研究や歴史風俗画の模写を続け、自分の画風を模索していた時代の作品が展示されています。「美人弾琴」は29歳の頃の作品。その完成度の高さが目を惹きます。下図のみの展示の「吉野遷幸」は本図が行方知らずとのことですが、本図はどれだけ素晴らしかっただろうと思わせるような作品でした。洒脱なタッチの「筑摩祭」も印象的でした。

平台には、たくさんのスケッチ帖が並んでいて、その絵からは吉川麗華の絵に対する真面目さ、熱心さが伝わってきます。こうした模索の時代は40歳の頃まで続いたそうです。

吉川麗華 「香具耶姫昇天」
大正9年(1920年) 個人蔵

第2章は「金鈴社の時代」。金鈴社は鏑木清方、松岡映丘、平福百穂らと大正5年(1916)に結成した美術団体。この頃から吉川麗華は、日本や中国の古典文学や説話に材を取った、よりロマン的傾向のある作品を制作し、さらに線描美の探究に励んだといいます。日本画の流行や時代の流れ、また流派などに全く関知せず、我が道を往く様子がその絵からも窺えます。

吉川麗華 「藐姑射之処子」
大正7年(1918年) 国立近代美術館蔵

吉川麗華の作品は基本的に白描画で、第1章には彩色画も数点展示されていましたが、後年は色を加えても僅かな色を薄く差しただけの白描淡彩画が中心になります。年を経るごとに、線はさらに繊細に、滑らかに、そして涼やかさを増していきます。そしてその淀みなさ、流麗さ。思わず、見とれてしまいます。線があまりに細い(薄い)ので、写真ではよく分からないのが残念ですが、実物を観ると、その細密な線画の世界に驚きます。

吉川麗華 「羅浮僊女」
昭和3年(1928年) 埼玉県立近代美術館蔵

第3章は「円熟の時代」。ここでは吉川麗華の作品を「中国の詩と説話」、「和歌と古典物語」、「仏と祈り」の3つに分け、展示しています。

酒を酌み交わしていた女性が実は梅の木の化身だったという中国の説話を描いた「羅浮僊女」は、背景に山水画のような峻険な山を配し、中国的な雰囲気を漂わせた優美な作品。こうした作品の持つ物語性に吉川麗華の絵の奥深さと魅力があるような気がします。


吉川麗華 「離騒」(双幅)
大正15年(1926年) 個人蔵

吉川麗華は帝展や文展などの展覧会とほとんど縁がないというか、距離を置いていた方ですが、「離騒」は帝展の推薦を受けて発表した大作で、その線描は美しさを極め、円熟の域に達した味わいを感じます。この作品が公開されるのは1977年以来とのことで、幻の名作とも呼ばれているそうです。

「中国の詩と説話」では、紺染の絹本に金泥で寿老人を描いた「南極寿星」も印象的でした。平安時代の豪華な紺紙金泥経に装飾絵などが描かれていることがありますが、それを独立させたかのような見事な作品で、同種の作品が他に数点展示されていました。ちなみに、「吉川麗華展」のチラシ(2種類あり)を開くと、中面の縦2面に「南極寿星」が印刷されています。

吉川麗華 「清香妙音」
昭和2年(1927年) 個人蔵

日本の古典に拠った作品は、復古大和絵の王道というか、まさに吉川麗華の本領発揮という感じです。詞書や詩歌を画中に添えた作品も多く、その仮名文字と絵との一体感、美しさが平安朝の大和絵を彷彿とさせます。吉川麗華の作品は、技巧に走ったり、清新な色遣いがあったり、大胆な構図を用いたりといったことがなく、総じておとなしい作品です。それを平板で、創意性がないと見る向きもあると思いますが、吉川麗華のポジションはあくまでも復古大和絵にあるので、それはそれでいいのではないかと思います。

吉川麗華 「阿摩提観世音菩薩」
大正13年頃(1924年頃) 個人蔵

最後のコーナーは晩年に描いた仏画が展示されています。支援者からの依頼で制作することが多かったとのことですが、吉川麗華の仏画は彼の大和絵とはまた一味違った趣があり、個人的にも好きです。絶筆となった「白衣大士」の清らかで安らかな顔に、吉川麗華の歩んできた道のすべてが込められているような気がしました。

“忘れられた巨匠”といわれる吉川麗華ですが、今回の展覧会は彼の再発掘、再評価という意味でとても意義のあるものだったと思います。ただ、個人蔵の作品が非常に多く、また知名度や集客力を考えると、近代美術館のような大きな美術館で展覧会が開かれることが今後あるかというと、難しい気もします。機会があれば是非観てほしいと思う展覧会でした。


【吉川麗華 近代にうまれた線の探求者】
2012年7月29日(日)まで
東京国立近代美術館にて

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